カミの忠告
ハクは森の中を、迷うことなく進んでいく。何かがハクを駆り立てているのは確かだ。
『バウ!グルルルル!』
しばらく同じような木と茂みの中を進んでいったところで、ハクが突然足を止めた。そしてその先にいるものに向かって吠え、歯をむき出しにして唸る。
「……」
そこに待ち受けていたのは……女の子だった。
突然茂みの中から現れた私とハクに驚き、目を丸くして女の子が地面に座り込んでいる。
茶色の髪の毛をお下げにした女の子で、年齢は私と同じか下くらい。髪には黄色の花の形をした髪飾りをつけている。
「……」
「……」
ハクに乗って現れた私と目が合うと、女の子と私はしばしお互いに見つめ合う事になった。お互い何も言わず、ただ黙るだけの時間が過ぎて行く。
「あ、あの──」
『バウ!』
「ひゃ!?」
喋ろうとした女の子に対し、ハクが強く吠えてけん制した。
女の子はその声に驚き、うずくまってしまう。
「ハク」
『グルルルルル……』
私が注意するも、ハクは女の子に向かって唸り続けている。歯をむき出しにしており、まるで敵でも前にしているかのようだ。その内女の子に飛びかかりそうな勢いである。
こんなの初めてで、私は危ないと判断した。私はハクから降りると、すぐにステータス画面を操作してハクをストレージの中にしまう。するとハクの姿はこの場から消え去った。
「あ、あれ?魔物さんが、消えた……?」
「もう大丈夫。貴女はここで、何をしているの?」
「え、えっと、薬草を摘んでいました」
そう言って、女の子が背中の籠を私に見せて来る。籠の中には、確かに草がたくさん入っている。
「この辺りは、危ない。野盗も出る」
「……」
「なに?」
「あ……すみません。キレイだなと思って」
「……」
頬を若干染めながら、私の事をそう褒めて来た。容姿を褒められるのは、この世界に来てからよくある事だ。自分でも今の自分の容姿には自信がある。だけど同い年の女の子にこう褒められると、やっぱり照れる訳で。
「いきなりすみません!同い年くらいだと思うのに、こんなにキレイな子を見るのは初めてで……!わ、私、『ノルン』って言います!この近くの『デリアタ村』に住んでいます!」
「……私はヒメノ。今言った通り、この近くに野盗が出た。帰った方が良い」
「そういう訳にも……」
「どうして?」
「……実は、母が病気でしばらく働けていなくて。このままでは明日食べるためのお金もなくなってしまいます。だから私が働かなければいけないんです。危険は承知しているので、大丈夫です。……というか、貴女の方が危なそうです」
「私は大丈夫。貴女の方が心配」
「で、でも……その格好、貴族の方ですよね?」
「違う」
私は即答で否定した。
そりゃ確かに、この服装はこの世界の人々から見たら上等な物なのだろう。そう見えてしまうのも仕方ないのかもしれない。
「か、重ねて失礼しました」
「……お金よりも、命の方が大事。だから、帰るべき」
私がそう訴えても、ノルンの表情は曇ったままだ。生きるためにお金を稼ぎに来ているのに、生きるために帰れなんて矛盾した言葉だと思う。
「……そうかもしれませんが──」
その時、私達の近くの茂みが音をたてた。
茂みをかきわけ姿を現したのは、男だ。簡易的なレザーの胸当てや籠手を装備し、あちこち抜けた歯を見せつけるようにニッコリと笑う男。何日もお風呂に入っていないのか、身体はあちこち汚れており、髭も髪の毛もボサボサ。
手にはナタのような剣を持っており、その剣を構えてこちらを見つめている。剣や装備には、返り血と思われる物もついている。
もしかしたらあの乗り捨てられた馬車に乗っていた人を殺したのは、この男なのかもしれない。
「こんな所を一人で歩いてると、オレみたいな盗賊に浚われちゃうよ?魔族のお嬢ちゃーん」
「と、盗賊……!本当に出た」
見た目がもうそうで、本人もそう言っている通り、間違いなく盗賊なのだろう。
本物の盗賊の登場に、ノルンが怯えて震え出している。
「上等な着物と、上等な容姿。高く売れるぜ、これはー」
ノルンなど眼中にないかのように、私を見つめる盗賊が舌なめずりをする。気色が悪い。
念のため、『鑑定』のスキルで盗賊のステータスを覗いておく。
名前:ガガッシュ・ゼルマン
種族:人間
レベル:18
HP:3329 / 3329
MP:50 / 50
ご覧の通り、雑魚だ。相手にもならない。
「……ノルンは下がって、目を瞑っていて」
「わ……私が時間を稼ぎますので、ヒメノさんは逃げてください!」
「大丈夫。安心して」
私はそう言いながら、震える身体で私の前に出ようとしたノルンの頭を撫でた。
怖いくせに、勇気を振り絞って私を逃がそうとするなんてとても良い子だ。
「なにごちゃごちゃ言ってやがる。おとなしくしてれば、足の筋を切るだけで済む。逃げたら一晩中殴ってやる。だから、逃げるなよー?」
そう警告しながら、野盗が私に歩み寄って来た。寄って来た野盗に対し、私はノルンを背に庇って立つ。そしてこちらからも野盗に歩み寄っていく。
「よーしよし、良い子だ。特別にそのキレイな顔面を五発殴るだけで許してやるよぉ!」
おとなしくしていれば、足の筋を切るだけと言っていたのに。さっきと話が違う。いや、足の筋を切られるのも嫌なんだけど、そう訴えたとしても、正気を失った様子のこの男にはきっと通じない。
私は歩きながら、ストレージから破軍滅珠を取り出した。
「なんだぁ、そりゃ?もしかして今のストレージってやつか!?」
「警告する。降伏しなければ、殺す」
「ぶひゃひゃひゃひゃ!おもしれぇ!殺せるもんなら殺してみな!生意気な事をいった罰に、やっぱ一晩中殴ってやるぜぇ!」
そこで興奮した野盗が走り出し、私に襲い掛かって来た。手にした剣を振りかざしているけど、剣は片刃だ。刃の背中の方で私を殴りつけるつもりみたいだけど、そんなので殴られたら普通の女の子にとっては普通に脅威となる。
「警告はした」
私は野盗に向かい、破軍滅珠を振り抜いた。すると本体と繋がる玉が野盗に向かって飛んで行き、野盗の脇腹に命中する。
その瞬間、野盗の体が砕ける音が聞こえた。玉は野盗の体に深くめり込み、野盗の体を一瞬横にくの時に曲げてから吹き飛ばしていく。吹き飛んで行った野盗は、木に激突してとまった。頭から木に突っ込んだ野盗は、頭もぐちゃぐちゃに砕けて一瞬にして死んだ。
「……」
野盗は死んだけど、ちょっとやりすぎたな。これでもかなり加減してやったつもりだったんだけど……。破軍滅珠はやっぱり、相手を選ばないと危険だ。加減が出来ない。
こんなのを使ってアルマと戦っていたら、今頃アルマもこうなっていたかもしれないと思うと恐ろしい。
「……ノルン。目は閉じたまま──……ノルン?」
すべき事が終わったので、ノルンに目を閉じさせたままこの場を去ろうと振り返ると、そこにはノルンの姿が無かった。おかしいな。やっぱり怖くなって逃げ出してしまったのだろうか。いや、勇気を振り絞って私を逃がそうとしてくれたノルンが、このタイミングで逃げるだろうか。
どちらかというと、私の野盗の殺し方にショックを受けたのかもしれない。目を瞑っていろとは言ったけど、見てしまったのだ。
だとしたら悪い事をした。私はこんな光景よりもっと酷い物をみているというか、体験もしているので平気だけど、普通はショックだよね。
「ノルン」
私を怖がって去ったとしても、無事を確認出来なければ心配だ。私は彼女を追いかけて駆け出そうとした。
『はーい、こんにちはヒメノちゃーん!カミでーす!』
駆け出そうとした私の目の前に現れ、私の行く手を邪魔して来たのは本人が言っている通り、カミだった。
相変わらずの高いテンションだ。けど、今は相手をしている暇がない。
「どいて」
『えー!そんなせっかく会えたのに足蹴にされると、ボクショックなんですけどー!?』
「今は構っていられない。早く追いかけないと、見失ってしまうから」
『まぁそう言わないでよー。追いかけたって、どうせ何も変わらないからさー』
「何も、変わらない?」
『そそ。後の事は、これからの君次第。ってね!』
「……意味が分からない」
『ふふふんー』
私の訴えに対し、カミは挑発するかのように腰をフリフリと動かして変なダンスを見せて来る。
いつも通りの調子で腹が立つ。私は心の中で溜息を吐いた。
「……何か言いに来た?」
『その通り!ボクは君に、わざわざ忠告をしに来てあげたんだよーん!』
「ありがとう。それで?」
『相変わらず無表情で、相変わらず言葉に心がこもってない!ウケる!あははは!で、本題だけどさー』
相変わらず急に声のトーンが落ちる。これにももう慣れて来たな。
『人間は表裏のある生き物だ。表の顔を作りつつ、裏では表に出さない顔を持っている。ふとしたキッカケで表裏が裏返る事もあり、一度裏返った顔はそのまま固定される事もある。そこに転がっている、君が殺した野盗のようにね』
「……私は元人間。そんなの分かっている」
『いいや、分かっていない。君はまだ、この世界で人の悪意に晒された事がないだろう?いや、たった今晒されたか……。まぁそれはなしにして、この先人の悪意が君に牙をむく。その時君は、非情でなければいけない。表の顔を信じるな。裏の顔を見抜け。でなければ君は、大切な物を失う事になる。だけど人間は選択を誤るものだ。その時はボクが君に寄り添ってあげる。ボクが君の心を癒やしてあげる。ボクは何があっても、キミの味方だ』
甘く、囁くようにカミが私の耳元で言って来た。その言葉に吸い込まれそうになるも、私は耳を手で押さえて退く。
『ふふん。それじゃ、まったねー!』
そしてカミは笑うと、その姿を消した。私はしばし、その場で呆然とする。
今のカミの言葉……何か少し変だった。そしてゼルの言葉を思い出す。
──カミ様の言葉には気をつけろ。
ゼルは今の事を言っていたのかもしれない。




