『仮面の下の正体』
最上段。
純白の法衣へ身を包んだ老審問官が、静かに木槌を掲げる。
「聖ルーヴェリアの加護のもと、神へ偽りし者へ裁きを下す。――開廷」
――カン
乾いた音が大広間に響いた瞬間、それまで沸き立っていた会場が水を打ったように静まり返った。
「本件は、北方公爵ゼノス・グレイルによって保護された女性――自称クリスティーナ・フォレストの身元に関する審問である」
冷徹な宣告とともに、無数の視線が一斉に被告席へ集まる。ドミニクは手元のノートに羽ペンを走らせながら、ちらりとその女を見た。
自称、クリスティーナ・フォレスト。
彼女は、相も変わらず微笑んでいた。
だが、近くで凝視すれば誰もが気づくはずだ。あれは、ただ微笑みの形を肌に貼り付けているだけだと。
唇の端だけを無理やり吊り上げ、内側から決壊しそうな何かを必死に堪えているその表情は、まるで精巧に作られた仮面のように微動だにしなかった。
「まず、フォレスト伯爵家側より証言を」
審問官の厳格な声に応じて、一人の男が静かに立ち上がった。
フォレスト伯爵、エドワーズ・フォレスト。
年齢の割に若々しさを残す整った顔立ちだが、その双眸に宿る光は酷く冷たい。
会場中の視線が一点に集まる中、伯爵は感情の起伏を一切感じさせない声で、最初の一撃を放った。
「……あの女は、フォレスト家の娘ではありません」
ざわり、と大広間の空気が大きく揺れる。
「六年前、孤児院より引き取った子供です」
その瞬間、会場は爆発したような騒然とした熱気に包まれた。
「孤児!?」
「では、本当にただの偽物なのか!」
「あの傲慢なグレイル公爵が、まんまと騙されたというのか?」
口々に叫ぶ貴族たちの興奮した声が、天井のステンドグラスを揺らす。
記者席のドミニクも、思わず目を見開いた。
出方を探るような小細工は一切なしだ。レミントン公爵家の全面協力を得たフォレスト伯爵は、いきなり最初から最大の手札を切ってきた。
「静粛に!」
激しく打ち鳴らされる木槌の音が、辛うじて暴動寸前のざわめきを抑え込む。
エドワーズは何事もなかったかのように、淡々と冷徹に言葉を紡ぎ続けた。
「当時、我が娘クリスティーナ付きの侍女として引き取りました」
身内の醜聞を語っているとは到底思えない、まるで古い帳簿の事務書類を読み上げるような、恐ろしいほどに無機質な声だった。
「名前は“リル”。身寄りも戸籍もない、哀れな孤児でした」
リル、その名が重々しく広間へ落ちた瞬間、ドミニクの視線は弾かれたように被告席の女へと向いた。
ぴくり、と。
ほんの僅かに、彼女の白い指先が震えた――ように見えた。
だが、彼が捉えた違和感はその一瞬だけだった。
女の顔に貼り付いた偽りの笑みは、微塵も崩れることはない。
そればかりか、乱れるはずの呼吸も、凛と伸ばされた背筋も、何一つ変わることはなかった。まるで、自分以外の誰かの昔話を、ただ優雅に聞き流しているかのように。
ドミニクの内側で、ぞわりと何かが激しく粟立った。
暴きたい。
記者としての本能が、そう叫んでいた。
あの美しくも歪な仮面の下に隠された、女の真実の正体を。




