雪山の守り神
周囲は吹雪いている。だけど私達が辿り着いた場所だけ雪が降っていない。遮るものがある訳でもないのに、ここだけ風も入ってこない。
この場所は、何かの建物があったかのような痕跡がある。石畳がしかれ、柱も建っているけど、屋根や壁は崩れて原型をとどめていない。ただ、大きな建物がかつてここに存在していた事は分かる。
ゲームと同じなら、カリドがいるのがこの場所である。
「この不思議な感じ……魔法で結界がはられているのか?」
「恐らくそうでしょうね。この場所だけ雪も風も入ってきていませんので。……ここは古代の遺跡でしょうか」
それは私も詳しくは知らない。
ゲームでも古い遺跡があって、そこにカリドがいて倒しに来ていただけで、詳しい説明はなかったから。
でもたぶん、リリエの言う通りなんだと思う。
「ここにヒメノさんの言っていた、カリドがいるのか?」
「いる。気を付けて。カリドは魂を吸ってくる」
よくよく考えれば、ゲームのカリドは魂を吸い取る即死技を持っていた。私は即死耐性を持っているので平気だけど、ルシアやリリエは持っているのだろうか。持っていないのだとしたら、即死技を使われたら終わりだ。
そもそも現実のこの世界での即死技は、どのようなものだろうか。
「魂を吸うとは、恐ろしい魔物ですね。気をつけましょう」
「気を付けると言っても、魂を吸われないように気を付けるってどうすればいいんだ?」
「……吸われないようにする、とか」
「だからどうしろと!?た、魂を吸われたら死んでしまうんだろう……?どうすればいいんだ?どうすれば、魂を吸われないで済むんだ……?」
リリエは考えているようで、考えていない時がある。
一方でルシアはどこか余裕がなく、様子がおかしく見える。
「どうしたの、ルシア?」
私はルシアの手を握りながら尋ねると、ルシアがビクリと身体を震わせた。それからルシアの顔を覗き込むと、やはり表情が強張っている。
「……だ、大丈夫。なんでもない」
「なんでもなくない。変」
「……」
「話して」
「……どうして、平気なんだ?」
「何が?」
「ここへ来てから、連続して強い魔物が襲い掛かって来た。常に命が危険に晒されているような緊張感があって、凄いプレッシャーだ。ここにもカリドという強い魔物がいるんだろう?町の中に出現した、一体の魔物を倒すのとは訳が違う。なのにヒメノさんもリリエさんも、疲れた様子が全くないじゃないか。私は……」
私はこの世界に来てから、長い時間を常に危険と隣り合わせのガ・リグレで生きて来た。だからこういうのは割と慣れており、むしろいつもより平和なくらいでなんとも思わなかった。
だけどルシアは違う。ルシアはまだ子供で、冒険者として命懸けの旅をした経験がない。勝手に勇者の子だから大丈夫とか思っていたけど、違う。彼女だって一人の人間で、プレッシャーを感じる普通の女の子だ。
「ごめんね、ルシア。ルシアの事を、考えてあげられなかった」
「ち、違う!ヒメノさんが悪いんじゃない!悪いのは私だ。勝手にヒメノさんに協力すると言って付いて来ているのに、こんな弱音を吐いて、情けない……!」
「……正直に言えば、こんなに寒くて暗い場所で強力な魔物に襲われると言うシチュエーションは、かなりのプレッシャーです。ルシアさんが怖がるのは無理もありません。というかそれが普通の反応かと」
「普通だと言うなら、どうしてヒメノさんやリリエさんは平気なんだ?」
「私は……慣れてしまっているから」
「私もメイドとして、最低限主人のお役に立てるよう鍛えられていますので。これくらい、主人のためを思えばなんともありません」
「二人とも、強いんだな……私なんかよりも、ずっと」
「最初は──」
「よぉし!私も二人みたいに、強くなる!頑張るぞ!」
慰めようとしたら、大きな声を出して拳を突き上げ、元気な声を張り上げるルシアに驚かされた。
「どうした、二人とも!カリドを倒すんだろう!?早く行こう!」
更には先導して先に行こうとしてしまう。
本当に、この娘は勇者アルディスのようだ。落ち込んでもすぐに復活するし、前向きに考える事が出来る。私には真似できない。
「うん。行こう」
ルシアに後れを取らないよう、慌ててルシアを追いかけるもリリエが付いて来ていない事に気が付いて振り返る。
「リリエ?」
振り返ってリリエを見ると、リリエは少し心配そうに自分の背後を見ていた。
「アルテラ様の姿が見えず、少し心配で……」
アルテラなら先に到着していてもおかしくはない。だけど周辺にアルテラの姿はなく、まだ到着してないようだ。リリエはそれを気にしている。
まぁアルテラなら大丈夫だとは思うけど、気になる気持ちはよく分かる。どこにいるのだろうか。
と、アルテラの心配をし始めた時だった。
遺跡の奥の方から、足音とズルズルと何かを引きずるような音が聞こえてきた。
振り返ると、遺跡の壁際に立ち並ぶ灯台の上に黒い光が灯っていて、大きな骸骨がこちらに向かって歩いて来る姿を照らし出していた。
人型の骸骨が、黒いコートを身に纏っている。長すぎるコートは地面につき、それが引き摺られる音がしていた。手には先端に竜の骨がついた杖が握られており、その杖で地面を叩く音も響く。身長は3メートルほど。
「──カリド」
ゲームの中で、何百、何千回と倒した事のあるボスの姿は、ゲームで見るよりも何倍も不気味だった。
私がその名を呟くと、周囲の気温も一気に下がった気がする。強者を前にした時の、不気味な気配も感じる。
鑑定のスキルを使ってみたけど、どうやら鑑定阻害のスキルを持っているらしくて、レベルを見る事は出来なかった。
「こ、コイツがカリド……!」
カリドを目にしたルシアが、すかさず勇者の剣をストレージから取り出して構える。その隣に立ち、私もストレージから破軍滅珠を取り出した。
「聞きたい事がある。貴方はカミの手下なの?」
「……」
カリドは私の問いかけには答えず、代わりにその歩みを止めた。
「言葉が分からないの?それとも、喋れない?喋らなくてもいいから、言葉が分かるのなら反応を示してほしい」
「……」
やはりカリドは喋らないし、反応も示さない。よく考えればカリドも魔物の一種だ。喋れるわけがないか。
ハクがけっこう分かっているみたいな反応を示してくれるから、それで期待し過ぎたのかもしれない。
「……私達はフレアノートという女性を探している。心当たりはある?」
最後にそう質問して、終わろうとした時だった。
「アアアアアアァァァァァァ!」
カリドの体がピクリと反応を示すと、頭を抱えて叫びながら手にした杖を高く掲げた。
掲げた杖の先端についた竜の骨の目が、怪しく光る。かと思えば、私とルシアの少し前の地面に魔力が集中。そこから先端の尖った氷の柱が飛び出て来て、私達に襲い掛かって来た。
私とルシアは、左右に別れて飛び退いて氷を回避した。
飛び退きつつ、私は魔力噴出を発動して銀髪の姿となる。
追従するようにして、同じように氷が地面から生えて襲い掛かって来た。私は更に回避してどんどんカリドから距離をとらされるような形となってしまう。
さて、どうしよう。カリドに言葉が通じないなら、フレアノートについて聞きだす事が出来ない。周囲に普通にいるようにも思えないし、このまま普通に戦って倒しても良いのだろうか。
「はあああぁぁぁぁ!」
私が考えている間に、ルシアがカリドの背後から斬りかかろうとしていた。
しかしカリドは背後のルシアへ目を向ける事も無く、魔法を発動。ルシアの行く手を阻むように、地面から大きな氷の壁が出現した。
「くっ!?」
突然出現した氷の壁に対し、カリドの代わりに斬りかかった。しかし氷の壁はルシアの斬撃をものともせず、少しも削れた様子を見せない。それどころか壁に触れたルシアの剣が凍り付き、ルシアは慌てて壁と距離を取った。
この隙に近寄ろうとした私だけど、カリドはその動きを察していた。私の進行方向に、ルシアの行く手を阻んだ氷の壁と同じ物が出現。慌てて飛び退いたけど、私の背後にも同じように壁が出現して阻まれた。
更には左右から氷柱を出現させる魔法を発動されて、逃げ場を潰した上で串刺しにしようとしてくる。
「聖鐘・護光」
私は左右に光の壁を出現させ、迫り来る氷柱を受け止めた。
その上で正面の氷の壁に対し、破軍滅珠を振り抜いて、玉で攻撃。破軍滅珠が当たった場所から壁は脆くも崩れ落ちると、道が開けた。
その道の先にいるカリドを見据える。
「炎獄・火球改」
破軍滅珠を介して、私は魔法を発動した。剣先に玉が刺さった状態の破軍滅珠に私の魔力が集まっていくと、先端を中心として私と同じくらいの大きさの大きな火の玉が出来上がる。
出来上がった火の玉は、カリドに向かって放たれた。
カリドは火の玉を防ぐための氷の壁を作り上げたけど、火の玉は壁をものともせず、破壊してカリドに一直線に向かっていく。
やがて火の玉はカリドに直撃し、大きな衝撃と煙を巻き起こした。
「や、やったのか?」
カリドがどうなったのか、見えなくなったルシアがそう呟いている。
カリドの弱点は、火と光属性だ。今放った火球は火の魔法で、弱点はついている。かといってカリドのような魔物を一撃で倒せるとは思えない。
思った通り。煙の中に、杖を構えるカリドの姿を見た。
カリドは杖の先端の竜の骨に、杖を持っていない方の手をそえている。竜の骨から黒い光が溢れ出し、そこから低い唸り声のような声が聞こえてきている。
「──即死技が来る」
カリドのその構えは、ゲームでカリドが即死技を使ってくる前動作と同じだ。だから、すぐに分かった。しかし即死技は単体で、それが私に向けられているので問題ない。私はスキルで、即死耐性を持っているからだ。
それに、即死技を発動するのは時間がかかる。その間カリドは無防備となっているので、攻撃し放題になる。
「聖鐘・聖光刃」
私は破軍滅珠に光の剣を生やすと、カリドに向かって駆け出した。
魔力噴出を使用しているので、駆ける速度は速い。あっという間にカリドの目の前に到達すると、光の剣でカリドを斬りつける態勢に入る。
しかし即死技の発動が、想定外に早かった。カリドが掲げた杖の先端から、黒いモヤが出現する。先端に顔のような物がある、まるで死神のような不気味なモヤだ。そのモヤが、私に向かって襲い掛かって来た。
私は構わずに突進し、カリドの目の前で地を蹴り飛んだ。それから目の前に来たカリドの顔面に向かって剣を振り抜く。
剣はカリドが回避行動を取った事により、ズレてカリドの片腕に当たった。弱点である光属性の攻撃により、カリドの片腕はいとも簡単に斬り落とす事が出来た。更にはそのままの勢いで胴体にも剣があたるけど、こちらは傷が浅い。肋骨のあたりの骨が斬れただけで、致命傷にはならなかった。
攻撃すると同時に、私はカリドの即死技のモヤに飲み込まれている。だけど即死技は私を通り抜けると、私に対して何も出来ずにそのまま飛んで行った。
やはり私には即死技は効かない。初めてくらう即死技に少しだけ不安だったけど、ちゃんと機能して安心した。
「ヒメノさん!」
カリドに傷をつけ、地面に着地した所でルシアが慌てた様子で私の名を呼んだ。なんだとルシアの方を見ると、ルシアは指をさしている。その方向を見ると、カリドが放った即死技のモヤが、飛んで行っている。飛んで行ったモヤが向かう先にいるのは、離れた所で私達の戦いを見守っていたリリエだ。
「っ!」
リリエは迫り来るモヤを回避するため、駆け出した。だけどモヤの方が圧倒的に早い。フェイントも意味がなく、モヤはついにリリエを飲み込んでしまう。




