第6話 魔法は科学的に使用してください
今回のお題:魔法を安全に使うためにありそうな「そんな規則まであるの?」というルール
魔法は便利である。
火を出せるし、水も出せる。物を動かしたり、遠くを見たりもできる。
空間を繋いだり、精神に干渉したり、何かよく分からないものを呼び出したりもできる。
最後の方は、便利で済ませていいのか少し怪しい。
「魔法を使える者、手を上げろ」
教官の声に、教室のあちこちで手が上がった。
二本の腕。
四本の腕。
触手が一本。
少し離れた席では、三つの光点が同時に明滅している。
たぶん、あれも挙手である。
俺は上げない。
魔法は使えない。
少なくとも今の俺には。
右を見ると、ミナは手を上げていた。
「使えるの?」
「少しだけ。生活魔法なら」
「便利そうだな」
「便利だよ」
左を見る。
ポルカはいつも通り青白く燃えていた。
「ポルカは?」
『使わない』
「使えない?」
『使わない』
「違うの?」
『違う』
詳しく聞くと長くなりそうなのでやめた。
教育艦、第八実習区画。
本日の必修科目は《魔法環境安全基礎》。
名前だけなら、そこまで変な授業ではない。
魔法が存在する以上、軍務に就く者が最低限の安全知識を持つ必要はある。
ただ、一つ気になる。
「教官。俺みたいに魔法を使えない奴も、この授業を受ける意味があるんですか?」
教官は答える代わりに、正面の表示を切り替えた。
《魔法事故》
嫌な文字が出た。
「ここで教えるのは魔法の使い方じゃない。死なない方法だ」
「ああ」
そっちか。
「魔法事故は、魔法を使える者だけに起きるわけじゃない。巻き込まれる側にも対処法は必要だ」
それなら納得できる。
「始める」
◇
教官が右手を上げると、掌の上に小さな赤い光が生まれた。
火球だ。
教科書でしか見たことはないが、見た目はそれっぽい。赤く燃えているし、少し離れていても熱を感じる。
いよいよ魔法の授業らしくなってきた。
だが、教官は撃たなかった。
横の計器を見る。
《酸素濃度 正常》
《可燃性物質 規定値以下》
《魔力密度 正常》
《術式干渉 なし》
《艦内環境制御 正常》
《実習用火炎術式 使用条件適合》
すべて確認されてから、ようやく火球が飛んだ。
数メートル先の標的へ命中。
小さく炎が上がり、すぐ消える。
《熱影響 許容範囲内》
《酸素消費 軽微》
《有害物質 検出なし》
《設備干渉 なし》
火球より確認項目の方が多い。
「この手の術式、艦内だと毎回そこまで確認するんですか?」
「条件による。今は訓練だから確認項目を全部見せている」
教官が火球を消した。
「実際には艦内環境監視と術式管理系が常時判定している。登録済みの低危険度術式を、許可された条件内で使うだけなら自動処理される項目も多い」
「じゃあ毎回、全部自分で確認するわけじゃないんですね」
「そうだ。ただし、術式、場所、出力、周辺環境によっては使用者自身の確認や追加承認が必要になる」
正面に一文が表示された。
《術式だけを見るな》
「今の火球そのものには問題がない。だが、酸素濃度が違えば、周囲に可燃物があれば、別の術式が干渉していれば、結果は変わる」
魔法の授業というより、危険物取扱いの講習に近い。
「魔法だからといって感覚だけで扱うな。観測し、記録し、規定に従え」
「魔法なのに?」
どこかから声がした。
「魔法だからだ」
強かった。
教材が切り替わる。
《火炎系》
《冷却系》
《電撃系》
《精神干渉系》
《空間干渉系》
《召喚系》
《その他》
火炎系なら熱と燃焼。
冷却系なら急激な温度変化。
電撃系なら艦内設備への干渉。
精神干渉系には対象と範囲の制限があり、空間干渉系には使用区域や出力に制限がある。
そして《その他》。
またいた。
最後に、《召喚系》だけが赤く表示された。
《指定区域外での無許可使用禁止》
「小型生物でも?」
「術式と対象によるが、勝手に呼ぶな」
「物品なら?」
「術式分類による」
「食事は?」
「食堂へ行け」
正論だった。
◇
「座学はここまでだ」
床の一部が開き、複数の観測端末がせり上がってきた。
実習区画中央には、透明な隔壁で囲まれた小部屋がある。
その照明が落ちた。
「想定。艦内で原因不明の魔力異常を検知」
赤い光が浮かぶ。
そこから伸びた線が円を描き、その内側へ複数の記号が重なっていった。
魔法陣。
これは俺でも分かる。
《課題:安全を確保せよ》
「開始」
「魔力構造を解析します」
「何を使って?」
手を挙げた訓練生が止まった。
「……自分の魔力を接続して」
「不合格」
早い。
一人目が三秒で死んだ。
比喩的に。
「未知の術式へ自分の魔力を接続するな。それで何が起きるか分からないから未知なんだ」
「では観測窓から詳しく――」
「それも待て。詳細な視覚認識を発動条件に含む術式も存在する」
二人目も止まった。
さっきまで前のめりだった訓練生たちが、一斉に慎重になる。
しばらくして、別の訓練生が遠隔観測機を起動した。
直接接触しない。
能動的に術式へ干渉しない。
まず、安全な距離から取得できる情報だけを見る。
別の訓練生が隔離区画と周辺人員を確認する。
俺も手元の端末を開いた。
魔力。
熱量。
空間歪曲。
精神波。
直接近づかなくても測れるものは多い。
「これ、触らなくても結構分かるんじゃないですか?」
「だから最初に観測する」
何人かで測定項目を分担した。
《魔力密度上昇》
《熱量変化なし》
《空間歪曲 微弱》
《精神波 検出なし》
《術式構造 未登録》
最後の一行で手が止まる。
未登録。
嫌な文字だ。
「停止術式を使えば――」
「未登録だぞ」
教官より先に、別の席から声が飛んだ。
「止めたときにどう動くかも分からない」
「あ」
教官が正面へ資料を表示する。
《未知術式発見時の基本行動》
《接近を避ける》
《不用意な干渉を行わない》
《安全な範囲で受動観測》
《区域隔離》
《既知の危険のみ抑制》
《観測記録保存》
《専門部署へ報告》
「また専門部署ですか」
思わず口から出た。
教官がこちらを見る。
「触りたいか?」
赤い魔法陣が静かに光っている。
「いえ」
「なら呼べ」
分かりやすかった。
「ただし、連絡して終わりではない。周辺区域を隔離して人員を退避させる。安全に確認できる範囲で魔力供給源を調べる。関連設備を止めるべきか判断し、それまでの記録を残せ」
専門家が来るまで状況を悪化させない。
それが俺たちの仕事らしい。
魔法陣はまだ光っている。
誰も触らない。
今度は、それが正解だった。
◇
同時刻。
教育艦から十一・二光年。
無人星系KD―八八一、第三惑星。
古代文明調査用の無人観測機が、惑星表面を走る微弱な魔力反応を検出した。
初期判定は自然現象。
十二秒後、人工構造の可能性が追加された。
さらに八秒後、術式構造を確認。
その二秒後。
《規模算出不能》
観測機が高度を上げた。
大陸を横断する線。
海底を走る術式回路。
極地に配置された制御構造。
恒星から惑星へ流れ込む、膨大なエネルギー。
観測範囲が足りなかった理由は単純だった。
惑星そのものが、一つの術式だった。
《術式種別:召喚》
《構築年代:不明》
《術者:不明》
《接続先:不明》
そして、
《起動を確認》
観測機から銀河魔導災害対策局へ、自動通報が送られた。
「惑星級召喚術式。暫定第六種」
「周辺航路は?」
「封鎖済みです」
「供給源」
「主経路は恒星。副経路を捜索中」
「封鎖群は?」
「現地展開中」
「受動観測を継続。直接接触は禁止」
「了解」
誰も惑星へ降りたり、正体を直接確かめたりしようとはしなかった。
分からないものは、分からないまま囲う。
その間に、分かるものだけを測る。
そのための手順だった。
◇
教育艦、第八実習区画。
こちらでは次の教材が表示されていた。
《召喚系術式の安全管理》
画面には、危険生物、敵対存在、召喚対象の暴走といった事故例が並んでいる。
分かりやすい。
教官がそれをまとめて消した。
「今のは、出てくるものの話だ」
代わりに二つの点が現れ、一本の線で繋がった。
《接続先》
「召喚術式は、何かをその場で作っているとは限らない。別の場所と接続している場合がある」
候補として、別惑星、隔離空間、精神領域、人工領域。
そして、
《異なる時間軸》
「異なる時間軸?」
「今は覚えなくていい」
出た。
「大事なのは、接続先が分からない状態で勝手に開かないことだ。すでに開いているなら、状態と供給経路を安全な方法で確認する」
「すぐ閉じるのも駄目なんですか?」
「閉じた結果、こちら側に何が残る?」
質問した訓練生が黙った。
「……分かりません」
「なら、分からないうちは勝手に閉じるな。安全な停止手順が確認できれば止める。できなければ隔離を維持する」
単純だった。
たぶん、単純だから規則になっている。
魔法は思ったより、触らない方がいいものが多い。
◇
無人星系KD―八八一。
《術式完成率:九十一パーセント》
「主供給経路、遮断開始」
九十二。
「副経路を確認」
「既知形式です。遮断可能」
「実行」
九十三。
惑星表面の光が弱まる。
九十四。
空間が歪んだ。
《接続発生》
《接続先:解析不能》
「封鎖維持」
「供給低下を確認」
《供給停止》
《術式停止》
《召喚:未遂》
《人的被害:なし》
《汚染:検出されず》
「接続終了を――」
声が止まった。
《接続先より再接続試行を検出》
「向こう側からです」
「封鎖維持」
《再接続阻止》
二秒後。
《再接続試行を検出》
「二回目」
「そのまま」
《再接続阻止》
三秒後。
《再接続試行を検出》
「三回目です」
「封鎖維持」
《再接続阻止》
四回目は来なかった。
《接続反応消失》
室内に短い沈黙が落ちる。
「追跡しますか?」
「しない」
「接続先は依然不明です」
「だからだ」
記録だけが保存されていく。
「惑星全域を封鎖指定。無人観測を継続。接触禁止」
「了解」
処理は終わった。
少しして、別の声がする。
「報告書、どこが主担当です?」
「発見した調査班」
「第六種指定はこっちです」
「共同名義にしろ」
「了解」
惑星規模の召喚未遂は、報告書の担当部署を残して終了した。
◇
教育艦、第八実習区画。
「最終実習」
俺たちの前で、もう一度魔法陣が光った。
《想定:訓練区画内における術式異常》
《魔力濃度上昇中》
《安全を確保せよ》
「開始」
今度は誰も近づかない。
隔離状態を確認。
周辺人員を確認。
遠隔観測機を起動。
安全に取れる情報だけを揃える。
《術式分類:訓練用》
《外部魔力供給:あり》
《供給経路:一》
《安全停止手順:登録済み》
「供給源、確認」
「停止手順もあります」
別の端末に手順が開かれた。
《出力低下》
《供給経路閉鎖》
《術式停止》
「手順一致」
「教官?」
「続けろ」
担当になった訓練生たちが端末を操作する。
出力低下。
供給経路閉鎖。
最後に術式停止。
赤い魔法陣が静かに消えた。
《判定:合格》
誰も魔法を使わなかった。
それでも終わった。
「覚えておけ。魔法事故を、魔法で解決する必要はない」
教官が俺を見る。
「特に使えないならな」
「はい」
「だが、使えないことと、対処できないことは別だ」
なるほど。
これなら俺にも必要な授業だった。
◇
授業が終わり、実習区画を出る。
ポルカが俺の横に並んだ。
『魔法を習う気になったか?』
「今日の授業を受けて?」
『そうだ』
「むしろ少しなくなった」
「便利だよ?」
反対側からミナが言う。
「安全確認が多い」
「料理だって安全確認するでしょ」
「魔法と料理を一緒にするなよ」
『前に食堂で大量の補給食を持たされていたな』
「あれは俺が頼んだんじゃない」
「今日は?」
「普通の量」
「ハジメの普通、信用できる?」
「俺に聞くなよ。食堂に聞いてくれ」
三人で食堂へ向かう。
少なくとも今からするのは、飯を食うことだけだ。
火も出さない。
空間も繋がない。
何かを呼び出す予定もない。
十一・二光年先では、一つの惑星が新たに封鎖区域へ指定されていた。
もちろん俺は知らない。
今日も銀河は平和である。
たぶん。
【TIPS:魔法安全管理】
魔法は銀河社会の多くの地域で利用されているが、その原理がすべて単一の理論で説明されているわけではない。
同じ現象を起こす魔法でも、文明、種族、術式体系によって理論や構築方法が大きく異なる場合がある。そのため、安全管理では「何が起きるか」「何を観測できるか」「どの条件で再現するか」「周囲へどのような影響を与えるか」が重視される。
すべての魔法使用に、毎回同じ申請や手動確認が必要なわけではない。
登録済みの低危険度術式や日常用途には包括的な許可が設定される場合があり、艦内環境監視や術式管理システムによって自動確認される項目も多い。
一方、高出力、精神干渉、空間干渉、召喚など、危険度や使用場所によっては個別の承認や追加確認が必要になる。
また、未知の術式を発見した場合、不用意な解析、停止、破壊は推奨されない。
解析行為を検知する術式。
停止操作によって起動する術式。
破壊によって蓄積魔力を放出する術式。
長い歴史の中で、だいたい一度は誰かが事故を起こしている。
だから規則がある。
なお、銀河魔導災害対策局では、
「魔法だから分かりませんでした」
は事故報告書の理由として認められていない。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
面白かったら評価・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




