第9話 嘘はついていません
今回のお題:銀河の公式発表にありそうな「本当のことしか書いてないが「詳細が気になりすぎる一文」」
宇宙軍の公式広報映像は、格好いい。
銀河を背景に進む巨大艦隊。
崩壊寸前の宇宙ステーションから救助される市民。
炎上する船内で、最後まで退避誘導を続ける軍人。
そのすべてが壮大な音楽とともに編集され、最後には宇宙軍の紋章が浮かび上がる。
正直、ちょっと入りたくなる。
もう入っているけど。
もちろん、映っているものは本物だ。
少なくとも宇宙軍が《確認済みの事実》として公式発表している以上、そこを疑う理由はあまりない。
問題は、そこではなかった。
《銀河標準暦二八四九〇九年 セレネ第四軌道居住区事故》
《救助者数:八万七千二百十四名》
《使用映像:救難艇第三一号機外部記録》
救難艇が崩壊寸前の居住区へ突入し、最後の避難者を乗せて離脱する。
格好いい。
ものすごく格好いい。
暇だったので、事故記録の方も開いてみた。
《救難艇第三一号機は救助活動終了後、帰投中に推進器冷却系の不具合により航行不能となった》
《後続の第四四号機によって曳航された》
《曳航作業中、第三一号機乗員一名が船外活動用工具を紛失。当該工具は翌日回収》
「……そこは映さないんだ」
八万七千二百十四名を救った。
本当。
危険な状況で救助活動を続けた。
本当。
そのあと故障して、別の救難艇に引っ張って帰ってもらった。
これも本当。
ついでに工具を宇宙へ飛ばした。
それも本当。
広報映像をもう一度見る。
勇壮な音楽とともに救難艇が帰還していくところで終わった。
「編集ってすごいな」
嘘はついていない。
格好悪いところまで使う義務がないだけだった。
◇
気になったので、別の広報記録も開いた。
《辺境宙域における海賊拠点制圧作戦》
《敵性艦艇三十二隻を無力化》
《民間被害なし》
敵性艦艇三十二隻の無力化。
確認済み。
民間被害なし。
確認済み。
作戦成功。
これも記録されている。
ただし、軍側の損害については書かれていなかった。
「こういうの、気になるんだよな」
非公表なのだから、検索したところで答えが出るとは限らない。
それでも検索する。
ネットとはそういう場所である。
案の定、同じところが気になった連中は大量にいた。
【辺境海賊拠点制圧作戦・公開情報検討スレ その18】
『敵性艦三十二隻無力化、民間被害なし。ここまでは確定。軍側損害は記載なし』
『壊滅説』『根拠は?』『ない』
『無傷説』『そっちの根拠は?』『ない』
『結論:分からない』
『18スレ使って?』
『過去17スレもだいたいそれ』
「何してるんだ、こいつら」
俺も見ているので、あまり人のことは言えない。
スレッドには、確定情報だけをまとめた欄、公開資料から可能性を検討する欄、根拠の薄い予想を書く欄まで分かれていた。
妙なところで几帳面である。
「何見てるの?」
後ろからミナが覗き込んできた。
「昔の作戦記録。敵は三十二隻やられてるけど、こっちの損害は書いてない」
「じゃあ分からないね」
「だよなあ」
それで終わる。
非公表なら非公表だ。
損害が大きかったのかもしれない。
ほとんどなかったのかもしれない。
作戦上の理由で出していないだけかもしれない。
公開する必要がないと判断されただけかもしれない。
書かれていないものを、書かれているものとして扱うことはできない。
「でも気になる」
「それは分かる」
ミナも隣へ座った。
「補給記録から損傷艦数を推定してる人がいるよ」
「本当だ」
「こっちは作戦後の整備部品の発注量から」
「すごいな」
「全部推測だけどね」
そこは大事だった。
推測は推測。
確定は確定。
分けた上で考える分には自由である。
「暇なのかな」
「ハジメが言う?」
「俺は今、休日だから」
「たぶん向こうもそうだよ」
何も言えなかった。
◇
その日の午後。
今度は、現在進行形の公式告知が出た。
《第六〇七航路の一時閉鎖について》
《航行安全上の問題が確認されたため、第六〇七航路を一時閉鎖します》
《迂回航路をご利用ください》
《現在、関係機関が対応中です》
「情報少なくない?」
「必要なことは書いてあるよ」
ミナの言う通りだった。
第六〇七航路には、何か問題がある。
だから通れない。
迂回路を使えばいい。
関係機関が対応している。
利用者に必要な情報は揃っている。
「で、航行安全上の問題って何?」
「書いてないね」
そこが知りたい。
公式情報を探しても、当然ながら同じ内容しか出てこない。
詳細が公開されていないなら、存在しない公開情報を検索しても答えは出ない。
ただしネットには、別のものが出てくる。
予想である。
【第六〇七航路閉鎖 理由予想スレ】
『《航行安全上の問題》か。範囲広いな』
『人的・物的被害について記載なし』
『まだ確認中だから書けないだけかも』
『それを「被害がある」と読むのは禁止な。現時点の確定情報は、航路閉鎖、迂回指示、関係機関対応中の三つだけ』
『じゃあ何も分からない』
『スレ終わった』
『終わらせるな』
しばらくして、長めの投稿が入った。
『公開情報だけで考える。
第六〇七航路は民間船の通行がそれなりにある。今回の告知は通常の設備故障で使われる《航路設備上の問題》ではなく、《航行安全上の問題》。
さらに復旧見込み時刻がない。
過去の同管区の告知では、設備故障や予測可能な自然現象なら概算時間が出ることが多い。
なので今回は、「原因は把握しているが終了時刻を予測できない」か、「まだ原因の確認が終わっていない」のどちらかと予想。
ただし全部公開情報からの推測。告知規則が変わっていれば前提から崩れる』
『長い』
『要約:よく分からない』
『そこまで書いて最初に戻ってきたぞ』
『推測なんだから仕方ないだろ』
「こういう人、どこにでもいるな」
しかも結構調べている。
さらに、航路管制経験者を名乗る利用者が補足した。
『《航行安全上の問題》自体は珍しい表現じゃない。
大型生物、漂流物、所属不明船、空間異常、航路標識の信頼性低下でも使う。
この文言だけで原因を絞るのは無理。
念のため言うが、俺が勤務しているのは第八銀河腕。第六〇七航路の内部情報は持っていない』
『最後の一文大事』
『つまり大型生物の可能性はある?』
『ある』
『宇宙クジラに五点』
『またクジラかよ』
『航路が閉鎖されるたびに宇宙クジラへ賭ける奴いるよな』
『いつか当たる』
宇宙クジラという呼び方自体、かなり雑である。
宇宙空間に生息する大型生物のうち、大きくて細長ければ、だいたい誰かがクジラと呼び始める。
生物学的にはほとんど関係がない。
ネットは細かいことを気にしない。
『個人的には人工物説』
別の投稿が入る。
『閉鎖範囲が第三中継点から第五中継点まで固定されてる。移動する大型生物なら規制範囲が変わる可能性がある。
古代遺物、放棄設備、正体不明構造物あたりと予想。
確度は低い』
「お」
古代遺物。
好きな言葉である。
俺も書き込んだ。
『古代兵器に二十点』
すぐ返信が来た。
『古代遺物とは言ってるけど、古代兵器とは言ってないぞ』
『根拠は?』
根拠。
考える。
『こういうとき大体どこかに古代兵器がある』
『偏見』
『過去五百年の航路閉鎖理由で、古代兵器由来と後日確定した事例は0.018%』
『データ持ってくる奴が来た』
『0.018%もあるのかよ』
『銀河広いからな』
「真面目にやってる人いるじゃん」
ミナが横から見ている。
「遊びだからこそ真面目にやるんだろ」
「根拠なしで二十点入れた人が言う?」
「今反省してる」
五点くらいにしておけばよかった。
◇
『宇宙クジラだ』
いつの間にか来ていたポルカが言った。
「お前までクジラ派か」
『大きいのだろう』
「何が?」
『問題が』
「そこからクジラにはならないだろ」
ミナが別のページを見つけた。
「過去の答え合わせもあるよ」
「答え合わせ?」
【答え合わせ:第二一四輸送路・四年前の臨時閉鎖】
『機密指定解除きた』
『原因:輸送船から脱落した全長六百メートルの建築資材』
『ただの落とし物じゃん』
『六百メートルは「ただの」で済ませていいのか』
『人工物派なら部分点ある?』
『ないです』
『宇宙クジラは?』
『いませんでした』
『また負けた』
『次こそいる』
「ずっといるんだな、クジラ派」
「人気なんじゃない?」
『今回は当たる』
「お前、いつからそっち側になったんだよ」
銀河のどこかには、本当に宇宙クジラと呼ばれるような生物がいる。
だから余計にたちが悪い。
◇
結局、第六〇七航路が閉鎖された理由は分からなかった。
報道機関も公開情報以上の内容は持っていないらしく、航路変更と迂回経路を中心に伝えている。
分からないなら仕方ない。
俺は別のページを開いた。
しばらくしてミナもどこかへ行ったが、ポルカだけはまだ予想スレを見ている。
「そんなに気になる?」
『クジラかもしれない』
「もう好きにしろ」
平和な午後だった。
◇
同じころ。
第六〇七航路から約二・四光年離れた監視宙域では、宇宙軍情報災害対策局と航路管理局の合同班が作業を続けていた。
観測室中央には周辺宙域の星図が表示されている。
ただし、第六〇七航路の一部だけは座標情報を除いて表示が制限され、観測記録にも厳重な閲覧制限が設定されていた。
「民間船の退避、完了しました」
「航路側の情報遮断は?」
「正常です。詳細情報の外部流出なし。一般向け告知も予定通り公開されています」
責任者が文面を確認する。
《航行安全上の問題が確認されたため、第六〇七航路を一時閉鎖します》
「問題なし」
若い職員が首を傾げた。
「これだけで納得しますかね」
「航路を使う者に必要なのは、通れないことと迂回経路だ」
「理由を知りたがる者はいるでしょう」
「いるだろうな」
責任者は否定しなかった。
第六〇七航路では現在、一つの異常天体が確認されている。
より正確に言えば、
詳細に確認すること自体が推奨されない天体
だった。
その天体は、自身について一定以上の情報を得た知的生命体を何らかの方法で認識し、その位置へ向かって移動を開始する可能性が高い。
現在分かっている性質を一般向けに説明すると、
《詳しく知ると来るかもしれません》
になる。
「それを公表しますか?」
責任者が尋ねた。
若い職員は少し考えた。
「……しない方がいいですね」
「私もそう思う」
銀河には好奇心の強い者が多い。
公表すれば調べる者が出る。
詳しく調べる者も出る。
直接見に行こうとする者も出る。
過去の事例を考えれば、最後の一つについては「おそらく」を付けなくてもいいかもしれない。
「関連検索の状況は?」
別の担当官が端末を確認する。
「通常範囲です。重力異常、海賊、新型兵器、航路設備故障、古代兵器、大型生物など」
「当該天体に直接つながる検索は?」
「基準値以下です」
「なら問題ない」
「ああ、それと宇宙クジラが増えています」
責任者が顔を上げた。
「なぜ?」
「航路が閉鎖されると毎回増えるそうです」
「……通常範囲だな」
「はい」
銀河市民は今日も好き勝手なことを考えている。
正常だった。
◇
翌朝。
第六〇七航路について新しい発表が出た。
《安全確認が完了したため、第六〇七航路の運用を再開します》
《閉鎖期間中、人的・物的被害は確認されていません》
「結局、何だったんだろうな」
朝食を食べながら記事を閉じる。
「被害なかったならいいんじゃない?」
ミナはもう興味を失ったらしい。
『クジラではなかったのか』
ポルカはまだ諦めていなかった。
「クジラだったとも書いてないだろ」
『違ったとも書いていない』
「書いてないことから答えを作るな」
昨日から何を見ていたんだ。
公式発表に書かれている範囲では、
第六〇七航路に航行上の問題があった。
関係機関が対応した。
安全確認が完了した。
人的・物的被害はなかった。
それ以上は、分からない。
分からないものを勝手に決めつけないのは、怪異や魔法だけの話ではないらしい。
嘘はついていません。
全部話したとも言っていません。
【TIPS:公的情報の正確性】
銀河社会では、公的機関が《確認済みの事実》として虚偽の情報を発表することは、多くの地域で厳しく制限されている。
観測技術だけでなく、独立した情報機関、魔法、超能力、種族固有の知覚など、事実確認に利用できる手段が非常に多いため、意図的な虚偽を長期間維持することは難しい。
そのため、
確認できたものは事実として発表する。
確認できていないものは断定しない。
公開できないものは非公表とする。
という方式が広く定着している。
もちろん、非公表指定そのものにも記録と審査が必要になる。
嘘をつかないことと、何でも話すことは別である。
【TIPS:第六〇七航路一時閉鎖】
《閉鎖理由:航行安全上の問題》
《閉鎖期間:十一時間四十二分》
《人的被害:なし》
《物的被害:なし》
《対応:完了》
《詳細:非公表》
以上の発表内容に虚偽はない。
閉鎖期間中、
《第六〇七航路 宇宙クジラ》
および類似語句を検索した利用者は、銀河全域で八万二千四百十一名確認されている。
宇宙クジラはいなかった。
今回は。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
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それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




