助けたい
壁の無くなった、私の私室。
妙に爽やかな風が入って来て、それが心地良く感じてしまう。
「ふんっ。逃げたか」
部屋に大きな穴を開けた張本人のアルテラが、剣をアイテムストレージにしまった。
それから私の方を向いて来る。カミに対してはずっと険しい表情を浮かべていたけど、こちらを向いたその顔は笑顔だった。
「アルテラ。どうすればルシアを──」
「……」
笑顔で私の方に歩み寄って来たアルテラは、そのまま止まらずに黙って私を抱きしめて来た。
私よりも少し背の大きなアルテラの胸に顔面を包まれて、動けなくなってしまう。アルテラはスレンダーな体つきではあるけど、立派な女の子だ。柔らかな物がしっかりと存在し、その感触は充分に私を楽しませてくれる。
「嬉しいよ、ヒメノちゃん。カミの眷属でありながらカミの言葉に惑わされず、カミを倒す道を選んだ君をボクは歓迎する。是非ともボクの仲間になってもらいたい」
アルテラはカミを倒すことを目標としている。カミからトワを開放したい私とは、目的が一致している。断る理由はどこにもない。
「その前にルシアを助けたい。魔物化を解くにはどうしたらいいか知ってる?」
「残念ながら知らないよ。でも考えてみよう。このまま勇者の力をカミに持っていかれれば、非常に厄介だからね」
アルテラはそう言うと、私をハグから解放した。そしてベッドの上で横になっているルシアの下へと歩み寄る。
「やぁ、ルシアちゃん。調子はどう?」
「……内側から、何かが沸き上がって私を変えようとしている。気分は最悪だ。油断したら……意識が飛びそうだ。そうなれば、私は……」
私達が町の中で倒した魔物化した男は、外見上は何か異常があるようには見えなかった。ただ意識が混濁としていて、ゾンビのような状態だっただけだ。それと同じで、ルシアもその内ゾンビ状態になってしまうのかもしれない。そうなったら、魔物化はすぐ目の前だ。
「どれどれ」
アルテラが、ルシアの額に優しく手を触れた。何かの魔力の流れを感じる。
アルテラはそのまま目をそっと閉じて、集中し始めた。私はその様子を見守る事しかできない。
「……術者の魔力が、ルシアの魂に突き刺さっている。魔力と一緒にカミの魂をこめられ、ルシアの魂そのものの形を変えようとしているようだ。これがただの魔物化ならどうにかしてあげられるかもしれないけど、カミの魂が一緒なのが厄介だ。カミの魂は粘着質だ。そう簡単に取り除いてはあげられない」
「でも、取り除かなければいけない。どうすればいい?」
「一番簡単なのは……殺す事だ。殺せば魂は霧散し、魔物化もしないし、カミの魂からも解放される」
「絶対にダメ。ルシアは助ける」
「そうしたいのはボクも一緒だ。出来れば勇者の力は、ボク達側についていてほしい。だけどそれが無理で、敵に回るというなら殺すしかない。ルシア。君も嫌だろう?魂ごと変化させられて、ろくでもない異世界からの侵略者の意のままに操られるのは」
「っ……!」
「君は大切な者を、その手で殺す事になる。君の意思は関係ない。その時意思があるかも分からない。そんなの嫌だろう?分かるね?」
「……ああ、分かるよ。誰かの言いなりになって、罪のない人……大切な人の命を奪うかもしれない……そんなの絶対に嫌だ。どうか……そうなる前に、私を殺してくれ」
ルシアは涙ながらに、そう訴えた。その訴えに応えるかのように、アルテラの手がルシアの首へと向かって伸びて行く。
私はその手を、掴んで止めた。
「邪魔するの?」
「……殺してと、自分から言うように誘導した。そのやり方は、カミと似ていて卑怯」
「は?ボクがカミと同列視されると怒るのを、分かって言ってる?」
「分かってる。それでもあえて似ていると言わせてもらう。何よりそのやり方が気に入らない」
真っすぐにハッキリとそう言い切ると、アルテラが私を睨みつけて来た。怖い。だけど私もここで引いてなどいられない。引けばルシアがアルテラに殺されてしまうからだ。
目的が一致して仲間になろうかという直前でコレである。こりゃ仲間の件は破談だな。
「……ごめん」
しかし唐突にアルテラがしょんぼりとした表情になって、謝って来た。
「ボクはどうにも判断を急ぎ過ぎると言うか、少し頭が固い所がある。面と向かってヒメノちゃんに言われると、やっぱり殺すという判断はまだ早すぎると気が付いた。時間はまだある。まずは一緒に、ルシアちゃんを魔物化から救う方法を考えよう」
「……うん」
私が返事をしたその時、部屋の扉が勢いよく開かれた。そして大勢の兵士達が入って来た。
部屋に入って来た兵士達はまず、壁の無くなった部屋の中の状況を見て驚いた表情を浮かべる。それから私やベッドで眠るルシアに、アルテラを順にみて更に困惑した様子を見せた。
「この状況は一体……?」
さすがにこれだけ派手に部屋を破壊されれば、城内の衛兵にも気付かれるだろう。
しかしノックも何もなく突入して来るのはどうかと思う。状況が状況だから、別に怒ったりはしないけどさ。
「説明してください、ヒメノ様。部屋を破壊したのは誰ですか?そしてこの方たちはどなたですか?」
「……アルテラと、ルシア」
「いえ、名前を聞いているのではなく……」
「壁を破壊したのはボクだ。積年の恨みをもつ敵がいたので、ついね」
「失礼ですが、敵とはなんの事ですか?もしやとは思いますが、町の中で突如として出現した魔物と何か関係が?」
勘の鋭い兵士が、腰に差した剣に手をかけながらアルテラにそう尋ねた。
トワにカミが命じてやらせた事だろうから、関係なくはない。でもそれはアルテラが仕掛けた事ではないので、少しズレている。
「アルテラは、私の友達。武器を向ける必要はない」
私の台詞を聞いて、アルテラが嬉しそうにこちらを見て来た。
「では、どうかきちんと説明してください。町に出現した魔物と関係ない事を。それとこの部屋が破壊された事についても」
「……ぐっ」
ベッドの上では、ルシアが苦し気に唸っている。今すぐにでもルシアへの対処法を考えなければいけないのに、兵士達が鬱陶しい。
でも急がば回れという通り、ここは兵士達にきちんと説明してからルシアに集中した方が良さそうだ。こんな状況では何も出来やしない。
「ここは友達のボクに任せてよ」
しかし頼もしくもアルテラが私の前に立ち、騒ぎ立てる兵士達を制止するように歩み寄っていく。マントを翻しながら堂々と歩くその姿は、かっこよく見える。
「ボク達は今、ちょっと忙しいんだ。部屋から出て行ってくれるかな?」
「この状況ではそういう訳にはいきません。説明を願います」
「頭が固いなぁ。ごちゃごちゃ言ってると、殺すよ?」
「ひっ!?」
アルテラが殺気の籠もった目で、兵士を睨みつけた。アルテラの殺気は強烈すぎる。殺気を浴びた兵士の何人かは、腰を抜かしてしまっている。
だけど、体長格だろうか。私達に向かって質問を投げかけて来た兵士は、ビビりながらもアルテラに対して剣を握って臨戦態勢を保っている。中々根性のある兵士だけど、無駄な根性は命を縮めかねない。
というか任せろって、物理的な意味でか。そりゃあ物理的な意味でだったらどうとでもなるだろう。彼ら相手なら私にだって出来る。
「──ちょ、ちょっと退いてくださいまし!」
かなり困った状況になったけど、そこに兵士達をかきわけて救世主が現れた。
赤色を基調とした制服姿のミストラージュだ。兵士達の制止も振り切り、私の方へと向かってくる。
「やっぱり今の気配はアルテラ様でしたのね。部屋の状況はともかくとして、どうしてルシアさんは苦しそうにしていますの?」
「……訳は後で話す。今は時間が惜しい。人払いを」
「聞きましたわね。皆さん部屋から出て行ってくださいまし」
「し、しかしミストラージュ様……!」
「ヒメノさんがこう言っているのです。大丈夫ですわ。それにこの方をどなたと存じえますの?新たな魔族の王、魔王様ですわよ」
「ま、魔王!?」
ミストラージュがアルテラを魔王と紹介し、兵士達が更にどよめいた。
それに対してアルテラは兵士達にへらへらと笑いかけながら手を振っており、威厳は全くない。もう殺気は放っていないけど、先程の殺気を浴びた兵士達は信じざるを得ないだろう。
「後で説明してくださいね」
そう言い残し、ミストラージュは兵士達を率いて部屋から出て行った。
私を信じてすんなりと行動してくれるミストラージュに、心がときめいてしまう。
「ヒメノちゃんはよっぽどお姫様に信用されてるんだねぇ。仲が良くて羨ましい限りだよ、うん。でも部屋は代えてもらおうか。さすがに壁が無くなって強風が当たる部屋の中では、ルシアちゃんの体力にも響くだろうし」
この風穴は一体誰が開けたと思っているんだ。そしてそういう事は、ミストラージュ達が去っていく前に言って欲しい。
一旦部屋を出て行ったミストラージュ達に声を掛け、部屋を変えてもらうように要求しなくてはならなくなった私の気持ちも考えて。




