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卒業宣言


 空を見上げると、雲はなくなり太陽の光が差し込んでいる。先程までの大雨が嘘だったかのような、良い天気だ。

 晴れたので、私は約束通りハクをストレージの中から出してあげた。


『バウバウ!』


 するとハクは嬉しそうに馬車の周囲を走り回り、吠えている。

 そのせいで馬車を引っ張る馬や、護衛の兵士4名が乗る馬が怯えてしまっている。


「ハク。馬を怯えさせてはダメですよ」

『バウ』


 リリエさんに怒られると、ハクはすぐにおとなしくなった。

 出る事が出来て、ちょっと興奮してしまっただけなんだよね。

 興奮しながらも言う事はちゃんときけているし、偉い。


 ハクがおとなしくなると、私達を乗せた馬車は再び進みだした。ハクも歩いて馬車について来ている。


「魔物使いのスキル、でしたっけ。それでこの魔物を使役しているのですよね」

「そう」

「魔物を使役してしまうなんて、凄いスキルですわ。学校の課題研究で出せば、いい点数をもらえるかも……」

「アルマは、学生?」

「はい。『ガザールン国立魔法学校』の、3年生ですわ」


 学校……学校かぁ。フードの下の制服っぽい服は、本当に制服だったと言う訳か。

 それにしても、何もかもが懐かしい。私も前の世界では女子高生だった訳で、親近感がわく。

 まぁ私が学生だったのは、もう7年前の話になるみたいだけど。


「私達はガザールンへ向かっているのですよね」

「その通りですわ。学校の休みが明けますので、一週間以内に帰らなければいけませんの。それなのにいざ帰ろうとしたら私の馬車が壊れてしまい、修理に時間がかかるようでして。そこでゼルブロイド様にお願いして用意してもらった素晴らしい馬車が、コレですわ」


 素晴らしいと言っているけど、勿論ただの嫌味である。

 でもせっかく用意してもらったんだから、そこは我慢しておこうよと思う。


「アブレストからは、馬車でおおよそ5日程の距離ですね。確か途中に村があったはずですが……」

「その村で宿を借りて一泊し、ガザールンに向かいますわ」

「予定通りに進めば、余裕をもってガザールンに到着できそうですね」


 リリエさんがそう言うも、それはフラグというやつだ。


 神獣──。


 この旅で神獣と遭遇すると、カミが私に言っていた。でも神獣を倒すかどうかは私の判断次第という、意味の分からない事も言っていた。せっかく神獣と遭遇するんだから、そこは普通、倒しといてねでいいじゃん。何かが引っかかる。


「ええ。のんびりと、風景でも楽しみながら行きましょう。……と、ところで、あの……ヒメノさん?」

「……なに?」


 改まって、アルマが私に話しかけて来た。何か言いにくそうに、身体をもじもじとしている。

 リリエさんに対し、散々言いにくそうな事を堂々と言っていたアルマが改まっていると、何を聞かれるのかと不安になってしまう。


「い、言い難いのですが……その……抱きしめてみてもよろしいですか?」


 アルマが頬を僅かに赤く染めながら、そんな事を言って来たので驚いた。

 え、何?アルマってリリエさんと同じで、そういう人だったの?


「……いいけど、理由を聞いても?」

「実は私、幼い頃から動物と接するのが好きでしたの。ハクのふわふわな毛並みは、私の動物好き心を刺激してやみません。なので、一度抱きしめさせていただけないでしょうか」


 なんだ……ハクの事だったのか。だったら最初からそう言って欲しい。

 最初からそう言ってくれれば私は驚く事が無かったし、リリエさんも冷たい目線でアルマを睨まなくても良かった。


「……どうぞ」


 私がそう答えた瞬間、アルマが馬車から飛び降りた。そして馬車の後ろについて歩いていたハクに、正面から飛び掛かるようにして抱きしめた。


「ふわふわですのー……」


 分かる。ハクを前にしたら、誰しもがそうしたくなるだろう。ハクもハクで抱きしめられたり、触られたりするのが嫌いではないらしく、スキンシップは積極的に受け付けてくれる。今もアルマに抱きしめられて、アルマに頭を擦って嬉しそうな仕草を見せている。


「乗ってみてもいい」

「本当ですの!?」

『バウ!』


 私がそう言うと、ハクが伏せをしてアルマが跨げるようにした。アルマが背中に乗ると立ち上がり、颯爽と歩きだして馬車に追いついて来る。


「す、凄いですの!見て、ヒメノさん!私ハクに乗っていますわ!」


 ハクの背中に乗るアルマが、目を輝かせて私に向かって手を振って来た。

 本当に動物が好きなんだなぁ。まぁハクは魔物だけど。


 それからしばらく、アルマはハクから降りなかった。馬車の乗り心地が悪いと言うのもあるんだろうけど、ハクと接する事が出来て余程嬉しかったらしい。ハクにベッタリで、離れようとしない。ハクも嬉しそうだから、別に良いけどね。


 日没の時間にさしかかると、この日の移動はそこまでとなった。ついて来ていた兵士達が、日が落ちる前にてきぱきと野営の準備をしてくれる。馬車に積まれていたのは、そのための道具だ。私達が眠る用の簡易的なテントを作ってくれて、テントの中には簡易的なベッドまでもが用意されている。

 更にはご飯も、兵士達が作ってくれた。スープに、お肉。パンや野菜が出て、パンにはたっぷりのチーズが乗っていた。とてもではないけど、野営とは思えない美味しいご飯だった。


「……何も手伝っていないのに、私までご馳走になってしまって申し訳ございません」


 リリエさんも一緒にご飯を食べたけど、どこか不満げだ。というのもご飯の支度は兵士達が最初から最後までしてくれたからだ。アブレストではリリエさんが私のご飯の支度やらをしてくれて、一緒にご飯を食べる機会もなかった。

 だからなのか最初は用意されたご飯を前に、私とアルマと一緒に食べる事を遠慮していたけど、アルマと私が誘う事でようやく一緒に食べてくれた。食べ終わってからも兵士達にしきりにお礼を言って回りっている。でも兵士達はきさくな人達で、そんなリリエさんに気にするなと言ってくれている。


「私もテントで……一緒に……?」


 更にはテントで私達と一緒に眠ると聞いて、驚いている。

 そこも私とアルマが説得して、テントの中で一緒に眠った。

 見張りは兵士達がしてくれる。ハクも外で兵士達に混じり、焚火の傍で眠ったり、見回りをしてくれたみたい。頼りになる。


 次の日も同じような感じで旅が続く。馬車に揺られ、ご飯を食べ、休憩でハクと皆が遊ぶ。この世界の綺麗な風景も、たくさん見れた。高い空、広大な草原。大きな滝に、大きな木。元居た世界では見た事のない、雄大な大地を自分の目で直接見て楽しむ事が出来る。

 しかもこの私が誰かと一緒に出掛け、遊び、楽しいだなんて思っているんだから、本当に元居た世界では全く考えられない状況になって来た。

 もしかしたらこれで私も、陰キャ卒業を宣言しても良いのかもしれない。


 そして旅は2日目も無事に終わり、3日目に差し掛かる。そこでとある事件がおきた。


『バウ、バウ!』

「ハクが吠えていますね」

「馬車も止まりましたわね。……何かあったのですかー?」


 ハクが吠える声が聞こえた後、馬車が止まった事に私達は疑問を抱いた。アルマが声を掛けながら馬車を降りるのに続き、私とリリエさんも様子を見るために馬車から降りた。


「前方に乗り捨てられた馬車がありまして。事故の可能性もありますが、もしかしたら野盗に襲撃されたのかもしれません。皆さんはここで待機していてください」


 馬車の御者が、馬車から出て来た私達をそう言って制した。

 御者の言う通り、前方には乗り捨てられた荷馬車がある。ぱっと見はそれ程古くなく、新しそう。馬車を引いていたはずの馬の姿もない。


「私達が見てきます」


 馬に乗った兵士が2名、乗り捨てられた馬車へと向かっていく。


「……この道は、アブレストから運ばれる交易品をガザールンへ運ぶため、よく商人が利用しますからね。野盗はよく出るので、珍しい事ではありません」


 御者がそう呟くように言った。


 その一方で、リリエさんが周囲をしきりに見渡し、何かを警戒するような仕草を見せている。


「ガザールンの治安部隊は何をしていますの」

「まだ野盗に襲われたと決まった訳ではありませんが……」


 とそこへ、乗り捨てられた荷馬車をみにいっていた兵士が戻って来た。彼はやや深刻そうな表情を浮かべている。


「どうやら、野盗の仕業のようです。近くに中年くらいの男性の死体があり、荷物は何も残っておりません」

「なんて事ですの……」

「襲撃されてからどれくらいの時間が経過した様子でしたか?」


 兵士にそう質問したのはリリエさんだ。


「正確には分かりませんが……まだ新しいかと」

「でしたら、周囲にまだ野盗がいる可能性があります。普通野盗は、襲った後に証拠隠滅するため馬車を隠しますので。死体も放置せず、一緒に隠すはずです。道の真ん中で証拠を放置すれば自分達の存在をアピールする事になり、治安部隊が出て来てしまいますからね」

「皆さん!周囲の警戒を!」


 リリエさんがそう分析をし、アルマがすぐに皆に指示を出した。


 兵士達がいつでも剣を抜けるように剣に手をそえ、現場は緊張感が一気に高まる。


 この世界で私はまだ、悪い人間と遭遇した事がない。会った事があるのは今の所、良い人ばかりだ。でもやっぱりこの世界にもちゃんと悪い人間はいて、罪のない人の財産や、命も奪う者もいる。

 ……どこの世界も同じだ。残念だけど、同時に少し安心した自分がいる。


『グルルルル……』


 ふと、ハクが脇道の茂みの中に向かって唸っている事に気が付いた。私の目には何もうつらないけど、ハクは何かを悟っているように見える。動物の勘だろうか。それとも臭いか何かに気付いているのだろうか。


「ハク」


 私が呼ぶと、ハクが私の下へ駆け付けた。

 私はそのハクの背中に飛び乗る。


「ヒメノ様!?」

「少し、ハクと一緒に周囲を見て来る。すぐに戻る」

『バウ!』


 私はリリエさんにそう言い残すと、ハクに乗ってその場を去った。

 ハクは空高くジャンプすると、茂みを飛び越えて森の中へと入ってく。この森の中に、ハクを駆り立てる何かがある。野盗だろうか。それとも別の何かだろうか。



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