遥かな高み
私は頭の中で、リリエとミトラージュと、トワを庇う算段を立てた。魔法で皆を庇い、自分に攻撃が向くように仕向ける。そのためまずは魔法を──
考えていたら、身体が宙に浮いた。空中を一回転した後に、私の背中が強く地面に叩きつけられた。
「がはっ!」
背中を強く打ち付けた事により、口から血が出た。打ち付けた強さは、強いと言ったけど強いなんてものじゃない。私の背中とぶつかって地面にヒビが入るほどの威力で叩きつけられた。もしかしたら骨が折れたかもしれない。口から血が出たと言う事は、少なくとも内臓もやられた。
目の前の魔族の少女が、私の腕を掴み取って私を片手で持ち上げ、背中から地面に落下させたのだ。まるで人形に対してするかのように、軽やかで素早い動きだった。
「ヒメノさん!この……!」
すぐにミストラージュが剣を抜き、魔族の少女に斬りかかった。だけどミストラージュの剣は魔族の少女に片手で掴み取られ、その場から動かなくなってしまう。
ならばとリリエが動き出した。静かな殺気をもらすリリエは、魔族の少女に向かって回し蹴りを繰り出した。
スカートが翻り、中身が大胆に見えている。そんな事を言っている場合じゃない。
「おっと」
魔族の少女は余裕たっぷりな様子で、トワの弓を持つ方の手を少しズラし、リリエの蹴りを腕で受け止めた。
大柄なリリエから放たれた蹴りは、かなり強力だったはず。それなのに華奢な魔族の少女は、その場から一歩も動かずに受け止めて見せた。
「最初に喧嘩を売って来たのは、君達だろ?そんなに怒るなよ」
また凄い殺気が魔族の少女から放たれた。背筋がゾクリとして、鳥肌がたつ。
「──闇夜・崩星」
そんな中で、私は地面に倒れながらも魔族の少女に向かって魔法を放った。
掌上に小さなブラックホールが出来上がり、それがリリエの蹴りを受け止め、ミストラージュの剣を握り、トワの弓を掴んでいる魔族の少女へ向かっていく。
本気で殺すつもりでかからなければ、この魔族の少女には勝てない。だから、一切手加減するつもりなく殺すつもりの魔法を放った。
「ガブッ」
私が放ったブラックホールは、魔族の少女の口の中へと吸い込まれて行った。信じられない事に、魔族の少女はブラックホールを食べてしまった。咀嚼し、空っぽになった口の中を私の方へと見せつけるように開いて見せ、ウィンクをしてくる。
「ご馳走様。中々美味しかったよ」
「闇夜・冥界黒刃」
すかさず私は、破軍滅珠で闇の剣を作り出した。同時に魔力噴出を発動させ、髪の色を銀色に変える。魔力の力で身体能力をあげ、素早く起き上がると魔族の少女に斬りかかった。
でも、魔族の少女に剣が当たる事はなかった。後ろに飛び下がり、キレイにバク転して私達から距離をとっていく。
サーカスか何かの人かと、心の中で突っ込んでおく。まぁそれよりも遥かに高く、遥かに軽やかな動きだったけど。
「大丈夫ですか、ヒメノ様……!」
「……平気。聖鐘・祝癒」
私は心配するリリエに身体を支えられつつ、自分に回復魔法をかけた。少しは楽になるけど、どんな勢いで地面に叩きつけてくれたんだ。現在進行形で背中が凄く痛いし、息が苦しい。
「急に空から現れて攻撃を仕掛けて来るなんて、礼儀のなっていない魔族の方ですわね。それに今の攻撃、冗談ではすみませんわよ!」
「冗談で済まないなら、じゃあどうするって言うのさ」
「こうするのよ!──アナイアレイト!」
離れた魔族の少女に対し、トワが構えていた矢を放った。
白色の光が矢の先端に集中し、魔法の力が込められている。真っすぐに魔族の少女へ向かっていくと、魔族の少女は片手で矢を受け止めた。
その瞬間、魔族の少女が白色の光に包まれた。光はその中にいる者を消滅させる白色の爆発をおこした。
「これくらいで済むなら安い物だね」
トワの矢を受け止めた魔族の少女は、生きていた。何のダメージもくらった様子がない。
すかさず鑑定のスキルを使ってみたけど、鑑定は発動しなかった。鑑定阻害のスキル持ちである。
「アナイアレイトをくらって、無傷……!?」
「さぁ、この後はどうする?遠慮はいらない。殺すつもりでかかっておいで。ただし、ボクも殺すつもりでやらせてもらう」
目を見開いた魔族の少女が、相変わらずの殺気を放ってくる。この場に立っているだけで圧倒され、倒れそうになってしまう。
事実戦闘になった私達を見守っていた人達は、恐怖でこの場から逃げ出している。
「貴女の目的はなんですの!?」
「目的は人探しだ。とある人物がここにいると聞いて、こうして遠路はるばるやってきた。本当は穏便に済ませるつもりだったんだけど、現れた先でまさか、『カミ』を知る者が待ち構えているなんてね。君達はアレだろ?ここでボクを待ち構えて、ボクを殺すようカミに言われていたんだろ?」
「何を言っていますの……?」
ミストラージュはカミの事を知らないので、何も分かっていない。
私とトワと、リリエは知っている。カミの名が出て来て、驚いた。
「ふんっ。どうやらカミを知っているようだけど、言っている事は的外れね」
「的外れ?」
「私達も人探しをしていただけ。カミには貴女を殺せなんて言われていないし、貴女が誰なのかも分からない。ただ、声がカミと同じ物だったのでカミと呼んだ。貴女はカミとは違う存在なの?」
「……へぇー、カミが、ボクの声をー。ああ、ダメだ。胸糞悪い。クソむかつく」
魔族の少女が、身体からどす黒い何かを溢れ出し始めた。あれはたぶん、魔力だ。少女の魔力に当てられて、地面が悲鳴をあげてヒビをはやしている。
更に少女が、手を掲げた。すると手に大きな黒い剣が出現。たぶんアイテムストレージで取り出した物だ。
黒い剣は大剣と呼ばれる類の物だと思う。自らの背と同じくらいの長さがある剣を、片手で軽々と素振りしてみせた。刀身は私の冥界黒刃のように黒い。所々に赤色の宝石が埋め込まれていて、それが輝いている。
「何をするつもりですの!?」
「……」
魔族の少女はミストラージュの問いかけに答えず、鋭い目つきで睨んで来る。何かが彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。こうなったら話しても無駄だ。
怒りをあらわにする魔族の少女に対し、私は徐に歩いて近づき始める。
「私達は貴女と敵対するつもりはない。一度剣を納めて、話がしたい」
「面白い冗談だ!仮にそれが本当だとしても、ボクには有り余るほどに敵対する理由がある!悪いけど、殺すよ」
魔族の少女が持つ大剣に、黒い炎が宿った。炎はどんどん大きく燃え上がり、ただでさえ大きな少女の剣を、更に大きな物へと変化させていく。
私も負けじと、手に持つ闇の剣に魔力をこめて大きくなるように願ってみた。すると剣が大きくなって大剣のようになった。ただの見様見真似だけど、たぶん威力とかも上がっているはず。
目の前のこの魔族の少女は、間違いなく私よりもレベルが高い。でもそれがどうしたというのだ。自分よりもレベルが高い相手は、この世界に来てからいくらでも倒して来た。どうとでもなる。
「……やれるものなら、やってみれば良い」
「あはは!君面白いね!じゃあ遠慮なく、行くよ!」
魔族の少女が足を踏み出した。一歩踏み出すごとに彼女の足元の地面が割れている。私も正面から、ゆったりとしたスピードで彼女に近づいていく。こっちの地面は割れたりはしない。
お互いに小細工はなしで、正面からただ単に近づいていくのが面白い。やがてお互いの剣の間合いに入った所で、魔族の少女が剣を振り上げた。そして次の瞬間には振り下ろされる。
その光景は、まるで空から隕石でも降って来るかのように見えた。想像してみて欲しい。自分の頭上に隕石が降って来る光景を。死んだと思うでしょ。実際『死の直感』のスキルが発動し、私に警鐘をならしてくる。でも私はそんな隕石に向かい、手にする闇の剣を振り抜いた。
お互いの黒色の剣がぶつかり合い、激しい衝撃を生んだ。魔族の少女は片手で剣を持っているけど、私は両手で持って全身全霊を持って受け止めている。
魔族の少女の剣から溢れ出る黒い炎が、熱い。私を燃やしてこようとするけど、私の闇の剣が炎を吸い込み、闇の中へと葬ってくれている。
「っ……!」
どうにかせめぎ合っているようには見えるだろうけど、実際は私がヤバイ。全身がバラバラになりそうな程の衝撃に襲われている。
「あはは!凄い、凄いよ!ボクの剣を受け止めちゃうなんて、本当に!」
「ヒメノ様!」
私の後方には、リリエ達がいる。今ここで私が負ければ、次は皆だ。むしろこの剣の衝撃に皆巻き込まれて命を落とすかもしれない。負ける訳にはいかない。
「……」
トワも、弓を構えながらこちらを心配そうに見つめている。
せっかく再会出来た妹と、早くもお別れになる訳にはいかないだろう。だってまだ、何も話せていないんだもん。
そうだな……やっぱり最初は、謝ろう。怒られるかもしれないけど、それが良いと思う。
て、これじゃあまるで死亡フラグじゃないか。生憎私は、死ぬつもりはない。
「──お姉ちゃん!」
トワが私を呼んでいる。
トワだけじゃない。リリエも私を呼んでくれた。ミストラージュも心配そうに私を見ている。皆のためにもこんな所で死んだりはしない。
皆の応援のおかげで力が入ると、私の剣が魔族の少女の剣を押し返した。同時に魔法で作り出した私の剣にヒビが入り、割れてしまった。それでも魔族の少女の剣は押し返す事に成功。私はその一撃を防いでみせた。
「……」
魔族の少女は、驚きの表情を浮かべてこちらを見つめている。今すぐその剣をもう一度振り下ろせば、私は魔法の剣が砕け、ただのけん玉となった破軍滅珠で受け止める事となる。
でも、魔族の少女は剣を下げた。どうして?
「んんー……スッキリした!スッキリさせてくれたお礼だ。いいよ、話をしてあげよう」
なんかよく分からないけど、一撃を防いだことによってスッキリしたみたい。おかげで話を聞いてくれると言っている。
私は力が抜けて、その場に座り込んだ。同時に魔力噴出も解除して元の黒髪に戻っておく。
あの一撃は、この世界に来てから間違いなく一番の衝撃だった。遥かな高みから、格上が格下に向かって放った一撃。そんな感じがする。
手と足が震える。受け止めきれなかったら、私は間違いなく死んでいただろう。
「この……!」
「やめて」
私は後方で魔族の少女に攻撃を仕掛けようとしたトワにそう言って、制止した。リリエとミストラージュにも同様に軽はずみな行動を慎むよう目で訴える。
この魔族の少女には手を出したらいけない。敵対すれば、負けるのは私達だ。




