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アルマの正体


 神の支配から解放された事で、晴れ晴れとした気持ちで……とはいかない。ノルンの事を想うと、彼女の身に降りかかった悲劇が可哀そうすぎて、しばらくの間引き摺りそう。

 というかノルンが幻覚だったという事は、オストも彼女に何もしていないという事だよね。

 もし気づく前にオストと再会していたら、出会い頭で破軍滅珠で全身を砕いている所だった。あぶないあぶない。


「……しつこいようで申し訳ありませんが、ヒメノさんはもう本当に大丈夫なんですの?」


 馬車に揺られていると、アルマが遠慮がちにそう尋ねて来た。

 大丈夫とは、怪我の事ではない。心の方を言っている。

 カミに支配されかけていた頃の私は、それほどアルマに違和感を持たせるくらいおかしかったという事だ。


「大丈夫」

「ちなみに、何があっておかしくなっていたのか尋ねても?」

「プライベート」


 今思えば、カミの存在を迂闊に話すのは危険だ。カミが何をしてくるか分からないからね。だからアルマには悪いけど、そういって誤魔化して内緒にしておいた。


「まぁ、解決したのなら良かったですわ」


 アルマは溜息混じりながらも、そう言ってくれた。そして軽く私の頭を撫でてくれる。


「私は子供じゃない」

「ふふ。その容姿で言われても説得力がありませんわね」


 反論したけど、笑われてしまった。

 これでも前の世界の分と合わせると、アルマの年齢は超えていると思うんだけどな。リリエさんには遠く及ばないけども。


 その後は、馬車の中で眠ってしまった。昨晩はあまり眠れなかった上に、明朝にあんな激しい戦いが起こったからね。疲れていて当然といえば当然だ。

 で、妙に寝心地が良いなと思って起きたら、いつの間にかリリエさんに抱かれて眠っていた。リリエさんの両ひざの上に座り、リリエさんのおっぱいを枕にし、もたれかかった状態である。


「……ずっとこうしてたの?」

「はい」

「身体、痛くない?」

「ヒメノ様のためでしたら、これくらいどうという事はありません」


 それはつまり、痛いと言う事ではないだろうか。私は慌てて身体を起こした。


「ああ……」


 すると、リリエさんは悲壮な表情を浮かべて私を見て来る。

 でも、痛いのを我慢させてずっとその態勢をさせておく訳にはいかない。

 寝起きなので、荷馬車の中で体を伸ばして少しだけ体操をする。それから周囲を見渡した。


「アルマは……」


 荷馬車に、アルマの姿がない事に気が付いた。どこに行ったんだろうと外を見ると、アルマはハクに乗って楽しそうにしていた。

 本当にハクの事を気に入っているようだ。可愛らしい光景に、思わず微笑んでしまう。まぁ表情には出ず、心の中でだけど。


「休息出来ましたか?」

「おかげで、出来た」


 リリエさんの身体は、本当に寝心地が良かった。おっぱいの枕の寝心地なんて、特に最高だ。寝ている間に頭を撫でていてくれた気がするんだけど、それも心地よかった。今思えばけっこう際どい所も撫でられていた気がするけど……まぁいいだろう。


「……」


 ところで私、リリエさんとキスしたんだよね。その柔らかそうな唇を見て思い返し、恥ずかしくなってきた。私の初めてのキスの相手は、女性でした。しかも、こんなに美しいメイドさん。

 しかも現在このメイドさんは、私の奴隷なんだぜ。やろうと思えば何でも好き放題出来てしまう。羨ましいだろう。


「どうかいたしましたか、ヒメノ様?」

「……リリエさんは、ゼルともキスをしたの?」


 あのキスは、たぶん奴隷の所有権を移すのに必要な行為だったはず。そう予測して、私はリリエさんに尋ねた。

 別に嫉妬している訳じゃないけど、これは主人として確かめずにはいられない。


「いえ、した事もありません。その前の主とも、勿論した事はありませんよ。ヒメノ様が、私の初めての相手です」

「え。じゃあどうして私とキスしたの?所有権を移すのに必要な行為だったとか……そういうのじゃないの?」

「所有権の移譲は、手の甲へのキスで肉体的な接触と、宣誓の言葉で終わっています。それ以降の行為は私がしたいからしただけですが、何か?」


 したいからしただけって……このメイドさん、欲望に忠実すぎる。

 まぁこんなキレイなメイドさんが私を慕ってくれるのなら、唇くらい差し出すさ。というか私には、これくらいしかあげられる物がない。私はゼルとは違い、お金や人望がある訳じゃないからね。

 それにキスも……嫌だった訳じゃない。むしろなんかこう……気持ち良かったと言うか……幸せな気持ちになれたというか……ヨカッタ。

 相手が誰でも良い訳じゃない。相手がリリエさんだったから、こんな気持ちになれたんだと思う。


 こうして再び進みだし、2日の時間が経過した。


 段々と道が広くなり、すれ違う馬車が多くなって周囲が賑わい始めた。アブレストでもそうだったけど、これは町が近い証拠だ。

 しかしあの時よりも凄い数の馬車だ。荷馬車にはもれなく大量の荷物が積まれ、客車にはドレス姿の貴婦人が優雅に乗っている。中には積み過ぎだろという荷物を積んだ馬車もいる。道脇の穴にハマった馬車を、周囲の人々が手伝って押し出している姿も見える。

 ちなみにハクは、ストレージの中にしまわせてもらった。さすがにこの中に魔物がいたら、パニックになってしまうからね。仕方ない。

 そんな光景の中に紛れ、またしばらく道を進んでいくと、それは忽然と現れた。


「見えてきましたわよ。ガザールンが!」


 馬車から身を乗り出しているアルマがそう言ったのに反応し、私も馬車から身を乗り出して前方を見る。

 そこには、大きな塔が建っていた。天を突き抜けるような、大きな黒い塔だ。塔は茶色い切り立った山間にあり、両サイドの山に繋がる骨組みによって支えられる形で建っている。山より高くそびえたつ塔は、圧巻だ。その塔の下に広がる町。町は広大で、塔の足元から伸びるようにたくさんの建物が建っている。


「……ザリフォス」


 私はその光景を見て、そう呟いた。

 『ザリフォス』とは、ゲーム『アストラル・レベリオン』に出てきた都市の名前だ。どんな都市だったかというと、今私の目の前にある感じ。


「よくご存じですね。ガザールンはその昔魔族の領地で、当時はザリフォスと呼ばれていました。しかし70年前にエインヘリア王国に占領され、その後王国から独立した国、アストライアの首都となっています」


 そう説明してくれたのは、リリエさんだ。


 ザリフォスが、今はガザールンに……。

 ザリフォスは魔族領の入り口に位置する。魔族にとって、領地への侵入を防ぐ要塞的な役割があった。

 それが今では人間に占領され、人間の領地になっている。魔族が衰退し、私が知るアスレベの世界とは勢力図が根本的に違う。


 町に向かって更に馬車が進んでいく。道の途中には検問所があり、皆その検問所で荷物検査等を受けているけど、アルマの指示で検問所の列はスルー。私達は行列の先頭へとやって来た。

 アブレストでもそうだったな。


「ん?なんだ、貴様等。きちんと列にならばないか!」


 検問所にいた兵士が、私達に向かって怒鳴って来る声が聞こえて来る。てっきり私達を護衛している兵士が顔パスなのかと思ったけど、違うようだ。


「私が乗っているこの馬車に、列に並べと?」


 声を聞いて、アルマが馬車から顔を出した。

 アルマは最初顔を隠すため被っていたフードは、もう被っていない。神獣にズタズタにされたからね。んで、素顔を晒した状態で顔を出すと、外から検問所の人達が慌てる声が聞こえて来た。


「し、失礼いたしましたっ!どうぞお通り下さい!」


 私も馬車から顔を出して見たけど、検問所の兵士達が私達に向かって胸に手をあて、キレイに敬礼した状態で私達を見送っている。

 検問所の兵士達の慌てた様子は、ただ事じゃない。一体アルマの正体はなんなのだろうか。

 謎っぽく言うけど、まぁ何かの貴族なのは間違いない。その振る舞いや金髪縦ロールという特徴からも察せられる通りである。


 検問所をノー検問で通った私達は、町へと辿り着いた。アブレストとは違い、背の高い建物が建ち並んでいる。塔へと続く広いメインロードは普通の家々が囲み、その道から外れて外へ行けば行くほど、建物が高くなっている気がする。高い建物は集合住宅みたいな感じだろうか。

 アブレストと比べると、道は割と静かかな。人がいないという訳ではないけど、落ち着いた様子を見せている。

 ただ、荷馬車が多い気がする。私達の前後にも荷馬車がいるし、向こう側からやってくる馬車もいる。


「……高い」


 やがて、塔の前まで辿り着いた。そびえたつ塔は、首を思い切り上げなければ先端まで見る事が出来ない。

 塔の根元には、山を越えて向こう側へと続くトンネルがある。トンネルには巨大な門がついているけど、今は開かれていてトンネルに入っていく人や、向こうからやってくる人の姿が見る事ができる。

 周辺には大勢の兵士がいるな。荷馬車に積まれている荷物を検査したり、見回って警備しているようだ。


「無事送り届けてくれてありがとうございました。道中での皆さんの働き、誠に大義でありましたわ」


 そう言って、アルマが馬車から地面に降り立った。


「実は私、アルマという名は偽名でございますの。私の本当の名は、『ミストラージュ・ウル・アストライア』。『レイノルド・カース・アストライア』の娘にして、この国の姫ですわ!」


 地面に降り立ったアルマが振り返り、私達に向かって大きな声で、本当の名を名乗って来た。

 お姫様……貴族を通り越して、まさかのお姫様だった。驚いた。いや、本当に。でもそれなりに高い立場の人だとは思っていたから、その分驚きは薄くなる。


「いや、まぁ……な?」

「ああ……な?」

「そうだな……」


 兵士達のリアクションも、随分と薄い。


「な、なんですの?私、ミストラージュだったんですのよ?この国のお姫様ですわよ?驚いたでしょ?凄いでしょ?」

「……正直、途中から知ってました。顔も隠してないですし」

「自分はガザールンに勤めた事があり、その時国民にご挨拶をするミストラージュ様の護衛も務めた事があります」

「ぐっ。覚えていませんが、その時はお世話になりましたわね……。リリエさんは、どうですの?私の正体を知って、驚きましたわよね?」

「私もアブレストを出る前から気付いていましたので……。ゼルブロイド様から、ミストラージュ様と呼ばれていましたし。驚いて欲しければもう少し隠すべきだったかと」

「……」


 最後に、期待を込めるように私の方を向いて来るアルマ改め、ミストラージュ。

 でも私に期待しても無駄だと悟ったのか、何も言わずに視線を外されてしまった。


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