第4話 宇宙船で幽霊を見ても話しかけてはいけない
今回のお題:宇宙船の安全マニュアルに書いてありそうな「そんなことまで注意するの?」という項目
宇宙軍に入ると、いろいろな死に方を教わる。
火災、減圧、放射線、重力制御の故障。魔力漏出、精神波汚染、空間異常。
もちろん、死なないためにである。
◇
教育艦、第四講義室。
今日は必修科目の《艦内安全管理基礎》だった。
教室には何十人もの訓練生がいる。二本腕、四本腕、触手、翼、殻、毛皮。椅子に座っている者もいれば、専用の支持具に収まっている者や、床から少し浮いている者もいた。
右にはミナ。
左にはポルカ。
前方では教官が教材を準備している。
「艦内安全管理の基本手順については、入隊時のブレインインストールで定着している」
火災なら消火。
減圧なら区画閉鎖。
負傷者がいれば応急処置。
警報の種類、避難経路、標準的な報告手順まで、一通りは頭に入っている。
「だが、実際の事故が一種類だけで起きるとは限らん。状況判断、複合災害、例外事例は別だ。だから講義をする」
納得できる話だった。
授業は順調に進んだ。
火災、減圧、重力制御異常、有害物質、設備故障。どれも怖いが、理解はできる。
そして第七項。
《魔力・精神波・情報災害》
これも基本対応は知っている。
不用意に触れない。
距離を取る。
必要なら区画を隔離する。
安全な範囲で記録し、報告する。
問題は、その次だった。
《第八項:死亡者および死亡者に類似する存在との遭遇》
「…………」
教室が少し静かになった。
俺は表示を見直す。
変わらない。
「教官」
「なんだ」
「死亡者に類似する存在って何ですか?」
「これから説明する」
「ブレインインストールにはありませんでしたけど」
「意図的に外してある」
教官が教材を切り替えた。
《接近しない》
《呼びかけない》
《名前を名乗らない》
《指示に従わない》
「異常存在に対する基本的な初動――接触を増やさない、安全距離を取る、必要なら隔離する、記録して報告する。その程度は全員に定着させてある」
教官が表示を指す。
「だが、具体的な異常事例の中には、知ること自体に危険が伴うものもある。直接脳へ定着させる情報は選別される」
「知ってるだけで危険なんですか?」
「場合による」
嫌な答えだった。
「今日扱う教材については、安全性が確認されている。安心しろ」
教室の空気が少し緩む。
「少なくとも、教材として加工された範囲では死亡例はない」
戻った。
「教官、それ安心していいやつですか?」
後ろの席から声が上がった。
「授業を続ける」
答えなかった。
◇
「まず前提として、艦内で死んだはずの人物を見ても、それだけで幽霊だと判断するな」
「幽霊じゃないんですか?」
「幽霊かもしれん」
「どっちです?」
「分からないから判断するなと言っている」
もっともだった。
死亡判定の誤り。
複製体。
遠隔操作体。
精神投影。
時間移動。
並行世界由来の同一人物。
情報生命による人格再現。
見た目が死亡者本人だからといって、正体まで同じとは限らない。
「本人しか知らない情報を答えられたら?」
「証明にならん」
「遺伝情報は?」
「証明にならん」
「精神波パターン」
「証明にならん」
「じゃあ、どうやって本人だと判断するんですか?」
「お前が判断するな」
教官は即答した。
「専門部署へ回せ」
「また専門部署……」
「そのためにいる」
正論だった。
「もちろん、正常な生理現象として個体が分裂する種族や、複数個体で一人格を構成する種族は別だ。登録情報と一致し、安全確認が取れているなら通常対応になる」
つまり、同じ姿が二人いること自体が異常なのではない。
いるはずのない二人目がいることが問題なのだ。
「では事例に入る」
◇
《事例A》
《無人区画を移動中、自分自身の声で「助けてくれ」と呼びかけられた》
「どうする?」
何人かが手を挙げた。
「返事をせず、距離を取ります」
「記録を保存して報告」
「必要なら区画を隔離します」
「正解だ」
「声の正体は?」
別の訓練生が聞いた。
「調査担当が確認する」
「自分で見に行くのは?」
「何のために?」
「……確認?」
「するな」
ですよね。
次の資料が表示された。
《事例B》
《監視映像上で、同一人物が同時刻に複数箇所へ出現している》
「映像を詳しく調べます」
「不合格」
「なぜですか?」
「異常が映像そのものに含まれている可能性がある。権限のない者が勝手に解析するな」
「じゃあ現場を確認します」
「もっと悪い」
教官が淡々と続ける。
「監視システムの状態を保存する。映像の複製、加工、削除は行わない。必要なら該当区域から人員を退避させ、詳細を広めず担当部署へ報告する」
「理由も言っちゃ駄目なんですか?」
「原因不明の段階で、不確かな情報を広げる必要はない」
なるほど。
「でも、その人に双子がいたら?」
教室の端から声が飛んだ。
「その場合は別人だ」
「あ」
教室の何人かが笑った。
「正常に複製個体を作る種族も同様だ。だから最初に登録情報を確認する」
教官が訓練用映像を再生した。
廊下を一人の乗員が歩いている。
数秒後、画面の奥から同じ姿の者が現れた。
さらに反対側からもう一人。
三人になった。
全員が同時に立ち止まる。
そして、
こちらを向いた。
「…………」
教室が静かになった。
映像が止まる。
「以上が訓練用映像だ」
「訓練用なんですか!?」
「教育効果が高い」
確かに覚えた。
「考えられる原因は、映像異常、登録情報の誤り、正規の複製個体、時間現象、擬態存在など多数ある」
「多いですね」
「だから決めつけるな」
◇
《事例C》
《死亡が確認された人物から通信を受信した》
嫌な問題ばかり出てくる。
「通信を切断します」
「勝手に切るな」
「切っちゃ駄目なんですか?」
「こちらの操作が相手側へどう影響するか分からん」
「じゃあ出る?」
「出るな」
「どうしろと」
「軍用通信系が自動的に隔離し、記録を保持したまま通信管理へ転送する」
なるほど。
「本人が『生きている』と送ってきたら?」
「通信管理へ回せ」
「救助要請だったら?」
「緊急度も含めてシステムと担当者が判断する。受信した訓練生が単独で確認するな」
教官は教室を見回した。
「余計なことをしないのも仕事だ」
それなら俺にも向いている気がする。
「今、向いてるって思ったでしょ」
ミナが小声で言った。
「顔に出ていたか」
『出ていた』
ポルカにも言われた。
顔の構造が全然違うのに、なぜ分かる。
◇
《事例D》
《航行中、船外に人物を確認した》
「まず船外活動者の識別情報を確認」
「正解」
教官が頷く。
「宇宙服、船外活動フィールド、真空適応種族など、正常な理由で船外にいる場合もある」
「記録がなかった場合は?」
「窓へ近づくな」
「窓?」
「接触を試みる事例がある」
「船外から?」
「そうだ」
「どうやって?」
「分からん」
教官は真顔だった。
「分からないから近づくな」
強い。
画面に、過去に誤認の原因となった外見的特徴が表示された。
《透明》
《浮遊》
《発光》
《脚部欠損》
《物質透過》
《輪郭不定》
「それだけじゃ判断できなくないですか?」
誰かが言った。
教室のあちこちから同意する声が上がる。
俺も左を見る。
ポルカが青白く燃えていた。
『なぜ見る』
「いや」
『私は透明でも、物質を透過もしない』
「発光してる」
『している』
「浮いてる」
『少しな』
教官がこちらを見た。
「その通りだ。外見だけで判断するな。通常状態で発光する種族も、浮遊する種族も、物理位相が異なる種族も存在する」
「やっぱり」
「昨年度だけで、外見を理由とした異常存在の誤報が三千二百十一件あった」
「多い!」
『誰のせいだ』
「俺を見るなよ」
「種族別の誤報統計は?」
別の訓練生が聞いた。
「公開対象外だ」
ちょっと気になる。
◇
「こうした存在は調査後、原因に応じて分類される」
画面へ項目が並んだ。
《残留思念》
《人格継続体》
《情報生命》
《擬態存在》
《時間残響》
《観測依存存在》
そして最後に、
《分類不能》
「分類不能って分類なんですか?」
「分類できないものを入れる分類だ」
「便利ですね」
「便利だから増える」
「増えてるんですか?」
「一桁多い」
「何と比べて!?」
教官は答えなかった。
聞かない方がいいのかもしれない。
「ここまで聞くと誤解するかもしれんが、霊的存在や人格継続体のすべてが危険なわけではない。法的な人格を認められ、普通に生活している者もいる。軍に勤務している例もある」
「じゃあ、なんで話しかけちゃ駄目なんですか?」
「正体が分かっていない段階だからだ」
教官が六つの単語を表示した。
《契約》《接続》《招待》《認識》《観測》《感染》
「会話、応答、認識そのものが何らかの成立条件になる存在が確認されている」
教室が静かになった。
「だから未知の段階では、勝手に正体を決めるな。接触を増やすな。安全距離を取り、記録し、必要なら隔離して専門部署へ連絡する」
結局そこへ戻るらしい。
「ちなみに、今日説明した事例はすべて、実際の事故または遭遇記録を基に作られている」
聞きたくなかった。
「教官」
「なんだ」
「今のって、全部この船で起きたんですか?」
「では次だ」
「答えてくださいよ」
画面が切り替わった。
《第九項:自己遺体発見時の初動対応》
「待って!?」
教室のあちこちから声が上がる。
「自分の遺体って何ですか!?」
「死んでるんですか!?」
「生きてるから見つけてるんですよね!?」
「質問は後で受け付ける」
受け付ける気がある顔ではなかった。
◇
授業が終わった。
講義室を出ると、廊下では同じ授業を受けていた訓練生たちが、さっそく今の内容について話している。
「脱皮殻だった場合は自己遺体に入るのか?」
「入らないだろ」
「でも元は自分だぞ」
「それ言ったら抜けた毛も遺体になるじゃん」
「我々には毛がない」
「例えだよ」
別の集団でも話題は似たようなものだった。
「船外に誰かいても、普通に真空適応種族かもしれないんだよな」
「だから識別情報を確認するんだろ」
「窓を叩かれたら?」
「専門部署」
「便利だな」
みんな考えることは同じらしい。
『ハジメ』
「ん?」
『後ろにお前がいる』
「…………」
さっきの授業が脳裏をよぎった。
接近しない。
呼びかけない。
名前を名乗らない。
指示に従わない。
振り向くなとは言われていない。
俺はゆっくり振り返った。
壁面表示に俺の姿が映っていた。
「…………」
『いたな』
「反射じゃねえか!」
『私は嘘を言っていない』
「タイミング!」
「ポルカ、それわざと?」
ミナが聞く。
『何がだ』
本当に分かっていないらしい。
そのとき、艦内放送が流れた。
《連絡します。本艦で実施されていた霊的環境適応試験は終了しました》
俺たち三人が止まった。
《現在、一般乗員の行動変更を必要とする異常は確認されていません》
「…………」
《なお、試験開始時と終了時で登録参加者数に差異が確認されています。現在、担当部署が確認中です》
「…………」
周囲の訓練生たちは、そのまま歩いている。
警報は鳴らない。
避難命令もない。
「昼飯行く?」
ミナが言った。
「行く」
『行こう』
三人で食堂へ向かった。
担当部署が確認中なら、俺たちが確認しに行く必要はない。
余計なことをしないのも仕事である。
【TIPS:異常存在への初動対応】
未知の存在や現象を発見した場合、現場の人員に求められるのは、その場で正体を突き止めることではない。
不用意な接触を避け、安全距離を確保する。必要に応じて区域を隔離し、安全な方法で取得済みの観測記録を保持したうえで、適切な専門部署へ報告する。
既知の危険に対して安全な対処法が確立されている場合のみ、その範囲で被害拡大を防止する。
未知のものを勝手に調べない。
未知のものを勝手に壊さない。
未知のものを勝手に助けない。
そして何より、
勝手に正体を決めない。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
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それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




