変化
渓流を飛び越える事に成功した私とハクは、森の中を軽く走って抜けて行く。道に沿って行けばすぐだと言っていたので、私達の足ならすぐに着くはずだ。
『──……おーい』
走っていたら、どこからともなく声が聞こえて来た。私が声に反応して止まると、ハクもその場に止まった。
『グルルルル……』
そしてハクは、唸り始める。
『おーい、こっちだよー。ヒメノちゃーん。可愛い可愛い、ヒメノちゃーん』
「……」
森の奥で、こちらに向かって手を振るカミの姿を見つけた。新しい登場パターンだな。
『ちょっとこっちに来てよー。見せたい物があるんだー』
『バウ、バウ!』
カミに向かって、ハクが強く吠えだした。私はそんなハクの頭を撫でてなだめる。
「……どうしたんだ?何かあったのか?」
ハクの背中に乗っているレクックさんが、不安そうに尋ねて来た。彼にはカミの声が聞こえていないようだ。
ではハクにはカミの姿が見えているのだろうか。
臭い……とかはなさそうだな。何か得体のしれない物の気配を感じて警戒しているだけかもしれない。
「ハクと、ここで少し待っていて」
「あ、ああ……それは良いけど……」
「何かあったら、ハクが守ってくれる。すぐに戻る」
私はそう言い残して、道から外れて茂みの奥の方に駆け出した。向かったのは、こちらに向かって手を振るカミの方だ。
でも、私が近づくと、カミの姿がその場から消え去った。
『こっちだよー』
近づいた所で、別の場所にカミが姿を現し、また手を振って来る。新しい登場パターンはけっこうだけど、面倒すぎる。そんな事を数度繰り返したところで、カミと合流した。
「なんの真似?」
『言ったろ。見て欲しい物があるんだ。ほら、あれ』
「……」
カミが指さした方向を、私も向く。そこには、茂みの中を進む男の姿があった。
「……オスト」
まだ若い青年。野盗の一員だったけど、これからはまっとうに生きると約束してくれたので、私は彼を殺さず逃がした。
『そう。オストという名の青年だ。不幸にも両親を亡くし、コソ泥として生活をしていた彼。ある日泥棒に失敗して怖い大人達に殺されそうになったのを、野盗に救われた。その時の彼の目には、野盗がヒーローに見えたに違いない。彼はヒーローに憧れ、野盗になった。でも彼の仲間の野盗達は、絵に描いたような悪人だ。金のためなら人の命も平気で奪う。女を見れば犯す。オスト君が頭の中で描いたヒーローとは違った。でも仲間に命じられれば、やらなければいけない。彼自身も、罪のない人間を何人も殺した。女を無理やり犯し、そして殺した。彼は立派な、罪人だ。でもある日ヒメノちゃんが彼の前に現れ、彼を野盗から解き放った。ありがとうございます!これからはまっとうに生きていきます!君は一人の若者の罪を赦し、更生させたんだ。素晴らしいねっ』
「……何が言いたいの?」
『ん?んー……君はさ、ボクの忠告を覚えているかい?』
「人間は、表裏のある生き物。言われなくても分かってる。だから私は野盗達に容赦しなかった」
『容赦したじゃないか。非情であるべきだと言ったのに、どうしてオスト君は殺さなかったんだい?君は選択を誤った。君の選択が、一人の少女を残酷な運命へと導いてしまったんだ』
「……」
体中から冷や汗が出て来る。カミの言葉を聞いて、何か、とてつもなく嫌な予感がする。
気づけば辺りは日が沈み始め、暗くなり始めている。
『さぁ、君の選択の結果を見に行こう』
カミが私を誘い、歩き出した。私も恐る恐る、その後に続いて歩く。少し進んだところで、カミが立ち止まった。私は茂みをかけわけ、カミの下に辿り着く。
そこに、一人の少女の死体があった。
服は破かれ、激しく乱暴された跡のある死体だ。体中に殴られたような痣がある。片足がおかしな方向を向いて折られている。逃げられないようにしたのだろうか。口の中には布がつめこまれており、声もあげられないようにしてある。両手は頭の上にあげた状態のままで、手首には強く掴まれた跡が残っている。
髪の毛には黄色い花の髪飾りをつけていて、半目を開いたまま、絶命している少女。
その死体を見て、私はその場に膝を折って座り込んだ。
「……ノルン」
病気の母に代わり、お金を稼ぐため森の中で薬草を取っていると言った少女。とても健気な少女だ。
その彼女が、殺された。誰に?私が逃がした、オストに?誰のせいだ?これは、誰のせいなんだ?
『──君のせいで、ノルンは死んだ』
耳元でカミに、そう囁かれた。
そう。私のせいだ。私のせいでノルンは死んだ。罪ある男を赦して、逃がしてしまったせいだ。カミの忠告に従わず、非情にならなかったせいだ。
『悲しいよね。悔しいよね。でも大丈夫。ボクは君の味方だ。例え君が選択を間違え、一人の少女の命を奪ってしまったとしても、ボクは君を尊重する。君を守り、君の味方でいる。だからこれからは、ボクの言う事をちゃんと聞いて。ボクの言葉をちゃんと頭の中にいれて、反芻させ、忘れないようにして。ボクの言う通りにしていれば、君が選択を間違える事はない』
「……」
いう通りにしていれば、間違える事はない。
それは間違いだらけの道を進む人間にとって、あまりにも甘美な誘惑だ。
『また──……と──……お』
その時、カミの身体にノイズが走り、消え去ってしまった。久々に挨拶なしで消えてしまった。
今は自分の罪の意識を消すため、話し相手が欲しいのに。カミなら私を受け入れてくれるのに。赦してくれるのに。導いてくれるのに。一人になり、急に不安になってしまう。
私はその場から──……ノルンから、逃げるようにして駆け出した。そしてハクの所に戻って来る。
『バウ』
ハクが吠えて、私に頭を擦り付けて来る。私もハクに抱き着き、同じ事をした。
「……ヒメノさん。何かあったのか?」
「何もない」
尋ねて来たレクックさんに、私は即答して返した。
「村へ向かう」
私はハクと共に、また道を進み始めた。
今度は道を間違えないように。人に対して非情にならなければいけない。頭の中で、カミの教えを唱える。
悪者は、全員殺す。カミの言う事をきく。それだけで私はもう二度と、こんな気持ちにならずに済む。
もっとカミの声が聞きたい。カミに導いて欲しい。
自分の中で、何かが変わった気がする。でも別にそれでいい。
しばらく道なりに進むと、村に辿り着いた。建物が密集して出来た、山の中の小さな村だ。
村の前に置かれた木を数名の男達が加工していて、仕事にはげんでいる様子が窺える。
『バウ!』
男達に向かってハクが吠えると、村人たちが驚きの表情を浮かべてこちらを見て来る。
「ま、魔物だぁ!魔物が出たぞ!」
「いや、待て。人だ……。人が乗ってる」
パニックに陥りそうになるも、ハクに乗っているレクックさんを見て村人が落ち着きを取り戻した。それに加えて私がハクを撫でる事により、敵ではない事をアピールする。
「こ、こりゃあどういう事だ……?」
戸惑いながらも、村人の一人が私達に近づいて来た。ハクと、魔族の私や、ハクに乗るレクックさんをジロジロと見て来るけど、まぁ仕方のない事なんだろうと思う。
「野盗に襲われ、怪我をしたんだ……。すまないが、医者を紹介してもらえないか?」
「野盗に……!?しかしあんた一体どうして魔物に運ばれてるんだ?」
「それは……オレにもよく分からない……」
だろうね。レクックさんには、まだ何も説明していないから。
「とにかく、この人は酷い怪我をしている。すぐに治療する必要がある。お金は……この後来る私の仲間が払ってくれるはず。だから、助けてあげ欲しい」
「……こりゃあ、酷い怪我だ。分かったよ、ついてきな」
レクックさんの血のにじんでいるお腹の包帯を見て、村人がそう言ってくれた。
その後、私達は村人の注目を浴びながら村の中を通り、無事に医者の下にレクックさんを送り届ける事が出来た。
私の役目はそこまでだ。医者の家の前で、ハクと一緒に座って待つ事にした。




