狂戦士
早く、カミの声が聞きたい。そのためには一刻も早く、神獣を倒さなければいけない。
神獣は、接近する私に気付いた。私と戦った事を、神獣は覚えているのだろうか。私の姿を見た瞬間、私に向かって口を開き、そこから猛烈な風を放つ魔法を放ってきた。
私は真正面から、その風に突っ込んでいく。全魔力を噴出させ、踏ん張り、闇の剣で風を受け止めてせめぎ合う。剣が風を吸い込むけど、周辺への被害は止められない。激しい風が家を吹き飛ばし、様子を見に来ていた村人たちが巻き添えをくらってしまう。幸い飛ばされて行っただけで、死んでしまったりはしていないと思う。でも死にたくなかったら、この場から逃げるべきだ。
「皆この場から離れて……!」
風を受け止めながら、念のため周囲にそう警告しておく。だけどせめぎ合っている状態では、あまり大きな声は出せなかった。
前に戦った時は、せめぎ合っている時にアルマが神獣の頭を吹き飛ばしてくれて、助けられた。今は私しかいない。私だけの力で神獣を倒し、私だけがカミに褒められる。
風が私を飲み込み、私の服と体を傷つける。血が出ているけど、不思議と痛みは感じない。こんな傷、どうでも良い。
邪魔をするな。抵抗をするな。おとなしく死ね。
「……闇夜・闇風刃」
私は風を受け止めつつ、魔法を放った。手に持った闇の剣から闇の風が放たれ、神獣が放った風を切り裂きつつ風を辿って向かっていく。やがて闇の風は神獣の口を切り裂いて通り抜け、神獣の上顎を分離させた。
上顎を分離されつつも、翼をはためかせた神獣から更なる風が私に向かって放たれた。しかしもう、この風の対策方法は分かっている。
「闇夜・崩星」
私はブラックホールを無数に出現させると、神獣が放った風を吸い込ませた。更に私は走り出し、神獣へ接近を試みる。
その瞬間、神獣が身体を反転させた。それとほぼ同時に、トゲトゲがたくさん生えた尻尾が私の側方に迫っていた。鞭のように尻尾をしならせ、乾いた音と共に放たれた音速を超えた一撃だ。
その攻撃は、もう見た事がある。
私はその一撃を、ジャンプして回避した。そして空中で魔力を噴出して足場を作って一蹴りし、神獣に向かって一直線に突っ込んでいく。
神獣がまとう風が、私に襲い掛かった。風が私の身体を裂き、ズタズタに切り裂いて来る。吹き飛ばされそうになるも、魔力を何度も放出する事で足場を作り、耐えた。体を切り裂かれるのも、ただただ我慢した。
カミの声が聞きたい一心で、私は自分の身体がどうなろうとも構わずに突っ込んでいく。
やがて神獣を間合いに捉えると、私の闇の剣が神獣の首を斬り落とした。斬り落として通り抜けると、その先で魔力を噴出して足場を作り、蹴って戻る。今度は神獣の羽を斬り落とした。
残った部位で、風を巻き起こして私を吹き飛ばそうとする神獣。でも私は、風の中を平然と立っている。風によって、顔面が切り裂かれた。体が抉れて大量の血が噴き出る。魔法で作り出したブラックホールで風の威力は弱められているけど、斬撃は防ぎきれない。
「……」
なんだ。捨て身の攻撃を用いれば、案外簡単に倒せるじゃないか。洞窟の中で遭遇した神獣と比べれば、本当に弱い部類だと思う。
「──闇夜・冥界斬撃」
神獣の目の前で、魔法を発動させた。
手に持った闇の剣が、大きな闇の斬撃を放つ。斬撃は一瞬神獣を飲み込んで通り抜けたかと思えば、斬撃の中に神獣を吸収した。後に残ったのは、神獣のトゲの生えた尻尾の一部分だけ。
一瞬にして風がやみ、辺りは静寂を取り戻した。
同時に、日が昇って来た。水平線の向こうから上がって来た太陽が、世界を明るく照らし出していく。
残った尻尾を最後に斬りつけて消滅させると、そこから光が飛び出して天へと消えていった。これでまた、カミの魂が解放された。
そしてレベルが上がった。
名前:ヒメノ
種族:魔族
レベル:57
HP:22389 / 48297
MP:328842 / 505318
スキルも覚えた。
狂戦士 理性を失う代わりに攻撃力を上げる事が出来る。
まぁそんなのはどうでもいい。
神獣を倒した私を、カミが褒めてくれる。心の中は晴れやかな気持ちで溢れかえり、期待感に満ちて行く。
「ヒメノ様!」
そこへリリエさんが駆けつけて来た。血相を変えた様子で駆け付けて来ると、私を抱きしめて来る。
私は血まみれなのに、そんな事したらリリエさんのメイド服が汚れてしまう。
「なんという無茶な戦い方を……!」
「……」
無茶な戦い方?これくらい、なんともない。自分のHPはまだ半分近く残っている。
でも、あれ?おかしいな。抱きしめて来たリリエさんを手で抱きしめ返そうとしたら、その手がない。いつの間にか、破軍滅珠を持っていない方の手が無くなっていた。いつなくなったんだろう。
「すぐに治療を!」
「……別に、良い。放っておけば治る」
「そういう訳にはいきません!」
そう言うと、リリエさんは私を抱きしめるのをやめ、その場に寝かせた。上体はリリエさんが抱きかかえてくれるので、寝心地は悪くない。
その状態で見た自分の身体は、酷い状態だった。風によって切り裂かれた身体が、あちこちから出血して血を吹いている。足はほとんど切れていて、骨が露出したり、皮だけで繋がっているような状態だ。
控えめに言って、重傷である。
だけど別に、これで私が死ぬわけではない。再生のスキルがある限り、どんな状態からでも私の身体は元通りになる。
「……」
そんな状態の私を、村人たちが見つめている。
突然村を襲い、強烈な風で被害をもたらした魔物。そんな魔物を撃退した私は、彼らにとっては英雄のようになるだろう。
……と、少し期待したけど違った。
村人たちが私に向ける視線は、恐怖だった。得体のしれない魔物を、得体のしれない力で倒し、こんな大怪我を負ってもなお生きて無表情でいる私に対し、恐怖している。
ああ、やっぱり私を認めてくれるのは、カミだけなんだ。
思えばカミは、初めて会った時から私に親切にしてくれた。カミだけが、私の存在を認めてくれる。カミ……会いたい。早く私の下に──
「ヒメノさん、大丈夫ですの!?」
「傷は深いですが……ヒメノ様が言うには、大丈夫のようです。ですが、こんな傷を放ってはいけません。すぐに治療を」
「そうですわね。幸いお医者様のお家は無事です。と思ったら屋根がなくなっていますわね……でも、構いませんわ。早くそちらへ運びましょう」
──カミだけじゃない。
ここには私を、本気で心配してくれている者がいる。どうしてカミだけだと思った?私は一体、何を考えている?
昨日から、ずっと違和感がある。まるで心の中を何かが侵食し、私を変えようとしているかのようだ。
私を心配してくれるアルマが駆けつけ、先導して走り出す。少し乱れているけど、いつも通りの制服姿となっている。
リリエさんが私を抱き抱えたまま、アルマに続いて走っている。
二人とも、必死だ。私は大丈夫だと言っているのに……でも、素直に嬉しい。
医者はすぐに私を治療しようとしてくれた。けど、私は縫ったりはしなくて良いと言って、治療を拒否した。下手に縫われると、再生に支障が出るかもしれないからね。ここは自分の回復魔法で自分を回復させ、血をある程度止めた上で包帯を巻いておくだけにとどめておく。
これで、放っておけばその内傷は全て治る。失われた腕も生えてくるはずだ。こちらは魔法の再生で治した方が早いかもしれない。けど、放っておけば治るからとりあえずいいか。
「……」
「……」
現在私は病室で、リリエさんと二人きりでいる。包帯だらけになった私は、ベッドに寝かされている状態だ。
服装は、簡易的な白のワンピース姿である。包帯だらけなので、この方がなにかと都合が良い。
先程まではアルマや兵士達も来ていたけど、リリエさんが部屋から出した。ちなみにハクは病院に立ち入り禁止で、外で座って待っているらしい。
なんかリリエさん、怒ってる?表情には出ていないけど、目つきや空気がいつもと違う気がする。
「ヒメノ様」
「……なに?」
「昨日私達から別れてから起きた出来事を、素直に話してください」
沈黙の後に、リリエさんがそう切り出して来た。昨日、あった事……ノルンの死体が、脳裏をよぎる。
「……」
一気に体調が悪くなってきた。体の傷のせいではない。昨日の出来事を思い出してしまったからだ。頭が痛くなる。吐き気がする。
「ヒメノ様」
リリエさんが、私の手を握って来た。私は縋るように、その手を握り返す。
「何があっても私はヒメノ様の味方です。怖がらないで全てを話してください」
「……どうして、そう言い切れるの?これを聞いたら、リリエさんは私に失望するかもしれない。私の下を去ってしまうかもしれない」
「そうでしょうか。私はそうは思いません。だって私はヒメノ様の事を、愛していますから」
「……愛?」
私は突然の告白に、固まった。そしてリリエさんを見つめると、リリエさんは私の目を真っすぐに見返して来る。
「ええ、愛しています。昨日も言いましたが、ヒメノ様ほど美しく可愛らしい方を、私は見た事がありません。私の心は、初めてヒメノ様を見た時から奪われています。一生をこの方に捧げたい。一生をこの方と添い遂げたいと、心から思っています。ですので、ヒメノ様が例えどのような罪を犯したとしても、このリリエの心が離れる事はありません。……これは秘密ですが、私はどのような手を使ってでも、ヒメノ様のお傍にいるつもりです。例えヒメノ様が拒否しても……私は地の果てまで追いかけます」
「……」
私を見つめるリリエさんの目つきが、鋭くなった。その目はまるで猛獣だ。獲物を逃がさんとする猛獣の目をしている。獲物は私である。
私の手を握るリリエさんの手が、いっそう強く私の手を握って来た。大きなリリエさんの手が、私の手を支配している。
更にはもう片方の手が私の顔に伸びて来て、私の頬を撫でた。
正直言って、少し怖い。けど、カミと同じように何があっても私の傍にいると、そう言ってくれて安心してしまう自分がいる。
「だから、話してください。昨日何があったのかを」
「……」
リリエさんなら、大丈夫。私は自分にそう言い聞かせ、勇気を振り絞って昨日の出来事を話した。




