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史実『聖女ルーヴェリア』

「……聖女様は、不死です。故に、その魂を繋ぎ止めるための、生きあがった“器”が、その都度必要なのです。神は、地上で新たな生命が生まれるたび、その中からたった一人をお選びになります」


「そして――聖女ルーヴェリアとして、生まれ変わらせるのです」


ルーヴェリアは、不審そうに美しく整った眉を寄せた。


『……生まれ変わらせる?』


神官は、恐怖に怯えながらも深く頷く。


「はい。選ばれた娘は、生まれたその瞬間から、聖女様と同じお姿を持って生まれてくるのです。……汚れなき白い髪、草原のような青い瞳、術士には扱いきれぬほどの強大な聖力。それらを持って生まれた娘は、成長すると共に、やがてかつての聖女様の魂そのものを徐々に受け継いでいく。そうして――」


神官の告白は、冷たい雨の音を切り裂くようにして、ルーヴェリアの耳へと容赦なく突き刺さる。


「元の名前も、家族との思い出もすべてを消し去られ、完全なる聖女ルーヴェリアとなるのです」


「……」


凄絶な静寂を切り裂き、ルーヴェリアはかすれた声を絞り出した。


『……選ばれた娘は、その後どうなるのですか』


「聖堂へ、直ちに迎えられます」


『その後は?』


彼女の重い問いかけに、神官たちは一様に口を閉ざし、沈黙した。


『その後は……その娘の家族は、どうなるのです』


ただ、冷たい雨の音だけが響く。


『答えなさい……っ!』


一人の神官が床に額を擦り付けながら、恐怖でガタガタと震える声で言った。


「せ、聖女様の安寧のため……記憶を持つ者は、処分されます」


『……処分……?』


ルーヴェリアは、その言葉の意味が理解できなかった。


思考が完全に停止する。


「選ばれた娘を、かつての名で呼ぶ可能性のある者たちです。……父親も、母親も、兄弟も、親族も。今しがた首を刎ねられた女の娘――あの『マリー』という名を覚えている者は、すべて」


その瞬間、ルーヴェリアは絶句した。


今、目の前で首を刎ねられた母親だけではない。


これまで。

何百年もの間。何百人、何千人もの「器」の少女が生まれるたびに。


自分が「新しい身体」を手に入れるたびに、その裏では、一人の少女を愛していた罪なき家族たちが、全員無残に皆殺しにされていたのだ。


――あの母親は、奇跡的に生き残っただけに過ぎない。


本来なら、マリーが聖堂に連れて行かれた瞬間に殺されていたはずの命だったのだ。


娘を諦めきれず、狂気的な執念で神の結界を破り、ここまで辿り着いてしまった、ただ一人の生き残り。


そして、何よりもルーヴェリアを恐怖させたのは、床を這いつくばる神官たちの瞳だった。


彼らの目には、微塵の悪意も、罪悪感もなかった。


「すべては、聖女様のためです」


「神の御意志なのです」


「世界を、悪魔の破壊から守るためなのです……っ!!」


本気だった。


純粋な善意。狂信的なまでの信仰。


世界を守るという、絶対に揺るぎない正義。


彼らは心から、それが正しいと信じて、何千人もの人間の血を流し続けてきたのだ。


窓の外では、ただ冷たい雨だけがしんしんと降り続いている。


ルーヴェリアは、動かなかった。

いや、指先一つ動かすことすら出来なかった。


ただ、その草原のような青い視線だけが、床に転がる女の亡骸なきがらへと、ゆっくりと向けられる。


ほんの少し前まで、あの女は自分のために泣いていたのだ。


神を呪い、聖女を拒絶し、娘を返してくれと。

何度も、何度も、その命を賭して叫んでいた。


『……』


喉が細く鳴る。

けれど、まともな声にはならなかった。


代わりに、これまで自分が「神の祝福」だと信じて疑わなかった、数百年の幸福な記憶が脳裏を駆け巡る。


新しい身体。新しい身体。また、新しい身体。


そのすべてが、どこかの優しい母親が命懸けで産み落とした、愛する家族の「娘」だったのだ。


生まれた瞬間から、ルーヴェリアという化け物の姿を強制され、魂まで乗っ取られるために生かされてきた、ただの生贄いけにえ


だが、無知なルーヴェリアはそれを疑問に思わなかった。

なぜなら、神の祝福だから。生まれながらに白い髪と青い瞳を持ち、強大な聖力を宿すのは、神の愛の証だと教え込まれて、生かされてきたから。


『……では』


かすれた声が、血の味を伴って零れ落ちる。


『その、選ばれた娘たちの魂は……。私に塗りつぶされた、マリーの魂は……っ』


誰も、答えない。


『マリーは、何処へ行ったのですか……っ!』


神官たちはただ一様に目を伏せ、沈黙を守り続けた。


だが、その罪悪感に塗れた沈黙だけで、答えは十分すぎるほどだった。


ルーヴェリアの魂を受け継ぎ、上書きされた元の少女の魂がどうなるかなど、考えるまでもなかった。


聖女は、神ではなかった。

神に最も近かっただけの、ただの「人間」だった。


それゆえに、彼女は知らなかったのだ。


世界の創造主である神の、残虐なまでの「愛し方」の本質を。


神は、人間一人一人を愛してなどいない。

神が愛しているのは、人間という種が存在する「この世界の秩序」そのすべてなのだ。


――だからこそ。

世界の均衡を崩さないためなら、どこかの森の奥で静かに暮らしていたちっぽけな少女の命など、ペルギウスにとっては、ちりほどの価値もない些末なものでしかなかった。


ルーヴェリアは激しい雨の音に紛れながら、泣いた。


自分が犯してきた、知らぬがゆえの凄絶な罪の重さに、その声が完全に枯れ果てるまで。

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