修学旅行:後編 15
戦場の全てを把握したヒビキも理解した。自衛隊側が圧倒的に不利であること、そして、その不利はそう簡単には覆せないということ。
瓦礫が散らばった博物館の館内を、ヒビキは走る。"最後の手段"を使わなければならなくなった場合に、万が一ヒビキの居場所を異形のヴァンガードに逆探知されると、ヒビキに対する攻撃でシェルターにいる人間を巻き込みかねないからだ。
「はぁっ、はぁっ、……うわっ!?」
壁を突き破って現れた触手が、衛星やロケットの模型を巻き込みながら壁を引き裂いていく。
ヒビキはほとんど転ぶようにして、展示されていた大きな月の模型の陰に飛び込み、身を小さくした。
(デタラメに建物を攻撃してるのか!? 迷惑な奴だ!)
人感センサーでヒビキを捉えた模型が展示の解説を始める。
『月周回衛星つくよみは、月の起源と進化の解明のための科学データの収得と、月周回軌道への投入や軌道姿勢制御技術の実証を──』
「"ヒビキ、凄い音したけど大丈夫?"」
スマホのスピーカーから聞こえてくるエレンの声は呑気だ。どこか楽しげですらある。
「他人の心配をしてる場合か、自分の置かれた状況を分かっているのか!? どんどんこっちが不利になってる、このままじゃ囲まれて袋叩きに合うぞ」
「"そっか。もう慣れたから、2対1までならなんとかなるけどそれ以上はやばいかも"」
ヒビキはそれを聞いて、エレンの操縦するウォーカー09が映るカメラを覗いた。異形のヴァンガードの動きを完全に見切ったエレンは、異形のヴァンガードを圧倒していた。
(凄い、触手の方が避けてるみたいだ)
初めて異形のヴァンガードと戦った時は、まさに初見殺しのオンパレードで、エレンも苦戦を強いられていた。しかしその初見殺しも尽きた今、純粋な実力勝負でエレンが負けるはずもなく。
突貫工事で第四世代型にアップグレードされたとはいえ、エレンが操縦する12式と異形のヴァンガードとの間には恐るべき性能差がある。とくに、近接格闘戦においてのリーチ、破壊力、打たれ強さの差は致命的だ。だがエレンはそれをものともせず、近接格闘戦で異形のヴァンガードを片っ端からスクラップに変えていった。
超音速の触手の網を幽霊のように通り抜け、使い古したボロのナイフで異形のヴァンガードを解体する。
(まるで流れ作業だ)
ヒビキは理解してしまった。この状況を覆すには、エレンの力が必要不可欠であることを、エレンこそが状況を打開する鍵であることを。
ふと、エレンのコックピットに通信が入る。ヒビキは慌ててスマホの通話を切った。
「"ウォーカー09のパイロット、お前が何者かは知らないが、その12式に乗ったからにはお前も自衛隊機動士隊の隊員だ、作戦に協力してもらう"」
(この声、特機隊の東雲特佐か?)
無線を盗聴しているヒビキは飛鳥とエレンの声に耳を澄ませた。
「"何、作戦って"」
「"時間がない、移動しながら話す。ついてこい"」
エレンが素直に飛鳥の12式に続いて走り出したのがヒビキには意外だった。
エレンと飛鳥、そして自衛隊員3名、合計5機の12式が道路を並んで走る。コックピットのモニターに映る景色に合わせてエレンの白いツインテールが揺れる。
「"よく聞けウォーカー09、敵の狙いはつくば航空宇宙博物館だ。見ろ、あの異形のヴァンガード、アレだけ自衛隊と一切交戦せずにひたすらに博物館を攻撃している"」
「なっ……!」
ヒビキが慌てふためいて模型の陰から顔を出した途端、再び振り抜かれた触手に展示室がなぎ払われる。月の模型がひしゃげて吹き飛び、瓦礫の間を転がる。
(確かに、確かにそうだ! なんでコイツだけ博物館を?)
ヒビキは月が無くなった台座の陰から、砂煙の中で蠢く触手を睨んだ。
エレンが見つめるモニターに、博物館を攻撃する異形のヴァンガードの拡大映像が表示される。
「"あの異形のヴァンガードを攻撃すれば、敵の注目を集めることができるはずだ。私達が注意を引いているその隙に、ほかの仲間が逃げ遅れた人々を逃がす"」
「"それ、博物館を戦場にするってこと? でも、博物館にも人が……"」
エレンにしては冷静さを欠いている。土煙に咳き込みながら、ヒビキはそう思った。飛鳥の作戦は、現在の状況で打てる最善手だと言えるからだ。
(エレン……まさか俺達のことを心配しているのか?)
「"博物館のような大型施設にはシェルターの設置が義務付けられている。広い駐車場や庭もある、他の場所より遥かにマシだ"」
エレンは険しい顔つきでコックピットのモニタリングカメラを見つめて、口パクでヒビキに問いかけた。
「"さっきすごい音してたよね、今、どこにいるの?"」
ヒビキは少し考えて、モニターに文字を表示した。
「つくば航空宇宙博物館、一階展示室。シェルターにはゾフィーやサクラも居る」
目を見開くエレン。
「だが──」
ヒビキは立て続けに文字を表示すると、ヘッドホンを付け直して立ち上がった。
「誰にも危害は加えさせない。作戦に集中しろ」




