第2話 人類はどこから来たのか
今回のお題:この銀河の討論番組で「絶対に決着しなさそうなテーマ」
専門基礎課程二日目の訓練が終わった。
夕食も食べ、明日の準備も済ませた。あとは消灯まで自由時間である。
俺はベッドに寝転がり、端末を開いた。
さて。
今日もネットの海に潜るとしよう。
俺の趣味はネットサーフィンだ。ニュース、掲示板、動画、百科事典、個人ブログ、都市伝説。気になったものを開き、知らない単語があれば調べ、そこから関連項目へ飛ぶ。
そして気づくと、最初に何を調べていたのか分からなくなっている。
今日もそうだった。
「人類の起源、か」
端末には、そんな記事が表示されていた。
俺はたしか、昨日やらされたラジオ体操について調べていたはずだ。
《ラジオ体操》
《旧地球文化》
《地球文明》
《人類史》
《人類の起源》
「……どうしてこうなった」
まあいい。
ネットサーフィンとはそういうものである。
人類起源論そのものは、俺も知っている。
現在の銀河社会で《人類》と呼ばれているものには、見た目も身体構造もまったく違う大量の種族が含まれている。その連中が、そもそもどこから来たのかを研究する分野だ。
説はいくつもある。
複数の惑星で独立して発生した。
超古代文明によって作られた。
別宇宙から渡ってきた。
現在の宇宙で誕生した生命ではない。
真面目な学説だけでもかなりの数があり、ネット発祥のものまで含めれば数える気にもならない。
その中でも、現在もっとも大きな二つの派閥がある。
《人類単一惑星起源説》
現在の人類の大部分、あるいはその祖となった系統は、遠い昔に一つの惑星で誕生した。その後、宇宙へ広がり、長い年月の中で現在の多種多様な人類へ分化したという説。
そして、
《上位存在の箱庭説》
現在存在する人類の一部、あるいは複数の主要系統が、上位存在によって作られた、改変された、もしくは各惑星へ意図的に配置されたという説。
上位存在そのものが実在する銀河なので、こっちも別に昔話だけを根拠にした説ではない。
もちろん、人類起源論がこの二つしかないわけでもない。
ただ、この二つ。
ものすごくよく争っている。
新しい遺跡が見つかれば揉める。遺伝情報が更新されれば揉める。古代記録が解読されれば揉める。新しい人類種が確認されても揉める。
どちらかに有利な証拠が出たと思えば、しばらくして別の資料が出てくる。
俺が子供の頃から、だいたいそんな感じだった。
詳しい研究内容は知らなくても、この二つの名前くらいは知っている。それくらい有名な論争だ。
だから端末に表示された広告を見ても、驚きはしなかった。
《今夜決着! 人類は一つの星から生まれたのか!?》
「また決着するのか」
去年も決着すると言っていた気がする。
その前の年にも聞いた。
ネットでは定期的に決着しているらしい。
そして定期的に復活する。
《人類単一惑星起源説VS上位存在の箱庭説!》
《二大学説の権威が今夜激突!》
「激突」
学問に使う言葉だっただろうか。
出演者を見る。
単一惑星起源説側は、銀河中央大学比較人類史学研究院教授。地球系種族の末裔で、人類拡散史研究の第一人者。
名前くらいは俺でも知っている。
対する箱庭説側は、銀河古代文明研究機構主任研究員。三つの目、五本の脚、背中に黒と白の翼を持つ、惑星間神話比較学の権威。
こっちも有名だった。
「今回は豪華だな」
番組開始まで、あと三十秒。
暇だし、見てみるか。
◇
『さああああああああ!!』
「うるさっ」
開始三秒で音量を下げた。
『今夜も始まりました! 《銀河大討論――答えが出るまで帰しません》!!』
歓声と拍手。
そして爆発。
「爆発?」
ステージの後ろで炎が噴き上がった。
演出らしい。
巨大な円形ステージの左右には演台が設置され、その周囲を何千もの観客が取り囲んでいる。
念のため番組カテゴリを確認する。
《教育・教養》
「……そうか」
そういう教育もあるらしい。
『本日のテーマはこちら!!』
《人類はどこから来たのか》
会場が沸いた。
『人類起源論最大の論争! 数ある起源説の中でも、長年にわたり最大派閥を形成してきた二大学説が――今夜、再びぶつかります!!』
「再びなんだ」
『まずはァ!!』
左側のステージが照らされた。
『人類単一惑星起源説代表! 銀河中央大学、比較人類史学研究院教授! 人類拡散史研究の第一人者ァ!!』
白髪に眼鏡をかけた老人が、やたら勇ましい音楽とともに歩いてくる。
『教授ー!!』
『やっちまえー!!』
『今日こそ箱庭をぶっ壊せー!!』
「物騒だな」
『対するはァ!!』
照明が落ちた。
暗闇の中で三つの目が開き、続いて黒と白の翼が大きく広がる。
『上位存在の箱庭説代表! 銀河古代文明研究機構主任研究員! 惑星間神話比較学の権威ィィィ!!』
『いけー!!』
『単一起源説を沈めろー!!』
『神話で殴れー!!』
「殴るな」
たぶん比喩だ。
二人の専門家が中央で向かい合う。教授が眼鏡を押し上げ、三つ目の研究者が翼を畳んだ。
その間へ司会者が立つ。
『それでは両者! 準備はよろしいでしょうか!!』
『無論だ』
『いつでも』
二人とも真顔だった。
司会者が右腕を高く掲げる。
『人類単一惑星起源説!!』
教授が資料端末を構えた。
『対するは! 上位存在の箱庭説!!』
三つ目の研究者の周囲に、無数の資料画面が展開する。
観客が一斉に立ち上がった。
『それでは――レディ――』
「まさか」
『ファイトォォォ!!』
ゴォォォン!!
鐘が鳴った。
「討論番組だよな?」
◇
『先手は私からいただこう!』
教授が空中へ巨大な系統図を展開した。
『銀河標準暦二八四九一一年、惑星テラ・ノヴァで発見された推定一億七千万年前の初期人類遺跡! そこから採取された遺伝情報と、現行分類上確認されている現存人類種二十八万七千四百十二種との比較結果がこちらだ!!』
『出たァァァ!! 遺伝系統解析! いきなり強力な資料を持ってきたァ!!』
『教授ー!!』
『いけー!!』
『そこだ、やれ!!』
観客席が沸騰する。
何をどう応援すればいいのかは分からない。
『ふん。その程度で我々の説を崩せるとでも?』
三つ目の研究者が別の資料を展開した。
『その遺跡の年代測定――第六次時空補正以前の方式だな』
会場がざわつく。
『ま、まさか! 年代測定法への攻撃だァァァ!!』
「攻撃なんだ」
『当然、補正済みだ! 補正後の誤差は〇・〇〇三パーセント!』
『甘い! 一億七千万年前の遺跡だぞ! 〇・〇〇三パーセントでも五千年以上の幅が出る! それを無視して拡散年代を断定するつもりか!』
『その誤差を考慮しても結論は変わらん!』
『ならば証明してみせろ!』
『言われるまでもない!』
『いけー!!』
『反証しろー!!』
『論文出せー!!』
「…………」
気づけば俺はベッドから起き上がっていた。
面白い。
悔しいけど面白い。
教授がさらに資料を出す。
『では、こちらを見ても同じことが言えるかな?』
『なにっ!?』
巨大な遺伝系統図が展開され、観客席からどよめきが上がった。
『これは……!』
『三年前に公表された第九次人類遺伝情報統合調査だ!』
『くっ……!』
『どうした! 反論はないのか!』
『まだだ! その調査結果については、銀河古代文明学会誌第八八一巻に反証論文が――』
『それは撤回された』
会場が静まり返った。
『…………何?』
教授が眼鏡を押し上げる。
『二年前、著者本人が前提データの不足を理由に撤回している』
『…………』
『知らなかったのか?』
『…………』
『勉強不足だったようだな』
次の瞬間、観客席が爆発した。
『決まったァァァァ!!』
『痛恨の引用ミス!!』
『クリティカルだァァァ!!』
『教授ー!!』
『強えええええ!!』
「クリティカルってなんだよ」
笑ってしまった。
そこからも、古代航路、遺伝情報、神話記録、移民船の残骸、年代測定法、上位存在の活動記録と、次々に資料が飛び交った。
一つ証拠が出れば反論が出る。
反論が出れば、さらに別の論文が出る。
そうして一時間、二時間、三時間。
当然、決着はつかなかった。
「知ってた」
一億年以上前まで遡る人類の謎が、三時間の番組で解決するわけがない。
◇
翌朝。
昨日よりは少しだけ慣れてきたラジオ体操をしながら、俺は師匠に話しかけた。
「師匠。昨日、人類起源論の討論番組を見たんですけど」
「ほう」
「単一惑星起源説と、上位存在の箱庭説。結局、決着つかなかったんですよ」
「そうか」
興味がなさそうだ。
「師匠はどっちだと思います?」
「よりけりだ」
腕が止まった。
「止まるな」
「あ、はい」
腕を回す。
いや。
「よりけりって、何がです?」
「よりけりは、よりけりだ」
「一つの惑星から広がったのか、上位存在がいろんな星に配置したのかって話ですよ?」
「だから、よりけりだ」
師匠は何事もなかったように体操を続けている。
「種族によるってことですか?」
「それもある」
「それも?」
「星にもよる」
「星にも?」
「時代にもよるな」
「…………」
俺も体操を続けながら考えた。
単一惑星から広がった人類がいる。
上位存在によって配置された人類もいる。
その両方に関係する系統もある。
あるいは――
「師匠」
「なんだ」
「もしかして、あの二つ――」
「ハジメ」
「はい」
「肘が三ミリ高い」
「今それどうでもよくないですか!?」
「よくない」
「人類の起源の話してるんですけど!?」
「基礎を疎かにする者に、人類の起源を知る資格はない」
「絶対関係ないですよね!?」
「いち、に、さん、し」
「師匠!?」
「ごー、ろく、しち、はち」
結局、教えてくれなかった。
◇
その日の夜。
気になったので調べてみた。
《人類起源 単一惑星 箱庭説 両方》
検索結果には、見慣れた記事が並ぶ。
《人類起源論を三分で解説!》
《五大人類起源説を徹底比較》
《結局どれが正しい? 専門家百名に聞いてみた》
《箱庭説を信じている奴www》
《単一起源派、また新証拠か》
「違うんだよなあ」
知りたいのは、師匠が何を知っているかだ。
少し考えて、検索条件を変えた。
《人類起源 上位存在 人為的配置 軍》
検索。
《該当情報の一部は保安指定されています》
《あなたの保安権限では閲覧できません》
「…………」
検索結果の一部が消えた。
俺はしばらく画面を見つめたあと、そっと閉じる。
世の中には、知らなくても困らないことがある。
たぶん。
【TIPS:ある人気討論番組】
正式名称、《銀河大討論――答えが出るまで帰しません》。
銀河ネットワークで長年放送されている人気討論番組で、科学、歴史、魔法、文化、哲学など、毎回一つのテーマについて専門家が議論する。
出演者は原則として、その分野で一定以上の研究実績を持つ専門家に限定されている。そのため内容自体は非常に高度で、一部の教育機関では教材として利用されている。
一方、派手な入場演出、観客による応援、論拠提示時の効果音、反証成立時の特殊演出なども充実している。
制作側の基本方針は、
『学術論争だって盛り上がったほうが面白い』
である。
なお、出演者への物理的な攻撃は禁止されている。
この項目がわざわざ番組規則に明記されている理由は、公開されていない。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
面白かったら評価・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




