第24話 普通であることにも利点はある
今回のお題:あなたが「これなら自分の方が得意かも」と思うことは何ですか?
誰かにとって当たり前のことが、別の誰かには難しい。逆に、自分では普通だと思っていることが、意外な場面で役立つこともあります。
皆さんの意外な得意分野や、思わぬところで役立った経験があれば、ぜひ教えてください。
「ハジメ、足音が大きい」
「……まだ歩いてないんだけど」
「え?」
「え?」
教育艦、第九環境再現区画。
俺の隣に立つミナは、困惑したように首を傾げていた。俺も同じように首を傾げる。
「じゃあ、さっきの音は?」
「靴の位置を直しただけだけど」
「それであんなに音がするの?」
「……そんなに?」
試しに右足を少し動かしてみる。
靴底が床を擦る、ごく小さな音がした。
「ほら!」
「いや、普通だろ?」
ミナは俺の足元をじっと見つめた。
どうやら、普通ではないらしい。
「そこ、私語を控えろ」
教官の声が響いた。
「「はい!」」
俺たちは慌てて姿勢を正した。
今日は《特殊環境下静寂行動訓練》の日だった。
◇
「今回の実習では、指定された環境下で、監視区域を通過してもらう」
教官の背後には、訓練区画の立体図が表示されていた。
細長い通路、いくつかの部屋、複数の監視地点。見たところ、そこまで複雑な構造ではない。
「通常、宇宙軍の隠密行動には各種探知装置、遮蔽装備、情報支援システムなどが使用される。しかし、すべての環境でそれらが使えるとは限らない」
教官が表示を切り替えた。
《想定環境:高干渉区域》
《個人用電子支援:制限》
《能動遮蔽装備:使用不可》
《自動翻訳・通信補助:訓練中停止》
《安全監視系統:正常稼働》
「実際の作戦では、電磁干渉、未知の物質、現地生物の反応などにより、使用できる装備が制限される場合がある。今回はその状況を再現する」
なるほど。
便利な装備があるのに使わないのは変だと思っていたが、使えない状況を想定した訓練というわけだ。
安全監視系統は独立して動作しているらしく、訓練生に危険があれば即座に停止するそうだ。
「なお、種族固有の身体能力については原則として使用を認める。ただし、環境との相性には注意すること」
教官はそこで一度、俺たちを見回した。
「優れた感覚器官が、常に有利に働くとは限らない」
その言葉に、何人かの訓練生が顔を見合わせた。
俺は特に何も考えていなかった。
そもそも、優れた感覚器官なんて持っていないからだ。
◇
最初の課題は、指定された通路を静かに移動することだった。
訓練生たちは小さな班に分かれ、順番に区画へ入る。俺の班は、ミナ、ケイロ、ポルカ、それから数名の訓練生で構成されていた。
「ねえ、ハジメ」
「何?」
「さっきから、靴の音が気になるんだけど」
「……まだ言う?」
「だって、結構大きいんだよ」
ミナは自分の足元を示した。
「ほら、私のはほとんど音がしないでしょ?」
そう言って一歩踏み出す。
確かに、俺には何も聞こえなかった。
「すごいな」
「そう?」
「俺には真似できそうにない」
ミナは少し得意そうに笑った。
その隣で、ケイロが四本の腕を組んでいた。
「俺は狭い通路が面倒だな。腕の位置まで気をつけないといけない」
「四本あると大変そうだな」
「普段は便利なんだけどな」
ケイロは上側の二本を折り畳むように身体へ寄せた。
俺には少し窮屈そうに見えるが、本人は慣れているらしい。
「ポルカは?」
俺が尋ねると、青白い炎が小さく揺れた。
『問題ない』
「そうか」
『暗い場所も得意』
「確かに、ポルカなら周りが見えそうだな」
『当然』
少し誇らしげに炎が伸びた。
その様子を見て、俺は一つ気になった。
「……でも、ポルカ自身が光ってるよな?」
『光っている』
「見つからない?」
『……』
ポルカの炎が、すっと小さくなった。
どうやら考えていなかったらしい。
◇
《第一環境:低照度・環境雑音下》
訓練区画の扉が開いた。
中は薄暗く、遠くで機械が動いているような低い音が響いている。足元には段差や障害物が配置されていた。
俺たちは一人ずつ、時間をずらして通路へ入った。
最初に進んだ訓練生は、途中で何度も立ち止まっていた。
何かを聞き取ろうとしているようだったが、やがて壁の表示が赤く光った。
《経路逸脱》
《監視判定:発見》
「あー……」
本人の残念そうな声が聞こえた。
次に進んだ訓練生も、途中で動きを止めた。
こちらは床の振動を利用して周囲を把握する種族らしい。普段なら障害物の位置まで正確に分かるそうだが、今回は床そのものに細かな振動が流れている。
進むたびに確認を繰り返し、制限時間を超えてしまった。
「結構難しそうだな……」
俺は通路を見つめた。
やがて、自分の順番が来た。
《訓練開始》
「よし」
小さく呟き、通路へ入る。
暗い。
ただ、何も見えないほどではなかった。
俺は足元を確認しながら、ゆっくり進んだ。
壁の出っ張りを避け、床の段差を越える。遠くで鳴っている機械音は少し気になるが、別に歩けないほどではない。
途中、監視装置が動く音がした。
俺は近くの遮蔽物に身を寄せ、しばらく待った。
装置が反対側を向いたところで、また進む。
そして。
《第一環境:通過》
《監視判定:未発見》
「……あれ?」
終わってしまった。
もう少し難しいものだと思っていたのだが。
出口で待っていたミナが、目を丸くしていた。
「ハジメ、すごい!」
「え?」
「全然迷わなかったね!」
「いや、見えるところを歩いただけだけど」
「私は音が多すぎて、途中で何がどこにあるのか分からなくなっちゃった」
「音?」
「機械の音も、床の音も、壁の向こうの音も、全部聞こえるから」
「……それは大変そうだな」
俺には、遠くで何かが動いている程度にしか聞こえなかった。
どうやら、同じ通路でも感じ方がまるで違うらしい。
ケイロも通路から出てきた。
「狭い場所で腕を引っかけた。あと少しだったんだけどな」
「大丈夫だった?」
「訓練用の障害物だから問題ない。悔しいけど」
ケイロは四本の腕を軽く動かした。
「それにしても、ハジメは安定してたな」
「そう?」
「俺たちが気にしてることを、あんまり気にしなくていいみたいだ」
言われてみれば、そうかもしれない。
俺は普通に見て、普通に聞いて、普通に歩いているだけだ。
特別な能力を使っていないというより、そもそも使える能力がない。
……何だか、少し複雑だ。
◇
続いて、ポルカの順番が来た。
《訓練開始》
青白い炎が、暗い通路へ入っていく。
綺麗だった。
薄暗い空間に、淡い光がふわりと浮かんでいる。
少し幻想的ですらある。
そして、三秒後。
《監視判定:発見》
『……』
ポルカが戻ってきた。
「早かったな」
『早かった』
「……大丈夫?」
『問題ない』
そう答えたポルカの炎は、いつもより少し小さかった。
ミナが慰めるように声をかける。
「ほら、今回は暗い場所だったから!」
『知っている』
「明るい場所なら、きっと違うよ!」
『そう願う』
どうやら、結構悔しかったらしい。
ただし、ポルカが光を抑えれば解決するというわけでもない。炎の状態を変えると、今度は身体の維持や感覚にも影響が出るそうだ。
種族固有の能力というのは、便利なだけではないらしい。
◇
《第二環境:無背景雑音・高感度音響監視》
次の通路に入った瞬間、俺は嫌な予感がした。
静かだった。
とにかく静かだった。
さっきまで聞こえていた機械音も、空調の音も、何もない。
俺は慎重に足を踏み出した。
コツ。
「……あ」
《音響検知:警戒》
慌てて足を止める。
しかし、止まった拍子に靴底が床を擦れた。
キュッ。
《監視判定:発見》
「……ですよね」
俺は肩を落とした。
さっきは気にならなかった自分の足音が、ここでは驚くほど大きく聞こえる。
何なら、服が擦れる音まで気になる。
俺が出口へ向かうと、ミナが笑顔で待っていた。
「ハジメ、見て!」
《第二環境:通過》
《監視判定:未発見》
「おお、すごい!」
「今度は私の得意な環境だったみたい!」
ミナは嬉しそうに笑った。
どうやら、音に敏感なだけでなく、自分が立てる音を細かく調整するのも得意らしい。
俺には分からない程度の音を聞き分けながら、慎重に通路を抜けたそうだ。
「さっきはハジメの方が上手だったけど、今回は私の勝ちだね!」
「完敗だよ」
俺は素直に頷いた。
静かに歩くというのも、案外難しいものらしい。
◇
その後も、訓練は続いた。
振動が不規則に伝わる区画では、ケイロが周囲の構造を確認しながら、四本の腕を使って安定した姿勢で進んでいた。
俺も真似しようとしたが、当然ながら腕が二本しかないので無理だった。
無理に身体を支えようとして、危うく転びかけた。
さらに、明るい区画ではポルカが見事な動きを見せた。
そこでは光よりも熱の変化を利用した監視が行われていたのだが、ポルカは自分の炎の状態を細かく調整し、周囲の熱源に紛れながら移動していた。
《第三環境:通過》
《監視判定:未発見》
『当然』
「いや、すごいな」
『当然』
「二回言ったぞ」
『大事なこと』
青白い炎が、いつもより高く揺れた。
さっきの失敗を取り返せて嬉しいらしい。
その後、俺も同じ区画に挑戦した。
結果は、あっさり発見された。
周囲の熱源に紛れようにも、自分の体温を自由に変えることなどできない。
隠れる場所を探しているうちに、監視装置に捕まってしまった。
「……これは無理だな」
『修練が足りない』
「修練でどうにかなるものなのか?」
『知らない』
「知らないのかよ!」
ポルカの炎が、楽しそうに揺れた。
◇
すべての実習が終わり、俺たちは評価室へ集められた。
正面の画面には、各訓練生の記録が表示されている。
教官は全員の結果を確認すると、静かに頷いた。
「今回の訓練では、環境によって各自の適性が大きく変化することを確認できたはずだ」
画面には、第一環境での俺の記録が映し出された。
《第一環境》
《対象:ハジメ》
《環境適応:良好》
《特記事項:感覚干渉の影響が比較的小さい》
「ハジメは第一環境で安定した結果を残した。特定の感覚への依存度が低く、今回の干渉条件では行動への影響が小さかったと考えられる」
「はい」
「ただし、第二環境以降では改善の余地がある。基本的な静音歩行については継続して訓練するように」
「はい……」
褒められたと思ったら、普通に課題も指摘された。
まあ、実際に足音で見つかっているのだから仕方ない。
「重要なのは、特定の種族が常に優れているわけではないということだ。作戦環境と個々の適性を把握し、適切に行動すること。以上」
教官の説明が終わり、訓練生たちは解散となった。
◇
「ハジメ、また得意なことが見つかったね!」
帰り道、ミナが楽しそうに言った。
「得意っていうか……今回はたまたま条件が合ってただけじゃない?」
「でも、最初の通路はすごく上手だったよ!」
「まあ、そうだけど」
ケイロが四本の腕を組みながら頷いた。
「ヒト種族の身体構造って、こういうときに有利なんだな」
「普段は、ほかの種族が羨ましいことの方が多いけどね」
「そうか?」
「四本腕とか便利そうだし、ポルカは暗いところでも見えるし、ミナは俺に聞こえない音まで聞こえるし」
「その代わり、今回は困ることもあったけどな」
「確かに」
俺は少し考えた。
特別な能力がないことが、特別な能力を使いにくい場所では利点になる。
言葉にすると、何だかややこしい。
でも、実際に体験してみると分かりやすかった。
「次はどんな環境なんだろうね?」
ミナが端末を操作する。
「あ、もう次回の訓練予定が出てる!」
「早いな」
「えーっと……」
ミナが表示を読み上げた。
《次回訓練環境》
《完全暗所》
《音響情報遮断》
《触覚情報制限》
「……」
俺は端末を覗き込んだ。
完全暗所。
音も聞こえない。
触覚まで制限される。
「……それ、どうやって進むんだ?」
「さあ?」
ミナが首を傾げた。
ケイロも少し考え込んでいる。
その隣で、ポルカの炎がゆらりと揺れた。
『楽しみ』
「ポルカはいいよな。暗いところでも自分で光れるし」
『そうだな』
「……いや、待てよ」
俺はもう一度、表示を見直した。
《完全暗所》
「ポルカ、それって光も遮られるんじゃないか?」
『……』
炎が止まった。
しばらくして、ポルカが小さく呟いた。
『不公平』
「いや、まだ始まってもいないだろ!」
ミナが吹き出し、ケイロも笑い始めた。
俺は端末に表示された次回の訓練内容を、もう一度見つめた。
どうやら、普通のヒトにも得意な環境はあるらしい。
そして、苦手な環境も山ほどあるらしい。
……次回は、できれば普通に歩かせてほしい。
◇
【TIPS:汎用型身体構造と特殊環境適応】
銀河社会には、特定の感覚器官や身体機能が高度に発達した種族が多数存在する。一方、ヒト種族のように、突出した能力は少ないものの、複数の感覚や運動機能を組み合わせて活動する種族も存在する。
こうした比較的汎用性の高い身体構造は、特定の環境で必ずしも優位に立つわけではない。しかし、一部の感覚器官が機能しにくくなる環境では、影響が比較的小さくなる場合がある。
なお、宇宙軍の特殊環境訓練では、種族ごとの能力差を単純な優劣として評価することは推奨されていない。重要なのは、どのような条件で、誰が、何をできるかである。
ちなみに、ヒト種族は銀河社会において、比較的汎用性の高い身体構造を持つ種族の一つとして知られている。
もっとも、ヒト種族自身はそのことをあまり意識していない。
なぜなら、自分の身体が普通だと思っているからである。
もちろん、ほかの種族も大体同じことを考えている。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
面白かったら評価・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




