幼馴染
ゼルは自らを私達の敵と言ったけど、襲い掛かっては来なかった。お城を去る私達に何かしてくる様子はなく、ただ黙って見送っただけだ。
本当はお城でお世話になった、リリエ以外のメイドさん達とも話がしたかったけど……展開的に、呑気に挨拶する訳にもいかない。
という訳で私達はアルテラの転移魔法で、アブレストの城下町へと戻ってきた。
「お姫様に引き続き、英雄と呼ばれた男も仲間になってくれたら力強かったんだけどなぁ。まぁ仕方ないかぁ」
屋台で買った串焼きを頬張りつつ、アルテラが笑顔で残念そうに呟いた。
私も串焼きを食べているけど、けっこうクセがある。味は臭みのある肉で、噛みごたえのある豪快な肉だ。
洞窟の中で生き延びるために食べた、魔物の味を思い出す。そんなワイルドな味である。ただ、こちらはきちんとタレで味付けされているので、かなりマシ。
「ヒメノ様。頬にタレがついていますよ」
「ん」
リリエが私の頬を、ハンカチで拭いてくれた。
ちなみにお金はリリエが出してくれたんだけど、今思えば自分の奴隷にお金を払ってもらう主人って、どうなんだろう。
「……英雄、ゼルブロイド。『オルテラデウス』と呼ばれる強大な力を持つ魔物を倒して、今はアブレストを治める領主をしている。あの人が、そうなのか。なんかもっとこう……筋肉モリモリのおじさんを想像していたけど、違ったな」
ゼルの感想を述べつつ、ルシアも串焼きを頬張っている。ルシアはとても美味しそうに食べていて、微笑ましい。
「私には、ゼルブロイド様の言っている事が本心とは思えませんでした」
「というと?」
「ゼルブロイド様は、とても聡明なお方です。まだお若いのに、私よりも多くの事を知り、私よりも思慮深く行動できるお方です。そんな方が、カミの意のままに操られ行動するとは、とても思えません」
「私も同じ。ゼルはカミに疑念を抱いていたのは間違いない。それなのにハッキリと、私達に協力せずカミに付き従う姿勢を見せた。明らかに、変」
何かひっかかる事がある。ゼルに関しての事なんだけど、その引っかかっている事がどうしても分からずイライラする。
私は串焼きを一気に食べほすと、残った串を手に持って魔法を発動させる。
「炎獄・燃焼」
手に持った串が、炎に包まれた。燃え尽きる前に地面に落とした串は、私の足元で灰へと姿を変えていく。
「わー。すごーい」
どうやら子供に目撃されていたようで、こちらを見て子供が感嘆の声を漏らした。キラキラと光る目で、串を燃やした私を見つめている。
「だ、ダメよ。行くわよ」
「ばいばーい」
無邪気な男の子が、お母さんに手を引かれて連れて行かれつつ、私に向かって手を振って来る。
道端で魔法で串を焼いて消し炭にするゴスロリ少女って、よく考えるとけっこうヤバイよね。お母さんが慌てて子供を連れて行く気持ちが理解出来てしまう。
「……」
去っていく親子を見つめながら、思い出した事がある。私がゼルと知り合って間もない頃、抱いていた違和感についてだ。当初は割と流していたけど、今思えば不自然と言うか、何か変だと思う。
「ヒメノ様。道端で魔法を使ってゴミを燃やすのは、お行儀が悪いですよ」
「リリエ」
「はい?」
「ゼルに妻はいる?」
「いえ、いませんが……」
「リリエがゼルの奴隷になったのは、いつの話?」
「今からですと……おおよそ、5年程前になります」
「……ゼルは私に、私が元いた世界の言葉で、この世界に妻がいると話した。妻のお腹には赤ちゃんがいるとも言っていた」
「あり得ません。私は5年間、ゼルブロイド様の奥様を見た事も聞いた事もありませんので」
「妄想妻?」
アルテラが辛辣な事を言ったけど、たぶんそうじゃない。ゼルには本当に、この世界に妻がいるのだ。
リリエと知り合う前の、2年間の間に出来た妻。あるいは、私達異世界人の魂の入れ物である、肉体が得ていた妻か……。どちらかは分からないけど、とにかくゼルには妻がいるのは間違いない。
そして私や、リリエまでもが、ゼルの妻の姿を一度も見た事がない。
「もしかしたらゼルは、カミに妻を人質にとられているのかもしれない」
私が至った結論は、こうだった。
「……」
私の結論を聞いた皆が、呆然として私の方を見つめて来る。
「……確かに、彼はカミに従うと言いつつ不本意そうではあった。つまりカミに従わなければいけない理由がある事になる。その理由が、妻をカミに人質にとられている、か」
「しかしゼルブロイド様はそのような事、私には一度も話しませんでした」
「事情を知らぬ者に話しても、どうにもならない。その点でヒメノちゃんは事情を知っている。だから話したんだ。もしかしたらこの娘なら、妻や自分を救ってくれるかもしれない。そんな希望をこめてね。ていうのはただの妄想だけどねっ!」
途中まで真剣に話していたのに、最後に舌を出してウィンクをしながら振り返るアルテラ。本気で言っていたのか、冗談なのか分からない。
「確かめる必要がある」
「どうやって?まさか、戻って聞きに行くつもりかい?」
「それしかない」
「無駄だよ。彼は絶対に、助けてくれとは言わない。いや、言えないんだ」
「でも、見捨てる訳にはいかない」
「……はあぁぁ」
突然アルテラが、深いため息を吐いた。
それから私の頭の上に手を乗せて来る。
「君は面倒な性格だね。でも嫌いじゃない。むしろ好きだ。イイヨ。好きなようにして、彼を助けてごらん」
アルテラは、優しい笑顔を浮かべながら私にそう言ってくれた。
「うん。でも、アルテラの言う通りゼルに聞いても無駄だと思う。何か他にいい案はない?」
「それでしたら。ゼルブロイド様の古いご友人の下を訪ねてみるのはどうでしょう。その方ならゼルブロイド様の奥様について、何か知っている可能性があります」
「その人はどこにいるの?」
「この町の鍛冶屋さんの息子で、そこで働いているはずです」
「案内して」
「こちらです」
という訳で、私達はリリエについて歩き出した。いくつかの通りをつっきり、細い路地裏を歩いて、さほど時間もかからず目的地に到着。
あまり目立たない、寂れた通りにあるお店の前には、ボロボロな武器が飾られている。武器だけではなく鎧もマネキンのように置かれているけど、こちらもちょっとボロい。明らかに中古品である。
「あはは」
お店を見て、アルテラは何でとも言わず笑いだす。気持ちは分かるけど、失礼だ。
「へぇー……。ボロボロだけど、武器がたくさんあるな!」
一方でルシアはちょっと嬉しそうに武器を見ている。
こういう、武器がたくさん並べられてるのを見ると、なんかわくわくするよね。こちらの気持ちも分かる。
「……ルバスト鍛冶店?」
「はい。ここにゼルブロイド様の古くからのご友人がいます。入りますね」
リリエがお店の扉を開いて中に入るのに続き、私達も店内に足を踏み入れた。
店内には外よりもちゃんとした武器が飾られている。キレイな刀身の剣や、短剣。包丁やちょっとしたナイフもあり、物々しい雰囲気だ。
「らっしゃーい」
お店の奥のカウンターで、こちらを向きもせずにやる気のない声で私達を迎え入れた人物がいる。金髪の、若いにーちゃんだ。耳にはピアスをしており、ちょっとチャラい。更には煙管を咥えた上で、煙を吸って吐きながら本を読んでいる。チャラいのに本を読んでいるのにはギャップを感じる。
でも店番中に本を読んでいるのってどうなんだろう。あまり積極的に接客をしてくれるようなタイプには見えないね。実際そうっぽい。
「お久しぶりですね、レイン様」
「あー?……あー……確か、ゼルブロイドのとこの奴隷のー……なんだったかなぁ」
「リリエです」
「それそれ。相変わらずでけぇな」
「覚えていていただき、光栄です」
「あんたでけぇし、美人さんだからな。美人さんは忘れないぜぇ。ていうかなんだ、あんたら。美人さん揃いじゃねぇか」
そう言って、レインと呼ばれた男は本を置いてだらしのない姿勢を正して煙管の灰を落として火を消し、カウンターの中から出てきた。
「ようこそ、ルバスト鍛冶店へ。本日はどのようなご用件で?」
今更かっこつけて接客されても、最初のやる気のない姿を見てしまっているから台無しだ。というか私達が美人揃いだからという理由で態度を変えたのも、どこか情けない。
「レイン様はゼルブロイド様とは古いお知り合いでしたよね?」
「あー……まぁ自慢じゃないけど、幼馴染って感じではあるな。今日も前回と同じく、ゼルに……じゃなくて、ゼルブロイド様にお使いを頼まれたのかい?」
レインは私と同じく、ゼルをゼルと呼んだ。しかしそれをヤバイと思ったのか、すぐに言い直して様づけで呼び直した。
一応ゼルはこの町の領主様だからね。幼馴染とはいえ、そう呼ばなければ不敬にあたってしまうのだろう。
それじゃあ私はどうなる。いつもゼルと呼んでいて、不敬がすぎるのではないか。まぁ今更だし許されているから別に良いか。
「いえ。今日は買い物をしに来た訳ではなく、ゼルブロイド様についてお聞きしたい事があって来ました」
「……そうか。まぁ、知っている事ならなんでも教えてあげるよ」
レインは一瞬、嫌そうな顔をしたのを私は見逃さなかった。更には頭をかいて、せっかく立ち上がって正した姿勢を、イスに深く座って再びだらしなくなってしまう。
ゼルについては、あまり語りたくない。そんな空気を感じ取った。




