声を求めて
座っていると、村人が集まって遠目に私達の方を見て来る。私の横に座るハクが、皆の注目を集めてしまっている。
もうすっかり日が暮れているというのに、皆物好きだ。早く家に帰ってご飯食べて寝ようよ。
そうしてしばらくぼんやりとしていると、段々と見物人は消えていった。
やがて、アルマ達がやって来た。
「ヒメノさーん!」
アルマが馬に乗って私に手を振り、名を呼んでいる。アルマの後ろにはリリエさんが乗って2人乗りをしている。
後ろからは兵士と荷馬車もやって来て、荷馬車が止まると同時にベレッタさんが飛び降りて駆け寄って来た。
「夫は、どうですか!?」
「まだ分からない。中で診てもらっている」
「……」
そう聞いたベレッタさんは、遠慮がちに扉を開いて医者の家の中に入っていった。お医者さんには後は任せて外で待っていろと言われたけど、まぁ大丈夫だろう。
「……とりあえず、私達に出来るのはここまでですわね。御者さん。宿をとってきてくださる?私は少し、村長とお話してきますわ」
「はい」
アルマと御者さんが、私達の下から去っていった。残ったのは私とリリエさんと、ハクと兵士達となる。
「……」
私は黙って座り続けている。そんな私の隣に、リリエさんが座った。
「お疲れ様でした。ヒメノ様のおかげで、レクックさんの命は助かりそうですね」
「……」
私のおかげ、なのだろうか。私が何もしなくても、レクックさんは助かった気がする。だから、私のおかげではない。そう見えただけだ。
「道中で何かありましたか?」
「……どうして、そう思うの?」
「顔色が優れないご様子なので」
「私の顔は、いつもこう。感情が表に出なくて、不気味」
「そうかもしれませんが、私はヒメノ様のお顔が好きです。小さくて目はくりくりで、ピンク色の唇には時折むしゃぶりつきたくなってしまうくらい魅力的です。我慢をするのも大変です」
「……」
身の危険を感じた私は、唇を手で隠した。
「冗談ですので、そう警戒しないでください。……ヒメノ様にお仕えするようになり、もうしばらくの時間が経過します。確かにヒメノ様は表情を表に出してくださいませんが、顔色くらいは分かりますよ。よろしければ、何があったのかお話しいただけませんか?」
リリエさんが、そう言って身体を寄せて来た。お城では、親身になって私に言葉を教えてくれた。お風呂にいれて、着替えもさせてくれた。身のお世話の全てを、任せて来た。この世界に来て、初めて得た心の安らぎを与えてくれる相手。それがリリエさんだった。
リリエさんになら、ノルンの事を話しても良いのだろうか。彼女なら私の犯した罪を、カミと同じように受け入れ、赦してくれる気がする。
でも、話して失望されたらどうしよう。本当に、彼女は私を赦してくれるだろうか。
「森で……ノルンが──……」
「ノルン?」
「……」
そこまで言って、言葉を続けられなくなってしまった。
森の中でみたノルンの死体は、思い出したくもない。バラバラになった自分はいくらでも思い出せるのに、ノルンを思い出すだけで吐き気を催す。
「──皆さん、宿を取る事が出来ました。アルマ様には私から伝えておくので、皆さんは宿へどうぞ」
戻って来た御者が、そう言って私達を誘導してくれた。兵士達は宿がとれたと聞いて、ホッと胸をなでおろしているようだ。今日は本当に色々な事があった。正直言うと、私も疲れている。早くゆっくりと休める場所に行きたい。
そして出来れば、カミの声を聞きたい。
私は我先にと言わんばかりに、御者に導かれて宿へと向かった。ハクも私に付いて来る。リリエさんは付いてこなかったけど、もうどうでも良かった。
ご飯を食べる気にはなれなかった。部屋にとじこもり、真っ暗な部屋で眠るフリをしてカミを待つ。疲れているけど、眠る気にはなれない。起きていると、ハクが寄り添って来た。私を元気づけようとしているのだろうか。
大丈夫だよ。私には、カミがついている。もうミスはしない。だから、大丈夫。自分に言い聞かせるかのように、私はハクの頭を撫で続けた。
ハクを撫でていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。気づけば窓の外が僅かながらに明るくなっており、まだ日は登っていないけど夜明けが近い事が分かる。
カミは……いない。
カミの声が聞きたい。私を慰めて欲しい。私の罪を、赦してほしい。どうすれば、カミが現れる?そうだ。もっと、もっと、神獣を倒して役に立てば良い。そしたらカミが現れて、私を褒めてくれるはずだ。
「……」
神獣を求め、私は窓の外を見る。
すると、願いが叶った。
窓がガタガタと揺れ出し、次の瞬間大きな風が巻き起こって窓を割った。割れた窓ガラスが、私の肌を傷つける。私はそんなの気にする素振りも見せず、窓の外を見続ける。外からは叫び声も聞こえて来て、今の突風による被害が村人たちにも及んだことが窺える。
風を生み出しているのは、黒い鳥だ。翼をはためかせながら、まだ薄暗い空から鳥が降りて来た。
私達が泊まっている宿から少し離れた場所にある家が、黒い鳥から出された風によって吹き飛ばされている。吹き飛ばされた家の破片の中には人もいたけど、人は風の刃に切り裂かれながら飛んで行った。
土台だけとなった家に着地した神獣が、頭のない首で家の中で何かを探しているような仕草を見せている。
どうやら神獣が探しているのは、魔力結晶のようだ。
この世界では魔力結晶はインフラに使われている。都市部では大魔力結晶と呼ばれる大きな結晶から供給される魔力で火や明かりを灯す事が出来るけど、地方では小さな魔力結晶を消耗品として使って生活しているのだ。
家の中にあった魔力結晶を見つけた神獣は、それを体の中に取り込んだ。その瞬間、頭が無かった神獣が再生し、また鋭い嘴を持つ頭が生えて来た。
『バウ!バウ!』
「ハクは、待っていて。アレは私が倒して来る」
『クゥン?』
「すぐに終わらせる」
私が泊まっていたのは2階だけど、割れた窓ガラスから外に飛び降りた。地面に着地しつつ、魔力噴出を発動させて髪色が銀髪へと変化する。
更にはアイテムストレージから破軍滅珠を取り出すと、魔法を発動させた。
「闇夜・冥界黒刃」
破軍滅珠に魔法で作られた黒い剣が生えた。
「きゃあああぁぁ!」
神獣は、更に別の民家に襲い掛かった。風で家を人ごと吹き飛ばし、また魔力結晶を奪っている。
どうやら魔力結晶は、神獣にとって回復のアイテムのようだ。
辺りは異変に気付いた村人が集まりつつあり、同時に大きな鐘が鳴らされはじめた。たぶん緊急事態を知らせるための鐘なのだと思う。武装した村人たちもちらほらと集まり始めているけど、大きな風を巻き起こす神獣には近づけない。
「ヒメノさん!またあの魔物が!」
神獣に向かって歩いていた私に、宿を飛び出して来たアルマが追い付いて来た。可愛らしいピンク色のワンピース姿だけど、それは彼女の寝間着だ。寝間着で剣一本だけ持った状態で、飛び出して来たのだ。
兵士達も出て来たけど、皆鎧を身に着けていない。それでは戦えないだろう。
「ヒメノ様!」
しかしリリエさんだけは、いつも通りのメイド服姿だった。
「皆宿の中にいて。アレは私が倒す」
「前回同様、お手伝いいたしますわ」
「我々も共に戦います!」
アルマと兵士が口々に言うけど、アレは私の獲物だ。誰にも渡さない。
……違う、そうじゃない。私は何を言っているんだ?
「いいから、皆来ないで」
「でも、私なら役に立てるはずですわ。前もそうでしたもの」
「……もう一度言う。手伝いはいらない。皆、下がっていて」
「っ!?」
私が睨んで言うと、アルマの足が止まった。兵士達も同様だ。
「……ここはヒメノ様の言う通りにしましょう。全員戦える状態ではありませんし、村人達を守る者も必要ですので」
リリエさんがそう付け加えた。だけどそれでアルマが納得したようには思えない。
でも私はそのまま、神獣へ向かって駆けだした。神獣は次の家を破壊して、更に魔力結晶を取り込もうとしている。
見ていて、カミ。すぐに神獣を倒して、貴方の役にたってみせるから。




