第3話 昼飯を食べるだけでも命がけらしい
今回のお題:この銀河の食堂にありそうな「誰が食べるんだよ」というメニュー
食事というのは、意外と危険な行為である。
毒を食べれば死ぬ。
これは分かりやすい。
問題は、何が毒なのかが相手によって違うことだ。
現在、銀河社会の現行分類で《人類》に含まれている現存種族は二十八万七千四百十二種。
それだけいれば、食べられるものも当然違う。
肉、魚、野菜、穀物、果物。
ここまでは分かる。
金属や鉱石、魔力結晶を栄養源にする種族もいる。高温の気体、荷電粒子、光、精神情報などを取り込む種族もいるらしい。
他にもいろいろ。
詳しく知らない方が食欲に優しいものもある。
◇
翌日の昼。
教育艦、第二食堂。
午前の訓練を終えた俺は、昼飯を食べに来ていた。
二本脚で歩く者、四本脚で歩く者、床を這う者、浮いている者。椅子を使う者もいれば、身体構造に合わせた支持具へ収まっている者もいる。
食事区画によってテーブルの形も違うし、一部では温度、気圧、大気組成まで局所的に調整されている。
入隊したばかりのころは珍しかった。
今では特に気にならない。
入口の認証ゲートを通る。
《個体認証完了》
《種族情報照合》
《健康状態確認》
《代謝条件確認》
《アレルギー情報確認》
《文化的禁忌情報確認》
《食事提供可能》
「昼飯食うだけなのにな」
確認項目が多い。
ただ、これを省略すると本当に事故が起きるので文句は言えない。
俺は注文端末を開いた。
白米、焼き魚、味噌汁、野菜の煮物、果物。
普通だ。
少なくとも俺にとっては。
こうして毎日、何も考えずに自分が食べられる飯を選べるのはありがたい。
宇宙軍を選んだ理由の一つでもある。
『ハジメ』
呼ばれて振り返った。
青白い炎が浮いている。
「ポルカ」
同期の訓練生、ポルカ。
見た目は人型に近いが、身体の大部分が青白い炎のように揺らめいている。高エネルギー環境に適応した種族で、《ながと》の標準環境では安定化フィールドを使って身体を維持しているらしい。
詳しい仕組みは知らない。
触ると熱いのかも知らない。
試す気もない。
「昼飯?」
『そうだ』
「何食うの?」
『熱』
「熱」
『第三高温炉を予約している』
「食堂で聞く会話じゃないな」
『食堂だが』
「そうだけど」
ポルカの種族は、高温環境から直接エネルギーを取り込む。
つまり、ポルカにとって食事とは熱い場所へ入ることである。
「温度で味とか変わるの?」
『変わる』
「分かるんだ」
『当然だ』
「どんな感じ?」
ポルカの炎が少し揺れた。
『説明が難しい』
「だろうな」
『お前たちが、加熱した生物組織を調理法で食べ分けるのと同じだ』
「言い方」
『違うのか?』
「だいたい合ってるのが嫌なんだよ」
焼き魚を見る。
加熱した生物組織。
急に研究試料みたいに見えてきた。
「でも、そっちから見ると俺たちの食事って怖くない?」
『怖い』
「即答かよ」
『固体を体内へ取り込み、内部で分解する』
「言い方次第で怖くなるな」
『しかも生物由来だ』
「熱を食ってる奴に言われたくない」
『熱は安全だ』
「場合によるだろ」
『食事とはそういうものだ』
妙に深いことを言われた気がする。
「あ、ハジメ」
今度は反対側から声がした。
ミナだ。
同期の訓練生で、外見だけなら俺とかなり近い。手にしたトレーにはパン、スープ、サラダ、デザートが載っている。
「普通だ」
「何が?」
「食事が」
「普通でしょ?」
『普通ではない』
ポルカが言った。
「ポルカ基準で話すと、たぶん何も普通じゃなくなるから」
『失礼な』
ミナが空いている席へトレーを置く。
「ポルカは今日も炉?」
『第三高温炉だ』
「いいなあ」
「羨ましいの?」
「一回入ってみたい」
「死ぬぞ」
「見学で」
「最初からそう言ってくれ」
ミナは食べることが好きだ。
ただし、今トレーに載っているものは、彼女の種族にとって生存に必須の食事ではない。
「そういえば、ミナの主食って恒星光なんだっけ」
「うん。これくらいなら食べなくても問題ないよ」
「じゃあ、なんで毎回食べてるの?」
「美味しいから」
強い理由だった。
『理解できない』
「ポルカだって温度に味があるんでしょ?」
『ある』
「同じじゃない?」
『違う』
「何が?」
『違う』
そこは譲れないらしい。
◇
俺は注文端末へ戻った。
さっき決めた焼き魚定食を選択する。
《提供保留》
「ん?」
もう一度押した。
《提供保留》
「なんで?」
白米を選ぶ。
《提供保留》
味噌汁。
《提供保留》
野菜。
《提供保留》
「飯を食わせてもらえない」
「何したの?」
「何もしてない」
『食堂から拒絶される者を初めて見た』
「そんな大げさな」
詳細を開いた。
《現在の活動状態では通常栄養基準を適用できません》
《必要栄養量を再計算しています》
「量の問題?」
端末が俺の健康情報を確認していく。
《生命兆候 正常》
《代謝機能 正常》
《消化器系 正常》
《アレルギー反応 なし》
《毒性物質 検出なし》
《呪詛反応 なし》
《精神汚染 なし》
《時間軸偏差 許容範囲内》
「後半いる?」
「いるんじゃない?」
『軍だからな』
そういうものか。
さらに表示が続いた。
《軽度筋損傷を検出》
「あ」
「怪我してるの?」
「いや。筋肉痛」
原因には心当たりがある。
ラジオ体操だ。
昨日も今日も、ひたすらやらされた。
《過去二十四時間の活動記録を照合》
《複数回の高負荷運動を確認》
《活動名称:ラジオ体操第一》
「名前だけ見ると健康的なんだけどな」
「ラジオ体操で高負荷になるの?」
「俺もそう思う」
解析が続く。
《睡眠時回復量との不一致を確認》
《継続的高負荷訓練と判定》
《通常栄養基準から高負荷訓練者用基準へ変更》
「昨日の夕食は普通だったぞ」
《昨日の活動記録は単発の高負荷運動として処理されました》
《本日の活動記録により判定を更新しました》
食堂は悪くなかった。
俺の生活がおかしかった。
《本日の推奨栄養摂取量を再計算》
《昼食量を補正》
《午後補給食を追加》
「待って」
端末の奥で機械音がする。
最初に出てきた昼食は、少し大きめだった。
白米、多め。
焼き魚、一匹。
味噌汁、野菜、果物。
「これならまあ……」
続いて隣の受取口が開いた。
補給食。
さらに補給食。
もう一つ補給食。
飲料。
栄養補助食。
そして携行用の小さな容器が二つ。
「…………」
「…………」
『多いな』
全部まとめると、トレー三枚分くらいある。
《昼食としての摂取を推奨する量は第一トレーのみです》
《残りは本日午後の活動量に応じて分割摂取してください》
「ちゃんとしてた」
「当たり前じゃない?」
「一瞬、全部今食えって言われるのかと思った」
『食べればいい』
「無理だよ」
『足りないのか?』
「増やすな」
「何をしてる」
背後から声がした。
嫌な予感がする。
振り返る。
師匠がいた。
「……こんにちは」
「なんだ、その量は」
「食堂に聞いてください」
師匠がトレーを見る。
昼食を見る。
補給食を見る。
携行容器を見る。
そして頷いた。
「妥当だな」
「妥当なんですか?」
「午後も動く」
「聞いてないんですけど」
「今言った」
「そういう問題じゃない」
師匠は自分のトレーを置いた。
米、肉、野菜、汁物。
普通の量だった。
「なんで師匠は普通なんですか?」
「俺は無駄が少ない」
「何の?」
「動きのだ」
師匠は俺の肩と腕を見た。
「お前はまだ力みすぎる。必要のない筋肉まで使い、余計な力を出している。その分だけ疲労も大きい」
「ラジオ体操で?」
「ラジオ体操で」
またこの会話だ。
「身体操作とは、強く動くことではない。必要なところを、必要なだけ動かすことだ」
師匠が俺の補給食を見る。
「今のお前は、それができていない。だから回復に余計な栄養が要る」
「食堂にまで駄目出しされた気分なんですが」
ミナが笑っている。
ポルカの炎も揺れた。
たぶん笑っている。
「ところで」
師匠が二人を見る。
「友人か?」
「あ、はい。同期のミナとポルカです」
「ミナです」
『ポルカだ』
「そうか。俺はガルド・ゼンだ」
「ハジメの教官ですよね?」
「師匠だ」
「師匠?」
「そこ訂正する必要あります?」
「ある」
ミナが俺を見る。
「師匠って呼んでるの?」
「呼ばされてる」
「自発的だ」
「違います」
『師匠』
「うむ」
「反応しないで」
満足そうに頷いた師匠が、自分の食事を始める。
「午後は何するんですか?」
ミナが聞いた。
「午前の続きだ」
「何回?」
「二百回」
「増えてる!」
「午後の方が時間がある」
師匠の言う『一回』には、体操を最後まで通す一周だけでなく、途中で止められて同じ動作をやり直す分まで含まれる。三分の体操を二百周するわけではない。
それでも多い。
「理由になってない!」
俺は目の前の昼食を見る。
その横には、午後用の補給食。
さらに師匠。
午後いっぱい続くラジオ体操。
「……いただきます」
とりあえず魚から食べることにした。
◇
少し離れたところで、食堂の環境表示が切り替わった。
《第二区画 大気組成変更》
《塩素濃度 七十八パーセント》
《対象種族 食事環境適合》
何人かの訓練生が普通にそちらへ入っていく。
誰も気にしていない。
ポルカはこれから炉へ行く。
ミナは恒星光を主食にしているのにデザートを食べている。
俺はラジオ体操のせいで、午後用の補給食まで持たされている。
食事の形なんて、種族と生活によっていくらでも変わるらしい。
少なくとも、魚を一匹食べるだけで済む昼飯は、まだ普通の方なのだろう。
たぶん。
【TIPS:銀河統合宇宙軍食事供給システム】
銀河統合宇宙軍で使用されている食事管理・供給システム。
種族、生理構造、代謝、健康状態、活動量、アレルギー、毒性、文化的禁忌などを参照し、個体ごとに適切な食事や栄養源を提供する。
同じ物質でも、ある種族には栄養となり、別の種族には毒物となることがある。そのため軍施設では、原則として個体認証を通したうえで食事を受け取る。
魔力、精神情報、光、熱、高エネルギー粒子などを栄養源とする種族にも対応。
必要栄養量が多い場合でも、一度にすべて摂取させるわけではない。消化能力、活動予定、休息時間などを考慮し、食事・補給食・携行栄養源へ分割される。
なお、算出結果に疑問がある場合は医療部門へ再判定を申請できる。
訓練量そのものに疑問がある場合は、担当教官へ相談することが推奨されている。
担当教官が原因の場合については、別の規則を参照。
【TIPS:地球系種族】
銀河社会で使用される、歴史的・遺伝的な種族群の呼称の一つ。
古い地球文明との関連が確認、あるいは推定されている複数の人類種を便宜上まとめた名称であり、特定の外見だけを示す分類ではない。
名称に「地球」を含むが、地球系種族すべての最初の祖先が惑星地球で誕生したことを証明するものではない。
その辺りを確定させようとしているのが、人類起源論研究者たちである。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
面白かったら評価・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




