変わる前の世界
私は魔族の少女と敵対したくない。魔族の少女も、話をしてくれると言っている。とりあえずは安心だ。
だけど私達の周囲には、騒ぎを聞きつけて大勢の兵士が集まってきている。兵士は勿論皆武装しており、私達を取り囲んで武器を構えている。
「この騒ぎは何だ!貴様等はここで何をしていた!」
私達の周囲の地面は、割れてボロボロになっている。今の一瞬のせめぎ合いによって、破壊された。私ではなく、主に魔族の少女がやった事である。
整備された石畳や道の端の手すりが破壊された事により、兵士は怒っているようだ。町が破壊されているんだから当然といえば当然だ。
でもさ、今はそんな場合じゃないんだよ。
私はリリエに支えられながら立ち上がり、彼女に寄りかかりながらどうしたものかと思案する。この場で魔族の少女に喧嘩をうれば、兵士達は確実に死ぬ。被害はそれだけに留まらず、怒った魔族の少女によって更なる被害を生むかもしれない。
触らぬ神に祟りなし、だ。ここは穏便に済ませてもらいたい。
「あはは。ちょっとやり過ぎたかな?ま、別にいっか。やるなら相手になるよー」
魔族の少女はやる気満々だ。
「ストップ!ですわ!騒ぎをおこして申し訳ございませんが、何でもありませんの!私達の事は放っておいてくださいまし!」
「町が破壊されて何でもないで済まされると思っているのか!?全員拘束する!抵抗すれば力ずくで連行する事になるからな!かかれ!」
「面白いじゃーん。やってみー。シュッシュッ」
魔族の少女は依然として笑い、近づいて来る兵士達に対して拳を突き出し、やる気満々なポーズを見せている。私達にも兵士達が近づいてきた。
このままじゃ本当にマズイ。
「──この、ミストラージュ・ウル・アストライアの言う事が聞けませんの?」
ミストラージュが名乗りつつ、フードを外して素顔を晒した。ミストラージュの顔を見た兵士達の顔色が、みるみるうちに青ざめて行く。
私達に近づこうとしていた兵士達は、その行動を止めてその場で背筋をピンとたたせて気を付けをした。
「み、ミストラージュ様でありましたか……!大変失礼致しました!」
「少々誤解があり騒ぎになってしまいましたが、その誤解はもう解けて解決しましたの。後片付けは皆さんにお任せしてよろしいでしょうか?」
「は、はっ!お任せください!」
「さぁ、皆さん。ここは衛兵の皆さんに任せて行きましょう。貴女も。こちらへ」
「ほいほーい」
魔族の少女は軽い感じでミストラージュに返事をすると、私達の方へとやって来た。持っていた大剣はいつの間にか消えており、アイテムストレージにしまったようだ。
改めて近くで見ると、とてもではないけどあんな化け物のような強力な一撃を仕掛けて来るような者には見えない。むしろ私とは違い愛嬌があって可愛い魔族だ。
「……言っておきますが、私は貴女を許した訳ではございませんわ。むしろ攻撃を仕掛けられて怒っています。出来る事ならこの手で報復をしたい所ですが、それはきっと無理なのでしょうね」
「だからさぁ。最初に喧嘩を売って来たのはそっち。ボクは喧嘩を買っただけ。でも力の差を理解して矛を納めるのは賢いと思うよ。衛兵たちを止めたのも、正解だ」
「ミストラージュ様。怒る気持ちは理解できますが、とりあえず場所を変えましょう。ここは目立ちすぎます」
リリエの言う通り、周囲には兵士達がいて、私達の戦いを勇気をもって見ていた市民もいる。オマケに今はミストラージュが姿を晒した事により、更なる注目を浴びる事となってしまっている。
「情報量が多くて頭が痛くなって来たわ……。あたしもとりあえず、場所を変えたい。さっさと移動しましょ」
そう言うと、トワが勝手に歩き出してしまった。私達も彼女に続いてこの場を後にする事となる。
ミストラージュは歩きながらフードを被って再び顔を隠したけど、後から好奇心旺盛な市民達が付いて来ている。そこで、私達はアイコンタクトをして市民を巻く事にした。小さな路地に差し掛かった所で、私達は高くジャンプして建物の屋上へと着地。更に建物から建物へと飛び移って移動し、市民を巻くと共にその場から離れる事に成功。
私達全員身体能力が高くて、こんな事がいとも簡単に出来てしまう。ちなみに私は不器用なので、わざわざ魔力噴出を使った。
そしてやって来たのは、トワの家だった。
こじんまりとした、2階建ての家。可愛らしいぬいぐるみや小物がたくさん置かれた、トワらしい家だ。前の世界でもトワの部屋はこんな感じだった。可愛い物が好きなんだよね、トワは。
1階のほとんどがリビングなんだけど、なにぶんあまり広くない家だ。私達全員が入ると窮屈に感じる。上にあがる階段というか、ほとんど梯子があるけど、その先にベッドルームがある感じだろうか。
「どうして私の家に……」
「近くにトワさんの家があって助かりましたわ。ここでならゆっくりとお話が出来ますわね」
「は、はい。そうですね。えへ、えへ」
「それにしても随分と狭い家ですわね。窮屈ではなくて?」
「こ、これくらいの広さがあれば余裕で暮らせますよ。むしろ広い方っていうか、快適ですっ。あ、何も出さずすみません。今お茶を淹れますねっ」
「私も手伝います」
「アリガト……」
ミストラージュに対し、トワがどこかよそよそしい。
無理もないか。ミストラージュはこの国のお姫様だもん。そう知って態度を改めたようだ。改めすぎて、ちょっとキモくなっている。
トワは手伝いを申し出たリリエと共に、台所で作業を始めた。
「まず自己紹介をしておきますが、私の名前は『ミストラージュ・ウル・アストライア』。この国の王の娘ですわ」
「私はヒメノ。あっちのメイドがリリエ。そして、トワ」
「名乗られたら名乗り返すのが礼儀ってね。ボクの名前は『アルテラ・シルベント』。一応魔王と呼ばれてる」
「魔王!?」
ミストラージュが叫んで、驚愕の声をあげた。それを見て魔王──アルテラがケラケラと笑いだす。
その仕草、笑い方、声が、本当にカミそっくりだ。でもそれを言ったらきっとまた逆鱗に触れてしまう。さっきもそうだったからね。カミの話は今はしない方がいい。そう判断して私は我慢した。
「現在の魔王様は、随分とお若く可愛らしいお方がなられているのですね。どうぞ」
「ありがとー!」
リリエが淹れて来たお茶を、アルテラの前の机の上に置いた。
アルテラはさっそくコップに口をつけて、お茶を飲みだした。
「ど、どうぞっ」
緊張した様子で、トワがミストラージュの前にもお茶を置いた。続いて私の前にもリリエがお茶を置いてくれる。
全員が座れるだけのスペースが、この家にはない。リリエは私の傍に立ち、トワは隅っこの方で壁を背にして立つ事にしたようだ。
「失礼ながら、貴女は本当に魔王なのですか?私にはにわかには信じられませんわ……」
「ホントだよー。証拠は実力で判断しておくれ」
「……確かに、信じるに値する実力でしたわね。しかしどうして魔王様がこの地に……いえ、そもそも魔王というポジションは長年不在だったはず。新たに魔王に就く者がいるとは聞いておりませんわ」
「まー周りが勝手にボクを魔王に押し上げてそう呼んでいるだけだからね。正式な魔王ではないのかもしれない。ボクもよく分からないけど、まぁ皆がそう呼んでるからきっと魔王だよ」
「……」
随分とアバウトな魔王だ。
しかし魔王、か。私が知るゲームの魔王は、この身体の持ち主を封印して力を使い果たし、死んだ。それ以降この世界に魔王はいなかったのだろうか。
「あんたが魔王?私が知る魔王とは随分と違うわね」
「君が知る魔王って、誰の事だい?先代の事?」
「そうよ。魔王『ベルフグラン』」
「へぇー。若いのに先代を知ってるんだ。ベルフグランはまぁおじさんだったからね。ボクとは似ても似つかないだろう。で、どこで知ったんだい?教えてよ」
「……」
アルテラの追及に、トワは黙り込んだ。
まさかゲームの話をする訳にもいかないので、黙るしかないのだろう。
「答えられない?なら、質問を変えよう。君の名前はトワちゃんだっけ。それから、ヒメノちゃん。2人はカミの、なんなんだい?」
私とトワは、目を合わせた。アルテラにカミの事を話しても良いのだろうか。
「カミを知ってるなら、手っ取り早く言えば『カミの眷属』よ。アンタはどうなの?どうしてカミを知ってるの?まさかアンタも、カミの眷属だったりする訳?」
「あっはっはっはっは!ボクがカミの眷属ぅ?違う。違うよ。本当に違う。本当に腹が立つから、そんな事は絶対に言わないでくれ」
「っ!?」
最初は笑っていたけど、段々と声が低く唸るような物になり、最後にはトワに強い殺気を向けながらアルテラが言った。殺気を向けられたトワが、手にもっていたコップを床に落としてしまった。
すぐにリリエが動き出し、床を拭き始める。コップは木製なので、割れずに済んだ。
「私もカミの眷属として動いている。アルテラはどうして、カミを知っているの?」
「……君達は、この世界が改変された事を知っているかい?」
「世界が、改変……?」
ミストラージュが繰り返した。
「その通り。この世界は元あった世界とは違う。改変され、姿形が変化してしまっている。何故そんな事が起きたのか。それは分からないけど、とにかく世界は変わった。元の世界ではカミと名乗る存在が世界を支配し、この世界の生物を家畜のように飼っていた。そのカミがこの改変された世界で復活を遂げようとしている」
「カミが世界を支配していた……?」
「そうだよ。この世界は、異世界からの侵略者に敗北したんだ」
「おかしい。カミは、勇者と魔王が協力して倒したはず。この世界はカミの魔の手から逃れた」
「そんなハッピーエンドは存在しない。改変される前の世界を知るボクが視た、それが全てだ」
私が知るアスレベのエンディングとは違う展開だ。元の世界は、カミによって支配された世界だった。アルテラはそう言う。
確かにカミも、物語はあくまで物語という風な事を言っていた気がする。私がゲームとして楽しんだアスレベの物語は、あくまでありえたかもしれない世界の形の一つにしか過ぎない。本当のアスレベの世界は、アルテラの言うようにカミに敗北し、支配された世界だった。
いや、それもおかしい。
「どうしてアルテラは、改変される前の世界を知っているの?」
私は思い浮かんだ疑問を、アルテラにぶつけた。
私はゲームでアスレベの物語知っているけど、もしかしてアルテラも同じだったりするのだろうか。
「世界が変わる前、ボクはカミの傍にいた。とだけ言っておく」
「……私とは、違う?」
「ん?何がだい?」
「私は……こことは違う世界にいた。そこではこの世界──『アストラル・レベリオン』というゲームがあり、この世界はゲームで描かれた世界だった」
「ちょっと待ってくれ。ゲーム?君の言っている事がよく分からない」
そう言いつつ、アルテラが興味深そうに前のめりになり、私に近づいてきた。
もしかしたらアルテラも異世界から来たのかと思ったけど、どうやら違うみたいだ。
さて、話してしまったら、説明しなくてはならない。長くなりそうだけど、仕方ないか。




