決別
カミは私の問いに対し、腰をくねくねと曲げて怪しげなダンスを披露する。
『んー?んんー……』
そして何やら唸りながら、考えるような仕草を見せる。
その仕草がなんだか私をバカにしているかのように見えて、更に腹が立つ。
「いいから、教えて」
私は殺気を放ちつつ、カミに向かって言い放った。
『あはははは!ヒメノちゃん、いつになく余裕がないね!いや、怒らないでおくれよ。ボクはいつもこんな感じだ。別にヒメノちゃんを怒らそうとかそういうつもりは一切なんだよ』
「それなら早く私の問いに答えて」
『知ってるけど、知るためにヒメノちゃんは何を差し出してくれるのかにゃー?』
カミがその顔を真横に曲げて、疑問を浮かべているような仕草を見せて来た。
人間なら首の骨が折れているくらいの角度に首を曲げる姿は、不気味だ。
「差し出す……?私はカミに協力して、神獣を倒して来た。それじゃあ足りないの?」
『うん。実は神獣退治はただの暇つぶしなんだ。待てばその内神獣は死ぬし、わざわざ君達に頼む必要はない』
アルテラの言った通りだった。
その台詞を何の迷いも淀みもなく、堂々と言い切るカミは、やはり私達の事を対等な存在として見ていないのかもしれない。
「じゃあどうして私達に神獣退治をさせるの?」
『暇つぶしさ!異世界からやって来て、右も左も分からない君達が頑張る姿は、暇つぶしに丁度イイ!数々の激闘や人間ドラマに、葛藤や恋愛は、やっぱり感動するよね。そしてその感動をぶち壊す、ボクという存在。たまらない。やっぱり人間は、虐め甲斐がある。という事にしておいてちょ』
なんか怪しい。でもここで追及しても、カミが本当の事を話すとは思えないので、スルーしておく。
「何を差し出せば良い」
『んー……ボクはヒメノちゃんを気に入っているんだ。だから君の心を支配させてもらいたい。一生ボクの奴隷として、ボクの言う事を聞くお人形さんになるんだよーん』
「断る」
『あ、そう。いいの?その子。勇者の血を引き継ぐルシアちゃん。このままじゃ魔物になって、大切な人を自らの手で殺しちゃう化け物になっちゃうよ?』
「……」
ここで手を打たなければ、ルシアはカミが言う通りになるのだろう。カトレアさんや、教会の子供達の皆を、ルシアに殺すように命じるつもりか。本当にやり方が汚く、陰湿だ。
これもカミにとっては暇つぶしでしかない。人間を玩具として見て、人間の感情を操り遊ぼうとしている。
今のこの状況も、カミにとっては遊びなのだろう。私の心の支配に失敗し、次に打って来た手はコレだ。妹のトワの心を支配して、ルシアの魔物化を材料にして心を差し出すように脅している。
『ボクはどっちでもいんだよ。君が選ぶんだ。勇者を見捨てるか、自らを犠牲にして生きるか』
耳元で囁くように言ってくるカミが、私の冷静な思考能力を奪ってくる。
カミの声は危険だ。私は耳を手で押さえつつ、カミと距離をとって冷静さを保とうとする。
落ち着くんだ。私がここで自分が犠牲になる道を選べば、カミの思い通りになって全てが終わる。
ノルンの時と同じ轍は踏まない。
「トワは?」
『うん?』
「トワの心の支配を解いて、解放しろと言ったらしてくれる?」
『トワちゃん、か。あの子は君の事を、深く深く恨んでいる。君のせいであの子の人生は滅茶苦茶になってしまったんだ。君が病弱なせいで君のかわりに全てのプレッシャーを背負う事になった。頼るべき姉は自分に対して謝るばかりで何もしてくれない。そして気づけばこんな危険な世界に連れて来られてしまった。右も左も分からない。何度も死にかけ、精神はすり減り、頼れる存在はボクだけとなってしまい、そしてとうとうボク心を差し出してお人形さんとなってしまった。彼女は死ぬまでボクのお人形さんでいてもらうよ』
私は力強く拳を握った。爪が掌に食い込んで痛い。この実体のないカミに実体があったら、今すぐにでも殴りかかっていただろう。
「お前は何がしたいの」
『ふ。実を言うと、ボクは君の事を気に入ったんだ。その強さはボクの側にいるのに相応しい。先程は心の支配と条件をつけたが、もし君がボクの味方でいてくれると約束してくれるのなら、トワちゃんの支配を解いてあげよう。でも勇者はダメだ。その力はボクの支配下に置かせてもらう。どうするー?ボクについてくれば、世界の半分をあげちゃうぜ!』
私に向かって親指をたて、なんだか悪役がよく言うような台詞を吐いてくるカミ。自分が悪役みたいだと言う自覚はあるのだろうか。みたいじゃなくて、実際にそうなんだけどね。
「……」
トワが良くて、ルシアはダメ。つまりカミは勇者の力を、それだけ恐れているということが分かる。
私に対してもトワを人質にして私を引き入れようとしているあたり、私の事もどこか恐れている気がする。
暇つぶしがどうのと言って、この世界の支配者を気取るカミ。だけど恐れる物はある。
『黙ってないで、返事を聞かせてくれないかにゃー?』
「──ふふ。ふは。ははははは」
笑っているのは私だ。相変わらずの無表情の笑いだと思う。カミと全く一緒だ。
でも笑わずにはいられない。カミは、私が知っている通りのカミだった。異世界からの侵略者で、アスレベと同じ、この世界の敵である。
そのカミと敵対し、戦う自分の姿を想像してみた。それはゲームアスレベの勇者アルディスと重なる姿だ。
私がゲームの主人公に成り代わり、カミと戦う。その姿は……ゲームをプレイして憧れた主人公と全く同じで、そこに私がいる。
その姿を想像して、笑った。
『なになにー?何がそんなにおかしいの?』
「自分がカミと対峙して、戦う姿を想像してみた。それはまるでゲームの主人公のようで、それがおかしくて笑った」
『……つまり、どういう事だい?』
「私はカミに協力しない」
『協力しないと、元の世界に戻らないけどいいの?』
「カミが支配する世界に戻して何になる」
『そうかい。それじゃあ、君の妹を殺そう。彼女はボクの言う事ならなんでも聞いてくれる。君がボクと敵対すると言うなら、今すぐに自害するように言っちゃうよん?』
「トワの力でルシアは魔物化しようとしている。トワがいなければ魔物化が出来ないし、それに言う事をきかせる事もできない、はず。だからトワを殺したりは出来ない」
『ふふ。ヒメノちゃーん。頭もキレるようになったね。ま、そういう事にしておいてあげるよ。人質を簡単に殺してしまうと、後がつまらなくなるからね。それにしても、ガ・リグレで死ぬはずだった君がまさかこうまで成長するとはね。ボクは驚いている。そして君が欲しい。ボクの物になってくれないのが、本当に残念だ』
カミが愛おし気に、私に向かって手を伸ばし来る。私はその手を払いのけるような仕草をみせ、カミを拒否した。
『……ま、いいよ。それが君の選択だというのなら、受け入れよう。せいぜいボクを楽しませておくれ』
「トワを返してもらう。そのために、もう一度カミを倒す」
『好きにすればイイ。でも残念ながら、今ボクは御覧の通りの状態だ。肉体がない。こんな状態のボクを、どうやって倒すんだい?』
「それは……」
成仏させるとか……だろうか。
『ふ。ボクはその内、肉体を手に入れて復活する』
「復活なんてさせない」
『妨害するつもり?でもそれは無理だよ。ボクは復活する。そしたらその時は、堂々と戦おう。ズルはしないでくれよ?正々堂々、正面からぶつかり合って戦うんだ。血と汗を流して、熱い戦いを繰り広げようじゃないか!ヒメノちゃんが相手なら、ボクは大歓迎だよ!』
「……絶対に倒す。何度復活しようとも、同じ事。そしてどんな手を使っても、トワを取り戻す」
『どんな手を使ってもだなんて、怖いにゃあ。恐ろしいにゃあ。でもたった一人で強大なるボクに敵対しようなんて、思い上がりもいいところじゃないかな。この世界にやって来て偶然にも勝ち続けた事によって、勘違いしてしまっているようだね。改めて言っておくけど、この世界はゲームの世界とは違うんだよ。ボクの手にかかれば、ヒメノちゃんなんて指一本で潰せるくらいの矮小な存在なんだよ?もう遅いからね?ぐちゃぐちゃにして、後悔するまで痛めつけてあげちゃうからね?』
「──残念ながら、お前に対抗しようとするのはヒメノちゃんだけじゃない」
突然カミの声がした。だけど今喋ったのはカミじゃない。声のした方を見ると、窓際にアルテラが立っていた。
『……驚いた。ボクの可愛い可愛い奴隷ちゃんじゃないか。どうしてボクが見えるんだい?』
「お前の姿が見たくて、お前が寄越した刺客を殺して食べたからね。癪だけどボクにもカミの眷属としての血が流れてる。それとボクはもうお前の奴隷じゃない。二度と奴隷になるつもりもない。だから奴隷だなんて呼ばないでくれるかな?そしてお前をこの世界から消し去って、二度と舐めた口きけないようにしてやる」
『あはは!人間を食べたの!?凄いね!そんなにボクと喋りたかったの!?嬉しいよ!』
「喋りたかったんじゃない。殺したいんだよ」
そう言って、アルテラが剣をアイテムストレージから取り出した。取り出した剣を手に、カミに歩み寄っていく。カミには実体がない。攻撃しても無駄だ。
でもカミは近づいて来るアルテラから逃げるようにして走り、部屋の中をぐるぐると回り始める。
『ちょ、落ち着いてよ奴隷ちゃん!』
「黙れ。ボクの声で喋るな、ゴミクズ」
自分と同じ声で喋るカミに我慢できなかったのか、アルテラの黒い剣がカミに向かって振り抜かれた。
瞬間、強烈な力が放たれた。
私はベッドの上で苦し気に横たわるルシアの上に覆いかぶさり、衝撃に備える事にした。頭の上を何かが通っていった気がする。それから響き渡る、衝撃音と風圧。部屋の中に強烈な風が吹き荒れて、私は恐る恐る顔をあげて部屋の様子を見る。
すると、壁がなくなっていた。なくなったのは窓があった方の壁で、壁が無くなって空が丸見えとなっている。いい眺めだ。
『また会おう。でも次会う時は、敵同士だねっ』
丸見えとなった空に、カミが立っていた。最後に捨て台詞を残し、その姿を消していく。
アルテラの攻撃が当たって死んだ訳ではない。いつものように、ただ消え去って私の下からいなくなっただけだ。




