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和解


 しばらくトワについて歩いて行くと、トワが道端に設置された手すりに腰を掛けて止まった。


「……あんたは間違いなく『祭川 姫乃』だわ。その感情のない顔とか、人に甘えて自分から中々喋ろうとしない所とか、あたしの後をこそこそ付いて来る感じ。まさにお姉ちゃんそのものだもの」


 目つきを鋭くしてこちらを睨みつけつつ、トワが嫌味ったらしくそう言って来た。


「そういうトワは、間違いなく『祭川 姫香』。いつも私に怒ってたし、今もそう」

「ええ、そうね。あたしはいつもあんたに怒ってた。だけど少し憧れてたところもあるのよ」

「憧れ?」

「頭が良くて、可愛くて、努力家。親の期待に応えて難関学校にも受かって、凄いと思った。そんな姉が好きだと言ってたから、あたしもこのゲームに興味を持って、そしてハマった」


 そう言えば、トワはゲームのアスレベの負けイベントであるカミを私が倒したと聞いて、驚きつつ褒めてくれた。トワはゲームのアスレベを知っている。

 意外だった。トワはゲームをするようなタイプとは思えなかったから。それで、アスレベにハマったのが私が好きだと言ってたから?更に意外だ。


「ま、負けイベントを攻略してやろうと思う程はハマらなかったけど。でも好きなゲームではあった」

「……私は病気になって、暇だったから」

「暇だからって体調が悪いのに命懸けでやるような事じゃないわよ。もっと他に情熱を燃やすべき事はあるでしょ。……まぁ、夢中になったら周りが見えなくなるのもあんたらしいと言えばあんたらしいけど」

「……うん。ごめんね」

「出た。ごめん。ごめんね。悪いと思ってる。すぐに謝るその癖、どうにかしてくれない?」


 謝罪の言葉を述べると、やっぱりトワは苛立ち私に怒りをぶつけて来た。


 別に私は謝り癖がある訳ではない。トワに対してだけ、どうしても罪悪感があって謝ってしまうだけだ。


「トワがこの世界に来てしまったのも、私のせい」

「あんたが負けイベントのカミを倒したからなんでしょ?それは別に良い。むしろよくやった。あんたのおかげで、あたしは親の呪縛から解放される事が出来た」

「……トワは、お父さんとお母さんが嫌いだった?」

「大嫌いよ!だってあいつら、あたしの自由を奪ったんだもの!ううん、それもあるけど、それ以上に、お姉ちゃんを裏切ったじゃない!お姉ちゃんはあいつらの期待を一身に受けながら頑張った。だけどお姉ちゃんが病気がちになると、お姉ちゃんを捨てた。そしてまるでお姉ちゃんの代わりのように、あたしを可愛がるようになって、同時にお姉ちゃんに向けられていた期待もあたしに移った。自分達の思い通りにならなかったからって、そんなのあんまりじゃない!心底気持ちが悪い。心底軽蔑する」

「それは仕方がない事だと思う。全部、私が期待に応えられなかったのが悪い」

「そんな事ある訳がないでしょう!いつもいつも、なんでも仕方ない事だって諦めたみたいな事言って、そういうあんたもあたしは大嫌い!だからイラつくのよ分かる!?」

「……」

「あんたがもう少し素直だったら、あたしもあんたに酷い事を言わずに済んだ。……ねぇ、どうしてあんたは怒らないの?あたしはあんたに、酷い事を言ってしまったじゃない」


 眉毛を吊り上げて、怒ったような顔をしながらも、トワのその瞳が潤んだ。まだ零れてきてはいないけど、すぐに決壊して溢れ出てきそうな程に潤んでいる。

 これは、怒っているのだろうか。それとも泣いているのだろうか。


「酷い事?」


 なんの事か分からず、私は尋ねた。


「……あたし達が、元居た世界でした最後の会話、覚えてないの?あんたからあたしに移り変わった親のプレッシャーの責任を、あたしはあんたに押し付けた。あんたが一番辛かったはずなのに、あたしは酷い事を言ってしまった。だから、謝ろうと思った。旅行なんてどうでもよくなって、あたし一人で親の所を抜け出して家に帰って来た。だけどその瞬間、カミの手に掴まれて気づけばこの世界にいて、『トワ』という名の少女の肉体に入り込んでいた。もう二度と、あんたと会えないと思った。謝れないと思った。だけど再会出来て……嬉しくて、不安でもある。散々酷い事言ったから、恨まれているんじゃないかって」

「恨んでない。トワは、大切な妹」

「……なんで恨んでないのよ。それがおかしいってのよ」

「トワの想いは伝わった。尚更恨んだりはしない。……一緒にこの世界に来れて、再会出来て良かった」

「バカじゃないの!?」


 そう言いながら、トワが私を抱きしめて来た。トワと私は頭一つ分くらいの身長差がある。勿論高い方がトワで、低い方が私。だからトワを胸に抱いて涙を拭いてあげる事が出来ない。むしろ私がトワの胸に包まれて、溢れる涙を拭かせてもらうような形となる。

 情けない姉だ。

 でも懐かしい温もりは私の胸を痛ませると同時に、私に安心感を与えてくれる。手放す事ができない。


「ごめん。ごめんね、お姉ちゃん……!」

「うん。私も、ごめんね」


 2人で謝り合いながら、抱きしめ合い、そして泣いた。私はそれほど泣いていないけど、トワが止まらなかった。大泣きだ。でも泣き止むまで待った。


 私達姉妹は、長年お互いを誤解していたのだと思う。子供の頃は仲が良かった。こんな私を慕ってくれていた。だけどいつの間にか心が離れ、姫香は親から受けたストレスを私にぶつけるようになっていた。吐き出す場所が私以外になかったのだと思う。

 私は私で、分かっていたのに姫香を救う事を選ばず、吐き出し口になる事を選んでしまった。病弱な私にできることなど何もないと、全てを諦めていたからだ。

 今更ながら、もっとちゃんとしていれば良かったと後悔する。だけどどうやら私達は、やり直せそうだ。奇しくもカミによって、そのチャンスが与えられた。


「──ヒメノ様。トワ様」


 教会に戻って来ると、リリエが私とトワを出迎えてくれた。


「時間をもらってごめん。そっちはどうなってるの?」

「ミストラージュ様が話を聞いていますが、状況は難しそうです。この地を買い取ったダレス商会は、どうやら正規の手順を踏んで購入したそうで、違法性はありません。このままではこの地を無断で占拠している教会側が裁かれる可能性もあるそうです」

「それはダメ。子供達に罪はない」

「その通り、ですわ!」


 そこへ、ミストラージュもやって来た。

 胸を張って私の意見に同意しながら、私の頭を撫でて来た。


「そちらのお話はまとまったようですわね。仲直りは出来ましたの?」

「……そこそこ」

「なら良かったですわ。教会の方は私に任せてくださいまし。……正直言って、今日のヒメノさんやアルテラ様のお話に、私はついていけていません。ですが困っている民の声は、聞こえています。私は私の出来る事をしますわね」


 そう言ってくれるミストラージュが頼もしい。教会の子供達も、ミストラージュが味方についてくれているなら安心だろう。


「……勇者の末裔、ルシアはどうするつもりですか?」


 トワが、慣れない敬語でミストラージュに尋ねた。

 ルシアは未だに帰って来ておらず、行方が分かっていない。


「とりあえず、保留ですわ。私達もルシアの正体を口外する事は避けるべきだと思うのです。勇者の力を持つ者の存在が知れ渡れば、ルシアの安寧が奪われてしまいますので」

「そうですね。その昔、勇者アルディスが嫌気がさしたのと同じ事が、ルシアさんの身にもおこってしまう可能性があります。まだ幼いルシアさんに、勇者の力を欲する者同士の争いなど見せる訳にはいきません」

「ええ。という訳で良いかしら」

「うん」

「あたしも賛成です。……それじゃあ今日は、これでお開きって事でいいですか?」

「そうですわね。そろそろ帰らなければ怒られてしまいますし、シスターさんともお話は済んでいますので、問題ありませんわ」

「それじゃあちょっと色々な事がありすぎて疲れたから、帰って寝ます。ところでお姉ちゃんはどこに泊まってるの?というかどうしてミストラージュ様と知り合いな訳?そもそもリリエさんって、お姉ちゃんのメイドよね?」

「はい。私はヒメノ様のメイドであり、奴隷です」


 リリエはトワに、自分の身分を明かした。

 元居た世界の常識的に、奴隷を紹介するのってなんか自分の性癖を晒すみたいで凄い羞恥だ。

 違う。違うんだからねと、意味もなく言いたくなってしまう。何が違うんだか分からないけど、とにかく違うんだ。


「異世界にやって来て美人な魔族の奴隷をゲットとか……やる事やりすぎててちょっと引くんですけど……」


 トワが青ざめた表情で私の方を見て来る。やっぱり勘違いしている。違うんだよ。色々ないきさつがあったんだよ。

 私が心の中で悲鳴を上げる中で、リリエは何故か誇らしげな表情を浮かべている。


「ヒメノさんには、アブレストからの道中を護衛していただき、仲良くなりましたの。ヒメノさんには塔のゲストルームで泊まっていただいていますわ」

「お、お城で宿泊って……それもう貴族じゃない……」

「違う」


 貴族じゃなくたって寝泊まりくらいする。私は妹の偏見を、すぐさま否定した。


「そうですわ。よろしければトワさんも一緒に泊まりませんこと?」

「……いえ、遠慮しておきます。あたしには庶民の生活が似合っているので。それじゃ、あたしは先に帰らせてもらうわ」


 そう言うと、トワが先程のミストラージュと同じように私の頭を撫でて来た。

 私がお姉ちゃんなのに、これじゃあ逆みたいだ。でも悪い気持ちじゃない。むしろ嬉しく思ってしまう自分がいる。


「またね、お姉ちゃん」

「……うん」


 そう言い残し、トワが去っていく。私はその背中を、見えなくなるまで見送った。

 その後、私達も別の方向へと歩き出した。その際に教会の子供達が手を振って見送ってくれて、ミストラージュが嬉しそうにしていた。


 結局ルシアはどこへ行ってしまったのだろうか。分からないけど、カミから課せられたお題はこれでクリアできた事になる。

 今日も色んな出来事があったなぁ。魔王の登場に、妹との再会。勇者の娘との遭遇。カミへの疑心の高まり……。


 今後この世界で、私はどう過ごしていけば良いのだろうか。きちんと決めないといけない時が来たのかもしれない。


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