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奴隷の娘


 私にとって予想外で嬉しかったのは、リリエさんが付いて来てくれる事だ。お城のメイドさん達とはお別れになってしまったけど、一番お世話になり、一番近しい存在と言っても過言ではないリリエさんがついて来てくれて、とても嬉しく思う。

 乗り心地の悪い馬車に揺られながら町を出て、現在は町の外の草原地帯を進んでいる。私はリリエさんの隣に座りながら、ウキウキし始めた所である。

 この世界に来て、初めてのまともな外出だ。ゼルが治める町、アブレストでは城外に出る事は無かったし、馬車に揺られた事はあるけどあの時は檻の中だった。

 この広大なゲームの世界を旅するのは、簡単な事ではない。ゲームでは離れた場所への移動は、マップ画面で選択すればあっという間だった。でも今はマップという機能がない。ショートカットも出来ない。車も無ければ、電車も飛行機もないんだから本当に大変だ。オマケに道はアスファルトで舗装のされていない、ガタガタ道。でもこの馬車にはサスペンションがついているっぽくて、少しは衝撃を吸収してくれているようだ。乗り心地が悪いのには変わりないけどね。

 それでもやっぱり、ゲームの世界を旅するのは楽しい。私がゲームで知った地は出て来ていないけど、こうして旅をしていればその内出てくるはずだ。


 これで晴れていてくれれば、風景を楽しめるんだけどな。雨が憎いよ。


「──町の外に出ましたが、ご覧の通り外は雨で視界も悪いですわ。そこで、暇つぶしにお話しでもいたしましょう」


 アルマが唐突にイスから立ち上がり、私とリリエに言って来た。立ち上がったのは、お尻が痛いからだろう。

 荷馬車のテントを張るための梁に手をかけ、バランスを保っている。


「……」


 私とリリエさんは、その提案に沈黙で返した。


「ちょっと!どうしてお二人とも黙っていますの!?」

「え。私もですか?てっきりヒメノ様とお話がしたいのかと……」

「勿論リリエさんも、ですわ!三人でお話ししましょう!ね、ヒメノさん!」

「……何の話?」


 こうテンション高くお話ししましょう!とか言われると、引いてしまうのは陰キャの性である。

 一体何の話をしようと言うのだろうか。怖い。陽キャ怖い。


 私は隣に座るリリエさんの腕に少しだけ身体を預けて抱き着きながら、恐る恐るアルマに尋ねた。


「まずはそうですわねー……ヒメノさんって、ゼルブロイド様のなんですの?奴隷ではないと言っていましたが、娘さんでもありませんわよね?」

「……違う。ゼルは──」


 バカ正直にカミの眷属仲間とは言えないな。


「仲間」

「仲間?よく分かりませんわ。仲間とはどんな仲間ですの?」


 アルマがグイグイと攻めて来るので、私はリリエさんを盾にして隠れた。


「リリエさんは何か知りませんの?」

「私もゼルブロイド様からは特に何も聞かされておりません。ただヒメノ様にお仕えするようにと言われているだけですので、その命令に従っております」

「……そういえば、リリエさんはゼルブロイド様の奴隷でしたわよね」

「はい」

「奴隷とはいえ、仕える相手の事は気になりますでしょう?」

「気にならないと言えば嘘になりますが、無理に聞こうとは思いません。ヒメノ様にお仕えする事が、主から与えらた使命ですので」

「随分と忠誠心の高い奴隷ですわね……。まぁ所詮は奴隷ですものね。自分の意思とは関係なく、主の命令に従って生きる存在。つまらなそうな生き方ですわね」


 アルマがそう言いながら脚を組んでイスに座り、リリエさんを嘲笑するかのように言い放った。


「……」


 リリエさんは、何も言い返さない。何も反応しない。ただ黙って、その言葉を受け入れているように見える。


 やっぱり奴隷って、虐げられたりしているのだろうか。冷たく言い放たれるリリエさんを見て、そんな事を思ってしまった。


「ゼルブロイド様にヒントだけでも貰っておくべきでしたわね。これではヒメノさんの強さの謎が、解けそうにありませんわ」

「お言葉ですが、私としてはアルマ様の正体の方が気になります」

「どうして私!?私よりもヒメノさんの方に興味を持ってくださいませ!」

「いえ。ゼルブロイド様との会話で、聞いた事のある名が出て来たので──」

「その話は忘れてください!」

「ふふ。失礼いたしました」


 よく考えれば、アルマはリリエさんを、リリエさんと呼んでいる。普通に会話もしているし、差別しているようには見えない。冷たく言ったというより、思った事をハッキリと言っただけなのだろう。

 少しだけアルマの事が分かった気がする。リリエさんも楽しそうにアルマと会話しているし、空気は和やかだ。


「私からも質問を」

「なんですの?」

「アルマ様はゼルブロイド様から魔法を習いにアブレストに来たと言っておりましたが、どこで魔法を習っていらっしゃったのですか?」

「町に滞在するために借りた屋敷に招き、家庭教師をしてもらっていましたわ。町に来てから二週間という短い期間でしたが、彼の魔法に関する知識と技術は素晴らしいですわね。さすがは一年前、『オルテラデウス』を倒した英雄ですわ」

「オルテラデウス?」

「巨大な魔物の名です。各地で人の住む町や村を襲撃し、長年大勢の人の命を奪ってきました。巨大な岩のような魔物で、一年程前についにはこの国の首都『ガザールン』近郊に出現。それを撃退するための組織を作り上げたのが、ゼルブロイド様です。組織を率いて、三日三晩を戦い抜いて見事オルテラデウスを撃退したのです」

「その功を認められ、アブレストという重要な交易拠点の領主に任命されたのですわ。若くして大抜擢ですが、彼は頭がとてもよろしい。適任だと思いますわね」


 オルテラデウスとは、恐らくは神獣の名だろう。ゼルの見た目は優男って感じだけど、彼の武勇伝を語るリリエさんはどこか誇らしげだった。


「リリエさんはいつからゼルブロイド様の奴隷に?」

「お仕え始めてから、五年程になります」

「思ったよりも短いですわね。リリエさんはいつから奴隷なんですの?」

「私の母が奴隷でしたので、私は生まれた時から奴隷です」

「……奴隷の子は、産まれた瞬間から奴隷。という事ですわね」

「はい」


 アルマは聞きにくそうな事を、ズバズバと聞けて凄いと思う。私なら、お前いつから奴隷してるんだ?なんて軽い感じで聞く事は出来ない。


 そして奴隷の子供は生まれた瞬間から奴隷なんて、虚しい事実を知ってしまった。生まれた瞬間から奴隷なんて、考えただけでゾッとする。でも生まれた瞬間からお前は奴隷なんだぞと刷り込まれていたら、受け入れてしまうのだろうか。

 うーん。私の理解出来ない世界だ。


「どういう経緯でゼルブロイド様の奴隷に?前の主人には売られたんですの?それとも、死んでしまったの?その奴隷の親は今どうしていますの?」


 アルマが更にずかずかとリリエさんのプライベートな情報を聞き漁ろうとする。そのどれもがやはり聞きにくそうな事で、だけど遠慮のないアルマは凄いと思った。


「あまり楽しいお話ではありませんが、よろしいですか?」

「ええ」

「……まず私の母親ですが、母は魔族で、魔王様に仕えていた身であったと聞いております。私に武勇伝のように話してくれたのを、よく覚えています」

「……」


 そう聞いた瞬間、私の頭の中でいつかの記憶が流れた。


 幼い私を抱きかかえ、母親のようにあやしてくれた女性。リリエさんと同じ、赤髪だった。心地の良い歌声。優しい手つき。

 顔はよく覚えていないその人物を、一瞬だけ思い出して蘇った記憶は過ぎ去っていく。


「70年前のあの出来事で、魔族は衰退。人間に領地を奪われ、戦利品として物や魔族が押収され連れ去られました。連れ去られた魔族の中の一人が、私の母です。人間に捕まった母は、奴隷としてその身を人間に捧げるよう強制されました。昔は今ほど魔族の奴隷に対する扱いも良くなかったと聞いています。魔族は陵辱されたり、ストレス発散の道具として扱われ、時にはあまりに酷い扱いで命を落とす魔族もいました」

「では、リリエさんのお母様も?」

「いえ。母を奴隷として購入した人間は、母をとても大切に扱ってくれたようです」

「運が良かったですわね」

「だと思います。母を購入した人間は、とても厳しい方でもありました。地方で名をはせた戦士でして、魔族との戦いにも参戦していたようです。二つ名ももっておりまして、『狂乱のジレアス』と呼ばれていました」

「ジレアスって……『ジレアス・ヴァレスティア』ですの!?」

「はい。ご存じでしたか」

「勿論知っていますわ。ヴァレスティア家は代々我が──……いえ、なんでもありませんわ。話を続けてくださいまし」


 アルマが何か言いかけて、しまったという感じで口を塞いだ。きっとまた、何かボロを出しそうだったんだと思う。


「ジレアス様は小さな領地を治めておりましたが、人々からの評判はすこぶる悪かったです。自分にも他人にも厳しいお方でしたので。不器用で人付き合いも下手なお方で、住民たちからは恐れられ、孤立していましたね」


 そんな話を、リリエさんは少しだけ笑いながらした。


「でも本当はとても優しい方でした。困っている住民たちに喝をいれて根性論でなんとかするように言っておきながら、陰では私財を投じてまでその困りごとを解決に導こうとする。そんなお方です。母はそんなジレアス様にお仕えする内に、心を奪われたと言っておりました。ジレアス様もジレアス様で、どうして母を購入したのかというと、あまりにも美しい女性が他人に奴隷として購入され、その毒牙にかかるのが耐えられなかったと。つまるところ、母に一目惚れしていたようです」

「ちょ、ちょっと待ってください。つまり、リリエさんの父親は……?」

「はい。ジレアス様です」

「……驚きましたわ。まさかヴァレスティア家が子孫を残していただなんて。それも魔族との間に出来たお子を」

「奴隷との間に子をもうけたなどと噂が広がれば、ジレアス様の評判が更に落ちますので。母が内緒にしていたようです。私の出自は内緒のまま、時が進みます。私は母と同じく奴隷としてジレアス様のお傍で仕え、母とジレアス様から色々な事を教わりました。ジレアス様にはとても可愛がってもらったのですよ。あの他人に厳しいジレアス様が私にだけ優しくしてくださるのは、少しだけ優越感がありました」

「そうですの……。確かヴァレスティア様は、5年程前に亡くなりましたわよね」

「はい。病にかかってから身体が弱くなり、あっという間に亡くなってしまいました。でも亡くなる前に、私と母の所有権を既に移していたのです。それがゼルブロイド様でした。ゼルブロイド様なら、私と母の扱いもきっと丁重にしてくれると。そう信じておられたのです。母はゼルブロイド様に仕えるようになってすぐに、ジレアス様の後を追うように病にかかり死んでしまいましたが……もしかしたら、ゼルブロイド様になら私を預けても大丈夫だと、そう油断してしまったのかもしれませんね。私は若い男性に仕えるのは初めての経験でして……最初は緊張しましたが、ゼルブロイド様があんな感じのお方でしたのですぐになれる事が出来ました。そして現在、縁あってヒメノ様にお仕えしている、という感じですね」

「──よがっだですわねええぇぇぇ!」


 リリエさんの話が終わると、アルマが泣き出した。鼻水を垂らして涙を流す姿が、フードの陰から丸見えになってしまっている。もうちょっと深く被らないと、意味がない。


「あらあら」


 それを見たリリエさんが、取り出したハンカチでアルマの鼻をかませてあげている。それから別のハンカチで、涙まで拭いてあげた。

 ちょっと羨ましい。


 リリエさん、苦労して来たんだな。


 それにしても、一瞬思い出したあの記憶はなんだったんだろうか。たぶんこの身体の記憶だと思うんだけど、何故このタイミングで思い出したのか分からない。でもとても暖かくて、心地良い記憶だった。


「……ヒメノ様。お外をご覧ください」


 リリエさんに促されて外へ目を向けると、外が明るくなっていた。いつの間にか雨はあがっていて、雲もなくなり太陽の光が差し込んでいる。

 リリエさんの過去の話を聞いている間に、晴れたみたいだ。


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