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雨の日の旅立ち


 次の日は生憎の雨だった。それでも予定は変わらない。


 私はお城の前で待機して空を眺めている。空を見る限り、しばらく晴れそうにない。

 ここは屋根があるので、雨に濡れる事はない。周囲にはメイドさん達を中心としてたくさんの人が集まっている。

 このお城に滞在している間にお世話になったメイドさん達からは、口々に別れを惜しむ言葉を伝えられた。皆とてもいい人達で、私もお別れするのは惜しい。ハクもたくさん可愛がってもらったので、同じ気持ちだろう。


『バウ!』


 兵士の中にも、ハクが遊んでもらった人がいる。最後に皆と挨拶をかわしてからハクが吠えた。


「──ヒメノ様」


 中でもリリエさんには、飛びぬけてお世話になった。言葉を教えてもらい、お風呂で背中を流してもらい、服を着せてもらい、朝起こしてもらった。

 本当に至れり尽くせりだったと思う。


 そのリリエさんが、私に話しかけて横に並び、私と同じように空を見上げた。


「せっかくのお出掛けですのに、天候に恵まれず残念でしたね」

「……うん」


 なんて、素っ気ない返事をしている場合ではない。私はお世話になったリリエさんに、何もしてあげられない。ならばせめて、きちんとお礼を言うべきだ。


「ははは!ヒメノさんを送り出すだけだと言うのに、随分な数の見送りじゃないか。というか私が遠征する時よりも多くないか?」


 しかしゼルが笑いながら私の肩を叩いて、私とリリエさんの間に入り込んで来た。そのせいでタイミングを失ってしまった。


「皆、ヒメノ様とハクを可愛がっていましたからね。別れを惜しむ気持ちは分かります」

「私も。皆と別れるのは、辛い」


 私がそう言うと、それを聞いていたメイドさん達が涙を流し始めた。兵士の中にも泣き出す者がいる。


「……」


 そんなに私との別れが辛いのだろうか。私はあまり、可愛がられるタイプではないと思うんだけどな。言葉を交わしても、私は一言二言返すだけ。笑わない。泣かない。不気味な子供だと思うよ。

 と、自分を卑下するのは相手に失礼だ。惜しんでくれているのだから、素直に受け止めておこう。


「今生の別れではないんだ。そんなに悲しむ事もないだろう。ヒメノさんは、すぐに戻って来る。そうだろう?」

「……すぐに戻る」


 ゼルにそう答えると、メイドさんや兵士達から歓声があがり、歓迎する声で溢れる。


「お。馬車が来たみたいだな」


 そこへ、ゼルの言う通り馬車がやって来た。雨で出来た水たまりを車輪で巻き上げながらこちらに向かって走って来て、私達の前で止まった。

 あまり大きくない馬車だ。馬車というか、荷馬車っぽい。テントの張られた荷台の部分の中には、両端にイスが並んでいる。半分くらいは箱に入った何かの荷物を積んでいて、更に狭くなっている。その荷台を、2頭の馬が引いて走っている。御者台には手綱を引く男と、もう一名、鎧を着込んだ兵士が乗っている。他にも4名の、馬に乗った兵士がついてきている。


「まったく、最悪な乗り心地の馬車ですわね。まだ庶民の駅馬車の方がマシな気がするのですが」


 馬車には既に、アルマが乗っていた。

 馬車に乗り込むための足台の部分に乗っていたアルマが、馬車から飛び降りつつ大きな声で文句を垂れている。その文句はゼルに向けられている。

 相変わらずフードで顔を隠した状態だ。


「旅をするならこっちの方が良い。豪華な馬車は目立ち、盗賊の襲撃対象になりやすいからな。無駄な争いを避けるための策だと思ってくれ。それに、勝負で約束したろ?私が用意した馬車には文句を言わずに乗る事」

「わ、分かっていますわ。護衛の方、よろしくお願いしますね、ヒメノさん」


 アルマが私に向けて手を伸ばして手の甲を見せ、改めてそうお願いをして来た。その手を見つめながら、私は頷く。だけどアルマは手を引かない。意味が分からないので、とりあえずその手の甲の上に手を置いてみた。


「アルマ。今お前はアルマだ」

「そ、そうでしたわね。手の甲への口づけは、騎士が身分の高い者へする忠誠の証。私はアルマですから、する必要ありませんわよね」

「……」


 なるほど、手の甲への口づけか。アルマはそれを望んでいたのか。

 私が元いた世界でも、同じような所作はあった。それと同じなら、アルマは本当に本物のお嬢様だ。しかも自然と手の甲へのキスを求めるなんて、慣れ過ぎていて怖い。

 もう全然、身分の高さを隠せていない。嘘が下手すぎるんだよ、この子。ゼルはゼルでアルマの本名と思われる名をポロリしてたし、グダグダすぎる。


 誤魔化すように私の手を取って握手してくるアルマだけど、手遅れにもほどがある。


「さぁさぁ、馬車に乗ってください。さっさと出発して、さっさと目的地に行きましょう」


 アルマに急かされるままに、私は馬車に乗り込んだ。

 しかしこの荷台にハクを乗せるのは無理があるな……。かと言って雨の中を歩かせると、身体が濡れてハクのふわふわな毛並みを乾くまで味わえなくなってしまう。というのは冗談で、雨に体力を奪われてしまいそうで心配だ。


「ハク。少しストレージの中に入ってて。天気が良くなったら出してあげるから」

『バウ……』


 寂しそうだけど、ハクは頷いてくれた。

 それを確認してステータス画面を開くと、私はハクをストレージの中にいれる操作をした。すると、そこにいたハクが光になって消え去り、私のストレージにハクが表示されるようになる。

 皆が驚いて私を見ている。そういえば、皆の前でこの操作をするのは初めてだったな。これが魔物使いのスキルを持つ私の力である。えっへん。


「これは確かに、乗り心地が悪いですね」


 と、私に続いて馬車に乗って来たリリエさんがイスに座りつつ、文句を呟いた。


「貴女のように背の高い方にとっては、更にそう感じやすいでしょうね。文句はゼルブロイド様にお願いしますわ」

「文句と言うほどではありませんが、凄く乗り心地が悪いです、ゼルブロイド様」

「うちのメイドを使って文句を言ってくるのもよしたまえ」


 文句を言われたゼルは、苦笑している。


 というかちょっと待って。何故リリエさんが馬車に乗って来るの?


「……」

「どうかいたしましたか、ヒメノ様?」


 不思議そうにリリエさんを見ていたら、リリエさんも不思議そうにして来た。


「リリエさんも、行くの?」

「え?はい。ゼルブロイド様からはヒメノ様にお仕えするよう言われていますので、当然お供いたします。……もしかして、私がついてくるのはお嫌でしたか?もし希望があれば他のメイドに──」

「嫌じゃない。リリエさんが良い」

「あ、ありがとうございます。これからも、全力でお仕えさせていただきます」


 頬を赤らめ、手で自分の頬を挟み込みながら本当に嬉しそうにそう宣言をするリリエさん。

 大きくてカッコイイのに、加えて可愛いなんて反則だろう。


「ゼルブロイド様。短い間ですが、お世話になりました。貴方の教えはとても参考になりましたわ。また機会があればお礼に参りますので、楽しみにしていてください」

「ああ。またいつでも来ると良い」


 アルマが馬車から身を乗り出して手を伸ばし、ゼルがその手を掴んで握手を交わした。


「では、出発ですわ!」


 アルマが高らかに宣言をすると、馬車が走り出す。

 メイドさんや兵士達が口々に別れの言葉を喋り、私達を送り出してくれる。皆に応えるように、私も小さくだけど手を振った。

 ゼルも言っていたけど、きっとまたすぐに戻って来る事になる。そんなに悲しむ事ではない。


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