修学旅行:後編 23
戦いが終わり、エレンの12式はゆっくりと崩れ落ちるように、片方だけになった膝を折った。斜陽に照らされる街並は、遠目に見れば朝と対して変わらないが、至る所が火がくすぶる瓦礫の山になっており、今も瓦礫の撤去作業が行われていた。
博物館周辺は特に被害が大きく、瓦礫の山にちらほらと、バラバラになった異形のヴァンガードの姿が見て取れた。真っ二つに折れ、横倒しになったロケットが夕陽を鈍く照り返した。
12式の傷だらけのハッチが開いて、エレンと飛鳥が姿を現す。エレンは、12式のボロボロの装甲を撫でた。
「……お疲れ様」
「クソガキ、あんまり触るな。その子はかなり損傷してる、主電源を落としたとはいえ、何かの拍子にどこかの回線がショートしてバッテリーが燃えるかもしれない」
遠目に見える博物館には、何台もの自衛隊の車両が集まっており、シェルターからの民間人救助が続けられていた。
(酷い独断専行もあったが……博物館の形が残ってるのは、エレンのお陰かもしれないな)
飛鳥は隣に立つ、小さなエレンに視線を向けた。
「で、これからどうするんだ。まさか、正々堂々自分がやったなんて言うつもりじゃないだろうな」
「それは、まぁ、何とかするよ」
そう言って微笑むエレンに、飛鳥は大きなため息をついて髪をガシガシと掻いた。
「はぁ……そこはガキらしく、素直に、何とかしてくださいって言えばいいんだよ。調子乗んな。お前このままじゃ、一生刑務所暮しだぞ」
「……やっぱりそうなっちゃうかな、私、結構頑張ったと思うんだけど」
「エレン」
エレンは声に振り向く。そこには、やつれた顔をしたヒビキがポケットに手を突っ込んで立っていた。
「誰あれ。彼氏?」
「ううん、ヒビキだよ」
「いや誰だ……よ……」
飛鳥は血相を変えてヒビキに詰め寄った。
「お前が! お前があのヒビキか! お前は一体──」
「……東雲特佐、エレンを守ってくれて、ありがとう」
飛鳥は呆気に取られて、ちょうどすぐそこに転がっていた大破した自分の12式を見て、バツが悪そうにそっぽを向いた。
「うっせ」
「おーイ! みんな!」
博物館の方から、ゾフィーが息を切らしながら駆けてくる。
「よかった、二人とも無事だったんだネ」
「熊谷は?」
「熊谷君は大丈夫だよ。あの後目が覚めたんだ。傷は浅いし、言語、運動、視覚、聴覚機能にも問題なし、あぁでも、一応精密検査を受けた方がいいから救急車で病院に運ばれていったけどネ」
「そうか、それはよかった」
ゾフィーは飛鳥とエレンの方に目を向ける。
「あれ、なんで東雲特佐がここに? それに、エレンはなんで自衛隊のパイロットスーツなんか……」
ゾフィーはエレンの傍で膝をつくボロボロの12式と、そこら中に転がっている異形のヴァンガードの残骸を見て、青ざめて、誰も居ないはずの後ろを振り向いた。ゾフィーの後ろに立つ真実のゾフィーは、にっこりと頷いた。
「エレン! き、君がやったのか!? どうりで大神君が飛び出していくわけダ! ああもうなんてことだ! こんなのどうやったって誤魔化しきれないよ!」
「えへへ」
「褒めてなイ!」
「……そういえば、戦闘の最中に大規模な通信障害が起こってたよな。もしかしたらその影響で、エレンに関わる全てのログが消えてるんじゃないか?」
ゾフィーは黙ってヒビキの方を見た。飛鳥もじっとヒビキを見据える。
「いや、実際のところどうなのかは俺にはさっぱりわからんがな、でも、エレンに関する記録は一切残っていない、そんな気がするんだよ。東雲特佐、エレンの操縦の姿を直接見たあなたの記憶以外には」
「私に、黙っていろと?」
「そうだ」
ヒビキと飛鳥は見つめ合う、というか、ほとんど睨み合っていた。二人の間にエレンが割って入る。
「そうだね。幸いにも、ここには、自衛隊のエースパイロット様がいるわけだし、全部飛鳥がやったことにすれば、筋も通るんじゃないかな」
エレンはニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべながら飛鳥の顔を覗き込んだ。
「まぁ、『私にはあんな操縦できません』って言うなら、仕方なく、私が刑務所に行ってあげるけど」
「ッ~! クソガキ~ッ! 素直に頭を下げてれば言いなりになってやるつもりだったが! 逆に、どうしてもお前を刑務所にぶち込みたくて仕方ないって気分になって来た! 絶対言いふらしてやる! なんなら今tvitterに書いてやる~ッ!」
「あぁあぁああああぁ! ごめんなさイ! ごめんなさイ! どうかエレンを許してあげてくださいぃぃぃ!」
飛鳥にすがりつくゾフィー、そんな二人に声を掛ける者が居た。
「こんなとこで何馬鹿やってんのよ、あんた達」
朱雀と龍一を引き連れて現れたのはサクラだった。サクラはヒビキには一切目を向けず、ゾフィーと飛鳥の元に歩み寄る。
「げっ……姉弟子」
周りを見て、エレンの格好を見て、すがりつくゾフィーを見て、状況を察したサクラは大きなため息をついて飛鳥を睨んだ。
「悪いけど……言うこと聞いてあげて」
「へ、へい……姉弟子の言う通りに……」
そんなサクラ達の背後で龍一は異形のヴァンガードの残骸を覗き込んでいた。飛鳥が乗っていた12式の傍に静かに横たわる、あの、仲間に背を貫かれた異形のヴァンガードだ。朱雀は龍一に声を掛ける。
「おい龍一、迂闊に近づくな。漏電してるかもしれない、感電したらどうする」
「うるさいな、僕に指示するなよ。それよりこれ見ろよ、面白いぜ」
龍一は異形のヴァンガードの触手の付け根当たりをじっと覗き込んだ。金属の質感に混じって、何か、石のようなものが張り付いている。
「なんでこいつ、フジツボなんてくっつけてるんだ?」
(フジツボ?)
ヒビキが龍一のその言葉に振り向いた、その時だった。
「龍一逃げろ!!」
朱雀の、悲鳴にも見た叫び声に全員が振り向いた。見ればそこには、龍一に向けて触手を振り上げる異形のヴァンガードが居た。エレンは咄嗟に、膝をつく12式に手を伸ばす。しかし12式に応答は無かった。
(しまった、電源を落としてるから、インターフェースにアクセスできない……!)
飛鳥も地面を蹴って飛び出し、龍一に手を伸ばす。しかし距離が遠すぎた。
龍一はすぐさま異形のヴァンガードから離れようとするが、生身のスピードでは遅すぎた。触手が夕陽に赤く輝き──
一瞬、凍ったように動きを止めたかと思うと、突然、異形のヴァンガードの身体を刺し貫いた。
今度こそ完全に沈黙する異形のヴァンガード。その光景に、その場の全員が呆気に取られる、ゾフィーと、エレンと、ヒビキ本人を除いて。
(ふふ、流石だね、ヒビ──)
ヒビキに微笑みかけたエレンは、ゾフィーの表情を見て顔を引きつらせた。ヒビキのことを見上げるゾフィーの顔は、絶望の表情そのものだった。
「あ……あぁ……」
「……嫌気がさしたんだ」
ヒビキはポケットから手を出して、ヘッドホンを外すと、ゾフィーに手渡して微笑んだ。
「もうこれ以上、ダサい真似はできない。つまりその、何が言いたいのかというと……」
タタタタ……と、赤い血が、ヒビキの足元の瓦礫に当たって弾ける。
「自分で決めたことだから、どうなっても、誰かを恨んだりしないってことだ」
コップ一杯程の血が、鼻と口から零れて、ヒビキの記憶はそこで途切れた。




