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鋼の月と白兎  作者: さかはる


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修学旅行:後編 14

 飛鳥は叫ぶ。


「ウォーカー09、応答しろ! ウォーカー09!」


 しかしウォーカー09は応答せず、ゆっくりと歩きながら高周波ナイフを抜き放つ。


「ウォーカー09、通信機器が故障しているのか?」


「"いや、別に"」


 ウォーカー09は自らの肩部の増設装甲を、ナイフで切り落としながら、飛鳥が相手をしている異形のヴァンガードに向かって歩いて行く。ナイフが金切り声を上げるたびに、火花と共に装甲が剝がれ落ち、地面に突き刺さる。


「ウォーカー09、何をしている!」


「"ウォーカー05! あれは飯田の声じゃない! ウォーカー09には本来のパイロットでは無い別の誰かが乗っている!"」


「え?」


 全ての増設装甲を切り落とし終わったウォーカー09は、突然、12式とは思えないスピードで走り出した。


「ッ!?」


 数百メートルの距離を瞬く間に詰め切ったウォーカー09は、地面を蹴って飛鳥の頭上を飛び越え、異形のヴァンガードの上に舞い上がる。


「やめろ馬鹿!」


 異形のヴァンガードは、空中で身動きが取れないウォーカー09目掛けて触手を放つ。直後に、ウォーカー09はコックピットを触手で貫かれる、誰もがそう思った。


 しかし、ウォーカー09は空中で身を翻し、触手を切りつけながら猛攻の雨をくぐり抜けた。夏空の輝きにも負けない、眩い火花を纏ったまま、異形のヴァンガードの頭に肉薄し、ナイフを振りかぶると──


「"それはもう通じない"」


 異形のヴァンガードの身体を這いずり回るようにして、全身を切り刻んだウォーカー09は、滑らかにアスファルトの上に降り立った。


 それは僅か数秒の出来事であった。言葉を失う飛鳥の目の前で、高周波ナイフをじっくりと眺めるウォーカー09。


「"さすが、実戦用の武器はよく切れるね。けど、もうダメになっちゃった"」


 ウォーカー09は足元に転がった異形のヴァンガードの残骸に、ボロボロになったナイフを投げ捨てると、飛鳥に手を差し出した。


「"ナイフ、標準装備でしょ? 使ってないならちょうだい"」


「"ウォーカー09のパイロット! 元のパイロットは、飯田はどうした!"」


「"安心して、彼はちゃんと信頼できる大人に任せてきたよ"」


 飛鳥は顎を引いて太刀を構える。


「お前は、何者だ……!」


「"うーん、そうだね……じゃあ、こういうのはどうかな"」


 ウォーカー09、もといエレンはコックピットの中で不敵に笑った。


「無許可、非正規、通りすがりのエースパイロットさ」


◆◇◆


(やむを得ずヴァンガードに乗ったのかと思ったら、これじゃほとんど強奪じゃないか! やりたい放題しやがって!)


 これらの出来事をコンマ数秒で読み込み、ウォーカー09の現在位置を特定したヒビキは、ウォーカー09のシステムに攻撃を仕掛けた。


 コックピットのモニタリングカメラに映るエレンは、肩と頬でスマホを挟んだまま操縦桿を握り、異形のヴァンガードの猛攻を捌き続けていた。


 エレンの目が、触手の先端の空気の断裂を捕える。


(先端速度は音速を超えてるみたいだね)


 圧倒的な性能差。12式の身長の何倍もの長さがある触手を超音速で振り回されては、さしものエレンも攻めに転じるのは難しいものがあった。


(さっきは東雲が気を引いてる隙に割り込めたから、一気に間合いを詰められたけど、第三世代型のこの子でタイマンをしたら、攻撃を捌くのが限界かな)


 その時ふと、エレンが見つめるモニターにノイズが走り、スピーカーから咆哮のような電子音が轟く。


「来た」


「"神経共鳴(レゾナンス)ノイズゲート、第2番まデ全開放シます"」


 ノイズ混じりの電子音声と共に、エレンはノイズゲートの拘束から開放される。操縦桿を握ったまま、エレンは目を閉じ深く息を吸う。


「”これでご満足かよ分隊長サマ”」


「うん、助かった」


 第三世代型から第四世代型へアップグレードされたことで、エレンと12式との間でズレていたリズムが噛み合い、エレンは12式と一体になる。


(いい子だ)


 超音速でのたうち回る触手の間隙を縫い、エレンはひらひらと飛びまわって距離を詰めていく。


 その異様な光景を、飛鳥は横目に見ていた。


(動きが更に速くなった……! なんて挙動だ)


「"ウォーカー05、アレはなんだ! 何者だ! 12式であんな挙動ができるのか!?"」


「"ウォーカー05! ウォーカー09は現在、何者かに制御を奪われている状態だ! 危険すぎる! 我々の判断でウォーカー09を拘束、奪還すべきだ!"」


「そうだな、だがそれはこの戦闘が終わってからで良い。それに……」


(それに、パイロットの正体には大体検討がついている)


 無線から聞こえた、ウォーカー09のパイロットの声は、少女の声だった。今この街にいて、初めて乗ったはずの12式であれほどの戦闘をこなせる少女は、"あの子"をおいて他に居ない。飛鳥はそう確信していた。


「……」


 飛鳥が異形のヴァンガードと互角の戦いをしているその隣で、ウォーカー09はついに間合いを詰め切り、ボロのナイフで異形のヴァンガードをスクラップにした。


 飛鳥はサクラのことを思い出していた。


(忘れもしない。中二の夏、剣道の全国大会で優勝して、神童だと持て囃されて、有頂天になっていた頃。真剣の技術に興味があって、何となく入った道場で出会った姉弟子に、私は手も足も出ないまま嬲り倒された。私の方が30cmは背が高かったのに)


 今でも目に焼き付いている。『弱い弱い』と嘲笑いながら飛鳥を圧倒するその少女の太刀筋は、腹の底から湧き出てくるドス黒い感情を、さっぱり洗い流してしまうほどに美しくて。


 飛鳥は無線を切って……。


 そしてまた無線をつけて、モニターを睨んだ。


(民間人を戦闘に巻き込む訳にはいかない。けれど、戦況を打開するには"あの子"の力を借りるしかない)


 異形のヴァンガードの相手をしながら戦場を俯瞰していた飛鳥は気づいていた。少しずつ、だが確実に自衛隊の戦力が削られている。


 ここは市街地、避難の完了の確認が出来ていない人口密集地だ。異形のヴァンガードはそんなことお構い無しに暴れているが、自衛隊はそうはいかない。戦車砲を1発外せば流れ弾で建物が吹き飛ぶ。うっかり車や建物を踏み潰せば、人を巻き込むかもしれない。


(クソ! コイツらウザい! 建物を盾にするな!)


 先日のサクラと飛鳥の模擬戦で、対テロ作戦の想定にもかかわらず山岳地帯が戦場に選ばれた理由のほとんどはコレである。市街地戦は学生には荷が重すぎるのだ。


「"音がする! 地面の下から何か迫ってくる! よ、避けられない! うわあああッ!"」


 建物一棟を挟んで、地面の下から潜って来た異形のヴァンガードの触手が、戦車を真下から天辺へ向けて一気に貫く。飛鳥はその様子を遠目に見て、歯ぎしりをした。


(またやられた……! 戦車の対処法が完全にバレてる! 履帯のせいでヴァンガードに比べて動きが読まれやすいし、アレじゃ砲台付きの棺桶だ!)


 確認できた17機の異形のヴァンガードのうち、機能停止に追い込めたのは5機。対して、30機の12式と12台の戦車の内、11機の12式と10台の戦車が既に大破している。ほとんど全滅だ。加速度的に自衛隊が不利になっている。


(飛行機で異形のヴァンガードと戦うのは自殺行為だということは実証済み、だが、霞ヶ浦から陸自の応援が来るには、法律の都合でまだ時間がかかるはず。せめて奴らの目的が分かれば……! ……目的?)


 その時ふと、飛鳥は気づいた。

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