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鋼の月と白兎  作者: さかはる


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75/80

修学旅行:後編 19

(し、信じられない、今一瞬微かに見えた! あのクソガキ、連中の触手の運動エネルギーを利用してやがる! ポケットから取り出したパチンコ玉を、機関銃から放たれた弾丸目掛けて投げつけて、パチンコ玉に弾丸が当たった反動で狙撃をするみたいな……! 人間じゃない! あのガキ、絶対に人間じゃない!)


 触手の運動エネルギーを利用した鞭の殴打で、あっという間に異形のヴァンガードを鉄塊に変えたエレンは、次の標的に襲い掛かる。


「このまま、全部、壊す」


 異形のヴァンガード3体が一斉にエレンの方へ振り向き、ロケットエンジンを吹かして、飛鳥が割り込む隙もないまま、エレンを取り囲む。エレンは目を見開いて微笑んだ。


(なぜだろう、ついさっきまでは2対1が限界だと思っていたのに)


 全方向、全天から襲い掛かる、触手の形をした破壊のエネルギーの津波。エレンは、大きすぎて全く意味が無いシートベルトを外して、操縦桿から手を放し、コックピットの中で跳ねた。


(この攻撃を避けるには、この子のアクチュエーターじゃ数が足りない。私自身を、一つのパーツに。慣性と、角運動量の数式に私という項目を書き加える)


「"クソガキ!"」


 エレンはコックピットの壁を蹴って跳ね回った。白いツインテールが舞うたびに、透き通った汗が弾ける。42kgの少女が作る微かなモーメントは鋼の巨人をコンマ数ミリメートル動かせる程度だが、そのコンマ数ミリは、バタフライエフェクトのように膨れ上がり、攻撃が当たらないという結果を手繰り寄せる。触手が巻き起こすソニックブームすら利用して、エレンは攻撃を躱す、躱す、躱す。躱しながら鞭を振り抜き、反動エネルギーで異形のヴァンガードの身体を凹ませる。鋼と鋼がぶつかる重い音が響く度に、火花が舞う。


(私が倒す、私が、全部やっつけて、全部助ける……!)


 10と2.1秒が経って、エレンが地面に降り立った時には、3体の異形のヴァンガードはスクラップになって動かなくなっていた。


 エレンはコックピットの中で荒い呼吸を整えた。


「はぁっ、はぁっ、次は……」


 背後に立っていた異形のヴァンガードに気づいて、エレンは振り向き、鞭を構える。しかしその異形のヴァンガードはじっと動かぬまま、黙ってエレンを見つめていた。


「縺�i縺弱j繧ゅ�」


「え?」


 耳元で何かの声が聞こえた次の瞬間、エレンが操縦する12式は横に吹っ飛んでいた。飛鳥だ、飛鳥の12式が突っ込んできて、エレンを突き飛ばしたのだ。コックピットの中で慌てて受け身を取るエレンは、背骨を鷲掴みにされたような衝撃を感じていた。


(疾い! 意識の外からだったとはいえ、全く気付かな──)


 吹っ飛ばされながらエレンが目にしたのは、異形のヴァンガードもろともに、無数の触手にコックピットを貫かれる飛鳥の12式の姿だった。見れば、あのじっと動かなかった異形のヴァンガードの背後の地面から、無数の触手が生えている。仲間もろとも、エレンを殺そうとしたのだ。


(仲間ごと……! 気づかなかった、突き飛ばされていなかったらやられていた……!)


「飛鳥────ッ!」


 なんとか空中で立て直し、着地するエレン。


「"上だ、クソガキ"」


 エレンはハッとして空を見上げる。そこには、緊急脱出装置で脱出し、パラシュートで空を漂っている飛鳥の姿があった。異形のヴァンガードが飛鳥目掛けて触手を伸ばそうとしているのを見て、飛鳥はシートベルトを外し、青空へ飛び出す。


 地上60mからエレン目掛けて一直線に落ちていく飛鳥、エレンは地面を蹴って、手を伸ばし両手で飛鳥を抱きとめると、着地の回転受け身をしながらコックピットの中へ飛鳥を迎え入れた。


「あいたっ!」


 コックピットの中に転がりこんできた飛鳥は、エレンの上で身体を起こし、互いの吐息がかかるほどの距離でエレンを見た。


「いてて……やっぱりお前だったか、クソガキ」


「……なんか酒臭いんだけど。早くどいてよ」


「ふん、さっきは『あすかぁあぁぁ』って叫んでたくせに。可愛くない奴」


 飛鳥はエレンが座るシートの裏に回ると、コックピットの中にある手すりに捕まった。


「クソガキ、一つおぼえとけ。自衛隊は国民を守る組織だ、その国民には当然、私達自衛隊員も含まれる。もちろんお前もだ。その上で!」


 飛鳥はひび割れたコックピットのモニターに映る、周りの状況を見渡した。


 陣形が崩壊し、飛鳥が乗っていたものの他にもう1機、12式が大破している。エレンの他に残る2名のパイロットは2対1で何とか1体の異形のヴァンガードを押さえ込んでいる状態だ。


 エレンと飛鳥を取り囲むのは、残る6体の異形のヴァンガード。しかし先程の様子を見てか、迂闊に攻めてこようとはしない。


「……敵はお前のことを相当に危険視している。今だってそうだ。あとの2人をさっさと片付けて7対1にした方が良いだろうに、ほんの一瞬でも5対1になる方が恐ろしいって考えてる。さっきのようにはいかない。油断せず、何とかしろ」


 エレンは鞭を握って周りを睨んだ。先に動いたのは異形のヴァンガード達だった。触手を空へ広げて、互いに絡め合い、巨大な檻のようにしてエレンを取り囲む。そしてそのまま、じわり、じわりと、エレンに迫り、檻を小さくして行った。


「なるほど、さっきみたいな反撃を貰わないように、ゆっくりとこのまま押し潰すつもりみたいだな」


 エレンは適当な異形のヴァンガードに襲いかかり、鞭で滅多打ちにした。しかし、中破した12式の純粋な打撃力では十分なダメージを与えることは出来なかった。


(ハンドガンは弾切れ、檻の隙間は通り抜けるには狭すぎる)


 直径30m程の檻が25mに、20mに。しかしエレンは喚くこともなく、じっと周りを見つめていた。


(クソガキ、冷静だな。博物館が攻撃されてる時の方が余程焦っていた)


 15m……10m……コックピットの外の景色が暗くなる。


「12式の全長は約8m、これ以上はマズい」


 飛鳥の額に汗が滲む、エレンはコックピットのモニタリングカメラに顔を向けて口を開いた。

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