旅立ち前の密会
アルマとの勝負がついたあと、私はゼルに呼び出された。場所はゼルの私室で、本だらけの部屋である。窓際にイスと机が置かれていて、そのイスに私は腰かけている。
さすが、領主様のお部屋なだけあって広い。置いてある本も、難しそうで今の私には読めそうにない物ばかり。
「カミの指示通り、アルマに同伴出来るようになったな」
ゼルは私の正面に座ってコップに入ったお茶を優雅に飲みながら、そう言って来た。
彼が発した言葉は、私とゼルが元居た世界の言葉だ。カミに関連した事を話すため、万が一誰かに聞かれても大丈夫なように、そうしたみたい。
この場には私とゼルしかいないけど、念のためというやつだろう。私も彼に合わせておく事にする。
「やはり、知っていた」
「昨夜私の所に来て、そう言い残して去っていったからな。しかしいいのか?神獣と戦う事になるんだぞ?君は神獣の恐ろしさを知っているはずだ。神獣と戦うのは、怖くないか?」
「怖くは、ない」
「……凄いんだな、ヒメノさんは。それだけ自分の力に自信があると言う事か?アルマとの戦いでも、全然本気ではなかっただろ」
「……」
頷くと、ゼルが笑った。笑ったと言うより、苦笑に近い感じだ。
「一応、あれでもかなりの実力者なのだがな。君の実力の底が見えてこない。君と神獣が戦う所を見てみたいが……カミ様には何もするなと言われている」
「神獣が現れるのが分かっているなら、ゼルも来た方が良い。一緒に戦った方が、楽」
「私もそう言ったが、カミ様は許さなかった。理由を尋ねても、教えてはくれなかった。カミ様が何を考えているかなんて、私達には分からない。ただ従うしかない」
そうだろうか。嫌な事は嫌だと言うし、別に従うしかないと言う訳でもないだろう。
「……私に、何か用?」
ゼルに話があると呼ばれて来たので、その話とやらを話すように促した。
今思えば、若い男の人と部屋で2人切りなんて状況は、中々にハードな状況だ。部屋の隅には仮眠用のベッドも置かれているし、なんか怪しい。
「町の外に出る君に、いくつかアドバイスをしておこうと思ってな。そのために呼んだんだ」
「……」
「まずこの世界のインフラ関係は、町の『大魔力結晶』の魔力を用いて整えられ、明かりや水に火を起こしている。それは知っているな?」
私は頷いた。
その辺の生活については、アスレベと同じだから。この世界に来る前から知っている。
「レベルやスキルの存在も、勿論知っているな?」
当然知っている。
「この世界の人々は、レベルやスキルを用いて生活している。ステータス画面で自分のレベルやスキルを把握し、そこの表示される自分のステータスを参考にして、様々な仕事につく。レベルは何かの経験をすれば自動的にあがり、スキルは何かしらの条件を達成したときに自動的に付与される」
「この世界の人々、全員が自分のレベルを把握している?」
「そうだ。知らなかったのか?いやまぁ、そうか。ステータス画面に映る自分の情報は、ある意味究極のプライベート情報だ。誰も自分のレベルを誰かに喋ろうとなどしないし、相手のレベルを聞いたりもしない。極稀にバカ正直に言ったり、ハッタリで言う奴もいるが、どちらにしろ愚かな行為だ」
私はステータス画面について、異世界からやって来た者だけが見る事が出来る情報だと、勝手に思っていた。
でも冷静に考えれば、ゲームの世界の人々にだってレベルやステータスが割り振られていた。だから、自分のステータスくらい見れたって不思議じゃない。
「……カミには私のステータス画面が見えていた」
この世界に来て間もない頃、カミは私が開いたステータス画面を見て、私に解説をして来た事を思い出す。あの時カミは、間違いなく私のステータス画面を横から覗き見ていた。
「カミ様の目には、映るんだろう。そうとしか言いようがない。『鑑定』というスキルによって強制的に相手のステータスを覗き見る方法もあるが、君は『鑑定阻害』のスキルを持っている。だから、普通は誰も君のステータスを見る事は出来ない」
「私に鑑定のスキルを使った?」
「初めて会った時に、使わせてもらった。その反応を見ると、君は鑑定と鑑定阻害、両方を持っているな?」
「そっちも」
「ああ。便利なスキルだよ」
確かに便利ではある。でも強い相手は大抵鑑定阻害を持っているので、私としては最近ちょっと制約が多くて使いどころが限られ、便利さが少ないなと思い始めている。
物の価値を確かめるには良いかもしれないけどね。
「今言った通り、この世界の人々はレベルやスキルを用いて生活をしている。自分だけが特別だなんて考えを持っているなら、それは捨てた方が良い。ここは、ゲームの世界ではない。実際にあって、実際に意志ある人々が生きている世界だ。私達も世界のほんの小さな一部にしか過ぎん」
私も洞窟で、そう思い知った。
最初は確かにゲーム感覚だったと思う。レベルを上げるために魔物を倒し、少し強くなっただけで調子に乗り始めていた。
でも神獣に殺されかけて思い知った。ここには蘇生魔法も、セーブポイントも存在しない。ボス攻略の糸口を探すために、ゲームオーバーになる訳にはいかない。たった一度の命で、どうにかしなければいけないのだと。
ま、再生のスキルのおかげで、よっぽどの事がなければ死ななくなったけどね。でも気を付けるべきではある。
「ゼルも、何か失敗した?」
「……ああ。この世界に来て間もない頃、私は自分が最強だと勘違いして過ちを犯した。ゲームの中の主人公気取りだったんだよ。本当にあの頃はバカだったと思う。殴りたい」
ゼルが苦笑いをしながら拳を作り、何かを思い出すかのように窓の外へと目を向ける。
一体何をしたんだろう。気になるけど、他人の黒歴史を漁るのは良くない。私は追及するのをやめておいた。
「も、という事は、君にもそう気づかされる何かがあったと言う事で良さそうだな」
「……」
ゼルの身に何があったかは分からないけど、一応頷いておいた。
「時に君は、アストラル・レベリオンについて知っているか?」
「ゲームの名前。そして、この世界」
「そう。カミ様がそう言っていた。何者かがこの世界に改変をもたらし、世界が改変される時の衝撃でこの世界と私達がいた世界が一瞬繋がってしまった。改変された世界を元に戻すため、カミ様が伸ばした手に掴まれゲームの世界に引き込まれたのが私達という訳だ」
「……この世界が改変された理由は、知らない?」
「カミ様からは聞いていないな。君は知っているのか?」
理由は、私が負けイベントのカミを倒してしまったからだ。そのせいでアスレベの世界が改変されてしまい、私が知っているアスレベとは全く違うストーリーを構成して今に至っている。
私達がこの世界に来た理由も、それに起因する。カミを倒した時、カミが必死に伸ばした手が掴んだのが私達。
私のせいというか、カミのせいと言うべきか……。個々の感覚で違うだろうけど、黙っておこう。責められたら嫌だし。
「知らない」
「私はアストラル・レベリオンを、若い頃にやった事がある。クリアはしたが記憶が曖昧でな。知らない訳ではないが、知識が薄い。だが少なくとも、この世界がアストラル・レベリオンとは違う展開を迎えている事は分かる。カミ様が言っていた通り、改変されたアストラル・レベリオンの世界に、私達はいる。時にヒメノさんは、アストラル・レベリオンをやった事は?」
「ある。それなりにやり込んでいて、それなりに知識もある」
「なら私よりも詳しそうだな。念のため確かめておきたいのだが、いいか?」
「……」
何を改まって言っているのだと、私は思った。私達はこの世界に、カミの手によって連れて来られた仲間である。なんでも確かめてくれ。
頷いたら、ゼルが近づいて来た。机の上に手を置いて体重を支え、上半身を私の方へと近づけて来る。
突然の行動に、私は動かずその行動を見守る。ゼルの顔が、どんどん近づいて来る。そして私の顔を避けるようにして、私の耳元に口を寄せて来た。
「──カミ様は、異世界からの侵略者だ。この世界を支配しようと企む、この世界の人々にとっての敵のはず。違うか?」
「違わない。カミはこの世界の人々にとっての、敵」
「敵であるカミ様を復活させても良いのか?」
「……分からない。でも少なくとも、この世界は私達が知っているアスレベではない。魔王と勇者が手を取り合う事がなくなり、魔王が倒され、魔族が粛清され、本来あるべきはずのハッピーエンドのない世界。私はアスレベが好きだったけど、この展開は好きじゃない」
「なるほど。それがヒメノさんが、カミに協力する理由か」
そう言い終わると、ゼルが私から離れて元通りイスに座る。
耳に息がかかって、くすぐったかった。
「最後に一つだけ、君に言っておきたい事がある」
「……なに?」
「カミ様の言葉には気をつけろ。気づいた時には手遅れにならないように、な」
ゼルは私の目を見据え、真顔でそう言って来た。
カミはフレンドリーに話しかけて来るし、時には洞窟から出る道を示してくれるなど、一見すると親切なようにも思える。だけど私が神獣に負けた時は、冷たくあしらい、あまりにも呆気なく見捨てた。何も出来ないと言うのもあるかもしれない。だけどあの時の態度は、正直あんまりだと思った。だから謝らせたけど、それで無かった事になる訳ではない。
カミは異世界からの侵略者である。そんなカミを復活させる手伝いなんかして、良いのだろうか。そんな疑問はずっと胸の中で抱いていた。だけど現状は特に協力しない理由が見つからない。だって私は、元のアスレベが好きだから。魔王と勇者が、手を取り合って異世界からの侵略者であるカミと戦い、世界を守り抜いてこそのアスレベである。
カミに対して想う所はある。でも現状カミが敵と思えるような感じはしない。敵というより、道具扱いされているみたいで腹がたつけど。
「……気を付ける。でもその言葉こそ、耳元で小声で言うべき」
私と同じカミが見える者として、私には気づけない何かをゼルは感じ取っているのかもしれない。そんな彼が気をつけろと言うのだ。今の言葉は真剣に受け取っておくべきだろう。
「ははは。全くその通りだったな。だが今はいない。たぶん大丈夫だ」
だったら私に近づく必要はなかったじゃないか。正直言うと、近づかれた時はちょっとドキッとしたんだよ。男の人にあんなに顔を近づけられるの、初めての経験だったんだからねっ。
それにゼルはイケメンだ。世の中の大抵の乙女は、彼にいきなり迫られたら大抵ドキッとする。
「道中、気を付けて行ってくれ。アルマの事も、守ってやってくれ。少し我儘な所もあるが、根は良い子でな。君とは仲良くなれると思う」
仲良くなれるだろうか。ちょっと自信はないな。
でも一緒にいる限り、守る事にはなるだろう。仲良くなれるかどうかは分からないけど、それだけは約束できる。
こうしてゼルとの話は終わり、その次の日。私はアルマと一緒に町を出る事となった。




