幸福のペリドット
離れにある別宅のベッドに、泥のように体を投げ出した。
明日から私を待ち受けるのは、未知の北の地。そこでの日々がどれほど過酷であろうとも、今の私にはこの静寂の方が、よほど毒のように身を削る。
ふう、と一つ溜息をついてから、私は重い体を起こした。
ベッドの下。そのさらに下にある床板を、指先で探る。カタリ、と小さな音がして外れた板の隙間に、私は手を伸ばした。
誰の目にも触れぬよう、何よりも厳重に隠し続けてきたもの。
私を陰ながら育ててくれた乳母、エボニーが十歳の誕生日にくれた、最初で最後の贈り物。
手のひらに収まったのは、小さな、けれど確かな重みを持つペリドットのネックレスだった。
今ならわかる。身寄りのない彼女にとって、これが何年分のお給金に相当するものだったのか。
「……っ」
視界が、急激に歪んだ。
止めようとしても、熱い雫が次から次へと溢れ出し、手のひらの上の石を濡らしていく。
今日、クリスティーナが贈られた大粒のペリドットに比べれば、あまりにも小さく、慎ましい石だ。けれど、この冷え切った屋敷のどこにある宝石よりも、それは痛いほどに強く、優しい光を放っているように見えた。
エボニーが死んでから、私は一度も泣かなかった。
泣き方を忘れたわけじゃない。泣いてしまえば、彼女が遺してくれた私の「生」が、すべて脆く崩れ去ってしまいそうで怖かったのだ。
ここはもともと、エボニーに与えられた別宅だった。
壁の傷一つ、使い古された椅子の軋み一つに、彼女との思い出が染み付いている。
双子の乳母として、光と影の双方を育てる苦労は、いかばかりだったろう。
ぼやけた視界の向こう、ペリドットの鈍い輝きが、記憶の扉を静かに押し開ける。
――それは、あの熱い、そして凍えるほどに冷たかったあの日から始まった。




