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聖女の嘲笑

ハンスは苦々しく眉を寄せ、私を真っ直ぐに見据えた。


「人間の魔術師には不可能な以上、悪魔の術だと考えるしかない。誰かがリル様へ黒魔術を施し、その呪いとリル様自身の聖力が異常な形で結び付いてしまった。……僕にはそうとしか思えないのです」


……なら何故、何故エボニーは死んだの。

何故私は助けられなかったの?


無意識だった。


ぽたり、と。

気づけば私の目から熱い涙が静かに零れ落ちていた。


何故私は飢え、殴られ、あの日々はいつまでも終わらなかったの。


聖女、祝福された者、神に選ばれた者――そんな美しいものが私だと言うのなら、それはあまりにも滑稽で酷い冗談だ。


喉の奥から、ひび割れた乾いた笑いが込み上げそうになる。

だがそれは、神への怒りなどではない。


どうしようもない自分自身への嘲笑だった。


馬鹿馬鹿しい。本当に。

悪魔だと言われた方が、余程納得できた。


少なくとも私は、これまで誰のことも救うことなど出来なかったのだから。


「……解く方法はあるのかしら」


この身を蝕む呪いなのか、はたまた忌々しい神の祝福を、なのか。


正体も分からぬまま、気付けば私はすがるようにそう尋ねていた。


目の前のハンスは、かける言葉を選ぶように僅かに目を伏せる。


「あります」


その答えに、私は思わず顔を上げた。


「……本当に?」


「ただし、非常に困難です」


私に余計な希望を抱かせぬよう、彼は慎重に言葉を選びながら続ける。


「呪いには必ず“核”があります。術の中心であり、呪いを成立させている根源です。それを内側から破壊するか――あるいは、術者本人を見つけ出すしかありません」


暖炉の火が小さく揺れ、室内が再び深い静まり返った。


術者。

つまり、このおぞましい呪いを私へ植え付けた、名も知らぬ誰か。


「……そんな人が、本当にこの世界のどこかにいるのね」


私の呟きに、ハンスは答えなかった。

答えられなかったのかもしれない。


なぜなら私達はまだ、何も知らないのだから。

誰が、何のために、私へこんな呪いを植え付けたのかを。


やがてハンスは何かを思い出したように、小さく息を吐いた。


「――もう一つ、あなたに直接お伝えしておかねばならない重要なことがございます」


「……何かしら」


「お身体が万全になってからで構いません。一度、教会へ足をお運びください」


「教会?」


「神官長が、リル様にお会いしたいと、閣下へ直々に僕へ連絡を入れてきたのです」


聞き覚えのない言葉に、私は僅かに首を傾げた。


ハンスの瞳が、僅かに細められた。


「グレイル領の最深部にある白亜の聖堂――リア大聖堂です」


「リア大聖堂……」


私の掠れた声が、静かに室内へ落ちる。


グレイル公爵領の中心に厳かに鎮座する、白亜の大聖堂。


北の厳しい寒さの中で、そこだけが神の加護に守られているかのようにそびえ立つ、底の知れない祈りの場。


「神官長が、わたくしに……?」


「ええ」


ハンスは小さく頷いた。


「閣下が王都でリル様を『聖女』として国王に認めさせたあの日から、教会の動きも慌ただしくなっています。ですが……あの方が直々に動くとなれば話は別です」


「あの方?」


「神官長アルフレッド」


その名を口にした途端、ハンスの声音が僅かに硬くなる。


「王都の大司教ですら容易に口出し出来ない、北方教会の頂点です。――そして何より、代々グレイル家が守り続けてきた“大悪魔サタリウスの封印”について、現存する誰よりも深く知る人物の一人でもあります」


「……サタリウス」


知らぬ名ではない。


グレイル家の始祖トリニードが、その身を賭して封印したとされる大悪魔。


北で生きる者ならば、誰もが御伽噺として耳にする神話の存在だ。


「神官長は、代々のグレイル公爵へ助言を与える立場でもあります。ですから、公爵家の歴史も、封印の歴史も、我々より遥かに詳しい」


ハンスはそこで僅かに目を伏せた。


「だからこそ、僕も気になっているのです」


「何を?」


「何故、あの方がリル様を呼んだのか」


「ハンス様。その神官長は……わたくしの何を知っているのかしら」


貼り付けた笑みの隙間から、隠しきれない問いが漏れ出す。


私の不死が悪魔による呪いなのだとしたら、神に仕えるあの男は、私を異端として裁くために呼んでいるのだろうか。


それとも――。


『――私の器よ』


夢の中で泣いていた、あの白金の髪の女が、不穏に脳裏を掠める。


ハンスは私の不安を察したように、ふっと表情を和らげた。


「それが災厄を招く罠なのか、あるいはリル様を呪いから救う鍵なのかは、僕にも分かりません」


そう言って、彼は真っ直ぐに私を見据える。


その瞳には、確かな確信の光があった。


「ですが、あの神官長が理由もなく人を招くことは、絶対にありません。――必ず、一度お会いになってください」


私は答えなかった。

―――否、答えられなかった。


『私の器よ』


夢の中で聞いた声だけが、不気味なほど鮮明に耳の奥へ残っていた。

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