サインください
男達が去った後、人質から解放された子供たちが泣き出してしまった。怖かったのだろう。武器を持った大人に剣を突き付けられるのも、物凄い殺気を放つアルテラが近くにいたのも。
そのアルテラは今は殺気を放つのをやめ、変顔で子供をあやそうとしているけど上手くいっていない。
代わりにリリエやミストラージュが子供をあやしている。シスターさんもそれに混じって子供達を泣き止ましてくれている。
そんな光景をよそに、私は勇者の少女を目の前にしてジロジロと見学させてもらっている。
キレイな睫毛だ。アルディスも確か、こんな睫毛だった。それから瞳の色もアルディスと同じ金色で、輝くよう。
「た、助けてくれてありがとう。でも君は何者なんだ?髪の色が先程とは違っているが、どういう事だ?」
私は魔力噴出のスキルを停止させたので、現在は元通りの黒髪だ。先程まで銀髪だった事を、この勇者の少女は不思議に思っている。
「髪は気にしなくて良い。私の名前は、ヒメノ。貴女は?」
「……ルシアだ」
「ルシア」
良い名前だ。アスレベの主人公の娘の名に相応しい。
私はすかさず、アイテムストレージから破軍滅珠を取り出した。
「サインください。あ、あと、握手も」
破軍滅珠を差し出しつつ、手も差し出す。
「さ、サイン?それに名を書いて何かあるのか?握手も、私としたってなんの価値もないぞ」
「お姉ちゃん、キモイよ。この子は何も知らないんだから、そういうのやめた方が良い」
トワに指摘されて気が付いた。私は大好きなゲームの主人公の娘に対し、無意識にサインや握手を求めてしまっていた。彼女は何も知らないのに、こういう行動は確かにキモイよね。
「えへへ。冗談」
「……」
「無表情で更にキモイ」
明るく笑って誤魔化そうとしたけど、表情には出ていなかったらしい。トワにもう一度キモイと指摘されてしまった。
「で、この状況は一体何が起こっていたの?説明して」
「この区画を買い取ったダレス商会が、立ち退きを求めて来ているんだ。私達は皆身寄りがなく、この教会にしか身を寄せる場所がない。それなのに奴らは追い出そうとしている。だから抵抗しているだけだ」
おおむね、アルテラが尋ねた男が答えてくれた通りだった。
「まだ子供なのに随分と勇ましいわね。でもそれって、この区画の持ち主がダレス商会に土地を売ったって事よね?こう言ったらなんだけど、それって合法でしょ?」
「だとしても、ここを追い出されたら私達は野垂れ死ぬだけだ。生きるために抵抗しなければいけない」
「相談すべき所には相談した?」
「カトレアさん……シスターが、ちゃんとしてくれた。だけど憲兵も役所もダレス商会に買収されていて、何もしてはくれなかった。だから私がこうして戦っているんだ。私は父から剣を習っていたからな。多少だが腕に自信がある」
「確かに、中々の腕だったわ。で、その父親はどこにいるの?」
「……何年か前に死んだ。その時は近くの田舎に住んでいたが、父が死ぬ前にカトレアさんを紹介してくれたんだ。その縁のおかげでカトレアさんの下でお世話になる事になった」
「なるほどね。念のため聞いておくけど、あんたの父親ってアルディスで合ってる?」
「っ!?」
トワが勇者の名を口にしたら、ルシアが引き下がって警戒して来た。何か知られたらマズイ事を知られたって感じで、大きく動揺している。
「その反応が答えね。あんたは勇者アルディスの血を引く者で間違いない」
「ど、どうしてその事を……!父には絶対に、父の名と過去を他の者に喋るなと言われている。父との絶対の約束だ。父も私も、誰にも喋った事がない」
ちょっと待てよ。
勇者アルディスは、ゲーム開始時の年齢で確か10代後半だった。彼が生きた時代から、今は70年程の時が経過している。生きていたら80代後半。で、ルシアは見た目から察するに10代前半だ。アルディスが父親だとしたら、70代で子供を授かった事になる。
さすが勇者アルディス。何歳になっても元気なようだ。でも死んでしまったのか。残念だ。一目でいいから、ゲームの主人公をこの目で見たかった。本当に、見たかった……。
「あんたが勇者の力を使ったせいでバレたのよ。この世界には勇者の力を敏感に感じ取る存在がいるの」
「そ、そんな……」
「──君をここから連れて行く。勇者の力が必要なんだ」
そう言い放ったのはアルテラだ。しかし警戒し始めていたルシアに対し、その発言は失言だと思う。
勇者の力を欲し、国々が勇者を取り合った過去がある。勇者はそんな取り合いに嫌気がさして、その身を隠した。勇者の子であるルシアも同じ風に教えられているはずだ。
「私は──……誰にもついていかない!」
そう言うと、ルシアは私達に背を向けて駆け出した。足から魔力を出して勢いをつけ、空を飛んで去っていく。
追いかける気にはなれなかった。それはアルテラも同じようで、去っていくルシアを眺める事となる。
「ちょっと。追いかけなくていいの?」
「別に良いさ。誘って断られて、これ以上しつこく誘う訳にもいかないしねー」
「きちんと説明をすれば、ついて来てくれるかもしれない」
「そうかもしれないけど、彼女にも何か信念があって断ったんだと思う。喉から手が出る程に欲しい力ではあるけど、今は諦めておくよ」
「……」
あまりにもすんなりと諦めたアルテラに、私の方がもやもやとさせられる。せっかく見つけた勇者の力を持つ者を、こんなにあっさりと諦めてしまうなんて。カミに対抗するために必要な力じゃなかったのかと、強く抗議したい気持ちもある。
「そんな顔をしないでよ、ヒメノちゃん。可愛い顔が台無しだぜ」
そう言って、アルテラが私の顎を手で掴み取って来た。互いの顔と顔が至近距離に近づく。
キスでもされるのかと思った。だけど違った。ニコニコ顔のアルテラが、大きなくりくりとした目を左に向けている。その方向にいるのは……それは私に対し、明確に何かを訴える行動だった。
「──コホン!アルテラ様、ヒメノ様に何をしておいでで?」
いつの間にか、私とアルテラを見下ろすようにしてリリエが立っていた。
とても冷たい目で、睨むようにしてアルテラを見ている。それから、私にもその目を向けて来た。
「あはは!怖い顔しないでよ、リリエちゃん。ボクはリリエちゃんの事もけっこう気に入ったぜ!」
そう言って、アルテラはリリエの手を取って踊り出す。けどリリエは踊りには乗らず、手を貸して硬直しているだけだ。
「んじゃ、ボクは帰るよ」
「帰る?」
「うん。勇者を探すと言う目的は果たされた。連れて帰ろうとしたけど断られたし、これ以上ここでする事はない。あとの事はヒメノちゃんにでも任せるよ」
リリエとの踊りをやめたアルテラが、私達に向かって背を向けて歩き出した。
背後から見つめていると、物凄い量の魔力がアルテラから溢れ出す。視覚的にも真っ黒な魔力がアルテラの進行方向に集中していくと、そこに黒いモヤモヤが出現。アルテラがこの町に降臨した時と、同じモヤモヤだ。
アルテラはモヤモヤの中へと躊躇なく入っていく。そして最後にこちらを振り返り、軽く手を振ってその姿をモヤモヤの中へと消した。アルテラの姿が消えると同時に、モヤモヤも消え去った。
「ヒメノ様!今、アルテラ様が。それに例のお方も去って行ってしまったようですが……」
こちらの異変に気付いたミストラージュも、子供たちの下から私達の下へとやって来た。
「ルシアは勇者の話をしたら逃げて、アルテラは用は済んだと言って帰った」
「そ、そうですか。アルテラ様はともかくとして、追いかけなくてよろしいんですの?」
「……私は勇者を見つけろと言われているだけ。目的は果たしたから、別に良い」
「あたしも。それじゃ今日はこの辺でお開きって事で……」
「……」
私はトワの手を握った。トワとはまだ、トワの正体を知ってからちゃんと話せていない。このままお別れするなんて事は出来ない。
「……私とリリエさんは、教会の方とお話をしていますわ。お二人はごゆっくりお話していてください。さぁ、行きますわよリリエさん」
「はい。では、失礼いたします」
気を使い、リリエとミストラージュが私とトワの下を去っていった。
でも2人切りになると緊張感が増して上手く話せなくなってしまう。
「……いつまで握ってるのよ」
「……ごめん」
黙って手を握り続けていたら、トワに指摘されて私はトワの手を離した。
「はぁ……。少し歩きましょう」
「うん」
最初は謝ろうと思っていたけど、結局怒られるのが怖くて上手く話す事が出来なかった。溜息交じりにトワにそう提案されて、トワに付いて歩いて行く。
昔からそうだった。トワは引っ込み思案な私を引っ張って、先を歩いてくれた。情けない姉だよね。
昔を思い出すと、胃が痛くなる想いである。でも久しぶりのこの感覚もちょっと懐かしくて、好きで……そんな自分がやっぱり情けなく思った。




