修学旅行:後編 17
「"敵部隊、作戦地点に向けて移動を開始! 直ちに民間人の避難を!"」
「"ヴァンガードは瓦礫を撤去! 車両が通る道を確保しろ!"」
異形のヴァンガード達の注意が一斉に博物館に向いた隙に、自衛隊は民間人を避難させ始めた。
飛鳥は異形のヴァンガードの攻撃を捌きながら叫んだ。
「"何をモタモタしてるウォーカー09! 囲まれるぞ!"」
「"うっさい下手くそ!"」
エレンは叫んでナイフを構えると膝を落として飛び出し、異形のヴァンガードのすぐ隣を滑り込むように走り抜け、通りすがりにナイフで切り裂いた。異形のヴァンガードはスクラップの山になるが、同時に、エレンのナイフも根本から刃が折れる。
「”くっ……!”」
飛鳥はその様子を横目に見ながら、集まってくる異形のヴァンガード達に向けて太刀を構えた。
(どうしたんだクソガキ、ナイフを一回でダメにしてしまうなんて。何を動揺しているんだ?)
仲間の一人が叫ぶ。
「"次が来るぞ! 11、いや12機! 一斉に飛んでくる! 囲まれる!"」
市内各所から飛んできた異形のヴァンガード達が次々に博物館の周りに突っ込んで来る。いくつもの轟音と共に猛烈な土煙の柱が無数に立ち上り、そして、土煙を突き破って現れた異形のヴァンガードがエレンと飛鳥目掛けて飛び掛ってくる。
「"無理に全滅させようなんて考えるな! 市内の民間人避難が終わるまで耐えることを優先しろ!"」
「"でも、それじゃ博物館が!"」
特別展示室に走りながら、ヒビキはヘッドホン越しに見えるエレンの緊迫した表情に、焦りを覚えた。
(2体までなら何とかなると言っていたが……12対5の戦いか、単純に頭割りしても1人で2体以上相手にしなきゃならない! 陣形と連携を駆使すれば何とかなるかもしれないが、万が一エレンに攻撃が集中したら)
『──君は異形のヴァンガードに攻撃を仕掛けたから"反撃で脳を焼かれた"可能性が捨てきれないんダ』
ゾフィーの言葉が頭をよぎる。
『君の腕前なら異形のヴァンガードを直接ハッキングしなくてもどうとでもできるでしょってコト』
(ゾフィーは俺を買いかぶりすぎだ! どうしろって言うんだ! 直接ハッキングせずにアレを止められる訳ないだろう! やはり、いざとなったら、奴を攻撃するしかない!)
そんなことを考えているうちに、ヒビキは特別展示室の大ホールにたどり着いていた。暗いホールを照らすには足元の非常灯は頼りなく、ヒビキはスマホのライトを付けるしか無かった。
「あぁ、クソ、俺は何をやってるんだ……」
ヒビキのライトが照らす先、ホール中央に鎮座するガラスケース。ヒビキは目を細めた。
(これか……ツングースカ隕石)
ツングースカ大爆発の跡地から近年になって発見された、ツングースカ隕石の破片。ヒビキはガラスケースに向かって歩く。
ガラスケースの中には布の上に鎮座する米粒よりも小さな石ころと、それを拡大するルーペが置かれていた。激しい戦闘の音が搔き消える程に、ヒビキの鼓動は高鳴った。世界中に敵を作りながら探し求めていた『何か』が目の前にあるかもしれない。月の光に群がる蛾のように、ヒビキは気づけばガラスケースを覗き込んでいた。
(このツングースカ隕石は、普段この博物館には無いもの、今日から特別展が始まったものだ。普段からこの博物館にあるものが目的なら、今日このタイミングを狙う必要は無い。だから、可能性が高いとすればこの隕石だ……だが、これとヴァンガードに何の関係が?)
ヒビキは壁際に並べられていたベルトパーテーションの1本をとって、ガラスケースの前で振りかぶった。
(とにかく、持って帰って調べてみれば分かることだ……!)
ベルトパーテーションが振り下ろされ、ガラスケースが砕け散る。停電のため警報は鳴らなかった。ベルトパーテーションを投げ捨て、ヒビキが隕石に手を伸ばした……その時であった。
「こんなとこで何やってんのよ、あんた」
凛々しい声に振り向いたヒビキの横っ面を、サクラの拳が捉える。重い打撃音が響いて、ヒビキは割れたガラスケースの上に叩きつけられた。ライトがついたままのスマホが手を離れて、床に当たってひび割れる。
「がっ……!」
「本当に、心の底から見損なったわ。こんな奴に3対1で負けたなんて、恥ずかしすぎて、こんな気持ちになるくらいなら世界中に裸の写真をばらまかれる方がマシなくらいよ。まさか、シェルターを抜け出して、火事場泥棒をやってるなんて……!!」
侮蔑、憎悪、その他ありとあらゆる負の感情がこもった目で、サクラはヒビキを見下した。サクラに続いて、朱雀、熊谷、ゾフィーまでもが特別展示室に現れる。
「ごめん大神君! 止めようとしたんだケド、フィジカルが違いすぎ……て……」
「大神……お前……」
熊谷と朱雀は、何が起こっているのか飲み込めていないようだった。
よろよろと立ち上がろうとするヒビキを、サクラはもう一度、拳の皮が切れるほどの力で殴った。がつん、と、骨と骨がぶつかる硬い音が鈍く響く。ゾフィーは身震いして思わず目を逸らす。
血の滴る右手で、サクラはヒビキの胸倉をつかみ上げる。
「サクラ! それ以上やったら大怪我じゃすまな──」
朱雀が慌てて飛び出したその時だった。
衝撃音と共に、特別展示室の入口側の壁が砕け散り、眩い光が差し込む。立ち込める土煙の中から特別展示室を覗き込むのは、おぞましい、鋼の異形。
「うおおおっ!?」
「うわああっ!?」
降り注ぐ瓦礫の雨を見てとっさに身を屈めるゾフィーに、熊谷が覆いかぶさる。熊谷の大きな背中が無数の瓦礫を受け止めるたびに、鈍い音が響く。恐る恐る目を見開いたゾフィーは、目の前で両腕を広げる熊谷を見てハッとした。
「くっ……熊谷君! 大丈夫かイ!?」
「……」
最後の力でゾフィーを避けて倒れた熊谷は、虚ろな目で床を見つめたまま後頭部から血を流していた。
「熊谷!」
「熊谷君!」
朱雀とサクラが慌てて熊谷の元に駆け寄る。ゾフィーは熊谷の腕を取りながら、二人に向かって叫んだ。
「とにかく彼を安全な場所へ!」
「だがどう見ても頭を打ってるぞ!」
「これ以上の被害を防ぐことが最優先だ! 急いで!」
3人が熊谷を抱き起こそうとしている中、ヒビキは覚束ない足取りでふらふらと立ち上がった。
「運んでいる最中に嘔吐するカモ、仰向けはまずい、このままうつ伏せ気味に──」
逆光に目をくらませながら、ぐらつく視界でヒビキが捉えたのは。ゾフィー達に向かって触手を振り上げる異形のヴァンガードの影だった。
鼻と口から血を流しながら、腫れていない片目を見開いて、ヒビキは影に手を伸ばす。
シナプスに迸った火花は、ヘッドホンの集積回路を通じて0と1のシグナルに書き換えられる。電波に乗って放たれた咆哮は……しかし、暗く、重い、大きな何かにかき消された。
(あ──)
伸ばされた指が、火にかけた鍋の縁にうっかり触れてしまったみたいに、びくり、と弾けた。
『──君は異形のヴァンガードに攻撃を仕掛けたから"反撃で脳を焼かれた"可能性が捨てきれないんダ』
可能性が捨てきれない。たとえその程度の割合だったとしても、死の恐怖は、ヒビキの喉を握り潰すには十分すぎる力を持っていた。
鋼の触手が振り抜かれる。
端的に言えば、ビビっちまったのだ。




