第11話 ラジオ体操はまだまだ奥が深い
今回のお題:簡単そうに見えて、実際にやると難しい身体の動かし方
片方の手だけ別の動きをする、特定の場所だけ力を抜く、左右で違う動きをする――。
「できそうなのに、やってみると難しい」動きがあれば教えてください。
今日の《基礎身体操作Ⅰ》も、いつものラジオ体操から始まった。
腕を上げ、伸ばし、身体を横へ倒して戻す。
何度も繰り返してきた動きだ。
見た目だけなら、最初のころとそれほど変わっていないと思う。
「そこまで」
一通り終わる前に、師匠が止めた。
「今日はここから少し変える」
「新しい動きですか?」
「いや。同じ動きだ」
師匠はそう言って、俺と同じように腕を上げた。
特別な動きには見えない。
普通に腕を上げているだけだ。
「今度は、余計な力を抜いてやれ」
「余計な力?」
「お前は腕を上げるだけで、肩も首も背中も一緒に固めている。必要なところはそのままでいい。いらない力だけ抜け」
「そんな細かく分けられるんですか?」
「分けろ」
簡単に言う。
とりあえず、もう一度腕を上げた。
「肩」
「もうですか?」
「もうだ」
まだ腕を上げただけである。
肩を意識して下げる。
すると腕まで少し下がった。
「抜きすぎだ」
少し戻す。
「肩に入った」
「これ、正解あります?」
「ある」
「よかった」
「自分で探せ」
「よくなかった」
力を入れるだけなら簡単なのだ。
重いものを持つなら踏ん張ればいい。
速く動きたいなら強く動けばいい。
だが、
「必要なところに、必要なだけ」
と言われた途端、自分の身体がよく分からなくなる。
人体の構造なら知識としては知っている。
ブレインインストールには主要な筋肉、関節、神経系の働きも入っている。
どの筋肉が腕を動かすか説明しろと言われれば、たぶんできる。
それを自分の身体で細かく使い分けられるかどうかは、別だった。
「もう一度」
腕を上げる。
「首」
やり直す。
「腰」
もう一度。
「今度は肩が戻った」
「一個直すと一個増えるんですが」
「最初はそんなものだ」
その言葉を信じていいのかは分からない。
ただ、師匠には全部見えているらしい。
俺には分からない。
自分の身体なのに。
◇
同じころ。
教育艦の航法管制では、予定航路からの微細な偏差が検出されていた。
推進器、航法装置、重力制御。
すべて正常。
船体への攻撃や異常干渉も確認されていない。
それでも船体には、進行方向とは別の向きへ、ごく弱い力が継続して加わっている。
原因は判明していた。
「外部付着個体、生命活動に変化ありません。休眠状態を継続しています」
観測画面には、《ながと》の船体後部へ身体の一部を預けるように漂う巨大生物が映っていた。
半透明の身体は長く伸びている。
《暫定推定全長:約三千二百キロメートル》
現在も分類作業中。
「専門班からの回答は?」
「刺激せず、自然離脱を待つようにとのことです。敵対行動は確認されていません」
「航行への影響」
「補正可能な範囲です。ただし、対象を刺激しないよう急激な出力変動は避けるよう要請されています」
「了解」
危険性が確認されていない。
航行にも重大な支障はない。
なら、無理に排除する必要もない。
専門班の指示に従い、観測を続けながら必要な分だけ航路を補正する。
それで済む案件だった。
「新たな大型反応を検出」
観測担当が報告した。
「同型個体の可能性があります」
航法担当が画面を見る。
「進路は?」
「本艦です」
新しい反応が、ゆっくりと《ながと》へ近づいている。
偶然通りかかった可能性も検討された。
だが、ほどなく別の報告が入る。
「付着中の個体から、断続的な信号を確認しています」
「内容は?」
「解析班では、危険警告、縄張り主張、求愛行動の可能性はいずれも低いとしています」
「では?」
「暫定解析ですが――安全な休息場所の共有に近いのではないかと」
航法担当は観測画面を見た。
そこには教育艦がある。
「……ここか?」
「位置情報との相関を見る限り、おそらく」
銀河の平和と安全を担う人材を育成する教育艦は現在、
大型宇宙生物から、
「ここ、休むのにいいぞ」
と紹介されていた。
◇
休憩に入ってからも、俺は自分の肩を動かしていた。
力を入れる。
抜く。
入れる。
抜く。
今まで意識したこともなかったが、やってみると案外難しい。
完全に抜けば腕まで動かなくなる。
腕を上げようとすれば、また肩や首が固くなる。
気になって端末から《基礎身体操作Ⅰ》を検索してみると、かなり古い訓練生向け掲示板が引っかかった。
『《基礎身体操作Ⅰ》を取るなら覚悟しろ。しばらく続けても、見た目には大して何も変わらない。身体の使い方が少し分かるようになるだけだ』
「説得力あるな……」
今のところ、本当にそれだけである。
続きを読む。
『以前より転びにくくなった』
『長時間動いても疲れにくくなった』
『重い物を持ったとき腰を痛めなくなった』
便利そうではある。
ただ、宇宙軍の訓練生が選択科目としてわざわざ身につけたい能力かと言われると、やはり地味だ。
さらに下へ送る。
『三年目くらいから、たまに周りがおかしなことを言い始める』
「…………」
そこで本人の書き込みは終わっていた。
返信欄。
『何を言われたんだ』
『三年も続けたのか』
『そもそもあの科目に三年目があることを初めて知った』
投稿者からの返事はない。
時期を見ると、以前師匠が話していた昔の受講者と一致する可能性はある。
だが名前もない。
確かめようがなかった。
「師匠」
「なんだ」
「これ、ずっと続けると何ができるようになるんです?」
端末を見せる。
師匠は画面ではなく、俺を見た。
「自分の身体を、自分で動かせるようになる」
「今も一応、自分で動かしてますけど」
「そう思っているうちは、まだ先だな」
「分かるような、分からないような」
「今はそれでいい」
「三年くらいやれば分かります?」
「人による」
「便利な言葉ですね、それ」
「事実だから仕方ない」
掲示板の続きを聞き出すのは諦めた。
◇
二個体目の大型宇宙生物は、《ながと》の近くまで来ると相対速度を落とした。
しばらく船体周辺を漂う。
そして先行個体から少し離れた位置へ身体を寄せた。
「二個体目、活動量低下」
「休眠か?」
「その可能性が高いです」
「最初の個体からの信号は?」
「継続しています」
「まだ呼ぶつもりか」
答えるように、遠距離観測装置が新しい反応を捉えた。
一つではない。
「同型と思われる大型反応、さらに二つ。本艦へ接近中」
専門班へ追加照会。
ほどなく回答が届く。
《対象種に集団休眠習性の可能性あり》
《安全が確保されている限り刺激を避けることを推奨》
航法担当は表示を読んだ。
「集団とは、何個体からなんだ?」
「現在照会中です」
「そうか」
知りたいような。
知りたくないような。
《ながと》は予定航路をわずかに修正した。
三千キロを超える大型生物たちを起こさず航行を続けるための、ごく小さな変更だった。
巨大な身体を起こさないため、《ながと》も必要な分だけ動いていた。
◇
「足にも力が入っている」
「腕を動かしてるんですが」
「腕を動かすたびに、足の指まで床を掴む必要はない」
言われて意識すると、確かにつま先へ妙な力が入っていた。
抜いてみる。
身体が少し揺れた。
「不安定になりました」
「今まで余計な力で固めていたからな。全部抜くんじゃない。必要な分は残せ」
「結局、入れるんですね」
「必要な分はな」
どうやら、
「力を抜け」
を、そのまま受け取った時点で間違っていたらしい。
何度か繰り返す。
そのうち一度だけ、妙に軽く腕が上がった。
「……あれ?」
いつもより楽だった。
でも、何が違ったのか分からない。
「今のだ」
師匠がすぐに言う。
「今の何が違ったんです?」
「自分で考えろ」
「師匠、たまに教えるの放棄しますよね」
「答えを聞いて再現できるなら、とっくに教えている」
「それもそうか」
もう一度やってみる。
今度は普通だった。
さっきの感覚を追いかけるほど、肩や背中へ余計な力が入る。
師匠は何も言わず見ている。
もう一度。
そのとき、足元の感覚が少しだけずれた。
揺れたというほどでもない。
身体がほんのわずかに横へ持っていかれる。
反射的に踏ん張ろうとして、
やめた。
崩れた分だけ足を動かす。
それだけで、拍子抜けするほど簡単に姿勢が戻った。
「今のはいい」
師匠が言う。
「これも?」
「ああ。最初のころなら、もっと大きく崩していた」
「全然分かりませんけど」
「そのうち分かる」
「今の揺れ、訓練です?」
「違う」
「ですよね」
そこまで仕込まれていたら、この授業を見る目を改めるところだった。
結局、その後も同じ動作を繰り返した。
最初の軽い感覚を完全に再現することはできなかった。
授業の終わり。
「師匠」
「なんだ」
「最初のころよりは、マシになってます?」
「なっている」
「どれくらいです?」
師匠は少し考えた。
「ようやく、自分が余計なことをしていると気づき始めたくらいだな」
「まだそこですか」
「そこが分からなければ、直しようもない」
確かにそうなのだが。
もう少し達成感のある言い方をしてほしかった。
◇
《ながと》の周囲には、最終的に四個体の大型宇宙生物が集まった。
いずれも敵対行動なし。
船体付近で休眠。
航行への影響は許容範囲。
専門班からも現状維持の判断が出された。
数時間後。
最初の個体が活動を再開した。
《ながと》からゆっくりと身体を離し、大きく伸びるように動いてから遠ざかっていく。
残りの三個体も順番に目を覚ました。
そして先行個体を追うように、観測範囲の外へ消えた。
最終報告。
《接触による被害:なし》
《航行への影響:軽微》
《対象:自然離脱》
予定されていた訓練にも、大きな変更はなかった。
◇
その日の夜。
俺は居住区でネットを眺めていた。
昼間の妙な揺れについて調べたわけではない。
あの程度なら船内で感じることはあるし、俺に何かする必要があれば通知が来るだろう。
いつものように適当な話題を流し読みしていると、見覚えのある連中が騒いでいた。
『教育艦航路付近で超大型宇宙生物の観測情報あり』
『宇宙クジラ?』
『暫定分類では違う』
『まだ確定してないならクジラの可能性は残ってる』
『宇宙クジラ予想民、今月十三敗目』
『まだ月の半分だぞ』
「相変わらずだな」
少しだけ続きを読んで、端末を閉じる。
今日言われたことを思い出した。
必要なところに、必要なだけ力を入れる。
余計な力は抜く。
言葉にすれば簡単だ。
実際にやると、腕を一本上げるだけでも難しい。
それでも今日は、一度だけできたらしい。
船がわずかに揺れたときも、前より自然に身体が動いた。
何が変わったのかは、まだ上手く説明できない。
たぶん、そういうものなのだろう。
次もできるかは分からない。
まあ。
またやればいいか。
【TIPS:ある宇宙生物の休息行動】
宇宙空間には多種多様な生物が存在し、その生態もさまざまである。
恒星間を移動するもの。
一つの星系からほとんど動かないもの。
宇宙船や人工構造物の周辺を生活圏とするもの。
今回へ接触した種は、移動途中に安全な場所を発見すると、そこで一時的に活動を休止する性質を持つ。
また、安全な休息場所を発見した個体が同種へ情報を共有する習性があり、条件が合えば複数個体が同じ場所へ集まる。
休息場所は天然天体とは限らない。
温度、重力場、周辺環境などの条件さえ合えば、宇宙船や人工構造物が選ばれることもある。
なお、巨大で宇宙を泳いでいる生物を何でも「宇宙クジラ」と呼ぶ文化は、複数の文明圏で独立して発生している。
分類学者には評判が悪い。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
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それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




