恩返し
ミストラージュに言って、部屋を変えてもらった。移動した部屋は勿論壁に穴はあいておらず、強い風も入ってこない。
その部屋のベッドの上で、相変わらず苦し気なルシアが横になっている。
「おさらいしよう。ルシアちゃんの魂に突き刺さった魔力は、まだルシアちゃんの魂とは完全に一体化していない。今の内なら魔力を打ち消す事によって魔物化を阻止する事も可能だ。しかし厄介な事に、魔力の中にカミの魂がこめられている。恐らく神獣から取り出されたカミの一部だね。カミの魂がルシアちゃんの魂にねっちょりとくっついていて、魔力を消し去ればルシアちゃんの魂も一緒に消え去ってしまうだろう。ボク達はルシアちゃんの魂を消さずに、魔物化させようとする魔力と、カミの魂を消し去る方法を考えなければいけない。何か案はあるかい?」
「ルシアさんがそんな状況に……」
詳しい説明は後にして、部屋の中にはミストラージュもいる。
ミストラージュにも分かるよう、とりあえずのおさらいをアルテラがしてくれた。
「……魔物化を対象と出来るかは分からないけど、状態変化を治す魔法ならゲームにも存在した。『クレンズ』という魔法」
「クレンズは高位の光属性魔法だ。そんな魔法を使えるのは光属性を究極まで極めた神官くらいだよ。しかも魔法の発動までに3日ほどの時間を要すると聞く。今すぐクレンズを使える者を呼び寄せたとしても、発動する前に魔物化が完了してしまう」
確かに全ての状態異常を治してしまうクレンズは、ゲームでも覚えるのにそこそこ苦労した魔法だ。私はゲームでカミを倒すために序盤で使えるようにしたけど、普通にやっていたら覚える事なくゲームが終わってしまう。魔法習得には特殊な条件があるのでね。条件を満たさなければいけない。
でもゲームでは当然発動までに3日もかかるなんて事はなく、選択したら一瞬だったけどな。まぁゲームと現実は違うと、この世界に来てから思い知らされている。その辺りも違う部分なのだろう。
現実のこの世界では、話を聞く限りかなり厳しそう。
「私は『ユニーク魔法』というスキルを習得している」
「なんだい、それは?」
「自分の頭の中で魔法を創造し、発動する事が出来る」
「……本当になんなんだ、その魔法は。そんな魔法が存在するとでもいうのか?存在するとして、どうやって習得したんだ」
「この身体が覚えていた魔法。恐らく色々な魔族が私に力を授けて死んでいく過程で生まれたスキルなんだと思う。思うだけで、確定ではない」
「そんなスキル、無敵じゃないか……」
「無敵じゃない。発動できる魔法は自分の実力に見合った物でなければいけないし、創造力も必要になる。それに自分が見たり直接体験した物なら割とすぐに魔法として形になるけど、それ以外のものはしっかりと考えて練らなければいけない。ちゃんと頭の中で形にならなければ、発動もさせられない」
「逆に言えば、デメリットはそれくらいだ。ボクは今、少し鳥肌がたった」
「……なぜ?」
「ヒメノちゃんがカミの手に落ちていたら、勇者の力以上の脅威になっていたと思う。君がカミと対立してくれて助かったよ。それで、そのユニーク魔法のスキルを用いればクレンズを再現できると言いたいのかな?」
「そう」
ゲームで使って見ているので、魔法の再現は難しくないはずだ。たぶん。
「やってみる価値はある。が、全く同じ魔法ではルシアちゃんの魂ごと消し去ってしまう恐れがある。先程も言った通り、ルシアちゃんの魂にくっついているカミの魂が厄介なんだ。まず消すべきは魔物化という状態変化ではなく、カミの魂だ」
「分かってる。まずはクレンズを引用して、カミの魂を消し去る魔法を考えてみる」
「出来るのかい?」
「私は過去に、あと一歩でカミに心を支配されるところまで行ってしまった。その時はリリエに救われ、目が覚めた。その経験で自分の中からカミが消え去った時の事を思い出し、魔法にする」
「よし、やってみせてくれ」
「……」
私は意識を集中させ、ルシアの胸の上にそっと手を置く。すると途切れる事のない苦し気な表情が、縋るように私の方を向いた。
「大丈夫。私が助ける」
私は目を閉じてルシアに言葉をかけつつ、魔力を発する。そして過去に自分の中からカミが消え去った時の気持ちを考える。
まさかあの時の経験が、ここで役に立つとは思いもしなかった。
「……聖鐘・破魔魂浄」
魔法を発動すると、強烈な白い光がルシアを包み込んだ。白い光はルシアの体の中へと吸い込まれていき、ルシアの魂にまとわりつくカミの魂を消し去るために攻撃を開始する。
しかし、カミの魂に私の魔法が触れた瞬間、私の魔法が弾かれた。同時に魔法を放った私の手がズタズタに切り裂かれ、血まみれとなる。
「ヒメノさん!」
「大丈夫」
私は血まみれになった手に大したリアクションもせず、ミストラージュが近付かないよう制した。
「今のはカミの反撃か。魂の欠片とはいえ、カミはカミだね」
「……」
カミは異世界から来た私達と話し、協力を仰ぐ事くらいしか出来ないと言っていた。でもそれは真っ赤な嘘である。実際には言葉で私達を惑わす事が出来るし、こうして自分に害を及ぼそうとする者に反撃だって出来る。
本当に私をおちょくっているようにしか思えない。
「でも今の魔法は良い感じだった。クレンズに近しい魔法だが別物で、カミの魂だけを的確に攻撃して消し去る事の出来る魔法だ。こんな魔法、見た事がない。君の言っていたユニーク魔法とやらは、どうやら実在するスキルのようだね」
ニヤニヤと笑いながら、アルテラが血まみれになった私の手を握って来た。黒色の怪しい光が私の手を包むと、傷があっという間に塞がって出血が止まる。
今のは回復魔法、か。私の『祝癒』よりも格段に回復力が高い。光の色的に、たぶん属性は闇。闇属性にも回復魔法ってあるんだなと、感心させられた。
「ありがとう」
「どういたしまして。今の魔法だけど、少し威力が足りないね。ルシアちゃんに遠慮してしまったのかな?生半可な気持ちではカミの魂を消し去る事は出来ないよ。もう一度だ」
「……」
私はアルテラに頷くと、もう一度手をルシアの胸の上に置く。
「聖鐘・破魔魂浄」
今度は先程よりも、より強力にカミの魂を浄化するのをイメージした。激しい光がルシアの体を包みこみ、体の中へと入り込んでいく。そしてカミと激突し、カミの魂と激しくせめぎあう。
というのは、私がルシアの中で感じているだけの話だ。実際目で見ておきている現象ではない。
「ぐっ、あああぁぁぁぁ!」
突然ルシアが激しく声をあげた。その瞬間、再びカミの魂による反撃を受けた。反撃によって私の手から肩にかけて切り裂かれ、先程とは比べ物にならないくらいの大出血をする事になる。
更なる反撃が、手をつたってやってこようとする。
「ダメです!」
しかしミストラージュが私に向かって突っ込んできて、抱きしめられた状態で床に転げる事になった。
その行動のおかげで、私とルシアの接点が切れた。カミの反撃は私にやって来ず、その攻撃を食らわずに済んだ。
「……ありがとう、ミストラージュ。助けてくれなかったら、危なかった」
「いえ、ですがヒメノさんの腕が……!」
「平気だよ。ほいっと」
すかさずアルテラが魔法で私の怪我を治してくれたけど、今回は傷が残って出血もしている。全回復とはいかなかった。
でも私は立ち上がると、再びルシアの胸の上に手を置く。
「まだ、やるのですか……?」
「やる。ルシアを救わないといけないから」
「しかし腕の傷が……!」
「いい根性だ。ますます気に入ったよ。でもカミの魂の力は想像以上だ。このまま同じ事を続けても、同じようにヒメノちゃんが傷つくだけだよ」
「……何度も繰り返せば、コツを掴めるかもしれない」
「分かった。ボクも付き合おう。君が受ける反撃は、ボクも肩代わりするよ。回復もしてあげるから気にせずじゃんじゃんやってくれ」
アルテラに促されるがままに、私は再び魔法を発動させた。だけどやっぱり反撃に合って、手が傷つく事になる。しかしアルテラも一緒に魔力を籠める事によって、その反撃の大半はアルテラが受けてくれた。アルテラの手も、私と同じように血が流れるもすぐに回復魔法をかけてくれてまた次の魔法を発動させる。
何度も何度も、ルシアに魔法をかけた。しかしカミの魂を消し去るまでには至らない。
気づけば夜中になっていて、部屋の中は血まみれになってまるで殺人事件でも起きたかのようになっている。
休憩も、食事もとっていない。苦し気なルシアを見たら、そんなのをとる気にはなれない。すぐにカミから解放してあげたい。その一心で私は魔法を放ち続ける。
これに付き合ってくれるアルテラには感謝の言葉しか出ない。ミストラージュも、傍にいてずっと見守ってくれている。
「……もう一度」
今もまたカミの反撃に合い、失敗した所だ。傷だらけとなった手を、再びルシアの胸の上に置く。
「──もう、いい」
私の手を震える手で掴み取り、静かにルシアがそう言い放った。
「なにがいいの?」
「これ以上は、もういい。……私を殺してくれ」
「……苦しいのは分かる。だけどもう少し耐えて」
「自分が苦しいのはどうでもいい。だけどこれ以上は、見ていられない……。ヒメノさんと……アルテラさんが私を救うために頑張ってくれるのは嬉しいが……キレイな手が私のせいで血まみれになってしまったじゃないか……」
なんだ、そんな事かと安心した。
私のこんな傷は、心配される必要は全くない。私には『再生』のスキルがある。アルテラもきっと似たようなスキルを持っているはずだ。私程強力なスキルではないかもしれないけど、その力の強さを考えれば持っていてもおかしくはない。
「こんな傷、気にしなくて良い。私はルシアを、絶対に助けてみせる。だからルシアも諦めないでほしい」
「……どうしてそこまでしてくれるんだ?私は貴女と出会ったばかりで、お互いの事をまだ何も知らないだろう。傷ついてまで助けられる理由が、私にはない」
「君の勇者の力は、カミ討伐に必要だ。しかし君はボクの誘いを断った。それは別にイイ。手に入らないのなら、せめてその力がカミに渡るのを防ぎたい。だからヒメノちゃんに協力しているだけだ」
「アルテラ様は、少し静かにしていましょうね」
口を挟んで来たアルテラを、ミストラージュが手を引っ張って少し離してくれた。
次は私の番だ。私は私の傷ついた手を掴んでいるルシアの手に、もう片方の手をそえて握りながら、答える。
「私は勇者アルディスに、救われた」
「父に会った事があるのか……?」
「ない。昔私は病弱だった。その時、勇者アルディスを……なんと言えば良いんだろう。見て、勇気を貰った。彼の活躍に、胸が躍った。私に生きる希望と、目標を与えてくれたのがアルディス。彼のおかげで生きてみようと思えて、今もこうして生きている。その恩をアルディスに返す事は出来ないけど、娘の貴女に返す事は出来る。私は貴女を……救いたい」
「……」
私が自分の正直な想いを訴えると、ルシアは目を見開いて驚いた表情を見せた。それから、どこか安心したようにニコやかな表情となる。
「ヒメノさんはきっと、私にとっての勇者なんだな」
ルシアがそう言った瞬間、私の手を握るルシアの手から、暖かい何かが流れ込んできた。それはきっと、ルシアの魔力だ。ルシアの体が僅かに黄金色に輝き、私に力を託してきたのだ。
それで、気が付いた事がある。
「もう一度やる」
「おっけー」
「アルテラは下がっていていい。私一人でやりたい」
私はルシアの胸に手を置いた状態で、再び魔法を発動させる。
魔法にはルシアから流れ込んできた魔力を籠める。
「聖鐘・破魔魂浄」
私の魔法が、ルシアの魂にひっつくカミの魂に襲い掛かった。魔法はカミの魂を包み込んで攻撃し、消滅させようとする。カミの魂もやられまいと、いつも通り反撃して来た。魔法を遡って来て術者である私を攻撃してくる。
だけど構わず私は魔法を発動し続けた。すると私の身体が、黄金色に光り出す。これはまるで、ルシアが勇者の力を発動した時のような現象だ。
やがて私が放った魔法は、カミの魂をルシアの中から消し去った。




