消えた妻
再び煙管に葉をいれてから火をつけて、煙を吸って吐き出し始めるレイン。話したくはなさそうだけど、話してはくれるらしい。
「ゼルブロイド様に、妻はいましたか?」
「ああ、そうだな。いたよ。名前はフレアノート。すげぇ良い女だった」
「その方は今どこに?」
「それこそオレじゃなくて、ゼルブロイドに聞いてみたらどうだ?」
「聞けない事情があるから、君に聞いているんだよ。察してくれたまえ」
そう訴えかけたのは、アルテラだ。リリエの前に出て立ち、レインが咥えている煙管を手で掴んで取り上げると、それを自らの口に運んだ。そして一度煙を吸って吐き出してから、レインの口に返す。
「思ったより美味しくないね」
「……ふっ」
その行動を呆然と見ていたレインが、アルテラの感想を聞いて笑った。
「安物の葉っぱだからな。こんなもんだよ。で、フレアノートがどこにいるか、だったか?そんなの知らねぇよ。本当に、何も知らないんだ。オレだってアイツがどこにいるかくらい、知りたい。だけどゼルは教えてくれない。何も喋ろうとしない。アイツはフレアノートが消えた日から、変わっちまった」
「一体何があったのか、話していただけますか?」
「……7年前だ。7年前、ゼルはフレアノートと共にここからずっと北の方にある、『ニヴレリア山』に出掛けた」
ニヴレリア山は、知っている。ゲームに出てきた山の名前だ。雪山のダンジョンで、そこにいるとある魔物を倒すと事でとある強化アイテムが手に入った。しかもその魔物は何度も復活するので、レベル上げの役にも立った。ゲームの負けイベント、カミとの戦闘に備えての耐性を得るのにも、大いに役にたった敵である。
しかし7年前というのが引っかかるな。7年前と言えば、丁度私達がこの世界にやってきた時期と重なる。
「その前に、当時の事を話さないとな。当時ゼルは、町の兵隊だった。オレもそうだ。下っ端も下っ端で、先輩たちからこき使われつつも可愛がってもらってたよ。フレアノートは町で有名な学者先生の付き人をしててな。オレ達の幼馴染だったっていうのに、頭が良くてそんな事をしてたんだ。ゼルとフレアノートは、時間を見つけては会って二人の時間を過ごしていた。婚約もしていて、仕事が落ち着いたら二人で暮らすつもりだったんだ。そんなある日、ニヴレリア山にいく事になった。山にはオレ達新兵の訓練で向かう事になった。訓練と言っても、ただの移動訓練だ。アブレストから、ニヴレリア山にあるニヴランという町に移動して、そこで観光してまた帰って来る。それだけだ。その移動訓練に、ニヴレリア山で調べたい事があるとかで学者先生が同伴する事になった。フレアノートもそれに付いて来ることになってな。当時恋人同士だったゼルとフレアノートは、陰でイチャイチャしてたのをよく覚えてる」
「それが妬ましくて、闇夜に乗じて殺してしまったんだね」
「そうそう。他人の前では清く正しくって感じなのに、オレの前でだけ遠慮せずにイチャイチャするからつい魔がさして──……じゃねぇよ!オレはそんな事誓ってもしないからな!」
「ふふふん」
ノリツッコミで返したレインに、アルテラは満足げに笑っている。ちょっと面白かった。
「まぁ正直言えば、オレもフレアノートが好きではあった。だけどな。ゼルとフレアノートがくっつくなら本望だ。二人が結婚して子供が生まれるのを楽しみにしてたまである。だから……今の状況が許せねぇ」
「山でなにかあったのかい?」
「何があったのかは分からない。山に行った連中は、ゼル以外全員帰ってこなかったからな」
「帰ってこなかった?君は?」
「オレは……あの日、熱を出していく事が出来なかった。運が良かったと言うべきなんだろう。奇跡的に難を逃れて、運が良い奴だとか、実は何がおこるか知っていて逃げたんじゃないかとか、色んな噂をたてられたもんだ。今じゃそんな事があったなんて、誰も覚えちゃいないけどな」
「唯一の生存者であるゼルブロイド様が、山で何があったか話してくれない。という事でしょうか」
「その通りだ。……しかも、山からたった一人生きて帰ったゼルは、まるで別人のようだった。奴はオレと同じで、誰かの上に立つようなタイプの人間じゃなかった。ごく普通の、気が強くも弱くもないただの良い奴だ。それが帰って来たら、冷静で頭が良くてまるで貴族の連中みたいになってたんだぜ。かと思えば今じゃ英雄と呼ばれてこの町の統治を任されてる。どういう事だ。その上で山で部隊やフレアノートに何があったのか、話そうともしない。オレはやつに、何度も食って掛かった。それでも何も話そうとはしなかった」
たぶん人が変わったと言うのは、中身がゼルブロイドから、異世界からやってきた人間の、今のゼルの魂に移り変わったからだ。
山でゼルブロイドの肉体から魂が消失する何かがおこったという事は、それで分かる。
「勿論それで終わりじゃないんだろう?」
「は?」
「調べたんだろう?彼等の身に、一体何がおきたのかを」
「……ああ。フレアノートがどうなったか何度聞いても答えないゼルをぶん殴って、兵隊をやめたオレはニヴレリアに行った。で、聞き込みをした。するとゼル達がニヴレリアに行ったあたりに、不可解な出来事があったのが分かった。まだ雪が降る時期でもないのに、山に雪が降ったらしい。視界が遮られるほどの大雪で、しかも山全体が震える程の大きな咆哮が響き渡った。ニヴランの町には昔から、山が鳴く時山の守り神様が復活すると言う言い伝えがあるらしい。その言い伝え通り、視界が遮られるほどの大雪の中で、大きな魔物の姿を見たと言う目撃情報もあった。兵士達はその守り神に消されたのだと、町の連中は言っていた。ふざけた話だが、兵士達が生贄になったおかげで町は守られたと言う奴もいた。しかし雪は降りやまなかった。山では年中雪が降り積もるようになり、住めなくなって住人達は山を下りる事になった。今でもあの山は雪が降り続け、村人が目撃した守り神と言う名の魔物がうろついてるって話だ。オレが調べる事が出来たのは、ここまでだ。以後は色んな魔物がうじゃうじゃしていて、山に近づく事も出来なくなった。たまに冒険者が山に調査に入っているみたいだが、その冒険者すら帰らなくなる事も多い」
私はこの山の事を、知っている。ゲームと同じだ。ゲームと同じように、とある魔物がいる間は雪が降り続け、山は閉ざされる。今も降り続いていると言うのなら、そこにはその魔物がいるはずだ。
「山の守護者というのは、どんなやつなんだい?」
「……これをみな」
レインが見せて来たのは、レインが読んでいた本だ。
そこには黒いコートを着た骸骨が描かれていた。手には角の生えたトカゲのような動物の骸骨が先端についた、大きな杖を握っている。
「これが山の守護者──」
「「カリド」」
私とレインの声が重なった。
レインの本に描かれていたのは、ゲームの敵『カリド』の特徴と同じだ。敵は大きな骸骨の敵で、その杖で魂を吸い取る即死攻撃を使ってくる。カミとの負けイベントでは即死耐性が絶対に必要になって来るので、ゲーム序盤から戦う事の出来るこのカリドと何回も戦い、即技をくらいまくって耐性スキルを習得する必要があった。なので、よく覚えている。
「あんた、知ってるのか……?」
「よく知っている」
何度も、何度も倒したから。でもここでそう言えば混乱を生むだけなので、これ以上は言わないでおく。
「この魔物が、ゼルブロイド様達に襲い掛かり、ゼルブロイド様以外を殺害した……」
「少なくとも関係はしていると思う。でも分からねぇのが、どうして話さないかだ。魔物に襲われたのなら、そう言えばいい。どうしてゼルは話さない?フレアノートのお腹にはアイツの子供もいたはずなのに……どうしてゼルは話してくれないんだよ。どうしてアイツはフレアノートがいなくなって、平気そうに暮らしてるんだよ」
「……」
レインが読んでいた本には、カリドが描かれていた。この本はニヴレリア山について書かれている本のようで、レインが未だにゼルの身に何がおこったのか調べようとしている事が窺える。7年も経過しているのに、未だにだ。
レインは、真実を知りたがっている。私達も、ゼルの妻がどうなったのか……それを知りたい。
「君は良い奴だね。君に代わって、ボク達がゼルブロイド君の身にあの日何があったのか、現地に行って調べてあげよう」
「お、おいおい。本気で言ってるのか?ニヴレリアはずっと雪が降り続いていて、その上今は魔物がうじゃうじゃいる危険な場所だ。死にたくなければやめておけ」
「ゼルを救うためにも、行って確かめなければいけない」
私はゼルとは敵対したくない。私に優しくしてくれて、リリエもお世話になったゼルとは味方同士でいたい。ゼルと敵対せずに済むのなら、多少の危険くらい飛び込んでやるさ。
「……本気で、言ってるのか?」
「……」
私は黙って頷いた。
「ならオレも──」
「自分もついてくる。だなんて言うなよ?ボク達は自分の身は自分で守れる。しかし守れない君がついてきても、足手まといになるだけだ。調査の邪魔になる」
「ここで私達の帰りをお待ちください」
「……そう言ってもらって、ホッとしている自分が情けない」
「君がもたらした情報のおかげで、ボク達は動けるんだ。誇りに思いたまえ」
アルテラが落胆するレインの肩を叩きながら、笑顔で偉そうにそう言っている。
「ならせめて、雪山用の装備は持って行ってくれ。その格好じゃいくらなんでも無理だろう?併設している隣の店舗で、寒冷地用の装備も売っているんだ。なんでも持っていっていいぞ」
私達は全員薄着だ。この姿のまま雪山に向かうのは、さすがに雪を舐め過ぎである。
「ああ。そういう事なら、遠慮なく持って行かせてもらうね」
という訳で、私達はレイン協力の下でまずは雪山仕様の服を揃える事となった。
で、私はいつもの服の上から白い毛皮のコートを羽織り、毛皮の帽子もかぶって手袋をつけた格好になった。
ルシアも私と同じような毛皮のコートを羽織り、手袋をつけている。
リリエは毛皮のマフラーで首元を覆い、手袋をつけて長めのブーツに履き替えている。脚にはストッキングを履いて覆ってはいるけど、メイド服姿のままだ。その上からジャケットを羽織っているけど、ほぼいつも通り。
アルテラは手袋をつけただけ。更にいつも通り。
「お前等雪山を舐めてるのか!?」
準備が出来てお店の前に並んだ私達を見て、レインが怒りをまじえたツッコミを入れて来た。
「舐めてないよ。ボク達はこれで大丈夫。なんの心配もいらない。それにボクは、ニヴレリア山にも行った事がある。忌まわしき過去の話だけどね。だから、ひとっとびだ。それじゃあ皆、出発するよー」
「まてまてまて。出発って……食料や道具はどうするんだよ!ニヴレリアまでは少なくとも二週間はかかるぞ」
「──メタスタシア」
アルテラが、魔力を開放して魔法を発動させた。
ガザールンからこのアブレストに移動するまでにも使われた、転移魔法である。これでレイン曰く2週間かかる道のりも、大幅で短縮する事が出来る。
「な、なんだこりゃあ……!」
空間に出現した穴を見て、レインが腰を抜かしている。
そんなレインを尻目に、雪山仕様となった私達は開いた穴の中へと入っていく。
「……ばいばい」
私は最後に穴をくぐりながら、レインに軽く手を振って挨拶をしてその場を後にした。




