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成長しない体


 当然だけど、美味しい物を食べているだけじゃ生きていく事は出来ない。

 その日から、勉強漬けの日々が始まった。朝起きて、朝食を食べる。リリエさんから、人間の言葉を教わる。昼食を食べる。リリエさんから、言葉を教わる。夕食を食べる。人間の言葉を教わる。寝る。そしてまた朝起きて、朝食を食べる。

 そんな繰り返しの毎日が始まった。


『ヒメノ様は、頭がとても良いのですね。もうここまで覚えてしまうとは、さすがです』


 事あるごとに、リリエさんが褒めてくれる。褒めてくれると、やる気が出る。だけどリリエさんは割と、スパルタだ。勉強中の余所見や、姿勢が悪くなるのを許してはくれない。


 それはそれで、なんというか、イイ。


 キレイなお姉さんが、褒めてくれつつ厳しい所は厳しい。飴と鞭の使い分けかたを弁えている。


『バウ!』

『しー。ダメですよ、ハク。ヒメノ様がお勉強中は、お静かに』


 数日も経てば、ハクの扱いも手馴れ始めている。今は私に与えられた自室で勉強中なんだけど、暇そうにしているハクが吠えると、ハクに対してもちゃんと叱って躾けが出来ている。

 リリエさんに叱られると、ハクも伏せてバツが悪そうにする。


『……ハクが暇そうですし、その文章の解答が終わったら休憩がてら、お散歩に行きましょうか』


 休憩と聞いて、やる気が出た。私はさっさと人間の文字を解読すると、ハクを伴い部屋を飛び出した。

 ハクの存在は、この数日で大分知られるようになった。私やリリエさんが一緒ならという条件で、基本は城内を自由に回って良いと、ゼルから許可が出ている。城内とは勿論お城の中の事をさすけど、外の草原地帯も城内扱いだ。町とは壁によって隔てられているので、けっこう広い範囲を自由に駆け回れる。


 この世界の空気は、とても澄んでいて美味しい。美味しい空気ってよく聞くけど、なんだよと前の世界では思っていた。それがこの世界に来て、確かに感じられるようになった。


『お城での生活には慣れましたか?』

『……少し』


 草原の真ん中に立ち、深呼吸していたらリリエさんからそう尋ねられた。

 リリエさんは、私がこのお城にやって来てから常に傍にいてくれる。私の身の回りのお世話は全てリリエさんがしてくれて、何一つ不自由しない。それは確かに、便利な生き方ではある。


 でもまるで、前の世界で体調の悪かった時の自分のようだ。


 せっかく自由に色々な事が出来る健康な体を手に入れる事が出来たのに、あの頃に逆戻りしてしまったようで落ち着かない。という本音がある。


『……』


 それにしてもデカイ。隣に並ぶリリエさんは、私からは首を高く上げなければ顔を見る事が出来ない。


『失礼しました。こうした方が、話しやすいですよね』


 私の視線に気づいたリリエさんが、膝をついて座り、私と視線を合わせてくれた。でもこれじゃあスカートが汚れてしまう。


『気にしなくて良い。……リリエさんはどうして、そんなに大きいの?魔族だから?』

『背の大きさに魔族は関係ありませんよ。ではどうしてかと聞かれたら……血筋としか』

『両親のどちらかが大きかった?』

『どちらも、ですね。私程大きくはありませんでしたが、二人とも長身でした。二人の血が合わさった事で、私の背を更に伸ばしたのだと思います』

『なるほど』


 私もリリエさんみたいに、大きくなるだろうか。背以外に、胸とかも。前の世界の身体は栄養失調気味で、発育が遅れていたからな。この健康な体でたくさん食べていけば、きっと成長するはず。


『……』


 いや、待て。ゼル曰く、私達がこの世界にやって来てから7年の歳月が経過しているはずだ。私の容姿は、あの日、あの時、この世界に降り立った日から、何も変わっていない。

 父である魔王の手によって、封印されていた間はまぁ良い。封印されているその間は、きっと肉体の時間も封印されていたに違いない。だから、おおよそ数十年前に封印されたあの日から、私の身体は一切成長しなかった。

 でも私が肉体に入り込み、封印が解かれてから7年の歳月が経過している今は違う。時と共にちゃんと成長してもらわなければ困る。


『どうかいたしましたか?』

『……魔族は、肉体の成長が遅い?』

『それは人間と比べて、でしょうか』

『……』

『成長の具合で言えば、あまり変わらないかと思います。ただし魔族は、人間と違ってある程度成長すると、容姿が固定されます』

『容姿が、固定?』

『はい。例えば現在私は65歳ですが、容姿は20歳で固定されました。魔族の平均寿命はおおよそ200歳と言われているので、残りの140年間はこの姿のまま生きていく事になるかと。寿命が来ると数年で急に老け込み、人間でいう所の30歳から100歳までの姿を一気に駆け抜け、死に至ります』

『ろくじゅう……ごさい……』


 信じられない。この美しい女性が、おばあちゃんだったなんて。しかも寿命もとんでもなく長い。アスレベの魔族って、200年も生きられるの。初めて知った。

 いやそれより、今容姿が固定されると言ったな。


『それじゃあ私の容姿も、固定された可能性が?』

『どうでしょうか。通常は人間でいう所の、20歳から30歳前後で固定されるので、ヒメノ様は固定されるのには少し早い気がします』

『私は7年間、ずっとこの容姿のままだった』

『それは最高……いえ、確かにおかしいですね』


 気のせいじゃなければ、今最高と言わなかっただろうか。そんな言い間違いある?


『もしかしたら、気のせいの可能性は?自分では気づかないだけで、少しずつ大人になっているとか』


 だとしたらやっぱりもう、これ以上の身体の成長は絶望的だ。自分で分からないくらいのスローペースで成長していたら、大人でセクシーな姿になる前に確実に成長期が終わる。


 ま、別に良いけどね。肉体が成長したからと言って、レベルが上がる訳ではないし。うん。別に良い。別に良いし。


 そう自分に言い聞かせる事で、私は立ち直ろうとする。


『私は今のヒメノ様の容姿、好きですよ。体はほっそりとしながらも小ぶりなお胸がちゃんとありますし、身体は理想的なラインを描いていて絵になります。小さなお尻や、それと相反するようにやや太い太腿が素敵です。髪の毛は信じられないくらいに質が良いです。今までこんなに長くてキレイな髪を見た事がありません。お顔も勿論素敵で、くりくりとした目に、薄いピンク色の唇。小さなお鼻が、無表情さと相まってお人形のような完璧な造形美を演出しております。正直言って、私ヒメノ様の容姿が大好きです。見ているだけで元気になれそうなのに、そんなお方のお傍で仕える事が出来るだなんて幸せすぎます』


 立ち直ろうとすると同時に、リリエさんが私の目をじっと見据えてそう言って来た。


 確かに可愛いだろう。魅力を感じるだろう。大人の魅力はなくとも、今の私は魅力的だ。

 よし、リリエさんのおかげで自信が戻って来た。


『特にお風呂の時間は特別ですね。ヒメノ様のお美しい裸体を間近で見つめる事が出来るのですから。しかも、事故を装い触る事も可能。今の私にこれ以上の楽しみは他にありません。はぁ……もっとヒメノ様を見ていたい。もっとヒメノ様に触れたい』

『ん。んん……』


 前半は私の容姿をたっぷり褒めてくれたのに、後半は触るだの見れるだのと怪しい事を言いだした。

 もしかしてリリエさん、ロリコンなのだろうか。そう尋ねる勇気は私には無かった。


『バウ!』


 そこにやって来たハクが、私に飛びかかって来た。私はハクに押し倒されるような形で草原に仰向けに横になる。そして顔を舐められた。


『ハク!これを取ってきてください。行きますよ』

『バウバウ!』


 リリエさんが手にした木の棒を投げると、ハクが嬉しそうに棒を追いかけて行く。


『ハクもきっと、ヒメノ様が可愛いと言ってくれているのだと思います』


 そう言いながらリリエさんが私の身体を起こしてくれる。その際太腿やらお尻を触られたんだけど、先程の言葉を聞いた後だとなんだか心がざわつく。

 けど、きっと私の気にしすぎだ。


『おーい。ハクの首輪が届いたぞー』


 そこへ、ゼルが手をあげてやってきた。彼の手には大きな青色の首輪が握られている。

 ハクの首はデカイ。普通の犬用の首輪ではおさまらないので、特注すると言っていたけど、もう出来たようだ。


『ハク』


 私が呼ぶと、ハクがリリエさんが先程投げた木の棒を咥えて戻って来た。木の棒をその場に置いてちょこんとお座りをすると、そこへすかさずゼルが首輪をかけてくれる。


 うん。白色の毛並みに、青色の首輪がよく映えている。サイズもキツすぎず緩すぎず、丁度良さそうだ。


『よく似合っていますよ、ハク』

『……カッコイイ』

『バウ!』


 リリエさんと私が褒めると、ハクは嬉しそうに吠えた。


 平和な一日が、こうして過ぎて行く。このまま、こんな日々が送れたらいいな。私はそう思いながら芝生に寝転がり、空を仰いだ。


『もう少ししたら休憩時間は終わりです。戻ってお勉強の続きを』

『……』


 しかし水を差すように、リリエさんがそんな事を言って来た。


 うん。知ってた。いくら心の中で誤魔化そうとしたって、勉強はしなければいけない。


 その後は部屋へと連れ戻され、また勉強が再開されるのであった。


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