第21話 お母さんは年季が違う
今回のお題:親に知られている、ちょっと恥ずかしい子供の頃の話
自分では忘れていたのに、親はなぜか覚えている。
そんな昔の失敗談や、今だから笑える思い出があれば教えてください。
軍に入って最初の試験が終わった。
学科も実技も無事に基準を達成し、銀河全域で四百三十二億位という、数字だけなら途方もない順位を手に入れた。八百三十六億人ほどいる訓練生の中では、だいたい真ん中くらいである。
悪くない結果だと思う。
さて、一区切りついたところで、やっておきたいことがあった。
《連絡先:スフィアさん》
俺が育った《児童共同養育施設》、いわゆる孤児院のお母さんである。
入隊前、最初の試験が終わったら連絡すると約束していたのだ。連絡を禁止されているわけではないが、どうせなら何か報告できることができてから話したかった。
とりあえず文章を作ってみる。
《お久しぶりです。軍の定期試験に合格しました。元気にしています》
……。
何だか事務連絡みたいだな。
俺は文章を消し、直接通信を繋ぐことにした。
◇
《通信接続中》
《接続先:児童共同養育施設・スフィア》
少しして画面が明るくなり、見慣れた女性の姿が映った。
「あら、ハジメ! 連絡してくれたのね。初めての試験はもう終わったの?」
「うん。ちょうど結果が出たところ。約束どおり報告しようと思ってさ。今、話しても大丈夫?」
「ええ、もちろん。ちょうど子供たちがお昼寝に入ったところなの。軍の生活には少し慣れた?」
「まだ分からないことも多いけど、何とかやってるよ。友達もできたし、授業も結構面白いんだ」
柔らかい表情に、落ち着いた声。昔から変わらないスフィアさんの髪には、小さな黄色い星が付いていた。
「スフィアさん、頭に何か付いてるよ」
「あら、これ? さっき子供たちと工作をしていたの。取るのを忘れていたわ」
「かわいいじゃん。似合ってると思うけど」
「そう? それなら、もう少し付けていようかしら」
昔から子供たちの工作が好きな人だった。施設のお祭りでは、紙の王冠を被ったまま一日中歩いていたこともある。
「それで、試験はどうだったの?」
「結構難しかったよ。学科も実技もあったし、実技なんて銀河のあちこちで事故が起きる想定だったんだ。俺が担当したのは荷物運びだったけど」
「ふふっ。そんなに大きな演習だったのに、あなたは荷物を運んでいたのね」
「言い方! ちゃんと重要な荷物だったんだよ。途中で救助要請まで入ってきて、判断するのが大変だったんだから」
スフィアさんは楽しそうに笑っている。
俺だって頑張ったのだ。
「結果は全部合格だったよ。順位は銀河全域で四百三十二億位くらい。だいたい真ん中なんだけどね」
「そう、よかったじゃない。それで、何か新しくできるようになったことはあった?」
ああ、そう来るか。
この人は昔から、点数よりも何を覚えたかを気にする。試験に失敗しても、その理由が分かれば一緒に考えてくれた。
「前よりは判断できることが増えたと思う。実技の荷物運びも、昔ならもっと雑にやってた気がするし」
「あら、それは成長したわね。あなた、昔は荷物を運ぶのがあまり上手じゃなかったもの」
「……え?」
嫌な予感がした。
「覚えていない? 七歳くらいの頃、食堂のお手伝いをしようとして、みんなの食器を一度に運んでくれたでしょう」
「ああ……そんなこともあったっけ」
「張り切ってたくさん載せたから、途中で全部落としてしまったのよね。あなたが一番驚いていたわ」
思い出した。
あの頃の俺は、何でも一度に済ませれば効率がいいと思っていた。当然、子供の腕で大量の食器を運べるわけがない。
「……あのときは、ちゃんと片づけたじゃないか」
「ええ。でも、『俺が悪いんじゃなくて、重力が悪い』って言っていたのも覚えているわよ」
「……そんなこと言った?」
「重力を弱くしておけば割れなかったはずだって。それで一緒に、重力を変えると物の落ち方がどうなるのか確かめたでしょう」
そこまで言われると思い出してきた。
割れた食器を片づけたあと、次はどうすれば失敗しないか、重力の設定まで真剣に調べたのだ。
「今なら、重力を弱くしても荷物の質量は変わらないって分かるよ。実技でもそこは気をつけたし」
「ふふっ。ちゃんと勉強が役に立ったのね」
褒められているはずなのに、何だか恥ずかしい。
銀河統合宇宙軍の試験に合格した話をしていたのに、どうして七歳の頃に皿を割った話になっているんだろう。
◇
「そういえば、中央部の遊び場もまだ使ってる?」
「ええ。あなたたちが遊んでいたところも、今は別の子たちが使っているわよ。先日、少し設備を更新したところなの」
「懐かしいなあ。あそこでよく空中を回って遊んでたんだよ」
俺が育った群体コロニーでは、居住モジュールごとに重力が違っていた。施設はヒト向けの環境だったが、別のモジュールへ移動するときには、ほぼ微小重力の中央交通構造体を通る。
子供向けの遊戯区画もあり、手すりを蹴って浮いたり、空中で身体を回したりするのは普通の遊びだった。
「あなた、最初は回りすぎて、よく他の子に捕まえてもらっていたでしょう。勢いよく飛び出すのは上手だったけれど、止まるのが苦手だったのよね」
「……よく覚えてるなあ。この前の訓練でも似たようなことをやったよ。手すりを掴んで回転を止めたんだけど、師匠にもそれでいいって言われた」
「それならよかったわ。あなた、途中からは他の子を捕まえる方が上手になっていたものね」
確かに、昔は回りすぎて困っている友達をよく助けていた。自分が散々失敗したおかげで、止め方が分かるようになったのだ。
「でも、一度だけ、友達を助けようとして二人で回り始めたことがあったでしょう?」
「……あったっけ?」
「結局、職員さんに二人まとめて回収してもらったのよ。あなたたち、助けてもらったあともずっと笑っていたわ」
ああ、思い出した。
相手を捕まえるつもりで飛びついたら、お互い変な方向へ回ってしまったのだ。最後は笑いすぎて、ますます身体を制御できなくなった。
「……あれ、結構楽しかったんだよな」
「そうね。帰ってきてからも何度も話してくれたわ」
スフィアさんが嬉しそうに笑う。
自分では忘れていたことなのに、話していると当時の光景が次々と思い浮かんできた。
もっとも、この調子では何を思い出されるか分かったものではない。
◇
そんな話をしていると、画面の向こうから小さな声が聞こえた。
「お母さん、起きちゃった」
「あら、もう起きたの? まだ少し早いでしょう」
画面の端に、眠そうな子供が顔を出した。スフィアさんと同じ星形の飾りを握っている。
「お母さん、その人だあれ?」
「ハジメよ。少し前までここで暮らしていた子なの。今は宇宙軍で勉強しているのよ」
「宇宙軍!」
子供の目が輝いた。
「お兄ちゃん、宇宙で戦ってるの?」
「いや、まだ訓練生だから戦ったことはないよ。今日は試験で荷物を運んできたところ」
「……荷物?」
「そう。大事なものを、ちゃんと届ける仕事だよ」
子供は少し考え込んだ。
「宇宙軍って、荷物運ぶの?」
「運ぶよ。結構大事な仕事なんだからな」
納得していないらしい。
仕方ない。俺だって、宇宙軍と聞いて最初に荷物運びを想像したわけではない。
「ハジメお兄ちゃんも、ここで遊んでたの?」
「ええ、とっても元気な子だったのよ。そういえば、廊下に関所を作ったこともあったわね」
「……スフィアさん?」
今、非常に聞き捨てならない言葉が出た。
「関所ってなあに?」
「昔ね、ハジメが廊下に箱を並べて、通るには通行証が必要だって言い始めたの。通行証はクッキー一枚だったかしら」
やめてくれ。
完全に忘れていたのに、思い出してしまった。
施設にあった工作用の箱を並べ、通りかかる子供たちからクッキーを集めようとしたのである。当時はなぜか、それがものすごく格好いいと思っていた。
「でも、通れなくなって困る子もいたから、最後は片づけてもらったのよね。しかも、集めたクッキーを自分では食べないで、関所の運営費にするって言っていたの」
「運営費ってなあに?」
「……施設を運営するためのお金とか、そういうものだよ」
「クッキーなのに?」
「……クッキーなのに」
駄目だ。何も言い返せない。
子供は楽しそうに笑い、スフィアさんに促されてお昼寝へ戻っていった。
「……昔の話、そんなにしなくてもよくない?」
「あら、楽しい思い出じゃない。あなた、あの関所を作ったときは本当に嬉しそうだったのよ」
「俺にとっては、今さら掘り返してほしくない思い出なんだけど」
「ふふっ。大きくなると、恥ずかしくなってしまうのね」
まったく、この人には勝てる気がしない。
◇
「ところでハジメ。軍ではお友達はできた?」
「ああ、ミナとケイロとポルカっていう同期がいて、結構一緒にいる。この前は四人で音楽の公演にも行ったんだ」
「まあ、楽しそうね。どんな子たちなの?」
俺は三人のことを話した。
ミナは面倒見がよく、異種族の文化にも詳しい。ケイロは四本の腕を持つ機械好きで、ポルカは青白い炎の身体をしていて、時々妙に正論を言ってくる。
話してみると、入隊してからの短い間にも色々なことがあったものだ。
「みんな面白い奴らだよ。得意なことも違うし、知らない話もいっぱい聞けるから」
「そう。それならよかったわ。皆さんにもよろしく伝えておいてね」
「それから、変わった教官にも会ったよ。俺が選んだ専門科目の担当なんだけど、師匠って呼べって言われてさ」
「あら、師匠?」
「そう。最初は何を教わるのかと思ってたんだけど、やってることはラジオ体操なんだよ。普通のラジオ体操とは全然違うみたいなんだけど」
スフィアさんは一瞬きょとんとしてから、楽しそうに笑い始めた。
「あらまあ。あなた、またラジオ体操を習っているの? 昔は朝になるとなかなか起きてこなかったのに」
「今度は軍の正式な訓練だよ。身体の動かし方とか、重心の移動とか、かなり細かく教わってるんだ。ちなみに、その科目の試験では一位だった」
「まあ、すごいじゃない。おめでとう」
「いや、その……受講者が俺一人なんだよ。だから一位以外になりようがないというか」
「あら、そうなの? でも、最後まで続けているんでしょう。それなら、ちゃんと頑張っているじゃない」
一人中一位を褒められるとは思わなかった。
この人は昔からそうだ。何かを失敗しても、結果が平凡でも、その中から褒めるところを見つけてくれる。
「スフィアさんって、本当に褒めるのが上手いよね。やっぱり何億人も育ててきただけあるなあ」
「そうかしら。でも、どの子も同じようには育たないから、今でも勉強することばかりよ」
何億人も育てて、まだ勉強中らしい。
この人の子育てが完成する日は、果たして来るのだろうか。
◇
考えてみれば、スフィアさんは本当に不思議な人だ。
俺が育った群体コロニーは、元々は純粋な機械構造物だった。そこへ遥か昔に入植し、長い年月をかけてコロニーの構造や設備と共生してきた超生物が、スフィアさんである。
今では広範囲に生命活動が及び、画面に映る女性の姿も、人類と交流するために使っている身体の一つにすぎない。
だが、俺にとっては昔からお母さんだった。
子供の頃は、巨大なコロニーと共生する存在だということより、朝寝坊するとちゃんと起こしに来ることの方が重要だったのである。
「それにしても、よくそんなに昔のことを覚えてるよね。何億人も育ててきたのに、俺が食器を割った話とか、関所を作った話まで覚えてるなんてさ」
「もちろん。あなたが初めて歩いた日も、自分で食事をした日も覚えているわ。転んで泣いた日も、お友達と喧嘩して仲直りした日もね」
「……全部覚えてるの?」
「全部ではないわ。忘れてしまった細かいこともあると思うけれど、大切なことは忘れないようにしているのよ」
その答えが、妙に嬉しかった。
想像もつかないほど長く生き、何億人もの子供を育ててきた人が、俺の小さな頃の失敗まで覚えている。
何というか。
お母さんは年季が違う。
「ところでハジメ。ちゃんと食事は取れている? 生活費の管理はできているのね?」
「大丈夫。軍の食堂は美味しいし、無駄遣いもしてないよ」
「そう。朝はちゃんと起きられてる?」
「……起きられてるって」
「本当に? あなた、昔は毎朝『あと五分』って言っていたでしょう。三回続くこともあったのよ」
反論しようにも、心当たりがある。
実際、軍に入って最初の日も、起床システムに似たようなことを言った気がする。
「……もう結構前の話だろ?」
「私にとっては、つい昨日のことみたいなものよ」
スフィアさんが懐かしそうに笑った。
この人がそう言うと、どこまで本気なのか分からない。
宇宙軍の試験に合格しようと、銀河全域で四百三十二億位になろうと、スフィアさんが気にすることは昔と変わらないらしい。
◇
そろそろ通信を切ろうとしたところで、スフィアさんが少し姿勢を正した。
「ハジメ、最後に一つだけ聞いてもいいかしら?」
「うん。何?」
「軍に入って、楽しい?」
思っていたより普通の質問だった。
俺は少し考える。
毎朝早く起きなければならないし、試験は難しい。授業では知らないことが次々に出てくるし、変わった教官にラジオ体操を叩き込まれている。
忙しいし、疲れることもある。
それでも、毎日が面白い。
「うん。結構楽しいよ。友達もできたし、知らないこともいっぱいあるから。大変なこともあるけど、今のところは軍に入ってよかったと思ってる」
「そう。それならよかったわ」
スフィアさんは嬉しそうに頷いた。
「施設のみんなにもよろしく伝えておいて。また時間ができたら連絡するよ」
「ええ。元気に過ごして、何か話したくなったときに連絡してくれれば、それで十分だから」
通信を終了する。
入隊してからまだそれほど経っていないのに、報告することは思ったよりたくさんあった。話しているうちに、軍での生活にも少しずつ慣れてきたのだと実感した。
ただ、食器を割った話や関所を作った話まで掘り返されるとは思わなかった。
次に連絡するときは、もう少し格好いい話を用意しておこう。
そう考えたところで、端末に明日の予定が表示された。
《06:00 基礎身体操作Ⅰ》
……そうだった。
明日もラジオ体操がある。
早めに寝ておこう。今は毎朝起こしてくれるお母さんがいるわけではないのだ。
もっとも、軍の起床システムも大概容赦がないので、寝坊する心配はあまりない。
少なくとも、俺の「あと五分」が通用しないところは、昔と同じだった。
◇
【TIPS:人工天体共生型超生物】
巨大な人工居住構造物へ定着し、その設備と長期的な共生関係を築いた超生物は《アストロ・シンビオント》と総称される。
宿主となる構造物は、球形の人工惑星型から、複数の居住モジュールが連結された群体コロニー型まで様々である。
スフィアは群体コロニー型に分類される。
遥か昔、純粋な機械構造物だった群体コロニーへ入植し、長い年月をかけて設備と一体化した。現在ではコロニーの広範囲に生命活動が及ぶが、居住区の独立性や住民の権利は維持されている。
現在は複数の身体を通じて人類と交流し、児童共同養育施設の運営にも携わっている。
また、銀河統合養育者資格制度の創設にも大きく貢献し、異種族間の養育基準の整備に尽力した、生きた伝説として知られる。
なお、ハジメは「何億人も育ててきた」と話していたが、実際の養育人数はそんな桁では収まらない。
もっとも、本人は「まだまだ勉強することばかり」と語っており、今日も昼寝を嫌がる子供を相手に、制度創設の立役者は頭を悩ませている。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
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それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




