修学旅行:後編 20
冗談じゃない。冗談じゃない。よかった、みんな無事でよかっただと?
「よくも、よくも俺に、こんな! ダサい真似をさせてくれたな! いや、普段から俺の言動はダサいの一言に尽きるが、にしたって限度がある! こんな俺にだって、恥も、プライドもある! 誰にも危害は加えさせないと宣っておいて熊谷を怪我させてしまった! ビビって仲間を危うく見殺しにするところだった! 全く腹が立つ! 何より! 仲間を傷つけられた事じゃなく、プライドを踏みにじられた事に一番ムカついていることが一番腹が立つ! これじゃ、まるで!」
戦闘の音に紛れて、ヒビキは身を捩りながら怒鳴った。
「俺が! クソダサいクソ野郎みたいじゃないか!」
「"ヒビキ、生きてるなら、助けて"」
エレンの言葉に応じたヒビキは、ヘッドホンに手を掛けると、攻撃を始めた。
市内一帯の電子機器を制圧するのに1秒、上空を飛んでいる各国の偵察衛星を黙らせるのに2秒、騒ぎを聞きつけて飛んできたどこかの国の無人機を無力化するのにまた2秒、そして、追い詰められたエレンを助けるのに──
「17秒だ。17秒耐えてくれ」
ヒビキは監視カメラ越しに異形のヴァンガード達を睨んだ。
◆◇◆
エレンと飛鳥が見つめるモニターの景色は酷いものだった。12式の胸部のライトに白く照らされるのは、視界を覆いつくし、夏の日差しの一切を遮る蠢く鋼の触手。限界まで身を屈めた12式の装甲に、いよいよ触手が当たり始め、金属と金属が擦れる不気味な音が、スピーカー越しではなく、機体を直に伝わってエレン達の背を撫でる。
「ほら、これ着ろ」
飛鳥は次々に服を脱いで、エレンに投げつけた。引き締まった飛鳥の肢体がモニターの明かりに照らされる。
「なに、こんな酒臭いのいらないんだけど」
「酒臭くても防刃、防弾、防炎の安全スーツだ。今から一か八か、バッテリーをオーバードライブして爆破する。上手くいけば触手の檻を一部破壊、攻撃力を弱めることができる、ダメだったとしても、トドメを刺したと誤解させられるかもしれない。ただ……コックピットの構造体は無事だろうけど、インテリアが剝離して全方位から飛んでくる。あぁ、ガキだからスポール破壊なんて知らないか」
「ホプキンソン効果でしょ、知ってるよそのくらい、お前の学生時代と一緒にするな」
「可愛くねーガキ! いいから早く着ろ……ったく、そんな薄着でヴァンガードに乗りやがって……」
そう言って、メンテナンス用の配電盤を開け始める飛鳥の背に、エレンは服を投げつけた。
「大丈夫だよ。多分、そろそろ来る」
「──え?」
モニターの逆光で陰るエレンの顔は穏やかに微笑んでいた。そんなエレンの顔に飛鳥が呆気に取られたその瞬間だった。
街中の、ありとあらゆるスピーカーから、耳を劈く、狼の遠吠えのようなノイズ音が解き放たれた。コックピットのモニターに、激しいノイズが走る。飛鳥は凄まじい轟音に耳を塞ぎながら叫んだ。
「な、なんだ急に! こんな時にシステムエラー……か?」
飛鳥は、表情を一切崩さず穏やかに微笑んだままのエレンに啞然とした。
(このガキ……知ってたな? 今この、タイミングでコレが来ることを知ってたな?)
「……飛鳥、私は何の保険もかけずに無茶をやるほど馬鹿じゃないってことだよ」
「何言ってるか聞こえねぇよバカガキ!」
エレンがモニターに視線を戻すとノイズ交じりの映像が映し出される。
「これは……地図? この、沢山ある丸いのは……」
首を傾げるエレンの後ろから、飛鳥が身を乗り出してくる。
「これはミサイルの着弾予想だ! 何だこの範囲! 市内一帯が火の海になるぞ!!」
エレンは固唾を飲んでコックピットのカメラを見た。
(ヒビキ?)
◆◇◆
同時刻、相模湾。イージス艦「おおみね」のブリッジにはサイレンが鳴り響いていた。
「攻撃です! 攻撃を受けています!」
「全回線を緊急シャットダウンだ。急げ」
「シャットダウン……で、できない!? もうファイアーウォールを破られて……艦の制御権を完全に奪われています! は、速すぎる! 間違いない、この、この攻撃パターンは……!」
船員の一人が叫ぶ。
「間違いありません! 奴です! WOLFです!」
「艦長。ミサイルシステムが作動しています」
「ミサイルの狙いはどこだ?」
初老の艦長は淡々と問いた。
「標的は、北緯36°08、 東経140°11。茨城県、つくば市です」
「報告にあった、今攻撃を受けている場所か……やむを得ない。物理的に、回線とミサイルユニットの電源を遮断しろ」
「待ってください艦長、何か奇妙です!」
艦長は船員の一人が見つめるモニターを覗き込む。
「……物理遮断待て!」
◆◇◆
シェルターの中、熊谷を手当てしているゾフィー達も同様に耳を塞いでいた。
「ちょっ! 何よこれ!」
「耳が! おかしくなりそうだ!」
身悶えするサクラと朱雀の隣で、ゾフィーは超音量のあまり激しく振動するスマホを見つめていた。ノイズが迸り、文字化けを繰り返すホーム画面。普通なら怯えるところだが、ゾフィーは微かに微笑んだ。
(大神君……!)




