第13話 宇宙船の怪談には公式回答があるらしい
今回のお題:学校や職場、地元にあった「正体を知ったら意外と普通だった噂」
怖い話だと思っていたら設備の音だった、立入禁止だと思っていた場所がただの倉庫だった、など。
逆に、理由を聞いても結局よく分からなかった噂があれば、それもぜひ教えてください。
自由時間の過ごし方は、その日によって少し違う。
食堂へ行くこともあれば、訓練区画に寄ることもある。特に予定がなければ、俺はだいたい端末を開いてネットを見る。
今日も夕食を済ませたあと、訓練生用の共用区画で掲示板を適当に流し読みしていた。
訓練の愚痴。
食堂の新メニュー。
教官の話。
装備の使い方についての質問。
真面目な情報に混じって、わざわざ調べるほどでもない話や、誰が書いたのかも分からない妙な話が大量に流れている。
俺はそういうものを眺めるのが好きだ。
そんな中、一つの古いスレッドが目に留まった。
《教育艦の怪談・奇妙な噂総合》
「こういうのあるんだ」
開いてみる。
幽霊の目撃談。
消える通路。
勝手に動く設備。
存在しないはずの部屋。
誰も使っていない場所から聞こえる声。
思った以上に種類が多い。
本当なら、怪談として書き込む前に報告した方がよさそうな話まで混ざっていた。
最初に目についたのは、昔からあるらしい一件だった。
《《ながと》には存在しない第百八十三食堂がある》
《ながと》には食事を提供する区画が大量にある。
種族によって必要な大気も温度も重力も食べられるものも違うので、単に「食堂」と呼ばれている施設だけでもかなりの数になる。
それでも、第百八十三食堂という名前には覚えがない。
続きを読む。
《第百八十三食堂ならあるぞ》
《ない。検索しても出ない》
《旧区画番号》
《じゃあ怪談じゃないじゃん》
《営業時間外に行くと誰もいないらしい》
《営業時間外ならそうだろ》
「もう答え出てない?」
さらに遡る。
《それ公式に載ってる》
「公式?」
貼られていたリンクを開くと、銀河統合宇宙軍の艦内情報ページだった。
《艦内既知事象・誤認例情報》
ずいぶん堅い名前だ。
検索欄へ《第百八十三食堂》と入力する。
《旧第百八十三食堂》
《過去の区画再編以前に使用されていた施設番号。現在は複数の職員用飲食・休憩区画へ再編されており、旧名称のみが俗称として残存している》
「あるんだ」
正確には、昔あった。
存在しない食堂へ迷い込む怪談かと思ったら、昔の施設名がいつまでも残っているだけだったらしい。
そこで閉じてもよかった。
でも、別のところが気になった。
軍が、こんな噂にまで公式情報を用意している。
◇
「何見てる?」
声をかけてきたのはケイロだった。
隣の席へ腰を下ろし、四本ある腕のうち二本で飲み物を持ち、残りの二本で端末を操作している。
「《ながと》の怪談」
「暇そうだな」
「自由時間だからな」
ケイロは俺の端末を覗き込んだ。
「第四運動区画の鏡は?」
「何それ」
「鏡を見ると、腕が一本多く映るってやつ」
ケイロには腕が四本ある。
「ケイロなら五本になるのか」
「そういう話だな」
「俺なら三本?」
「たぶん」
それは見たくない。
公式情報を検索する。
すぐ出た。
《第四運動区画・姿勢補助表示》
多肢種族が運動フォームを確認するため、鏡面へ補助映像を重ねる機能があるらしい。
身体構造や設定によっては、予測位置を示す補助像が実際の肢のように見える場合があるという。
「腕じゃなかった」
「知ってた」
「知ってて言ったの?」
「有名だからな」
ケイロは普通に飲み物を飲んでいる。
次。
《誰も予約していない訓練室が、深夜になると使用中になる》
自律訓練機材の自己診断。
《第三居住環の第七昇降機が、深夜だけ存在しない階層に止まる》
保守運転。
通常利用時とは異なる整備経路へ移動するため、利用者向け階層表示と一致しない番号が一時的に出るらしい。
《誰もいない通路で「お疲れさまです」と声をかけられる》
夜間清掃担当者。
「設備の話、多いな」
「でかい船だからな」
確かに《ながと》には、俺の知らない設備も、入ったことのない区画もいくらでもある。
生活している種族まで違うのだから、自分にとって見慣れないものが存在するのは当然だった。
ポルカが持ち出した『後ろから同じ色の炎がついてくる』という噂も、確認すれば別の炎体種が通行していただけだった。
ケイロが四本の腕を組んだ。
「俺たちからすれば、暗い場所で二本腕の奴が立ってる方が目につくこともあるぞ」
「俺たちって?」
「同じ種族の連中」
「なるほど」
見慣れているものが違えば、
「変なもの」
の基準まで違うらしい。
◇
しばらく読んでいると、少し雰囲気の違う噂が出てきた。
《第二十二機関補助区画の第九通路では時計が合わなくなる》
そこを通ったあと、個人端末の時計が数秒ずれていたという報告が何度かあるらしい。
公式情報にも項目はあった。
《第二十二機関補助区画における標準時刻表示について》
《当該区画に設置されている標準時刻表示設備について、現在異常は確認されていない。個人端末との表示差を確認した場合は、端末診断を実施すること》
《当該区画の設備詳細については回答しない》
「回答してないな、これ」
「嘘は書いてないだろ」
ケイロの言う通りだった。
標準時刻表示設備に異常はない。
それ以上は書いていない。
第九通路で何をしているのかまでは、俺たちには公開されていないらしい。
前にも似たようなものを見た。
書かれていることは正しい。
書かれていないことまでは分からない。
俺はそれ以上調べず、次へ進んだ。
《艦内図に載っていない扉を見た》
「これはちょっと嫌だな」
《ながと》には保守用の出入口や仮設隔壁も多い。
単なる見間違いという可能性は十分ある。
公式情報。
《艦内図と一致しない構造物について》
《既存設備、保守用構造物、作業用仮設隔壁等との誤認例が複数確認されている》
《ただし、艦内図および現在位置情報と一致しない構造物を確認した場合、自身で詳細確認を行わず、位置情報と確認時刻を添えて艦内安全管理部門へ報告すること》
「これだけ注意事項が多いな」
「見に行く?」
「行かない」
ケイロが聞き終わるより早く答えた。
「即答だな」
「正体不明のものを見つけても、自分で確かめに行くなって習ったからな」
幽霊だろうが、変な扉だろうが同じだ。
正体を勝手に決めない。
余計な接触を増やさない。
記録して、必要なら担当部署へ報告する。
少なくとも、
「面白そうだから開けてみよう」
という選択肢はない。
◇
しばらくすると、飲み物を持ったミナがやってきた。
「何の話?」
「《ながと》の怪談」
「怪談?」
「それに公式回答がついてる」
ミナは空いている席へ座り、俺の端末を覗き込んだ。
いくつか読んでから、《艦内図に載っていない扉》のところで止まる。
「これ、前にやった実習と同じだね」
「俺も思った」
基本は変わらないらしい。
「でも、怪談そのものは禁止しないんだ」
「そこ、俺も気になった」
ページの説明を読む。
大勢が生活する巨大艦では、設備の誤認、古い呼称、異種族の生活習慣、保守作業などをきっかけに噂が自然発生する。
完全になくすことは難しい。
強く禁止すれば、今度は表へ出なくなる。
そして、ごく一部ではあるが、
噂の元になった目撃情報が安全上重要な事象だった例も存在する。
「噂を報告するんじゃなくて、実際に見たものを残しておくんだ」
ミナが言った。
「そうみたいだな。いつ、どこで、何を見たかが分かれば、別の報告と比較できる」
「それを確かめるために見に行ったら本末転倒だけど」
「そこは習ったしな」
怪談を調査する必要はない。
見たものを報告すればいい。
それでも公式ページにわざわざ注意書きがある。
つまり、
「いるんだろうね」
「何が?」
「確かめに行く人」
俺は怪談スレッドを見た。
「いるだろうなあ」
◇
その日の夜。
俺は宿舎へ戻るため、一人で通路を歩いていた。
夜間照明へ切り替わった艦内は、昼より少し暗い。
壁面の誘導表示が淡く光り、ときどき作業用の小型機械が静かに通り過ぎていく。
昼にいろいろ読んだせいか、普段なら気にも留めない保守扉まで妙に目についた。
単純なものである。
曲がり角を抜けたところで、
「お疲れさまです」
後ろから声をかけられた。
一瞬だけ足が止まる。
振り返る。
少し先に、作業服姿の人物がいた。
暗くて種族まではよく分からない。
その人物はこちらへ軽く頭を下げると、そのまま別の通路へ曲がっていった。
昼に読んだ項目を思い出す。
夜間清掃担当者。
「お疲れさまです」
俺も普通に返し、そのまま宿舎へ向かった。
少し歩いてから、なんとなく端末を開いた。
現在地周辺の夜間作業予定を確認する。
「…………」
今いる区画に、
清掃予定はなかった。
足を止める。
気にはなる。
だが、戻って確認する理由はない。
その場で安全管理部門の簡易報告画面を開き、位置情報と時刻を添えた。
《当該区画で作業服姿の人物を確認》
《夜間清掃担当者と思われるが、公開作業予定と一致しないため報告》
送信。
十秒も経たずに返信が来た。
《報告を受領しました》
《現在位置から通常経路で移動してください》
《当該人物への再接触は不要です》
「ですよね」
俺はそのまま宿舎へ向かった。
警報は鳴っていない。
避難指示もない。
安全管理部門から言われたのも、
「普通に帰れ」
という意味のことだけだった。
◇
翌朝。
該当区画が封鎖されたという通知はなかった。
事件が起きたという話もない。
掲示板にも新しい情報はない。
昨日見た人物が誰だったのかは、結局分からなかった。
公開予定に載っていない職員だったのかもしれない。
別の用事で通った誰かだったのかもしれない。
安全管理部門が確認した結果、何も問題がなかったのかもしれない。
俺には分からない。
でも、
必要なら向こうで処理するだろう。
端末を閉じる。
少なくとも、
「気になるから追いかける」
を選ばなくてよかったことだけは確かだった。
【TIPS:外れ値】
大量のデータを扱っていると、全体の傾向から大きく外れた値が混ざることがある。
センサーの誤差。
機器の故障。
入力ミス。
偶然。
原因はさまざまであり、一つの外れ値だけを見て重大な異常だと判断することはできない。
しかし、互いに独立した複数の観測で似た外れ方が繰り返された場合、それまで誤差として扱われていた情報が別の意味を持つことがある。
このため、大規模な軍事施設や艦船では、明らかな誤りと確認できない情報を即座に捨てず、一定期間保存して他の記録と照合する仕組みが用いられている。
目撃報告も、その一つである。
一人が、
「変なものを見た」
と言っただけなら、見間違いかもしれない。
百人が、別々の時間に、同じ場所で、同じものを見た。
そうなると少し話が変わる。
なお。
百人全員が同じものを見間違えていた事例も存在する。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
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それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




