第10話 給料の使い道を考えるのは楽しい
今回のお題:銀河時代の「初任給で買ってみたいもの」
給料が入った。
朝起きて端末を確認すると、口座残高の数字が昨日よりかなり増えていた。
宇宙軍の訓練生になってから、初めて受け取るまとまった給与である。
「おお……」
思わず声が出た。
飯が出る。
寝床がある。
そのうえ給料まで出る。
俺が宇宙軍を選んだ理由はいくつかあるが、この分かりやすさはかなり大きかった。
そして今、実際に金が入った。
施設にいたころ、必要なものは用意されていた。だからこそ、自分で稼いだ金の使い道を自分だけで決めるのは初めてだった。
問題は、
「何に使おう」
である。
◇
まず給与明細を開いた。
《基本給与》
《訓練生勤務加算》
《艦内居住調整》
《異種環境適応加算》
《特殊事象接触加算》
《個体別装備補助》
《その他》
「多いな」
基本給与と訓練生勤務加算は分かる。
艦内居住調整も、船で生活していることに関係するのだろう。
異種環境適応加算はゼロ。
《ながと》の標準環境で普通に生活できる俺には関係ないらしい。
個体別装備補助もゼロだった。
その下で指が止まる。
《特殊事象接触加算:三件》
「……何これ」
詳細を開いた。
《対象記録は安全管理規定に基づき自動集計されています》
《個別記録の一部は閲覧権限外です》
「三件も何したんだ、俺」
最近の出来事を思い返す。
ラジオ体操をした。
幽霊について習った。
魔法事故への対処訓練もやった。
談話室を片付けたら、一・八トンの古い椅子が出てきた。
翻訳機を切られて、毛玉のような相手を振動で追い払ったこともある。
並べると、普通の訓練生活なのか少し不安になってきた。
だが、どれが《特殊事象接触》なのかは分からない。
そもそも訓練そのものが加算対象なのかも知らない。
もう一度詳細を開く。
《個別記録の一部は閲覧権限外です》
「教えてくれないのか」
支給されている以上、正規の給与ではある。
それなら、
「まあいいか」
ありがたくもらっておこう。
◇
「何に使う?」
昼前、食堂でミナに聞かれた。
「まだ決めてない」
「初めての給料でしょ?」
「だから困ってる」
端末には、朝から何度も確認している口座残高が表示されている。
増えた数字を見るのは楽しい。
だが、いざ使おうと思うと急に惜しくなる。
向かいでは、ポルカの青白い炎がゆっくり揺れていた。
『使わなければ減らない』
「正しいけど、お前から聞きたい答えじゃないな」
『なぜだ』
「もっと豪快に使いそうだから」
『偏見だ』
「ごめん」
「ミナは?」
「少し残して、あとはこれかな」
ミナが端末をこちらへ向ける。
小さな透明容器。
中では淡い光の粒子が漂っている。
「何これ」
「香り」
「光ってるけど」
「そういう香り」
「そう」
俺の知っている香りとは少し違うらしい。
少し離れた席にはケイロもいた。
話が聞こえたらしく、四本の腕の一本を上げる。
「俺は工具」
「仕事用?」
「趣味用。四本同時に使えるやつが欲しい」
「そんなのあるんだ」
「あるにはある。ただ二本腕向けより種類が少ないし、高い」
ケイロは四本の腕を見る。
「服もそうだけど、腕が増えると地味に金がかかるんだよ」
「便利そうなのにな」
「便利だぞ。金もかかる」
身体構造が違えば、欲しいものも出費も違う。
当然といえば当然だった。
「ハジメは本当にないの?」
「欲しいもの自体はあるんだよ」
ゲーム。
ネットサービスの有料プラン。
個人端末の拡張機能。
欲しいものはいくらでもある。
ただ、初任給で最初に買いたいかと言われると、少し違う気がする。
何となく食堂の注文画面を眺めた。
普段なら標準メニューから選ぶだけだ。
だが今日は、画面の端にある項目が目に入った。
《嗜好メニュー・追加注文》
「そういえば、開いたことないな」
押す。
「高っ」
反射的に閉じかけた。
熟成肉。
天然海産物。
希少植物。
歴史的調理法の再現料理。
何十光年も離れた星系から運ばれてきた食材まである。
いつものメニューにはなかった価格表示が、こちらにはしっかり付いていた。
「これにしようかな」
「何?」
「飯」
ミナが首を傾げる。
「今から食べるじゃん」
「いつものじゃなくて、こっち」
嗜好メニューを見せる。
「ああ。追加の方ね」
普段の食事は生活保障の範囲内だ。
俺とポルカで必要な栄養源がまるで違っても、そこで財布を出すことはない。
だが、希少な食材や、わざわざ遠方から運ぶ料理まで無制限に同じ扱いではないらしい。
生きるための飯は出る。
それ以上の贅沢は自分で払う。
分かりやすい。
『これがよい』
ポルカが一つを示した。
《恒星表層環境再現・超高温調理コース》
「俺、食える?」
『一部は』
「全部食えるやつを勧めてくれ」
ケイロも画面を覗き込む。
「これは?」
《古式再現料理・地球系文化圏》
「地球系?」
「ハジメの系統に近いんじゃないか?」
「たぶん」
内容を開く。
焼いた肉。
ソース。
野菜。
「普通だな」
「嫌なの?」
「いや。むしろ安心した」
値段を見る。
口座残高を見る。
もう一度値段を見る。
「……これにする」
注文確定。
口座残高が減った。
「ああ……」
「使うためのお金でしょ?」
「分かってるけど、数字が減ると悲しい」
初めて知った。
金は入ると嬉しい。
出ていくと悲しい。
銀河標準暦が二十八万年を超えても、そこは変わらないらしい。
◇
料理が来るまで少し時間がある。
俺はネットを開き、
《初任給 使い道》
で検索した。
当然のように大量に出てくる。
【宇宙軍訓練生だけど初任給入った。何買えばいい?】
『最初に貯蓄分を分けて、残りで好きなもの買え』
『全部使って次の支給日まで後悔するところまでが伝統』
『守らなくていい伝統だろ』
『ゲーム環境更新した。後悔はない』
『旅行。配属後だと行きにくくなる場所もある』
『義肢の外装を新しくした。性能変わらないけど格好いい』
『恒星』
『初任給で買えるものを言え』
『命名権なら場所によって買える』
『恒星そのものじゃないのか』
『当たり前だ』
「危うく恒星を買うところだった奴がいるな」
「買えないでしょ」
ミナが横から言う。
「銀河広いから、どこかでは買えるかもしれない」
「そう言われると自信なくなる」
さらに読む。
『うちの母星では初任給で家族に食事を奢る』
『うちは逆に家族が同額くれる』
『うちは一部を燃やす』
『比喩?』
『物理』
『なんで』
『昔は煙を祖先に届ける意味があった。今は専用施設でやる』
『思ったよりちゃんと理由あった』
銀河が広い。
最後に、妙にまともな書き込みを見つけた。
『軍属なら生活基盤がある程度保障されているから、給与全部を当面の生活費として持っておく必要は薄い。ただし将来の転属、除隊、転職まで考えるなら貯蓄はしておいた方がいい。
出身地と配属地で物価が大きく違う場合もある。
結論。少し残して、少し使え。初任給なんだから、一つくらい記念になるものを買ってもいい』
「まともだ」
「ネットにもまともな人はいるよ」
「知ってるよ」
昨日は航路閉鎖の原因に宇宙クジラを賭けていたけど。
あれとこれとは別である。
◇
やがて料理が運ばれてきた。
皿の中央には、きれいに焼かれた肉。
野菜。
ソース。
香りもいい。
ただ、見た目だけなら普段の食事とそこまで違わない。
「これであの値段か……」
「まだ言ってる」
ミナは呆れている。
肉を切って口に入れる。
柔らかい。
そして、
「……うまい」
「どう?」
「うまい」
「それだけ?」
「うまいものは、うまいでいいだろ」
もう一口。
普段の食堂の料理だって十分うまい。
種類も多いし、俺の体調や活動量に合わせて栄養も調整される。
でも、これは必要だから食べているわけではない。
自分で稼いだ金を使って、
「食べてみたい」
と思ったものを注文した。
それが少しだけ特別だった。
「初任給、何に使った?」
ケイロが聞く。
「肉」
「いいじゃん」
『次は恒星表層環境再現を食え』
「食わない」
『一部は食える』
「全部食えるようになってから勧めてくれ」
◇
夜。
寝る前に、もう一度だけ給与明細を開いた。
《特殊事象接触加算:三件》
「やっぱり気になるな」
詳細は一部閲覧権限外。
三件分を合計すると、今日食べた料理より少し高い。
つまり俺は、何だったのかよく分からない三件のおかげで、今日の贅沢分を取り返してなお余っている。
「……まあいいか」
端末を閉じる。
給料は入った。
肉もうまかった。
明日も寝床はあるし、朝になれば普通に飯も食える。
今のところ、それで十分だった。
なお。
《特殊事象接触加算》の対象となった三件について、ハジメ本人は一件も、
「特殊事象に接触した」
とは認識していない。
【TIPS:銀河経済】
恒星系をまたぐ交易が日常化した現在では、広い範囲で利用できる共通決済基盤が普及している。
ただし、銀河全体が一つの通貨、一つの市場、一つの物価で統一されているわけではない。
惑星、コロニー、種族圏などには独自の通貨や経済圏も数多く残っている。宇宙軍の給与は転属や長距離移動を前提としているため、広い地域で利用可能な形式で支給される。
同じ金額で、同じものが買えるとも限らない。
恒星エネルギーを大量利用できる地域ではエネルギーが安い。
巨大農業コロニーでは食料が安い。
特殊な魔力環境を持つ惑星では、他地域なら希少資源になるものが日用品として売られていることもある。
反対に、その地域では生産できないものを遠方から運べば高価になる。
そのためネット上では定期的に、
「この惑星、水より宇宙船用燃料の方が安いぞ」
「うちでは水が燃料なんだが」
「話をややこしくするな」
という会話が発生する。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
面白かったら評価・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




