第7話 宇宙船ではゴミを捨てるのも難しい
今回のお題:宇宙船の片付け中に出てきそうな「捨てていいのか分からないもの」
宇宙船は、自分で掃除できる。
床に落ちたゴミは回収され、壁の汚れも勝手に落ちる。空調は塵や有害物質を除去し、必要なら区画ごと殺菌までしてくれる。
人類が何十万種族も暮らしているせいで衛生基準はやたら複雑だが、その辺りも機械が面倒を見てくれるらしい。
便利な時代である。
だから朝の予定表に、
《艦内環境保全実習》
と書かれていても、特に疑問は持たなかった。
実習区画へ行くまでは。
◇
「掃除?」
目の前に並んでいるのは、モップ、布、収納箱。それから用途の分からない清掃器具がいくつか。
隣ではミナが手袋を装着し、ポルカが道具を眺めていた。
「この船、清掃は自動じゃなかったか?」
「床とか壁はね」
『今朝も清掃機が通っていた』
「じゃあ、この道具は何なんだよ」
二人とも答えない。
知らないらしい。
集合した訓練生たちの前に教官が立った。
背後には大きな扉。
《第三共用談話室》
「この区画は本日午後から改装に入る。お前たちには内部の残置物を整理し、正午までに部屋を空にしてもらう」
扉が開いた。
そして、掃除の意味を理解する。
「……多いな」
物が溢れていた。
机や椅子だけではない。
古い端末、箱、棚、訓練器具らしきもの、用途不明の容器、壁の装飾品。天井近くには網のようなものまで張られている。
ここ数年、この部屋は談話室というより共用物置に近い使われ方をしていたらしい。
歴代の訓練生が、
「あとで使う」
と置いていったものが、そのまま積み重なっている。
「自動清掃機では、これは片付けられん」
教官が言った。
「備品、私物、廃棄物、文化物、食品、生体由来物。外見だけでは区別できない物品もある。現行備品台帳と旧規格一覧を参照し、所有者が確認できる私物は返却。備品は所定の場所へ移動。廃棄可能なものだけ処分しろ」
「ゴミかどうかを俺たちが決めるんですか?」
「勝手に決めるな。調べて決めろ。判断できなければ《要確認》へ回せ」
「ですよね」
最近、この手の授業では最初に「勝手に判断するな」と言われることが多い。
「なお、午後の改装開始時刻は変更されない。時間内に終わらなければ、お前たちの午後の予定を変更する」
「何に?」
「片付けの続きだ」
それは嫌だった。
俺たちはすぐに作業を始めた。
◇
最初の十分で分かった。
宇宙軍の談話室を片付けるとき、見た目はほとんど信用できない。
「これ、ゴミでいいよな?」
床の隅に、半透明の薄い板が落ちていた。
俺の腕くらいの長さで、端が少し割れている。どう見ても梱包材か何かだ。
ミナが一度見て首を傾げた。
「待って。それ、脱皮殻じゃない?」
伸ばしかけた手を引っ込める。
「誰の?」
「知らない」
「じゃあ余計に触りにくくなったんだけど」
端末で非接触走査する。
《生体由来物質》
《所有者情報:確認不能》
そこへポルカが覗き込んだ。
『食えるぞ』
「選択肢を増やすな」
『私の種族なら燃料になる』
「それは食えるって言うのか?」
『食える』
「今はそこじゃない」
結局、《要確認・生体由来物》として専用容器へ移した。
処分していいかは管理側が判断する。
次に見つけた拳ほどの白い球は、表面が震えたせいで卵に見えたが、正体は握ると硬さが変わる感覚訓練用触覚球だった。
棚の奥から出てきた三本の棒を組み合わせた娯楽用品は、ポルカが一本動かした瞬間に崩れた。五分かけても戻らなかったので、《要確認》箱へ入れた。
◇
片付けを始めて三十分。
分類箱はかなり埋まってきた。
明らかなゴミは意外と少ない。
大半は、
「誰かにとっては必要だったもの」
である。
壁際から出てきた古い通信端末もそうだった。
「これ、すごい古い」
ミナが表面の埃を払う。
外装には傷が多く、今の端末より厚くて重い。
それでも電源は入った。
《最終更新:銀河標準暦二八四八八二年》
「二十九年前?」
「まだ動くんだ」
『何に使う』
「通信端末じゃないの?」
画面へ大きな文字が表示された。
《この端末は第九十四期訓練生有志による対戦ゲーム専用機です》
《業務利用禁止》
「娯楽用品だった」
さらに利用記録。
《最高連勝記録:四千八百十二》
「多くない?」
『暇だったのだろう』
「訓練生って二十九年前から変わってないんだな」
履歴には、
《第九十七期大会優勝機》
《修理十二回》
《画面を殴るな》
など、どうでもいい記録が大量に残っている。
所有者はとっくに卒業済み。
共同利用の私物は規定期間を過ぎているため、本体は廃棄できる。
「どうする?」
ミナが聞いた。
「記録だけ残す?」
「何のために?」
「四千八百十二連勝した奴がいた証拠?」
『必要か?』
「……いらない気もしてきた」
結局、記録データだけ保存して本体は廃棄へ回した。
別に価値のある歴史資料ではない。
ただの古いゲーム機だ。
たぶん。
◇
一時間ほどすると、ようやく床が見えるようになってきた。
機械なら物を運ぶこと自体は簡単だろう。
問題は、
「捨てていいか」
である。
所有権、文化、種族、生理、現在も使用中かどうか。
そこまで含めると、単純なゴミ判定では済まない。
「こういうのも全部、自動化できそうだけどね」
ミナが箱を閉じながら言った。
「できるんじゃない?」
『なら、なぜ我々がやる』
「訓練だからだろ」
俺は次の箱を引っ張り出す。
「ラジオ体操と同じだ。機械にできるかどうかと、俺たちがやるかどうかは別なんだよ」
「慣れてきたね」
「嬉しくない」
そんな話をしながら棚の奥を確認していると、その向こうに妙なものが見えた。
「……何これ」
高さは俺の胸くらい。
黒い。
表面は岩のようにざらついていて、中央だけが大きくくぼんでいる。
周囲の家具がそれを避けるように置かれていたせいで、ほとんど見えていなかったらしい。
ミナが端末を向ける。
《材質:複合鉱物》
《危険物反応:なし》
《生体反応:なし》
《内部エネルギー循環:微弱》
《現行備品番号:確認不能》
「現行にはない」
『旧規格は?』
「そっちも見る」
さっき言われたばかりなので、今回は忘れていない。
旧規格備品一覧で形状と材質を照合する。
《候補:建築材》
《候補:工芸品》
《候補:環境調整装置》
《候補:訓練器具》
《候補:家具》
「ほぼ何でもありじゃない?」
「家具って、これが?」
『中央がくぼんでいる』
「座るところ?」
「座って確かめるのは禁止な」
「まだ何も言ってないよ」
危険反応はない。
だが、何なのか分からない以上、触る理由もない。
今度は区画側の記録を調べる。
二十二年前。
部屋の隅に同じ黒い物体。
三十一年前にもある。
四十八年前にも。
七十年前。
百年前。
ずっと同じ場所にある。
「これ、いつからあるんだ?」
百二十六年前の改装記録を開く。
作業員たちが、黒い物体を避けながら床材を交換していた。
「百年以上あるのに、誰も捨ててない」
「必要なものなんじゃない?」
『その可能性が高い』
「でも何なのか分からない」
三人で黒い物体を見る。
ここで勝手に動かす必要はない。
「管理に聞こう」
「うん」
『それが早い』
◇
数分後。
施設管理の職員が来た。
「確認が必要な物品は?」
「これです」
黒い物体を指す。
職員は一目見て、
「ああ、椅子ですね」
と言った。
「これが?」
「はい」
「どこに座るんです?」
「中央部へ身体を巻き付けます」
「巻き付ける」
「旧式の多肢軟体種向け休息具です。表面の鉱物層で身体を固定し、内部の調整機構で体温と筋緊張を整えます」
座るの定義から違った。
ミナが旧規格検索の結果を見せる。
「一覧でも特定できなかったんですけど」
「画像照合だけだと難しい型ですね。登録された時代は外形情報が必須ではありませんでしたから」
「百年以上ここにあります」
「でしょうね」
「これ、廃棄ですか?」
「いえ。現役ですよ」
「現役?」
職員が管理用端末を操作する。
《旧型多肢軟体種用休息具》
《導入:銀河標準暦二八四七七一年》
《耐用年数:四百年》
《状態:良好》
「あと二百年以上使える……」
「丈夫ですから」
石みたいだしな。
「じゃあ、改装前に移動ですよね」
「別の共用区画へ移設します」
「どうやって?」
「運搬機を呼びます。質量一・八トンありますから」
職員が一度、俺たちを見る。
「触らなくて正解ですよ」
「一・八トン」
さっき「座ってみる?」という流れにならなくて本当によかった。
ポルカが黒い椅子を見る。
『なぜ百年以上、同じ部屋に置かれていた』
「利用者がいたからでしょう」
職員は普通に答えた。
「この艦、長く使われていますからね」
それだけだった。
百年以上動かなかった謎の黒い物体ではない。
百年以上、普通に使われていた椅子だった。
運搬機が到着する。
一・八トンの椅子をあっさり持ち上げ、運んでいった。
長年そこにあったせいで、床にはくっきり跡が残っている。
「知らないものって、まだ結構あるな」
「全部知ってる方が無理じゃない?」
『人類だけでも二十八万種以上いる』
「そう考えると、椅子だけで何種類あるんだろうな」
誰も答えなかった。
数えたくもない。
◇
正午の十二分前。
「終わった……」
談話室は完全に空になった。
思ったより疲れた。
重い物を運んだからではない。
一つ一つ、
「これは何か」
「誰のものか」
「捨てていいのか」
を確認するのが面倒だったのである。
普通のゴミ。
古い私物。
現役の備品。
生体由来物。
娯楽用品。
そして一・八トンの椅子。
見た目だけで片付けていたら、何個か確実に問題になっていただろう。
「掃除って大変なんだね」
ミナが言う。
「掃除はほとんどしてないけどな」
『片付けだ』
「実習名は環境保全だけど」
「便利だな、その名前」
教官が確認に来た。
空になった部屋と、端末上の分類記録を確認する。
「時間内だな。問題なし」
「旧式の椅子、見つけるのに結構かかりました」
「管理へ確認した記録は見た。あれは分かりにくい」
「教官も知ってたんですか?」
「存在は知っている。用途は知らん」
「教官も?」
「俺が二十八万種族分の椅子を覚えていると思うか?」
「思いません」
「なら、必要なときに調べろ。それでも分からなければ、知っている者に聞け」
今日の実習で一番分かりやすい答えだった。
「では退出しろ。これから本清掃に入る」
「本清掃?」
壁の一部が開いた。
そこから小型清掃機が何台も出てくる。
床を走査。
壁面を洗浄。
天井から降りた別の機体が空調口へ入る。
俺たちが二時間以上かけて空にした部屋が、数分でどんどん綺麗になっていく。
「……今から掃除するんですか?」
「そうだ」
「俺たちが掃除したあとに?」
「お前たちがしたのは物品整理だ」
「じゃあ、掃除当番じゃなかった?」
「誰がそう言った」
誰も言っていなかった。
俺が勝手にそう思っていただけである。
清掃機が足元まで来た。
《清掃作業の妨げになっています》
《退室してください》
「はい」
三人で廊下へ出る。
扉が閉まり、室内では清掃機が働き続けている。
「俺たち、掃除には必要なかったな」
「でも片付けには必要だったよ」
『機械でもできるのではないか』
「できるだろうけど、それじゃ俺たちの訓練にならないんだろ」
『面倒だな』
「訓練だからな」
最近、この言葉で納得できることが増えてきた。
あまり嬉しくない。
「昼飯行く?」
「行く」
『行こう』
三人で食堂へ向かう。
午後には、あの部屋はもう別の用途へ変わるらしい。
二十九年前のゲーム機はなくなった。
百年以上使われていた椅子は別の区画へ移った。
宇宙船は広い。
住んでいる種族も多い。
そして文明がどれだけ進歩しても、
「あとで使う」
と置かれた物は、放っておくと増えるらしい。
【TIPS:艦内残置物整理】
宇宙艦艇では、区画の改装や用途変更に伴って残置物の整理が行われる。
現代の自動清掃・管理システムは高性能で、物品の運搬や一般的な廃棄物の判定も自動化できる。
ただし軍では、訓練の一環として訓練生自身に物品の分類や確認を行わせる場合がある。
多種族が利用する施設では、ある種族にとってのゴミが、別の種族にとっては食品、身体の一部、文化物、家具などであることも珍しくない。
そのため、正体の分からない物品を外見だけで廃棄することは推奨されない。
分からなければ記録を調べる。
記録でも分からなければ、知っている者へ確認する。
それでも分からない場合は、分からないものとして保留する。
なお、旧規格で登録された備品が長期間現役で使用されることもある。
耐久性に問題がなければ、椅子は四百年使える。
座り方については、使用する種族による。
【TIPS:長年未解読だった碑文】
銀河標準暦二八四九一一年、百年以上にわたり解読不能とされていた古代碑文の一部が解読された。
碑文については、宗教的戒律、領域宣言、王権の象徴、天体運行記録など、長年さまざまな説が提唱されていた。
今回、現存する少数種族がかつて使用していた筆記法との共通点が偶然発見され、研究チームが再解析を実施。
従来は無関係と考えられていた二つの文化圏に交流が存在した可能性が高まり、銀河考古学上の重要な発見となった。
同時に、碑文そのものの解読にも成功した。
内容は、
『ここに椅子を置くな』
だった。
追加調査により、その直下から異なる筆跡も発見された。
『じゃあどこに置くんだ』
さらに、その下には第三の筆跡。
『知らん』
過去百二十七年間に発表された当該碑文に関する論文は、四千件を超える。
なお、二つの文化圏の交流を示す直接的な文字資料としての価値は本物なので、碑文の学術的価値は解読前より高くなっている。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
面白かったら評価・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




