第12話 知らなくても困らないことは知らされない
今回のお題:自分には関係ないけど、なぜか気になってしまうお知らせ
校内放送、館内放送、町内放送、掲示板のお知らせなど。
別に自分が対象ではないのに、妙に内容を覚えているものがあれば教えてください。
朝食を食べていると、食堂内に放送が流れた。
《連絡します。本日、第六食堂第二配膳口の点検を行います。点検中は第一、第三配膳口をご利用ください》
パンをちぎりながら聞き流す。
昼には終わるらしい。
たぶん俺には関係ない。
周囲を見ても、反応した訓練生はほとんどいなかった。何人かが配膳口を見た程度で、食堂はそのまま朝食を続けている。
その直後。
向かいに座っていたケイロの端末へ通知が届いた。
「今日、第四運動区画が使えないらしいな」
「そうなのか?」
「点検だと。午後に使おうと思ってたんだが」
「そんな通知、俺には来てないぞ」
「今来た」
俺の端末には何もない。
隣を見ると、ミナも別の通知を確認していた。
「こっちは恒星光利用区画の一部制限。設備調整みたい」
「俺だけ何も来ないんだけど」
「使わないからじゃない?」
確認する。
第四運動区画には予約を入れていない。
恒星光利用区画も普段は使わないし、今日の予定上、近くを通る必要もない。
つまり、
「知らせる必要がないのか」
「そういうことじゃない?」
考えてみれば当たり前だった。
《ながと》には大勢の人員が乗っている。
生活環境も違う。
使う設備も違う。
訓練内容も違う。
艦内で起きることを全部、全員へ通知していたら、一日中端末が鳴り続けることになる。
俺たちがまとめて「艦内放送」と呼んでいるものも、実際には対象ごとに分かれている。
全員に必要なら全艦へ。
特定の区画や設備を利用する者だけに必要なら、その対象者へ。
それ以外の情報も公開範囲に応じて記録されており、必要なら自分で確認できる。
仕組み自体は知っていた。
ただ、
「どれくらいあるんだろ」
「何が?」
「俺に来てない通知」
ミナが少し考えた。
「たくさんあるんじゃない?」
その答えは正しかった。
◇
朝食を終えてから、端末で艦内情報を開いてみた。
自分宛てではない。
公開されている通知全体だ。
《居住区環境調整》
《格納庫機材搬入》
《訓練区画予約変更》
《設備点検》
《通路一時閉鎖》
《食事提供場所変更》
「多いな」
想像していたよりずっと多い。
そして、そのほとんどは俺に関係がない。
第八環境区画では、現地時間十四時から降雨が予定されていた。
船内で雨を降らせるのかと思ったが、湿潤環境を必要とする種族向けの区画らしい。
大型個体用通路では搬入作業。
《一時的な利用可能高:十二メートル》
「十二メートルで制限される側か」
銀河は広い。
世の中には、知らなくてもいいことがある。
さらに眺めていると、少し前の日付に見覚えのある時刻を見つけた。
《外部大型生物接近に伴う航路微調整》
「……これか」
ラジオ体操をしていた日だ。
あのとき、足元の感覚が一瞬だけずれた。
師匠は訓練ではないと言っていたが、それ以上は気にしていなかった。
詳細を開く。
《大型宇宙生物が本艦周辺で一時的に活動を休止》
《敵対行動:なし》
《船体損傷:なし》
《航行への影響:軽微》
《対象:自然離脱》
そこまではいい。
《確認個体数:四》
「四匹いたの?」
知らなかった。
一個体でも推定全長は三千キロメートルを超えている。
そんなものが四匹も《ながと》の周囲で休んでいたらしい。
その間、
俺はラジオ体操をしていた。
通知対象を確認する。
《対象:航法、機関、外部作業担当ほか》
《一般乗員の行動変更:不要》
俺は入っていない。
危険なし。
行動変更の必要なし。
俺が知ったところで、何かできるわけでもない。
「それでいいのか」
少し考える。
「……いいのか」
少なくとも船は無事だった。
◇
そこから先は完全に興味だった。
自分には届かなかった通知を眺めていると、同じ船の中とは思えない情報が次々に出てくる。
ある区画では気圧が変わり、別の区画では照明波長や重力方向が変わる。用途すら分からない設備の点検もある。
《ながと》は一隻の船だ。
でも、中にいる全員が同じ環境で暮らしているわけではない。
俺が毎日使っている食堂や訓練区画なんて、この船全体からすればほんの一部なのだろう。
そんなことを考えながら流していると、見覚えのある単語が目に入った。
《地球系統文化圏》
通知元は、艦内の食事提供を管理する部署だった。
《本日予定していた地球系統文化圏由来の発酵食品特集は、搬入および保存環境の都合により、第八環境区画内の提供設備へ変更します》
「へえ」
少し興味がある。
給料をもらってから、標準提供以外の食事にも少し手を出すようになった。
地球系統文化圏由来なら、ネットで見た古い地球料理に近いものもあるかもしれない。
発酵食品。
豆。
乳製品。
その辺りなら、そこまで変なものではないだろう。
詳細を開く。
《発酵鉱物》
「そっち?」
もう一度見る。
《発酵鉱物》
読み間違いではない。
「鉱物って発酵するのか?」
『種類による』
横から声がした。
いつの間にか食事を終えたポルカが、俺の端末を覗き込んでいる。
「食べたことある?」
『ある。美味しいものもある』
「美味しくないのもあるんだ」
『食べ物だからな』
「それはそうだ」
『行く?』
提供場所を確認する。
《第八環境区画》
さっき、雨を降らせると書いてあった場所だ。
「なんでそこで出すんだ?」
詳細によると、食品の保存環境だけではなく、今回の特集を主に利用する種族の生活環境も考慮した結果らしい。
さらに注意書き。
《当該区画への入場には、環境条件に適合しない種族の場合、適切な環境適応装備が必要です》
「飯を食いに行くだけなんだけど」
そこまでして食べたいかと言われると迷う。
料理の画像を見る。
発酵鉱物。
どう見ても鉱物だった。
「いや。今回はやめとく」
『そうか』
ポルカは普通に行くらしい。
地球系統文化圏は広い。
たぶん、俺が思っているよりずっと広い。
◇
夕方。
今度は俺の端末へ通知が届いた。
《第六食堂利用予定者へ》
《夕食時間帯の混雑が予想されています》
「俺宛てだ」
今日は第六食堂で夕食を取る予定にしている。
だから届いたのだろう。
少しして更新。
《混雑予測を上方修正しました》
《時間をずらすか、代替食堂の利用を推奨します》
「何があるんだ?」
朝から区画閉鎖だの巨大宇宙生物だのを見ていたせいで、少し身構える。
詳細を開いた。
《本日の限定デザート》
予定数に限りがあるため、利用者が集中すると予測されているらしい。
「それは混むな」
納得した。
三千キロメートルを超える宇宙生物が四匹、《ながと》の周囲に集まった。
俺には通知が来なかった。
限定デザートで食堂が混む。
俺には通知が来た。
どちらもシステムとしては正しい。
俺に関係があるのは、後者だった。
とりあえず。
今日は少し早めに夕食へ行こうと思う。
【TIPS:艦内情報伝達】
多数の種族が利用する艦船では、情報を伝える方法も一つではない。
音声。
文字。
光。
色彩変化。
振動。
匂い。
温度変化。
電磁信号。
精神波。
受信する種族に適した方法が使用される。
軍用自動翻訳システムの非言語情報処理とも連携しているため、同じ「放送」であっても、全員が同じものを見たり聞いたりしているとは限らない。
特に全艦一斉放送や緊急放送では、対象者が確実に認識できる形式へ変換されたうえで伝達される。
なお、伝達手段が音声でなくても、艦内ではまとめて「放送」と呼ばれることが多い。
匂いで届いても、放送である。
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