第23話 俺にも得意分野があるらしい
今回のお題:あなたの意外な得意分野は何ですか?
自分では当たり前だと思っていたことが、ほかの人には意外と難しかったりしますよね。
掃除、料理、整理整頓、ちょっと変わった特技まで。
皆さんの「実はこれが得意!」というものがあれば、ぜひ教えてください。
俺が手を伸ばすより先に、机の上から空の容器が消えた。
「……あれ?」
教育艦の居住区画。
午後の授業を終え、自室で休憩していた俺は、今しがた起きた出来事を思い返していた。
飲み終わった容器を片づけようとした。それだけだ。
ところが、机の端から小さな回収装置が現れ、容器を持っていってしまった。
《生活支援システム更新完了》
《居住区画内の自動整備機能を最適化しました》
「ああ、そういえば更新するって通知が来てたな」
今朝、艦内の生活支援システムが更新されたらしい。
試しに机の上に置いてあった本を持ち上げると、下の部分が一瞬だけ光った。
《清掃完了》
「……早いな」
便利なのは間違いない。
以前から部屋の清掃や衣類の洗浄は自動化されていたが、今回の更新で細かな作業まで先回りしてくれるようになったらしい。
俺は立ち上がり、寝具を整えようとした。
すでに整っていた。
床に目を向ける。
当然のように綺麗だった。
「……やることないな」
別に困ることではない。
むしろ、訓練生が勉強や訓練に集中できるのだから、ありがたい話だ。
ただ、何となく落ち着かなかった。
机の上に置いた端末を手に取り、少し考える。
「……そういえば、ここに来てから洗濯ってしたっけ?」
軍服は所定の回収設備に預ければ、いつの間にか綺麗になって戻ってくる。寝具も同じだし、部屋の掃除も基本的には自動だ。
訓練で設備の点検や清掃をしたことはある。
でも、自分の服を洗ったり、部屋を片づけたりすることは、ほとんどなかった気がする。
「……昔は普通にやってたんだけどな」
ふと、故郷のことを思い出した。
◇
「ハジメ、そっちは終わった?」
「もうちょっと!」
共同養育施設の廊下に、幼い頃の俺の声が響いていた。
床には掃除道具が並び、周囲ではほかの子供たちもそれぞれの仕事をしている。
俺が育った群体コロニーには、さまざまな種族の子供たちが暮らしていた。
当然、身体の大きさも形も違う。
床を這う子もいれば、壁に張りつく子もいるし、普段は空中を漂っている子もいた。
だから、掃除のやり方も一つではなかった。
「ハジメ、それはそっちじゃないわよ」
背後から聞き慣れた声がした。
振り返ると、スフィアさんがいた。
「え?」
「その道具は、あの子たちの区画で使うものね」
俺が手に持っていたのは、細かな粒子を吸着する掃除道具だった。
見た目は普段使っているものと似ていたが、どうやら用途が違うらしい。
「でも、これでも綺麗になるよ?」
「そうね。でも、あの子の部屋で使うと困ることがあるの」
「……あ、そうか」
その区画には、床に付着した特定の微粒子を栄養として取り込む子が暮らしていた。
全部取り除いてしまうと、掃除どころか食事を片づけることになってしまう。
「じゃあ、こっちの道具?」
「そうね。使う前に表示も確認してね」
「はーい」
俺は道具を交換し、作業を再開した。
しばらくすると、別の子が自分の衣類を抱えてやってきた。
「ハジメ、これもお願い!」
「いいよ。……あれ、これ水で洗っていいやつだっけ?」
「駄目!」
「危なっ!」
慌てて手を止めると、その子は得意そうに衣類の表示を指さした。
「こっちの洗浄機!」
「ああ、そっちか」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
スフィアさんは、そんな俺たちを少し離れたところから見守っていた。
もちろん、施設の設備を使えば、掃除も洗濯もあっという間に終わる。
実際、危険な作業や子供だけでは難しい作業は、設備や大人たちが手伝ってくれていた。
それでも、俺たちが自分でできることは、なるべく自分でやるようにしていた。
誰かの部屋を手伝うときは、勝手に判断しない。
分からなければ、本人に聞く。
それでも分からなければ、手順を調べる。
そんなことを、毎日のように繰り返していた。
◇
「……懐かしいな」
気づけば、俺は自室の天井を眺めていた。
あの頃は、掃除当番が面倒で仕方なかった。
特に、人数が多い区画の掃除は大変だった覚えがある。
誰かが終わらせた場所を、別の誰かがすぐに散らかすのだ。
今なら、あっという間に片づくのだろう。
「……まあ、楽なのはいいことか」
俺は端末を置き、夕食の時間までネットサーフィンを続けることにした。
◇
翌日の昼食。
「生活支援システム、すごく便利になったよね!」
ミナが食事をしながら言った。
「分かる。昨日、机を片づけようとしたら、もう終わってた」
「私も! 朝起きたら、必要なものが全部準備されてたんだよ」
「それは前からじゃないか?」
「前は準備を頼まないと駄目だったの。今は頼む前にやってくれるんだよ!」
なるほど。
便利さにも段階があるらしい。
隣ではケイロが、四本の腕を使って食事と端末の操作を同時にこなしていた。
「俺の部屋も更新されたけど、作業台だけは自動整理を切ったな」
「何で?」
「工具の配置を勝手に変えられると困るんだよ。昨日なんて、使いかけの部品まで綺麗に並べられてた」
「それは困るな」
「見た目は綺麗になったけど、どこまで作業したか分からなくなった」
ケイロは少し疲れた顔をした。
どうやら、便利すぎるのも考えものらしい。
「ポルカの部屋は?」
ミナが尋ねると、ポルカの青白い炎がゆらりと揺れた。
『快適』
「おお、よかったじゃん!」
『燃え残りを勝手に回収しない』
「……前は回収してたの?」
『してた』
「それ、困らない?」
『困った』
ポルカの生活環境については、まだまだ知らないことが多い。
俺たちにとってのゴミが、ポルカにとってもゴミとは限らないのだろう。
「そういえばさ」
俺はふと思いついて尋ねた。
「みんな、自分で掃除とか洗濯ってする?」
「え?」
ミナが首を傾げた。
「部屋の掃除?」
「そう。自動じゃなくて、自分で」
「訓練以外では、あんまりしないかな」
「俺も最近はやってないな。工具の手入れは自分でするけど」
ケイロはそう言ってから、俺を見た。
「ハジメはするのか?」
「昔は結構やってたよ。育った施設では、自分たちで掃除とか洗濯してたから」
「へえ、そうなんだ」
ミナが興味深そうに身を乗り出した。
「でも、種族によってやり方が違うでしょ? 大変じゃなかった?」
「まあ、最初は間違えたこともあったけど。慣れればそんなに難しくないよ」
「すごいね。私、自分の服の手入れなら分かるけど、ほかの種族のは自信ないな」
「手順を見れば大体分かると思うけど」
そう答えると、ケイロが何かを思い出したように端末を操作した。
「そうだ。確か、今期の任意選択講座にそういうのがあったぞ」
「そういうの?」
「生活環境の整備実習。ほら、これ」
ケイロが表示した講座一覧には、見慣れない名前が並んでいた。
《任意選択講座》
《異種族生活環境整備実習》
「……こんなのあるんだ」
「設備が使えない環境での作業とか、異種族の装備管理とかをやるらしい」
「へえ」
俺は講座の説明を読んでみた。
軍服の手入れ、居住区画の清掃、種族ごとの生活環境の維持管理。
内容は、昔やっていたことに少し似ている。
「……面白そうだな」
「え、ハジメ、受けるの?」
「うん。久しぶりに自分でやってみたいし」
「じゃあ、私も受けてみようかな!」
ミナが楽しそうに言った。
ケイロも少し考えてから頷く。
「俺も受けてみるか。装備の扱いは知っておいて損はないしな」
『私も』
ポルカの炎が小さく揺れた。
「ポルカも?」
『掃除は嫌いではない』
「……そうなんだ」
また一つ、ポルカについて知らなかったことが増えた。
◇
数日後。
俺たちは任意選択講座《異種族生活環境整備実習》に参加していた。
実習室には、さまざまな種族の軍服や生活用品が並べられている。
どれも実際の軍用規格に準拠した教材で、見た目が似ていても素材や構造が異なるものが多いらしい。
「本日の実習では、指定された装備と生活区画を適切に整備してもらう」
担当教官が説明を始めた。
「必要な手順は各自で確認すること。見た目だけで判断せず、使用者の種族特性と装備の規格を確認してから作業に入れ」
俺たちは、それぞれの作業台に移動した。
最初の課題は軍服の手入れだった。
俺の前に置かれていたのは、見た目には普通の軍服に近いものだった。
ただし、内側の素材が少し違う。
「……ああ、これか」
表示を確認すると、やはり通常の洗浄方法は使えないと書かれていた。
指定された器具を選び、汚れを落としていく。
作業自体は難しくない。
問題は、手順を間違えないことだ。
隣の作業台では、別の訓練生が首を傾げていた。
「……これ、普通の洗浄機じゃ駄目なのか?」
「素材が違うからじゃない?」
俺が答えると、その訓練生は表示を見直した。
「あ、本当だ。危なかった」
「似てるから間違えそうになるよな」
「お前、よく気づいたな」
「いや、昔ちょっと似たようなのを扱ったことがあって」
そう答えて、自分の作業に戻った。
次の課題は居住区画の整備だった。
指定された区画には、通常の清掃では取り除くべきものが、あえて残されていた。
壁の一部には薄い膜のようなものが張りつき、床には細かな粒子が散らばっている。
俺は作業を始める前に、区画の利用者情報を確認した。
「……あ、これ残すやつだ」
膜は利用者の休息に必要な環境構造で、粒子は身体の維持に使うものらしい。
掃除の対象は、その周囲に付着した不要な汚れだけだった。
指定された道具を選び、慎重に作業を進める。
何となく、昔の掃除当番を思い出した。
あの頃も、見た目が汚れているからといって、何でも取り除けばいいわけではなかった。
別の区画では、ミナが作業手順を確認しながら苦戦していた。
「うわ、これ難しい!」
「どうした?」
「この区画、清掃する場所と触っちゃ駄目な場所が細かく分かれてるんだよ」
「どれどれ……ああ、こっちの表示を先に見ると分かりやすいよ」
「え、本当だ! ありがとう!」
俺はミナに表示の見方を教え、自分の作業へ戻った。
その後も、いくつかの課題をこなした。
軍服の素材確認、居住区画の環境調整、手動清掃、生活用品の補修。
どれも手順を確認すれば対応できるものばかりだったが、慣れていない訓練生には難しい部分もあるらしい。
特に、隣の作業をそのまま真似して失敗する例が多かった。
同じ軍服でも、使う種族が違えば手入れの方法も変わる。
同じ居住区画でも、住む種族が違えば清掃の基準も変わる。
昔、スフィアさんに何度も確認するよう言われたことを思い出しながら、俺は作業を続けた。
◇
実習終了後。
俺たちの端末に、それぞれ評価結果が届いた。
《異種族生活環境整備実習》
《総合評価:優秀》
《特記事項:異種族装備への適応能力、手順確認能力が良好》
「……おお」
思っていたより評価が高かった。
隣から覗き込んできたミナが、驚いた声を上げる。
「えっ、ハジメ、すごい!」
「そう?」
「私、途中で何回も手順を確認し直しちゃったよ」
「確認するのはいいことじゃない?」
「それはそうだけど、ハジメは作業も早かったじゃん」
ケイロも結果を見ながら頷いていた。
「確かに手際がよかったな。道具の選び方も迷いが少なかった」
「昔やってたからかな」
「それを得意って言うんじゃないか?」
「……そうなのかな」
自分では、特別なことをしたつもりはなかった。
ただ、表示を確認して、適切な道具を選んで、手順どおりに作業しただけだ。
それでも、こうして評価されると少し嬉しい。
「ハジメ、こういうの得意だったんだね!」
ミナが笑顔で言った。
「……そうみたい」
俺も少し笑った。
そういえば、昔は掃除当番を面倒だと思っていた。
まさか、あの経験が宇宙軍の実習で役に立つとは思わなかった。
スフィアさんに話したら、何て言うだろう。
きっと、いつものように笑ってくれる気がする。
そんなことを考えていると、ポルカがこちらを向いた。
『ハジメ』
「ん?」
『私の部屋も頼む』
「いや、自分でやってくれよ!」
『得意分野だろう』
「得意だからって、何でも引き受けるわけじゃないからな!」
ミナが笑い、ケイロも四本の腕を揺らしていた。
ポルカの炎も、どこか楽しそうに揺れている。
どうやら、俺にも一つくらい得意分野があったらしい。
……ただし、掃除当番を増やされるのは勘弁してほしい。
◇
【TIPS:異種族適応型生活環境整備学】
銀河社会において、異なる種族の生活環境を適切に維持・管理するための技術体系を《異種族適応型生活環境整備学》という。
衣類の洗浄、居住区画の清掃、温度・湿度・重力の調整など、その対象は幅広い。同じ用途の設備や装備であっても、使用者の種族によって適切な整備方法が異なるため、作業前の確認が重要とされる。
高度な自動化が進んだ現在では、日常的な整備作業の大部分を専用設備が担っている。しかし、未知の環境や設備の故障時などに対応するため、宇宙軍をはじめとする一部の教育機関では、手作業による整備技能も教えられている。
ちなみに、ハジメが育ったような《スフィア系列》の共同養育施設は、この分野に強いことで知られている。
系列施設では、子供たちが自分の生活環境を整えるだけでなく、異なる種族の子供同士で家事を分担する機会も多い。必要な補助は受けられるものの、安全にできることは自分たちで行うという養育方針が、その背景にある。
そのため、スフィア系列の出身者は、生活環境整備に関する実習で比較的高い評価を得る傾向がある。
もっとも、出身者全員が掃除好きというわけではない。
技術を身につけていることと、進んで掃除をすることは、まったく別の問題なのである。
忙しくて、更新できませんでしたm(_ _)m
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
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それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




