第8話 娯楽とは楽しんだ者勝ちである
今回のお題:銀河のどこかにありそうな「何が面白いのか分からない遊び」
休日である。
訓練なし。
講義なし。
呼び出しなし。
予定表を何度確認しても、本当に何も入っていなかった。
素晴らしい。
朝食を済ませた俺は、居住区の共用スペースで端末を開いた。
今日は一日ネットを見る。
完璧な計画だった。
『遊ぶぞ』
ポルカが来るまでは。
「何して?」
『遊ぶ』
「だから何を」
ポルカは答えなかった。
何も考えていなかったらしい。
そこへ飲み物を持ったミナがやってきて、俺たちを交互に見る。
「娯楽区画にでも行く?」
「また?」
「いつものところじゃなくて、奥の方」
「奥?」
《ながと》の娯楽区画なら何度か使ったことがある。
映像を見たり、ゲームをしたり、軽く身体を動かしたり。訓練生が暇を潰す場所としては、ごく普通だ。
ただし俺が使ったことがあるのは、入口近くの共用区画くらいだった。
ミナが艦内案内を開く。
「多種族対応区画。私も全部は知らないけど」
『行こう』
ポルカは即決した。
「俺、ネット見る予定だったんだけど」
「明日でも見られるでしょ」
それはそうだ。
俺は端末を閉じた。
◇
「広くない?」
「広いな」
『普通だ』
「お前の普通は信用してない」
共用娯楽区画のさらに奥。
入口の時点で、普段使っている場所とは雰囲気が違った。
《身体運動型》
《感覚刺激型》
《思考型》
《社会交流型》
《集合意識型》
《時間感覚変動型》
《身体分離対応》
《高温・高圧環境型》
「最後の方、本当に娯楽の分類なのか?」
「利用する種族にとってはそうなんじゃない?」
ミナが一覧を下へ送る。
《低刺激休養区画》
《無音環境区画》
《無光環境区画》
《完全静止型娯楽》
《捕食行動代替型》
《追跡行動代替型》
「遊びに来たんだよな?」
『そうだ』
「訓練区画より物騒に見えるんだけど」
説明を読むと、軍艦における娯楽設備は単なる暇潰しではないらしい。
種族によっては、特定の運動、刺激、社会交流などが長期間不足すると、身体機能や精神状態へ影響が出る。
逆に刺激を遮断しなければ十分に休めない種族もいる。
そのため大規模艦では、娯楽や休養も生活環境の一部として整備されている。
「軍って遊ぶことまで真面目なんだな」
「長期航行中に全員調子を崩すよりいいでしょ」
「それはそう」
設備を用意する側は真面目だった。
遊ぶ側は、そこまで考えていないようだ。
目の前では、三メートルほどある球形の種族が巨大な輪の中を高速で転がりながら歓声を上げている。
何が楽しいのかは分からない。
楽しそうではある。
◇
「これなら分かりやすそう」
ミナが最初に選んだのは、三人で参加できる追跡ゲームだった。
半透明の競技空間を、小さな光の塊が飛び回っている。
《目的:対象を捕獲してください》
「簡単じゃん」
『捕まえればいい』
「やっと普通のが来たな」
競技開始。
光の塊は速かったが、動きには癖があった。
右へ二回。
急上昇。
少し止まって左へ。
何度か見れば読める。
俺は進路を先回りし、一分ほどで捕まえた。
《捕獲成功》
《勝者:ハジメ》
「よし」
続いて別の数字が出る。
《追跡娯楽評価:12》
「……十二?」
最大百。
ミナは七十三。
ポルカは九十一だった。
「待って。俺が勝ったよな?」
「勝ったね」
『下手だな』
「勝ったのに!?」
詳細を開く。
この競技では、捕獲結果だけではなく、そこへ至る追跡行動も評価されるらしい。
急接近。
回避。
反転。
駆け引き。
予想外の動き。
相手を追い詰めてから、あえて逃がす行為まで評価対象に入っている。
つまり俺は、
最短経路で終わらせすぎた。
「効率よく勝ったのに十二点って何なんだよ」
「遊びだからじゃない?」
「ゲームで効率を求めて何が悪い」
『つまらない』
「お前にだけは言われたくない」
ポルカは、捕まえられる場面で三回ほど光を逃がしていた。
あれが高得点だったらしい。
ゲームには勝った。
遊びには負けた。
納得できない。
「初めてなら、最短で終わらせない方がいいぞ」
隣から声がした。
見ると、同じ訓練服を着た男がこちらを見ていた。
灰色がかった皮膚。
腕は四本。
上の二本で端末を操作しながら、下の二本で飲み物と菓子を持っている。
「経験者?」
「昨日やった」
「点数は?」
「八十六」
「高いな」
「捕まえる方法が分からなくて、二十分追い回した」
「結果的に高得点だっただけじゃねえか」
「そうとも言う」
男はケイロと名乗った。
同じ訓練生だが、所属する基礎班が違うので今まで話したことはなかったらしい。
「次、何やるんだ?」
そう聞きながら、もうこちらに混ざる気でいる。
「まだ決めてない」
『なら私が選ぶ』
ポルカが案内を操作した。
嫌な予感がした。
◇
《恒星表層観賞室》
「俺たち入れる?」
『観覧室ならな』
「お前だけ別室?」
『そうだ』
俺とミナとケイロは、強化隔壁の向こうにある観覧室へ入った。
その先では、ポルカを含む高温環境種族たちが巨大な立体映像を囲んでいる。
映っているのは恒星だった。
正確には、恒星表面の観測映像らしい。
プロミネンスが伸び、プラズマが流れている。
『鳥だ』
ポルカが言った。
「どこが?」
『あそこだ。翼がある』
「炎しか見えない」
「私も炎」
ミナも首を傾げた。
ケイロはしばらく眺め、
「俺には魚に見える」
と言った。
『見る目がない』
「魚の方が近いだろ」
「どっちも分からない」
どうやら、恒星表面の形を何かに見立てる遊びらしい。
ポルカたちはかなり盛り上がっている。
俺はしばらく見てから気づいた。
「これ、雲見て『あれ犬に見える』とか言うのと同じじゃないか?」
「ああ」
ミナも納得した。
「たぶん同じだね」
「使ってるものが恒星なだけで」
急に身近になった。
文明がどれだけ進歩しても、遊びの中身はそれほど変わらないのかもしれない。
規模がおかしいだけで。
◇
「次は俺が普通のを選ぶ」
さっきから「普通」の基準を揺さぶられ続けている。
もっと分かりやすいものが欲しい。
探して見つけたのは、カードゲームに近い遊びだった。
数字と記号の書かれた札を配り、手札を隠したまま相手の出方を読んで勝負する。
「これだよ。こういうのでいいんだよ」
ポルカがルールを読む。
『なぜ情報を隠す』
「ゲームだから」
『共有した方が効率がいい』
「ゲームだから」
『手札は無作為に配られる』
「そうだよ」
『不公平ではないか』
「それ込みで考えるのが面白いんだよ」
『分からん』
ケイロも手札を見ながら首を傾げた。
「相手が何を持っているか分からないのを楽しむ遊びか?」
「そう」
「分からないことを楽しむなら、さっき恒星見て形を当ててたのと変わらなくないか?」
「…………」
言われてみれば。
ミナが笑う。
「ハジメの普通も、外から見ると変なんじゃない?」
「俺は普通だと思ってたんだよ」
『皆そう思っているのではないか』
反論できなかった。
俺たちは一回だけ遊んだ。
ポルカは最後まで情報を隠す意味に納得していなかったが、三回ほど嘘をついた。
「お前、分かってるじゃねえか」
『勝つためだ』
「楽しんでる?」
『勝つのは楽しい』
それなら十分なのかもしれない。
◇
帰ろうとしたところで、開放区画に人だかりができていた。
一定距離先に円形の目標がある。
参加者は小さな球をそこへ飛ばす。
中心に近いほど高得点。
それだけだった。
「……これだけ?」
「これだけみたい」
《投射型遊戯・標準簡易規則》
《競技物を指定位置から目標へ移動させてください》
《目標中心部に近いほど高得点となります》
「普通だ」
今日初めて心からそう思った。
ただし、参加者を見ると投げ方は普通ではなかった。
二本腕の種族は手で投げる。
尻尾のある種族は尻尾で飛ばす。
口腔器官から勢いよく吐き出す者もいる。
別の参加者が球に触れず浮かせた瞬間、
《当競技区分では外部作用能力は禁止されています》
警告が出た。
「念動力は禁止か」
「そりゃ強いでしょ」
その隣では、液体状の参加者が身体の一部を分離しようとしていた。
《競技物として競技者自身を使用しないでください》
「その注意書き必要なんだ……」
「必要だったんだろうな」
ケイロが妙に納得している。
「やろう」
今日はもう、ネットへ戻る気はなくなっていた。
『やるぞ』
ポルカが参加登録した。
「お前こういうの好きだな」
『投げればいいのだろう』
「まあ」
俺も球を受け取った。
手の中に収まる、何の変哲もない球。
なんとなく懐かしい。
施設にいたころも、似たようなことをして遊んだ。
ちゃんとしたゲームはいくらでもあったのに、丸めた何かを箱へ投げて、
入ったら一点。
遠ければ二点。
その程度のルールで妙に盛り上がった。
そのうち誰かが箱を動かし、投げる側も走り始め、最終的には紙を投げ合って職員に怒られた。
何が面白かったのかは説明しにくい。
でも楽しかった。
「ハジメ?」
「ああ」
ミナに呼ばれて意識を戻す。
線の前に立った。
狙う。
投げる。
球は目標の端へ当たり、そのまま外へ転がった。
《得点:3》
「低い」
「うるさい」
ケイロが続く。
上の二本の腕で球を構え、下の二本で身体のバランスを取った。
投げる。
《得点:82》
「腕四本はずるくない?」
「二本しか投げるのに使ってないぞ」
「残り二本で姿勢取ってるだろ」
「生えてるんだから仕方ないだろ」
ミナは七十四点。
普通にうまい。
最後はポルカ。
『見ていろ』
「普通に投げろよ」
『分かっている』
ポルカが球を持つ。
投げた。
飛んでいく途中で、球が赤くなった。
「あ」
目標へ届く前に煙が出る。
《競技物の熱損傷を確認》
《失格》
「お前も下手じゃねえか」
『楽しんだ』
「失格だぞ」
『だが楽しかった』
まったく気にしていない。
すでに新しい球を受け取ろうとしている。
「もう一回やる気?」
『次は燃やさない』
「さっきも分かってるって言ったよな」
結局、もう一回やった。
さらにもう一回。
その次も。
ケイロまで残った。
気づけば、一時間以上経っていた。
◇
「俺、今日は一日ネット見るつもりだったんだけどな」
「楽しかった?」
ミナが聞く。
「まあ」
『なら問題ない』
ポルカが言った。
今日やった遊びを思い返す。
効率よく勝ったら評価が低かった追跡ゲーム。
恒星の模様を見て、鳥だ魚だと言い合う遊び。
手札をわざわざ隠し、相手が何を持っているか考える遊び。
ただ物を目標へ投げるだけの遊び。
どれも外から見れば、何が面白いのか分からない。
たぶん俺が好きなネットサーフィンも、興味のない者から見れば、延々と無関係な情報を辿っているだけだ。
考えてみれば、娯楽に正解なんて必要ないのだろう。
楽しんだ者勝ちである。
『次こそ百点を取る』
ポルカが投射ゲームの方を見る。
「まず球を燃やさないところから始めろ」
競技では負けていた。
本人は勝ったつもりらしい。
【TIPS:宇宙軍における娯楽設備】
長期航行を行う宇宙艦では、娯楽・休養設備も生活環境の一部として扱われる。
多種族社会において、「休む」「遊ぶ」「気分転換をする」という行為は必ずしも同じ形にはならない。
激しい身体運動を必要とする種族もいれば、完全な静止状態を好む種族もいる。
強い感覚刺激を必要とする者もいれば、逆に刺激を遮断しなければ十分に休めない者も存在する。
そのため大規模艦艇には、多様な身体構造・感覚・生理に対応した娯楽設備が用意されている。
なお、《何もしないこと》を娯楽として好む種族向けの専用区画も存在する。
利用者からの評価は高い。
何もないためである。
【TIPS:投射型娯楽の収斂】
物体を一定の地点へ飛ばし、その距離や精度を競う遊びは、銀河各地の文明で独立して確認されている。
手、脚、尾、口腔器官、体内圧、翼、触手など、物体を飛ばす方法は種族によって異なる。
使用する物体も、球体、円盤、棒状物、液体、食物などさまざまである。
歴史上ほとんど交流のなかった文明でも類似した遊びが発生していることから、空間認識能力の訓練、狩猟行動の名残、運動学習による報酬など複数の説明が提案されている。
統一的な結論は出ていない。
なお、
「的のようなものを見ると、とりあえず何かを飛ばしたくなる」
という説も存在する。
学術的な支持は低い。
現場での支持は高い。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
面白かったら評価・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




