傍にいてくれる人
私は他人に嫌われるのが怖い。他人に見捨てられるのが怖い。
友人は、病弱な私の前から去った。家族は、病弱な私を内心疎んでいた。
実は、私には妹がいた。いつの間にか私よりも家族に可愛がられるようになった妹も、私の介護に疲れたのか私に対してキツく当たるようになっていた。
昔はあんなに仲良かったのに。昔はあんなに可愛がってくれたのに。頑張って難関高校を受験して受かったのに、病弱な体のせいで皆が私の前から去っていった。
見捨てられるのは、慣れていた。カミもかつて、一度は私を見捨てた。だけど戻って来てくれた。それが凄く嬉しかった。
それ以来、私の中でカミという存在は大きさを増している。ノルンの件があって以来、更に増した。
リリエさんも一緒だ。どんな事があっても、私の傍にいてくれると約束してくれた。
前の世界で大勢に見捨てられてきた私にとって、一番縋りたくて、一番嬉しくなってしまうのは、私の傍にいてくれるという言葉。その言葉をくれたリリエさんだから、私は森の中での出来事を話した。
私が赦し、逃がしてしまった野盗の男がノルンという幼い少女を穢し、殺した。
全ては私の責任だ。私が犯した罪である。ノルンの命を、私が奪ってしまった。
「お言葉ですが、それはヒメノ様の罪ではありません」
「……」
私はそれを、自分の罪だと認めた。カミも私の罪だと言っていた。
でもリリエさんは、私の罪を罪ではないと一蹴した。
「ヒメノ様が逃がした男が何をしようと、罪は男の罪にしかなりえません。男がヒメノ様との約束を破り、更なる罪を重ねただけです。何をどうしたらヒメノ様の罪になるのか、私には分かりかねます。一体どうしてヒメノ様は、この出来事を自分のせいだと思ったのですか?」
それは、カミがそう言ったから……。
それで、自分でも納得した。ノルンの運命を、私が決めてしまったのは事実だ。カミの言葉を無視して、オストを逃がしてしまったからノルンは死んだ。私のせいだ。
でも、確かにそれ全てを私の罪と言うのは無理がある。どうして私はそう思い込んだ?
「それと、そのノルンという少女ですが、昨日も呟いていましたよね。気になって村の方に話を聞いて回ったのですが、おかしな事が判明しました」
「なに?」
「確かにこの村にはノルンという少女がいました。ノルンの母親だという女性にもお会いする事が出来ました」
ノルンの母親と聞いて、怖くなった。私のせいで娘を失った母親は、きっと私に怒りを向けるだろう。
「でも村にノルンという少女がいたのは、今から5年前の話です。ノルンは病気で倒れた母の代わりに森へ薬草を取りに行き、行方不明となってしまったのです。野生の動物か魔物に襲われたか、あるいは事故にあったか攫われたのか……村人たちが協力して探してくれたようですが、結局見つからずじまいのようです。ノルンの母親は、自分のせいだと嘆いていました」
「そんなはずはない。私は森で、ノルンと会った。ノルンの死体を見た」
「あまり大きくない村です。他にノルンという名の子は村にいないようです。ヒメノ様が勘違いしている可能性はありませんか?」
「……ない。絶対に、ない」
私は確かにこの目で、ノルンを見た。話した。聞き間違いでも、見間違いでもなんでもない。
「では、確認しにいきましょう」
「何を……?」
「ヒメノ様が見たという、ノルンの死体です」
「……嫌」
「では私をその場所まで案内してください。ヒメノ様が死体を見る必要はありません。私が見ます。良いですよね」
「それなら……良い」
リリエさんにそう言われ、私は同意した。
私はリリエさんに背負われた状態で、村の近くの森の中へとやって来た。突然村を出て探し物をしてくると言った時、アルマ達は訳が分からず驚き、それでもついて来ると言ってくれたけど、リリエさんが皆に待つよう強要した。
リリエさんと2人きりの状態で、森の中を探索する。確かあの時は、茂みの奥の方で現れたカミに導かれ、茂みの中を進んでいったんだっけ。森の中なんて、どこも似たような光景だ。なのに、何故か鮮明に場所を覚えている。
「あそこ。あの茂みの向こうに、ノルンの死体があった」
「分かりました。見て来るので、ヒメノ様はここでお待ちください」
そう言い残し、リリエさんは私を背中から降ろして茂みの向こうへと姿を消していった。
一人取り残された私は、顔を伏せてリリエさんを待つ。その死体を見て、リリエさんはどう思うだろうか。やはり気が変わってしまうのではないか。怖い。
「ヒメノ様」
しばらくして、リリエさんが戻って来た。伏せていた顔を、恐る恐る上げてリリエさんを見返す。
「こちらへ来てください」
「みたく、ない」
リリエさんが私に向かって手を伸ばして来たけど、私はそれを拒否した。
「私を信じて、ご自分の目で見て、本当にノルンかどうかを確かめてください。これはヒメノ様が直接見て確かめなければいけない事だと思うのです。私が傍にいますので、お願いです」
差し伸べた手を、リリエさんは引っ込めない。私に手を取るようにと迫り、私をノルンの下へと連れて行こうとする。
話が違うじゃないか。私は見なくて良いと言う条件で私はここに来たのに、騙された気分だ。
でもリリエさんがそう言うのには何か事情があるのだと思う。
「……」
分かったよ。私はリリエさんの手をとり、意を決してもう一度ノルンを見る決断を下した。
リリエさんが先導し、茂みの奥へと入っていく。私も後に続き、そこで見た物は……やはり、死体だった。
でも私が見たノルンの死体とは違う。そこにあったのは、人の骨だ。長年この場で放置され、風化している。骨は小さく、それが子供の物だと言う事は分かる。
「ノルンの死体は……?」
辺りを探しても、ノルンと思われる死体はどこにもない。そもそもこんな骨、あの時はなかった。そこにはノルンがいたのだから……。
ふと死体の頭蓋骨の部分を見ると、そこに花の形をした何かが落ちていた。ノルンは確か、黄色の花の髪飾りをつけていた事を思い出す。
私は死体に近寄り、その花の形をした何かを拾い上げた。手で土を振り払うと、その髪飾りはボロボロだけど、わずかに黄色い色を残している。髪留めの部分は壊れてしまっているけど、これが髪飾りだったことに間違いない。
「これは……ノルン」
「間違いありませんか?」
「間違いない。ノルンはこの髪飾りをつけていた」
「では、ヒメノ様が見たと言うノルンは?確か野盗に襲われ、暴行された上で殺されていたのでしたよね?それにそうなる前は、ノルンと森の中で会って話したと仰っていました」
「……」
背筋が、ゾッとした。もしかして私は、幽霊を見ていたとでも言うのか?
そうじゃない。気づけ。認めろ。私は幻を見ていたのだ。今思い返せば、ノルンなどどこにもいなかった。誰かがノルンを演じ、ノルンの幻を見せていたのだ。
誰が幻を見させた?幻を見せ、優しい声を掛けて私の心の中に入り込み、私を依存させようとした者がいるじゃないか。思い出せ。
『──カミの声には気をつけろ』
更にはそう警告してくれた人物もいた。
そうだ。
全てはカミが仕組んだ事なのかもしれない。私はカミに──異世界からの侵略者に、操られそうになっていたのだ。
頭の中でそう気づいた時、私の中で何かが弾け飛んだ気がした。
「……私は、幻覚を見せられていた」
「幻覚?一体誰がそんな事を」
「たぶん、カミが」
「カミ?それはどういう存在なのですか?」
「異世界からの侵略者。この世界を支配しようと企んでいた者。その昔、勇者によってこの世界から屠られた存在」
「……そのカミは、ヒメノ様に幻覚を見せて何をしようとしていたのですか?」
幻覚のノルンの死体を前にした時、私は大いに取り乱した。ノルンが死んだのを自分せいだと思い、あるいは思い込まされて、心が穴だらけになった。
その時入り込んで来た、カミの甘美な囁き。あの声によって私の心はカミによって半分支配されてしまったのだ。
思い返せば、カミに会いたくてたまらなくなった自分はおかしかった。カミに褒められるために自分の命を投げ出し、バカみたいな戦術で神獣を倒した。
全てはカミが、私を支配するための罠だった。そう考えれば、説明がつく。
「私の心を、支配しようとしていた」
「ヒメノ様を支配……?そ、それはいけません。絶対に阻止しなければ……!」
「もう大丈夫。支配はもう、解けた」
先程自分の中で弾け飛んだ気がしたのは、きっとカミの心の侵食だ。私はもう、カミに対して依存していない。カミを求めていない。カミのために命を張ろうなどと思っていない。元通りになった。
「ありがとう、リリエさん。私はあともう少しで、取り返しがつかなくなる所だった」
「いえ。私はただ、ヒメノ様の様子がおかしいと思い勝手に調べたまでです。しかし許せませんね。私の主ヒメノ様を支配しようとするなんて、本当に」
「リリエさんの主人は、ゼル。私じゃない」
「確かに実際の所、私の所有権はまだゼルブロイド様にありますが……実は、ゼルブロイド様から許可はいただいております」
「許可?」
「はい。ヒメノ様が望むのであれば、私の所有権をゼルブロイド様からヒメノ様に移しても良いと言う許可です。ヒメノ様が望むのであれば、今すぐにでも私の所有権を移す事が出来ます」
「……どうしてリリエさんは、そこまで私を好いてくれるの?」
「先程も言いましたが、一目惚れです。ヒメノ様のようなお方にお仕えする事こそが、私の本望なのです。ですので……どうか、私を貰っていただけないでしょうか」
まるで告白するかのように、リリエさんが私に向かって手を伸ばして来た。
私が、リリエさんの主人になる。この美しいメイドさんが手に入るなんて、夢のような話だ。
「ゼルも、良いと言った?」
「ゼルブロイド様は、ヒメノ様を大変気にかけておられています。ヒメノ様はまだ幼く、他人の悪意に鈍感で騙される時が来るかもしれない。そうならないよう、支えてあげなさいと言ってくださいました。所有権に関しても、勿論ゼルブロイド様の許可はいただいておりますのでご安心を」
「それは私の奴隷になると言う事。リリエさんは、それでいいの?」
「本望でございます」
リリエさんは即答した。
奴隷になるのが本望だなんて、私には信じられない。でも実際リリエさんは、生まれてからずっと奴隷だった。誰かに仕えなければいけない存在なら、せめて自分の好みで主人は決めたいと言う事だろうか。
その好みに合うのが、たまたま私だったと言う訳だ。私としては、断る理由が見つからない。この手を取るだけで、リリエさんは私の物となる。
「……」
私はその手を、握った。
その瞬間、リリエさんが笑顔になる。そして私の手をとったリリエさんは跪き、私の手の甲へキスをした。
「私の全てをヒメノ様へ捧げ、ヒメノ様の奴隷である事をここに宣言します」
リリエさんがそう呟くと、リリエさんの身体と私の身体が、一瞬光り輝いた。今、何かの魔法が発動した気がする。
不思議に思う私をよそに、リリエさんが続いて私の顔へ自らの顔を近づけて来る。おとなしく待っていると、前髪をかき分けられて額にもキスされた。
「最後にもう一か所、よろしいですか?」
「……良い」
私が許可すると、リリエさんの手が私の顎を掴み取って固定して来た。そして自らの唇を、私の唇と重ねて来た。10秒?20秒?それとも1分くらい?しばらくキスしたまま固まっていると、やがてリリエさんから唇を離される。
「はぁ……」
リリエさんの口から溢れた息が、顔にかかった。頬を赤く染め、色っぽい表情を浮かべたリリエさんがすぐ目の前にいる。
「これで私の所有権はヒメノ様に移りました。こちらが私の、奴隷としての証明書になります。これからはヒメノ様が、こちらをお持ちください」
あまりにも唐突なキスに呆然としながらも、リリエさんが差し出して来た紙を受け取った。そしてその紙を、すぐにアイテムストレージにしまっておく。
「ふつつかな奴隷ですが、これからよろしくお願いしますね」
こうして私はファーストキスと引き換えに、リリエさんという美しい奴隷を手に入れたのだった。




