魔物化の矢
胸を貫かれたルシアが、白い光に包まれて行く。
トワが放った矢は白い光の矢で、実体のない魔法の矢だ。その姿を徐々に消していっている。見方によっては、ルシアの中へと吸い込まれて行っている気がする。
消える前に、慌てて矢を掴んで引き抜こうとするルシアだけど、引き抜く事は出来ないようだ。
「ぐっ、ああぁぁぁ!」
ルシアが苦しげな声をあげる。
私は慌ててルシアに駆け寄り、トワが放った矢をルシアと同じように引き抜こうとした。
だけど光の矢は、私の手を焼いて攻撃してきて、それでも強く掴んで引き抜こうとしたけど、やがて矢は消えてルシアの中へと消えていった。
「……」
更にトワが、私の背後から私に向かって同じような矢を放ってきた。
私はその矢を片手で掴んで受け止めると、その場で握りつぶして破壊する。
それから、トワを睨みつけた。
「やっぱりお姉ちゃんは失敗かぁ。ま、第一目標は達成って事でいっか」
「どういうつもり?」
「ああぁ……はぁ、はぁ」
私は白い光を体の中へと取り込んでしまったルシアを抱き起こしつつ、トワに尋ねた。
ルシアは先程よりは落ち着いた様子だ。それによく見れば、胸に刺さったはずの矢の傷がない。服にすら穴が開いていない。
だけどルシアは胸を掴んで苦し気で、目が虚ろだ。明らかに普通じゃない。
「私のスキル。『魔物化』の力を込めて放った矢よ。しかもカミの魂の欠片も込めたから、その子はもうじき神獣となるの」
「だから、どういうつもりかと聞いた」
「『勇者』のスキルは、脅威となる。だから早めに手をうっておきたかった。私だけじゃ勇者を探すのは無理だったけど、お姉ちゃんが手伝ってくれて助かったわぁ。出来ればお姉ちゃんも魔物化しておきたい所だったけど、お姉ちゃんはまだまだ体力的に余裕がありそうだし、もし当たっても無理だったかな」
「そのスキル……もしかして、今の人間が魔物に変化したのもトワがやったの?」
「そうよ。昨晩の内に仕組んでおいたの。まさかあんな高レベルな魔物に変化するとは思わなかったけど。このスキル、ややガチャ要素があるのよね。それともあの人間……もしかして、何か特別の力を持っていたのかもしれないわね。ま、カミに言われた通りにしただけだから、私には分からないけど」
トワが笑いながら言った。
でも私には、言っている事に分からない事が多すぎる。どうしてこんな事をした。どうして私も魔物にしようとした。どうして人間を魔物に変化させ、私達を襲わせた。
それに、今の魔物による襲撃は全てはトワが仕掛けた茶番だった?
「……ルシアを神獣にして、どうするつもり?」
「カミの眷属にするのよ。あたしが魔物化させた人間は、あたしの言う事を聞く人形となるから。かつてカミを倒す程の力を有した『勇者』の力は、これでカミの手に入った事になる」
「トワ。貴女はカミに支配されている」
「そうね。あたしはカミに全てを委ねている。だってそうすれば、カミが私を間違いのないように導いてくれるんだもの。私は今、とっても幸せよ。お姉ちゃんも全てをカミに捧げて、一緒にカミに従いましょうよ!」
トワがその場でくるくると回りながら、恍惚とした表情を浮かべて私に手を伸ばして来る。
私がその手を受け取る事はない。
むしろ怒りが湧いて来た。私の大切な妹を支配し、こんな事をさせたカミに対しての怒りだ。
「ルシアを神獣にしたら、カミはルシアを倒すまで復活出来ないはず」
「それは大丈夫。最後の一匹になったら、その子を肉体と魂ごとカミに捧げれば良いのよ。そうすれば勇者の力は、本当の意味でカミの物となる。かつてお姉ちゃんがしたみたいに、カミが倒されることも絶対になくなる。この世界は永遠に、カミの物となる」
「……ルシアを、元に戻して」
「無理。でもカミがいいと言ったら、元に戻してあげる。無理だと思うけど交渉してみれば?」
「……」
「その子が魔物になるまで、一日くらいかしら。それまでに町の外に出しておいて。あとはこっちがなんとかするから。それじゃあね。お姉ちゃん」
トワはそう言い残し、去って行ってしまった。私は手を伸ばしたものの、その後を追いかける気にはなれなかった。
トワは、カミに完全に心を支配されてしまっている。私はギリギリのところでリリエに救われたけど、トワは誰にも救われる事が無かった。
「ヒメノ様。途中から聞いていましたが、トワ様は……」
そこへ教会の瓦礫の中から出てきたリリエが、私の方に歩み寄って来て尋ねた。
「トワはカミに心を支配されていた。ルシアは……トワに魔物化の矢を放たれて、魔物化しようとしている。このままではさっきの男のように、ルシアも魔物になってしまう」
「トワ様が、ルシアさんを……?ということは、魔物になったあの男もトワ様が?」
「そうだった」
「……追いかけなくてもよろしいのですか?」
「カミに支配されている以上、トワには何を言っても無駄。それよりも今は、ルシア。ルシアを助けたければ、カミと交渉しろとも言っていた」
「カミとの交渉は危険です」
「分かってる。……私も今回の件で、踏ん切りがついた。もうカミには協力しない」
「はい」
カミとの決別は、妹に対する支配で踏ん切りがついた。更にはルシアにこんな事をするなんて、もう許せない。
カミは私の敵だ。そう認識せざるを得ない。
「ルシア!?ルシアはどうしたのですか!?」
そこへ瓦礫の中から出てきたカトレアさんが、駆け寄ってきた。私の腕の中で倒れるルシアに駆け寄って、苦し気なルシアの手を両手で掴み取って必死な様子で尋ねて来る。
「……ルシアはもうじき、魔物になってしまう。さっきの男と同じ」
「そ、そんな!どうしてそんな事に!?」
「……」
私は理由を話すのを躊躇った。トワの事を話せば、トワが悪人になってしまう。その通りではあるのだけど、これはトワの意思ではなく、カミの意思だ。本当のトワはこんな事、絶対にしない。
「とりあえず、ルシアさんを横になれる場所に運びましょう。私が抱えます」
「し、しかし教会がこの通りで、横になれる場所は……」
それどころか、子供達の大切な家が無くなってしまった。教会だけではなく、被害は周囲の家々にも及ぶ。兵士にも死人が出てしまった。かなりの被害が出ている。この全てを、私の妹であるトワが引き起こした。カミに支配されているからという言い訳はあるけど、やったのはトワだ。
考えれば考える程、怒りが湧いて来る。トワがカミに支配されようとした時、傍に居て守れなかった事が悔しくてたまらない。
「ミストラージュに頼るしかない」
「そうですね。子供達も連れて急ぎ塔に向かいましょう」
町の中に突然出現した、巨大な魔物。教会の周辺は狭いながらも規制線が張られ、教会があった場所から少し離れた場所から教会に近づく事ができないようなっていた。そこで兵士達が集まり、戦う準備を進めている所だった。だけど規制線の中から出てきた私達が魔物を倒した事を告げると、面倒な事になった。本当に魔物が倒されたかどうかの確認と、私達の素性を尋ねられて簡単に解放してくれそうな気配がない。
なので私は、リリエとカトレアさんと子供達にこの場を任せ、ルシアを連れて先に塔へ向かう事にした。ルシアを背負った状態でその場から抜け出すと、私は建物に飛び移って塔へと向かう。
塔につくと、そこでも兵士達が慌ただしい動きを見せていた。町の中に出現した魔物への対応で、手一杯という感じだ。その隙にルシアを塔内に運び入れ、自室にやって来るとベッドの上に寝かせ、ようやく一息つく事が出来た。
「うぅ……ヒメノさん……私は……」
苦し気だけど、ルシアの意識はある。だけどとても苦し気で、汗もかいている。
「ここは私が借りている部屋。ゆっくり休んでいて良い」
「……体の中から溢れる何かが、私を侵食している。私はもうじき……魔物になってしまうのか?」
意識があるので、話も聞いていたのだろう。そう尋ねられた。
「私がさせない。だから、大丈夫」
私は根拠のない事を言った。だけど考えは巡らせている。
トワは私にもし魔物化の矢が当たっても、体力的に余裕があるから無理そうだと言っていた。魔物化の矢は、相手の体力を削る必要がある。他にも何か制約があるはずだ。なければどんどん魔物に姿を変えて、使役して自由に動かす駒と出来る。一番ありそうなのは、魔物化出来る敵には限りがある事。あるいはMPの消費が激しく、打てる矢に限りがあるとかだろうか。
そう分かったところで、ルシアの魔物化への対処法は分からない。どうすればいい。どうすればルシアを救う事が出来る。
『やぁやぁこんにちはー!なんだか大変な事になってるみたいだね、ヒメノちゃーん!』
そこに、能天気な声が響いた。どこからともなく出現したカミは、くるくると回転して踊りながら私に向かって言ってきた。
その姿をみた瞬間、殴りかかりたくなる。だけどカミは、色んなことを知っている。今はその知識に頼り、ルシアの魔物化を解く方法が知りたい。それにトワが、魔物化を解きたければカミに交渉しろと言っていた。
「……ルシアの魔物化を解く方法を教えて」
だから心を落ち着かせ、まずは冷静に、そう尋ねた。




