上手な絵
男達が振り返ると、そこには堂々と立ちはだかる女の子がいた。
私と同じ、黒髪ロングヘアの女の子だ。種族はたぶん人間。太腿まであるブーツを履き、ショートパンツを穿いている。上には青色のリボンで装飾した白色のブラウスを着込み、ポーチのついたベルトを肩から脇腹にかけて装着している。そのベルトには矢筒もついており、矢筒の中には矢がたくさん入っている。矢筒があると言う事は、弓も持っているはずだと思ったけど、ぱっと見で弓を装備しているようには見えない。
可愛らしい女の子なんだけど、目つきがキツイ。両眉毛は内側に向かって急斜面を作っており、怒っているかのように見える。
その眉毛が、元いた世界のある人物と重なった。
私とは違って快活で、元気いっぱいの女の子。病弱で、ダメになった私の代わりに可愛がられるようになった妹だ。
「て、天穿のトワ……!」
男達が女の子をそう呼ぶと、私達を囲うのをやめて彼女が通れる道を開けた。
『カミが言ってたのって、あんた達の中の誰かよね?誰がそうなの?』
女の子が私達3人の前に立つと、私が元いた世界の言葉でそう尋ねて来た。
どうやらこの子が、カミの眷属らしい。
『私』
『あんたが?随分と小さいというか、幼いわね。……見えないか』
女の子が私をじっと見つめて、見えないと呟いて来た。どうやら今私に向かって、『鑑定』のスキルを使ったらしい。ならばと私もお返しに鑑定を使ってみたけど、こちらも見る事は出来なかった。
どうやらお互いに、『鑑定阻害』のスキル持ちのようだ。
『名前は?』
『ヒメノ。そっちは?』
『ヒメノ……?』
私の名を聞き、女の子のただでさえ斜めな眉毛が、更に角度をつけた。大袈裟に言えばもうほとんど90度である。
そんな目で睨みつけられた。
『ヒメノって……いや、まさかね……。偶然に決まってる。あたしはトワ。カミから話は聞いてるわよね?この町で勇者を探し出す手伝いをしてもらうわよ』
勝手に睨み、勝手に何かを納得した様子を見せている。今一体何を思ったのか説明してほしい。じゃないと居心地が悪い。
でもそう言うと、トワと名乗った少女は私達の間を通り抜けてギルドを出て行ってしまった。
「何ボケっとしてるの。ついてきなさいよ」
何も言わずに歩き出したのに、ついてこない事に対して文句を言われてしまった。
ちなみにこの世界の言葉に戻っている。
「今の言葉……もしや、あの方が?」
「そう。協力者」
「天穿のトワが協力者……?一体ヒメノさんと彼女に、どういう繋がりがありますの?」
どうやらミストラージュは、彼女の事を知っているようだ。私と彼女が知り合いという事に、驚いている。
まぁ正確に言えば知り合いではないんだけどね。友達の友達みたいな感じだから。
「知っているのですか?」
「え、えぇ。知っていますわ。有名な冒険者ですので」
「何をごちゃごちゃと話してるの!ついてこいと言われたのが聞こえなかった訳!?」
3人で話していたら、外からトワに怒鳴られた。
なるほど、確かに偉そうだ。カミの言っていた通りの情報に、心の中で苦笑した。
私達はひとまず、トワについてギルドを出た。トワは私達が付いて来ている事を確認すると、速足で歩きだす。速すぎて私なんて小走り状態である。
「そっちの2人は仲間?勇者探しを手伝ってくれるって事でいいの?」
「はい。私はヒメノ様の奴隷の、リリエと申します」
「私はミ──……じゃなくて、アルマと申しますわ」
一瞬ミストラージュと名乗りそうになったものの、踏みとどまって偽名のアルマを名乗った。
「というかリリエさんはゼルブロイド様の奴隷でしょう?間違っていますわよ」
「先日ヒメノ様に認めていただいた事により、正式に私の所有権がヒメノ様に移りました。今はヒメノ様の奴隷です」
「いつの間にそんな事になってましたの!?」
「そんな身内話は後にして。今あたし達はこの町にいる勇者を探すための行動を起こさないといけないの。分かってる?」
「……」
トワに指摘されて、リリエとミストラージュは不満げにトワを見た。別に睨んでいるという訳じゃない。なんだか気難しそうな人だなぁと、そんな感じの目で見ている。
「しかし私達は勇者の顔を知りませんわ。トワさんはどうやって勇者を探すおつもりなのですか?」
「勇者の顔ならあたしが知ってるわ。年をとった姿は知らないけど、見れば分かるでしょ。そしてコレが勇者の顔よ」
トワが急に立ち止まると、私達に向かって紙を差し出して来た。紙はミストラージュが受け取った。私とリリエが絵を覗き込む形となる。
その紙には、私が知るゲームの主人公『アルディス』が描かれていた。そうだ。目つきは少しだけ鋭く、髪はツンツンしていて少しだけ笑っている。これが本物のアルディスだ。私の描いた絵とは全然違う。圧倒的に上手で、本当にそのまんまのアルディスが描かれている。
「コレが、勇者?本当ですの?」
「よく見れば確かに、ヒメノ様の絵と似ている部分もある気がします」
「……そうですの?」
「……」
その上手な絵を見て、私の中で確信に変わりつつある事がある。
少しキツめな喋り方。絵が上手。一人称があたし。そして私の、ヒメノという名に反応を示した。なによりこの絵のタッチは、私が良く知る人物の物にそっくりだ。
「あんたも描いたの?どんな絵か少し興味があるわね」
「……ヒメノ様?」
私が呆然としている事に不思議に思ったリリエが、私の前で膝を折って視線を合わせ、顔を覗きこんで来た。
私は黙って、私が描いた勇者の絵をリリエに差し出す。リリエは不思議に思いながらも、受け取った絵をトワに渡した。
「……これって……嘘でしょ?」
トワも気づいた。絵と私を交互に見て、目を見開き、驚きを隠せないでいる。
『お姉ちゃんの絵は、少し特殊だけどあたしは好きよ!』
『ありがとう。でも姫香ちゃんの絵はとっても上手だね。まるで漫画家さんみたい』
『えへへ。いつか漫画家さんになれるかな?』
『姫香ちゃんなら、なれるかも』
いつかの幼き日の会話を思い出した。妹と一緒に、とあるアニメの絵を描いた絵を見せ合いっこし、お互いの絵を褒め合った日の記憶だ。
あの時と同じだ。トワの絵は、あの時の絵と同じだ。そして私が描いた絵も、トワにはあの時の私の絵に見えているに違いない。
お互いに見つめ合い、お互いに気付いた。
「まさか、そんな……!」
そしてトワが、一歩退いた。
私は無表情でその様子を見つめているけど、これでも内心驚いてはいる。
トワの反応を見て、更に確信を得る事が出来た。トワは、元いた世界の私の妹だ。
『アンタが病弱なせいで、あたしがクソ親にちゃんとしろって怒られるんだけど!』
『うん。ごめんね、姫香ちゃん』
『ごめんで済む問題じゃないっての!友達と遊ぶ時間もなくなって、あたしの自由な時間は全部、全部なくなっちゃった!友達もいなくなった!全部あんたのせいよ!責任とってよ!』
『ごめん。ごめんね』
ベッドの上で上体を起こした状態で、私は妹に怒鳴られていた。私が病気になってから、妹には苦労をかけるようになった。親の期待は私から妹に移り変わり、妹は親の期待を一身に背負う事となり、自由な時間が失われてしまった。
妹は私に、怒りをぶつけるようになった。私はただただ謝る事しか出来ない。それが姫香の苛立ちを助長したようだ。
『謝ってばっかりいないで、だったら──……!もういい!』
妹と最後に話したのは、そんな会話だったな。その後妹は親達と旅行に出かけ、私はゲームのカミを倒すと同時にこの世界にやって来た。
「……お姉ちゃん、なの?」
「……」
問いかけに対して私が黙って頷くと、トワの顔が見る見るうちに青ざめて行く。
私の絵と、トワの絵を見せ合う事によって確信を得た。絵を見せ合わなくともすぐに気づいただろうけど、絵のおかげで気づくのは早かった。
「お姉ちゃん?トワ様が、ヒメノ様の?」
「よく分かりませんが、トワさんは人間。ヒメノさんは魔族ですわよね?血縁関係があるようには思えないのですが……」
「うるさい、外野は黙ってて!」
私達の事を知らないリリエとミストラージュにとって、私をお姉ちゃんと呼んだトワに違和感を持つのは仕方ない。
でも、理由を説明してあげられる程の余裕がない。私とトワは、互いに睨み合って言葉を出す事が出来ず、固まってしまった。
こういう時、なんて言えば良いんだろう。素直に再会を喜ぶべきなのだろうか。でも最後の会話から察せられる通り、私と妹──姫香──トワは、仲があまりよくなかった。私だけ素直に喜んだ所で、きっとトワは喜んでくれない。むしろ怒られる。
「……」
私はトワに対して、何も言う事が出来ない。トワも黙っている。嫌な沈黙が流れる。
一番困るのは、状況が理解出来ていないリリエとミストラージュだろう。一体この2人は何を言っているんだ。何で固まっているんだと。文句を言いたいはずである。でも文句を言えばトワに怒鳴られるから黙っているしかない。
嫌な沈黙を破ったのは、私達の誰かではなかった。
突然、空から何かとてつもない力を感じた。私達が一斉に力を感じた方向を見上げると、そこに黒い渦が巻いている。異変に気付いた町の人々が、黒い渦を見上げて何事かと騒ぎ出した。
「これは……!」
黒い渦を見つめていると、そこから何かが飛び出して私達がいる場所の近くに降り立った。降り立った何かは、衝撃で地面に穴をあけている。
降り立ったのは、女の子だった。黒いミニスカートに、フリルのついた黒いブラウスを着ている。その上から赤いマントを羽織り、マントを風で翻している。
顔は小顔で、目がクリクリとした女の子だ。口からは八重歯が覗いており、頭には私と同じような2本の巻き角が生えている。髪型はボブカットで、だけど後ろの一部分だけ長くなっていて背中あたりまで伸びている。
「いやぁ、ここがザリフォスかぁ。今はガザールンだっけ?変わったねぇ」
降り立った少女は、どこかで聞いた事のあるような中性的な声で、明るくそう呟いた。
どこで聞いた事のある声かは、少し考えてすぐに思いついた。
「「カミ……!」」
私とトワの声が重なった。
そしてそう呼んだ瞬間、魔族の少女がこちらを睨みつけて来る。とてつもない殺気を感じ、私はストレージから破軍滅珠を取り出した。同じように、トワもストレージから取り出したと思われる弓を構える。
しかし私とトワが構えた武器は、いつの間にか目の前にいた魔族の少女の手に掴まれていた。驚く暇もない。目の前の少女の殺気に当てられ、私は殺されると思った。




