恩返し
何故アブレストにやって来たのかというと、理由がある。
それはトワと同じく、カミの眷属という立場にあるゼルと会うためだ。
私の見立てでは、ゼルはカミに心を支配されているようには思えない。私にカミの声に気をつけろと忠告してくれたのはゼルだし、私に同伴させてくれたリリエには、カミに支配されようとした私を救ってもらった。
ゼルがいなければ、今の私はいなかったと思う。
もしゼルも協力してカミと戦ってくれるなら、心強い。しかしもしカミに支配されているのなら……残念ながら敵という事になる。まぁその場合私がその支配を解いてあげようと思う。
ちなみにここへ来たのは、私達4人である。ミストラージュはいない。
「私もついていきますわ!」
「ダメ。学校がある。それにもしトワが家に帰って来たら、捕まえて欲しい」
「でもそれじゃあ、ヒメノさんとしばらく会えなくなってしまいますわ……」
私だってミストラージュとお別れになるのは、寂しい。
「ちゃんと学校を卒業すると、約束した」
「うっ」
「私との事は、卒業してからちゃんとすると言った」
「わ、分かりましたわよ!ここに残ります!でも……!何かあれば、全てを捨ててでも駆け付けます。ですから、その時は絶対呼んでくださいまし」
そう言って、ミストラージュが私を抱きしめて来た。それから縋るように私の手を握りしめ、私の顔を見つめて来る。
元々美しく、可愛かったミストラージュは、私が好きだと告白してくれてから更に美しく可愛く見えるようになった。
正直言って、こんなに魅力的なお姫様に告白されて我慢できる人って、いないと思う。
私は私の手を握るミストラージュの手を自分の口元へと持ってくると、ミストラージュの手の甲に軽く口づけをした。
「またすぐに会えるから。待っていて」
「……はい!」
ややボーっと、私がキスした手の甲をみつめてから、満面の笑みで返事をしてくれた。
ちなみにハクも、ミストラージュと一緒にお留守番してもらう事にした。私の代わりという訳じゃないけど、ミストラージュもカミの事を色々と知ってしまった立場にある。心配なので、ハクにその護衛を任せたのだ。
「ハク。ミストラージュを守ってあげて」
そうお願いしながら、ハクの鼻にもキスをした。
『バウ!』
すると嬉しそうに吠えて、ハクも私の頬を舐めてくれる。
そうしてミストラージュとハクとは一旦お別れして、私はアブレストへとやって来た。
町は相変わらずの賑わいを見せている。ちなみに検問は混んでいて面倒なので、アルテラの転移魔法で目立たない路地裏に転移して町の中に入った。
更にもう一度転移魔法を発動させ、もう一つある内側の壁を越えて一気に草原地帯へとやってきたので、風情も何もない。
「んー……お城の周りに草原かぁ。面白い作りだね」
アルテラが私達を先導して歩き、お城に向かって歩いて行く。
風は不気味なくらい静かで気持ちが良く、私達を歓迎してくれているようで歓迎してくれていない。どっちなんだろうね。その答えはそのうち分かる。
「……」
先導して歩いていたアルテラが、突然立ち止まった。その後に続いていた私達も止まる事になる。
どうして止まったのかと、尋ねる必要はなかった。
「ゼルブロイド様……」
お城の方から、こちらに向かって歩いて来る人物がいる。
茶髪の、ロングコート姿の男。ゼルだ。
ゼルと一番付き合いの長いリリエが、まず私達の先頭に立ってゼルを迎えた。
「久しぶりだな、リリエ。無事にヒメノさんに受け入れられ、ヒメノさんの奴隷となったみたいだな。良かったじゃないか。お前はヒメノさんを本気で気に入っていたみたいだからな。リリエの願いが叶って、私も嬉しいよ」
「……はい。私がいつでもヒメノ様の奴隷になれるよう準備していただき、本当にありがとうございました。願いが叶い、私はヒメノ様の奴隷となる事が出来ました」
「どうだ、ヒメノさん。リリエは良い子だろう?大切にしてくれているか?」
リリエにお礼を言われてから、ゼルが私に話を振って来た。
「言われなくても大切にする。リリエのおかげで、私はカミに心を支配されずに済んだ」
「……」
「ゼルのおかげでもある。ゼルが私に助言をしてくれた。カミの声には気をつけろ、と」
実際助言は曖昧過ぎて、それだけでは機能しなかったけどね。でも助言してくれた事は事実で、それに気づけなかった私が愚かだっただけだ。だからお礼は言わせてもらった。
ゼルは私のお礼に、優しく笑うだけで言葉は返してこなかった。
「本題に入ろう。君はカミ様の元奴隷──魔王アルテラを名乗る者だな?」
ゼルがアルテラの方を向き、アルテラにそう尋ねた。
「せいかーい」
「カミ様の声……」
「カミからボクの事は聞いているんだろう?元奴隷というのも知っていたし」
「あ、ああ。しかしどうして声がカミと同じなんだ?」
「カミがボクを真似しているんだよ。ボクが声まで可愛いから、気に入っているのさ」
「……そうか」
ゼルは深く考えるのをやめたようだ。それで納得した。
それでいい。深くつっこんでも同じ事だから。
「ではこちらのお嬢さんが、勇者の力を持つルシアか」
「その通りだ」
「ゲームはそれほどやっていないが……主人公とどことなく似ている気がするな」
「私も似ていると思う。とくに目元が。剣を構えて戦う姿はもっと似ている」
私と同じ感想を述べたゼルに、思わず嬉しくなって反応してしまった。早口で同調して喋ると、ゼルはやはり優しく笑った。
「カミから少しは事情を聞いている。君達はカミと対立し、戦う決心をしたそうだな」
「そのとーり。ボクはカミに対抗するための組織、『レベリオン』のリーダーだ」
「なるほど、レベリオン、か。面白い。それで、レベリオンが私に何の用だ?」
ゼルもゲームの名は知っている。だからレベリオンという組織の名を聞いて、面白いと感想を述べた。
「ゼルには私達と一緒に、カミと戦って欲しい」
「すまないが、断らせてもらう。私はカミの眷属だからな」
「……どうして?ゼルは私に、カミの声に気をつけろと助言をしてくれた。カミに心を支配されている様子もない。ゼルもカミが危険な存在だと、気づいているはず」
「付け加えさせてもらうと、ボクはこの世界が変化する前の世界を知っている。カミに支配された世界だ。カミは人を操り、当然殺すし、愛する者同士を殺し合わせたりもする。その光景を見て笑うんだ。このままだと君も、その世界の人々と同じ目に遭うよ。カミは神獣を倒される事など望んでなどいない。放っておいてもそのうちカミは復活する。カミは異世界から連れて来た君達を声で操り、楽しんでいるだけに過ぎない。そんな存在に付き従うと言うのかい?」
「そうだな。私はカミ様に付き従うつもりだ」
「へぇ。カミに世界の半分を貰う約束でもしたのかな?キミはカミと同じで、他人を貶めて喜ぶタイプなのかい?」
ゼルの返答に、アルテラが苛立ったように睨みつけながら聞いた。
「私にそんな趣味はないよ。私はこの世界に連れて来てくれたカミ様に、感謝しているんだ。恥ずかしながら私は、前の世界では上手くいっていなかった。毎日遅くまで残業して一生懸命働いていたのに、家庭は崩壊。妻は娘を連れて浮気相手の所に出て行った挙句に、養育費と称して多額の慰謝料まで要求された。なんのために生きているのか分からなくなってきていた私を、カミ様はこの世界に連れて来てくれたんだ」
「恩を返そうとする気持ちは分かるけど、絶対に後悔するよ」
「もうしている」
意味が分からない。ならこちらの味方になれば良い。そう思ったものの、今のゼルにはそう言わせない圧のようなものを感じる。
「決意は固いとみた。ならもうこれ以上は言わないよ。ゼルブロイド。君は自分の意思でカミの味方をする人間だ。ボクの敵として認識させてもらう」
「ああ。それで構わない。残念だが、そういう事だ」
「ゼルブロイド様……」
「これで私達は敵同士となった訳だが、どうする?私をここで殺すか?」
「それもいいかもね」
「ダメ」
好戦的に言って拳を構えたアルテラを、私は止めた。そして手が出せないように背中にアルテラを置き、真正面からゼルを見つめる。
「今私を殺せば、それはすなわち魔族から人間への宣戦布告となる。アストライア王国はただちに魔族領に進軍し、また大勢の魔族が奴隷にされるか、死ぬかのどちらかとなる。やめておく事をお勧めするよ」
「ゼルはカミから、トワに関する事を聞いている?」
「トワ?いや、聞いていないが……有名な冒険者に、確かそのような名前の娘がいたな」
「トワは私達が元居た世界で、私の妹だった」
「ヒメノさんの、妹?そうか……。家族もこの世界に連れて来られたのか」
「今はカミに心を支配されている。私達と敵対するような行動をとり、姿を消した。もし会う事があれば……同じカミの眷属として、守ってあげて欲しい」
「おかしな事を言うな。敵である私に、妹を守れと?」
「私は絶対に、妹をカミから取り戻す。それまででいいから、お願い」
「……まぁ、同じカミの眷属同士なら、守り合う事になるだろう。言われなくともそうするさ」
そう返事を聞いて、私は安心した。
安心した私は、ゼルに背を向けて歩き出す。
「ちょっと、ヒメノちゃーん。いいの?本当に殺さなくて」
「そんな事をする必要はない」
アルテラはやや不満そうに私について来て、ルシアも私に付いて来る。
リリエはその場に残って私とゼルを交互に見て、ゼルに深くお辞儀をしてから私に追いついてきた。
ゼルと一番付き合いが長く、恩があるのはリリエだ。こんな事になり、一番悲しいのはリリエだろう。私もゼルには恩義がある。出来れば一緒に戦いたかった。
残念だけど、今は共闘する事は出来ない。むしろ敵対する事となってしまった。だけどトワはゼルに任せる事が出来た。
今は仕方ない。ここでゼルと衝突する訳にはいかないし、ゼルと話してゼルの意思をきけただけで良しとしよう。




