崩壊
翌日、私はリリエと共にトワの家へとやって来た。例によってハクはストレージの中にしまってある。
ミストラージュもいない。ミストラージュは今日から学校らしく、忙しくなるらしい。私との関係も、学校をちゃんと卒業してから考えると約束しているので、学業はおろそかにしない。
「……おはよ」
「おはよう」
「おはようございます、トワ様」
トワの家の扉をノックすると、眠たそうに目を擦るトワが出迎えてくれた。
「何の用よ」
「ルシアが心配だから、教会に行こうと思う。一緒に行く?」
「……すぐ支度するから待ってて」
そう言って、家の中へと消えていくトワ。ものの数分後、身支度を済ませたトワが家から出てきた。
昔からそうだったなぁ。トワは何をするにしても支度が早い。女の子とは思えないほどに。だけどしっかりとしてない訳ではなくて、だらしなくない。寝癖もないのが凄いと思う。
3人になった私達は、教会へとやって来た。教会の前の広場では子供たちがボールで遊んでおり、楽しげな声が響いている。
「あ!昨日のお姉ちゃん達だ!」
「金色の髪のお姉ちゃんは?」
子供たちが私達に気付くと、ボール遊びは中断されて一斉に駆け寄られ、囲まれてしまった。
つぎはぎだらけの服を着用する、子供達。体の清潔は保てているし、栄養もとりあえず取れているのか変に痩せている子もいない。
でもやっぱり、生活はギリギリなのだと思う。ここを追い出されていたら、この子達は本当に路頭に迷う事になっていたと思う。
「皆さん落ち着いてください。ルシアさんは帰ってきていますか?」
リリエが子供達をあやしつつ、そう尋ねた。
「帰ってるよ!夜中に帰って来たみたい!」
「でもカトレアさんと何か大事な話があるって!」
「カトレアさんのお部屋にいるよ。こっち!」
子供たちが先導して、ルシアのいる場所へと連れて来てくれた。
そこは教会の中の奥にある部屋だった。子供たちが遠慮なしにノックしてから返事も聞かずに扉を開くと、狭い部屋の中にシスターの女性とルシアがいた。
「随分と騒がしいですね。どうしたのですか、皆さん」
「カトレアさん、お客さんだよ!」
「うげっ」
私とトワとリリエの姿を見たルシアが、座っていたイスから立ち上がった。そして窓から逃げようとする素振りを見せる。
「お待ちください、ルシアさん。私達は貴方に何もしませんし、仲間に引き入れようともしていません」
リリエがそう声を掛けると、ルシアの動きが止まった。
「……何もしない?」
「はい。昨夜貴方を勧誘したアルテラ様も、断られたら仕方ないと言って帰りました。私達は別に勧誘にやって来た訳でもありませんので、安心してください」
「じゃ、じゃあ何をしに来たと言うんだ?」
「様子を見に来た」
ルシアがこのまま行方不明になったりしたら心配だから、本当にただ様子を見に来ただけである。
教会の方はミストラージュがなんとかしてくれるだろうから、心配はしていない。その内解決するはずだ。
「皆さんはお外で遊んでいてください。私達は少し、皆で大事なお話をしなければいけないのです」
「また大事なお話ー?ルシアも遊ぼうよー」
「……ああ、後でな。先に行っていてくれ」
「約束だよ!」
私達を案内してくれた子供達は、この場を去っていった。
手狭な部屋に自分がいたらもっと狭くなると言って、リリエもこの場を後にした。代わりに子供たちの面倒を見ていてくれるらしい。
「昨夜の件、危ない所を助けていただいて本当にありがとうございました。しかもミストラージュ様が私達が住める別の場所を探してくださっているようで……感謝の言葉しか出てきません。あ、申し遅れました。私の名はカトレアと申します」
シスターさんの名前は、カトレアさんというらしい。シスターさんはまだ若いように見える。30歳……にもなっていないと思う。若いのに子供達にとても頼りにされ、慕われているのは凄い事だ。しかもあんな出来事があってもめげずにシスターを続けるなんて、並大抵の胆力では無理なはず。
私、この人のファンになってしまいそう。
「その事に関しては、私も感謝している。本当にありがとう」
続いてルシアもお礼を述べて来た。
「ヒメノ。私の名前」
「あたしはトワ」
「よろしくお願いしますね。……ミストラージュ様から聞きましたが、皆さんはルシアの力を知っているのですよね」
「シスターも知ってたの?」
「ええ。今から10年程前、この子の父親から聞かされました。この子には特別な力がある。その力を狙っていつか悪い人がやって来て、私達に迷惑をかけるかもしれない。でもその時はこの子を、匿ってやって欲しいと。当時は私の先輩にあたる方もこの教会にいましたが、彼女は快くルシアを受け入れて新米の私と共に成長してきました。実際は迷惑をかけられるどころか、ルシアが皆を守ってくれて心強い限りです。でも、力を使えば反発を生んでしまう。昨日の件は、ルシアがダレス商会の皆さんに力を行使してしまって招いた結果でもあります」
「奴らは私達の話を全く聞いてくれなかった。だから殴り込んで言い聞かせただけだ。私は悪くない」
「……」
ミストラージュの話では、ダレス商会は正規の手順でこの辺りの土地を買収した。その土地に居座る者を追い出そうとするのは、当然と言えば当然だ。更には反抗してかちこまれたら、怒って強硬手段に出てもおかしくない。やろうとした事は悪かったけど、視点を変えればダレス商会も被害者っぽく見えてしまう。
「またそんな事を言って……」
「皆を巻き込んでしまったのは悪かったと思っている。私は己の力を過信してしまっていたのだと思う。ごめんなさい」
「……この子は自分の力の使い方が、まだ分かっていません。私には力を持つ者を導く術も経験もなく、自分の不甲斐なさに腹が立ちます」
「カトレアさんは悪くない!悪いのは私だ!」
「貴方に力を行使させるような事態に陥らせたのは、私の責任ですよ。言い訳のしようがありません。今回は偶然ミストラージュ様が手助けしてくれることになりましたが、運が良かっただけです。それに他人に頼って窮地を脱するなど、なんと情けない事か……」
「それは違う」
「え?」
「他人に頼って窮地を脱するのは、悪い事じゃないし情けない事でもない。それに運は、実力の内」
「ぷっ。前は他人に頼らなきゃ生きていけない身体だったものね。お姉ちゃんがそう言うと説得力あるわ」
トワが笑って余計な事を言ってくる。
そりゃあ元居た世界では病弱で、誰かの看病が無ければ生きていけなかったよ。それは情けない事だったかもしれないけど、健康になった今思えば、頑張って生きていて偉かったなと褒めてあげたい。
それと同じで、頑張っていたシスターさんは褒めてあげたい。
「……ありがとうございます。そう言っていただけると、心が楽になりますね」
そう言って、シスターさんが僅かに笑った。
「──キャアアアァァァァ!」
と、その時だった。外から子供達の高い叫び声が聞こえて来て、私達は部屋から飛び出した。
すぐに外に出ると、子供達が教会の扉の前に集まっていた。
「どうしたんだ!?」
「あれ……」
怯えた様子の子供達がルシアに尋ねられ、指さした方向に男が立っている。
見覚えがあるな。確か昨日、ルシアを殴ろうとした男だ。
どうせ昨日の復讐にでも来たのだろう。だとしたら、また追い返すだけだ。
「ゴ、ガ……グ……」
でも、なんだか様子がおかしい。
目は虚ろで、体の動きがまるでゾンビみたい。それになんか……身体から魔力が溢れ出ている?黒いモヤが身体から溢れ出ているけど、これは可視化された魔力だろうか。
「ヒメノ様。様子がおかしいので遠くから声を掛けても、反応がありません。どうしますか?」
子供達に教会に避難するように言ってくれたのは、たぶんリリエなのだろう。遅れて私達と合流し、指示を仰いできた。
とりあえず、『鑑定』のスキルを使ってみる事にした。
名前:ゲルロ・アルタ
種族:人間
レベル:12
HP:11 / 329
MP:29 / 29
レベルは低く、HPは11しか残っていない。死にかけだ。更によく調べると画面のページが切り替わり、こんな項目が出てきた。
状態異常:魔物化
「……リリエ」
「はい」
「人間が魔物の姿に変わってしまう事は、ある?」
「いえ、聞いた事がありません」
じゃあこの状態異常はなんなのだろうか。
「気味の悪い奴め。この教会に一体何の用だ?」
「待ってください、ルシア。ここは私が。……ダレス商会の方、ですよね。ご用件を伺ってもよろしいでしょうか」
シスターさんが敵対的なルシアに代わって、不気味な男に歩み寄っていく。せっかくシスターさんが聞いているのに、男は無反応。
それどころか、突然シスターさんに向かって飛びかかった。
しかしそんな男をルシアが蹴り飛ばし、守って見せた。男は後方に飛ぶと、心配になるくらい受け身もとらずに大の字に倒れ込む。
「無駄だ、カトレアさん。この男、何か変だ」
倒れた男が、ピクリとも動かなくなった。一見すると、死んでしまったようにも見える。
でも次の瞬間、男の身体がはねた。はねると同時に、手足や胴体がボコボコと膨らんで形を変えて、膨張。男の身体の形が変わっていく。
そして変化が終わると、つい先程まで人間の男だった魔物が、そこに立っていた。
『ゴガアアアァァァ!』
魔物が大きな咆哮をあげる。
長い手足を持つ、人型の魔物だ。身長は10メートル程で、人と同じように2本足で直立で立っている。手は長すぎて地面についている。右腕だけ異様に太く重そうで、左手は細い。顔面も同じで、右側がボコボコと膨れてコブのようになって目が細くなっているのに、左目はパッチリと開いて骨格が見えている。肉体は全体的に隆起して筋肉質なんだけど、見た目のバランスが非常に悪い。
あと、服が破れて股間の物が丸見えだ。見た事ないけど、男の人のってこんな感じなの……?
すかさず『鑑定』のスキルをもう一度使ってみる。股間にじゃなくて、魔物自身にだ。
名前:アームグラトル
種族:魔物
レベル:60
HP:489111 / 489111
MP:11987 / 11987
先程よりもレベルアップしている。いや、そんなレベルじゃない。レベル60って……私よりも格上じゃないか。
何をどうしたら、レベル12の人間がレベル60の魔物へと姿を変えるのだ。
「──どうして、人間が魔物に」
目の前の巨人を見上げるルシアが、呑気にそんな事を呟いている。
魔物は吠えながら、ゆったりとした動きで巨大な右腕を振り上げている。その動きで何をしようとしているのか分かるはず。
だけどルシアは目の前の光景に呆然として動こうとしない。
目の前に突如として出現した巨大な魔物に、混乱している。
「リリエはカトレアさんを」
「は、はい!」
私は『魔力噴出』を発動して銀髪状態となり駆け出すと、ルシアの手を引っ張ってその場から退避した。同時にリリエも駆け出していて、カトレアさんをお姫様抱っこで回収して私と共にその場から離れる。
走り出してから背後で嫌な気配を感じた。巨大な質量のある物が降り注ぎ、襲い来るような気配だ。
直後に、私の後方で物凄い爆発音が響いた。同時に地面がはねてバランスを崩しかけるも、子供達の集まっている教会前にまで辿り着く。教会前では、トワが子供達を教会の中へと先に避難させていた。それに続いてリリエも教会の中へと入っていく。
あとから来た私も、やって来た衝撃波によって背中から押されるような形で、教会の中へと飛び込んだ。ルシアも一緒だ。
建物の中に入ったからもう大丈夫。とはならなかった。
教会の天井から巨大な岩がいくつも飛び込んできて、天井が崩れ出した。更には建物全体が崩れ始めてしまう。衝撃波と重なって、教会が崩壊するのはあっという間だった。




