勇者の血を引く少女
私達はトワの家を出て、町の中へと繰り出した。
魔王──アルテラは、鼻歌を歌いながら歩いている。仕草がいちいち可愛いけど、声はカミだ。カミを知る前に出会っていれば、この可愛さに素直に感動出来たと思う。カミを知っている今、残念ながらその可愛さは半減だ。
「トワちゃんが描いたこの絵だけど、君は絵が上手いね。で、なにこのヒメノちゃんの絵。ぷぷー。へったくそだー」
「……」
アルテラは歩きながら、私とトワが描いた勇者の絵を見比べて、私の絵をバカにするような事を言ってきた。
その辺りもカミにソックリである。どうやらカミが真似ているのは声だけではなく、性格も真似ているらしい。
「この顔を参考にして勇者を探せばいいんだから、簡単だねっ」
「この町に何人住んでいると思っていますの?この中からたった一人を探し出すのは決して簡単な事ではございませんわ」
「5年くらい歩いてれば見つかるんじゃない?」
「そんなに時間をかけるつもりはございません」
「あははー」
どうやらアルテラは、私達と時間の感覚がズレているらしい。それとも冗談のつもりで言っているんだろうか。反応を見て笑っているから、あるかもしれない。
「ま、そう気張らなくともその内見つかるさ」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
リリエが不思議そうに尋ねると、アルテラは私とトワが描いた絵を描いた本人にそれぞれ返してきた。
「先日感じた強力な力。あれは勇者が力を使わざるを得ない状況に置かれた事を意味すると思う。近い内にまた力が使われるはずだとボクは予想している。ボクが近くにいる時に力が発揮されれば、所在がハッキリとするだろう」
「ふんっ。そう上手くいくかしらね」
「……お言葉ですが、そのつもりでいるなら私達が歩いて探す意味はないのでは?」
「あははは。まぁそうかもしれないけど、ボクが町の中を見て歩きたいって言うのもある。人間の町をゆっくり見てみたくてね。だから案内してちょ」
「そういう事でしたら、この私が自らご案内させていただきますわ」
「おっ。いいね、ミストラージュちゃーん。よろしく頼むよー」
「お任せください」
張り切るミストラージュについて、私達は色々な場所を見て回った。行ったのは主に食べ歩きである。出店で甘い物を食べたり、良い匂いに誘われて肉焼きを食べたり、見た事のない変な食べ物を食べたりもした。
正直言って、ただの楽しい時間である。まるで友達と町へ繰り出し、遊んでいるかのような感覚だ。
病弱だった前の世界では、こんな事もう出来ないと思っていた事だ。この世界にやって来て、友達と遊ぶという楽しい事を再び堪能できるようになった。
更にはこの輪の中に妹もいる。本当に前の世界では考えられない事が、この世界では次々と起きて私に襲い掛かって来る。
「はぁー……人間の町は楽しいねぇ。楽しい時間はあっという間だ。もう日が暮れてしまった」
公園のベンチに座り、アルテラが感慨深そうに呟いた。辺りはすっかり日が暮れて、暗くなっている。人々が自分の家に帰るために歩き、騒がしかった町は静かになり始めている。
「私も久しぶりに町を堪能できましたわ」
「ところでアルテラ様は、今夜どこに泊まるおつもりなのですか?もう遅いですし、そろそろ宿もとらなければ……」
「それなら塔に泊まれば問題ありませんわ。国賓としてお迎えいたします」
「申し出はありがたいけど、その必要はないよ。今回は非公式の訪問だし、ボクは公式に認められた魔王じゃない。仲間にそう呼ばれているだけで、小さいながらもこの世界の魔族の国を治めている者は別にいる。国賓として出迎えるべきは、ボクじゃなくてそっち」
「じゃあ今夜はどこに泊まるつもりなのよ」
「適当にその辺で寝るよー」
そんな事を言いだすアルテラに、私達一同驚かされた。そんなの絶対にダメでしょ。
その時だった。何かの力を感じ取った。魔法とか、神獣の気配とかそういうのじゃない。
とても強大で、神聖な何かを感じる。
「……!」
アルテラが突然、立ち上がった。そして満面の笑みを見せ、駆け出した。駆け出したアルテラは異様なスピードで飛んで行ってしまう。軽やかにジャンプして屋根の上に飛び乗り、月明かりの下を猛然と進んでいく。
「アルテラ様!?追いますわよ!」
私はスキルの魔力噴出を発動し、髪の毛を銀色に変化させた。その上でアルテラを追いかけたものの、すぐに引き離されて見失ってしまう。
「こっち」
それでもアルテラが向かっている場所は分かる。この異様な気配を感じる方向に、アルテラは向かっている。だから私が先導して皆を引き連れ、家々の屋根の上を飛び越えて後を追う。
やがて辿り着いたのは、古びた教会だった。その教会の前には大勢の大人の男が集まっていて、数名は地面に倒れている。
「──アルテラ」
男達に混じるようにアルテラが立っていて、私達はアルテラと合流する事に成功した。
「……見つけたよ。彼女が勇者の血を引き継ぐ者だ」
アルテラの視線の先には、古びた教会を男達から守るように立つ1人の少女がいる。
その姿を見て、私は目を見張った。古びた木の剣を手にして構える姿は、ゲームの主人公アルディスが武器を構える姿そのものだ。
でも容姿は違う。そこにいる少女は男のアルディスとは違い、女の子だ。髪は長くスラリとした体格。年は私よりも少し上かなというくらいだけど、背は高め。つぎはぎだらけのボロボロの布を身に纏って小汚い印象を受けるも、よく見ればかなりの美人さんだ。
感じる異様な力も、彼女から発せられている。
「あれが、アルディス……の子供……?」
「性懲りもなくまたやられに来たのか?何度も言うが、貴様等のような者に教会を明け渡すつもりはない!立ち去れ!」
教会の前に立つ男達に向かって、アルディスの子供が啖呵を切っている。言葉遣いが武士っぽくてカッコイイな。声も凛としていてキレイで、よく張っている。
「ねぇねぇ、これは一体何の騒ぎなのー?」
「あ?なんだてめぇ?」
教会の前に立ち並ぶ男達の中の一人に、アルテラが尋ねた。尋ねられた男はアルテラを睨みつけ、好意的ではない返しをしている。
「そういうのいいから、教えてよ」
アルテラが睨みつけると、男はゴクリと唾を飲み込んで一歩退いてから、口を開く。
アルテラの迫力に戦意を喪失したようだ。
「こ、ここいら一帯はオレ達『ダレス商会』が買い取った土地なんだよ。それなのにこの教会の連中が反発して、居座ってやがる。だからこうして追い出しに来たって訳だ。だが教会のあのメスガキ、めっぽう強くて話が進まねぇ」
「子供相手に力ずくは感心しないなぁ。しかも負けてるの?ダサくない?」
「それだけあのガキが強いんだよ!だが今日は一切手加減するつもりはない。腕利きの冒険者を雇ったからな。関係ないなら見ない方が良いぜ。これからあの教会の連中は、二度と商会に逆らえないように見世物にされるからな」
「へえぇ」
「大人を舐めるなよ、クソガキがぁ!」
教会の前で立ちはだかる少女に対し、一団の男が剣を抜いて襲い掛かった。男の剣は、真剣だ。対して少女は木の剣で不利なのは明らか。
それでも少女は怯むことなく、軽やかな動きで男の剣を回避。がら空きとなった男の顔面を剣の腹で打ち付けて、倒して見せた。
少女に対して『鑑定』のスキルを使ってみる。けど、鑑定阻害でレベルは見る事が出来ない。でも今の動き、かなりの高レベル者だと思う。
「……」
少女が持っている剣に、僅かに金色の光を見た。私が感じる力の源は、その金色の光から感じる気がする。もしかしたらそれが勇者の力なのだろうか。
「いくら束になってかかってきても無駄だ!失せろ!」
状況を見守っていると、突然教会の扉が開かれて、中から男達が出てきた。教会の前に立ちはだかっていた少女が驚いて振り返ると、中から出てきた男達はそれぞれに子供やシスター服姿の女性を羽交い絞めにし、首元に剣を突き付けている。
「か、カトレアさん……!」
「よーし、よくやった。動くなよ。動いたらそいつら殺すからな」
「ひ、卑怯だぞ!皆を開放しろ!や、やめろ、近づくな!」
人質を取られた少女は脆かった。男達が堂々と近づいて来て、抵抗する訳にもいかずに剣を力なく振り回すだけ。やがて男達に剣を取り上げられた上で両腕を掴まれ、あっという間に拘束されてしまう。
「小汚いガキだが、女は女だ。これまで痛い目にあわされた連中がお礼を言いたいっていうんでね。連れ帰って楽しませてもらうぜ。それから、子供の責任はシスターさんにもとってもらうぜぇ!」
「や、やめろ!カトレアさんは関係ない!私だけで充分だ!」
「黙れ!てめぇには口出しする権利はないんだよ!」
勇者の少女が、男に顔面を殴られた。拘束されてガード出来ない状態の女の子に対し、手加減のない強烈な一撃だ。
更にもう一発、振りかぶって殴ろうとするも、その拳は私の手が受け止めた。
「は?な、なんだ、いつの間に……!?」
「……」
私は殴ろうとした男の横っ腹に対し、拳を突き出した。
魔力噴出状態なので、かなり手加減した一撃だ。それでも凄い音が響いて、男の腹の形が一瞬変わった。骨は折れていないと思う。
「ブハッ!」
私に殴られた男は口から胃液を吐き出して、その場にうずくまって動かなくなってしまった。
更に勇者の少女を拘束している男2名に対し、同様に蹴りを繰り出し、同じように倒して見せた。
腕利きの冒険者とか言っていたけど、レベルは20代。オマケにこんな卑怯な事をするような連中だ。手加減なんかしないで、本気で殴っても良かったかもしれない。
「大丈夫?聖鐘・祝癒」
私は勇者の少女に対し、すぐに回復魔法を使った。殴られて鼻血は出ているものの、骨は折れていないかな。でも痣になったらかわいそうだし、念のためにね。
「魔族の女の子……?助けてくれたのか?はっ。皆は!?」
「こっちも平気だよー。全員地面に顔を擦り付けてお掃除中だ」
人質に取られていた方は、アルテラが制圧していた。全員お尻を高く上げた状態で顔を地面に突っ伏す状態で倒れているけど、たぶん生きてはいる。
「ど、どうなってやがるんだ。てめぇら一体何者だぁ!?」
「あっはっはっは!ボク達が何者かなんか、どうでもいい。邪魔だから失せろ。さもなければ殺す」
アルテラが笑いながら、男達に向かって言い放った。初めてアルテラと遭遇した時のような、物凄い殺気が放たれる。殺気にあてられた男達の中には、我先にと逃げ出した者もいる。
結局、アルテラの殺気に当てられた男達は、全員そそくさとこの場から逃げ出した。気絶していた男達も、もれなく叩き起こされて後を追い、逃げていく。
「……」
ふと気づくと、ミストラージュが素顔を晒した状態で立っていた。どうやら姿を明かしてこの場を収めようとしていたみたいだけど、アルテラの殺気のおかげでその必要は無くなった。
その姿がちょっとだけ寂しそうに見えたけど、なんにしろこの場は上手く収まり、勇者の血を引く人間とも合流出来ましたとさ。




